24-01.河原のバーベキュー(1)
ある日突然、激しい吐き気と、眩暈に襲われる。
人生で初の経験だった。
よりによって、タイミングが悪すぎる。
『お父さん、戻って来ることができたのですね。
でも、前回は、失敗してこの時間に来たのではありませんか?
また、同じ時間に戻ってきたのですね。
今度は、転移で何かを失いませんでしたか?』
オーテルが話しかけるが、栫井には通じない。
それでも、何かが伝わったようだ。
なんだろう? 誰かに呼ばれているような気がする?
入試の2日前に、謎の症状に襲われる。
時間に間に合うように、試験会場に辿り着くので精一杯だった。
そんな状態なので、結果も悲惨なものだった。
第一志望校に落ちた。
滑り止めには受かっていたが、俺はなんとなく浪人する道を選んでしまった。
体調不良で落ちたなら、来年普通に受かると思ったから。
それに、そんな思いを抱えたま、滑り止めの学校に通うのも、良くないと思った。
自分の為にも、同じ学校の学生の皆に対しても。
栫井は、またこのタイミングに戻ってきた。
栫井は、無意識ではあるが、狙ってこのタイミングにやってきた。
栫井は、気付きはじめていた。
あと少し遅いタイミングに到着すれば、第一志望の学校に余裕で合格できる。
つまり、このタイミングで来ないと、試験に合格してしまう。
唯を救うためには、この年、第一志望に落ちる必要があるのだ。
----
オーテルにとっては、一瞬のことだった。父が戻ってきた。
時代は戻ったが、前回と同じ時だった。
『お父さん、戻って来ることができたのですね。
でも、前回は、失敗してこの時間に来たのではありませんか?
また、同じ時間に戻ってきたのですね。
今度は、転移で何かを失いませんでしたか?』
もちろん声は届かない。
『やっぱり届かないのですね』
次は、石を確認するため、洋子のところに行く。
やはり、石は洋子が持っている。
『洋子、妾の声が聞こえるか?』
オーテルは洋子にも話しかけたが、通じなかった。
一応確認しただけで、それ以上のことをする気は無かった。
が、石の効果を確認しておく必要があったから。
石の記憶が読めれば、オーテルの声が届くはずだ。
時間を超えても、体に取り込まれた石は、そのまま持ち続けることができるが、読むためのきっかけは別に必要なようだ。
そうなると前回と変わらない。
ベスの体を使って何とかするしかない。
洋子は、前回と同じように短大に進学し、穂園と付き合い始める。
そして、その結果、玲子を遠ざけることになる。
========
栫井はと言えば、前回と同じような人生を歩みはじめていた。
……………………
相変わらず、あれから体調は良くないが、次の年は楽々合格した。
期待していた大学生活は、ゲーム三昧。
ゲーム買うためにバイトして、卒業のために勉強もして、とにかく大変だった。
やはり、ゲームは中高生のうちにやっておきたかった。
そして今頃になって慌てて彼女を探す。
人生のイベント消化が人より数年遅れで走っている感じだ。
いや、もともと俺は普通の人生自体、あまり向いてないのかもしれない。
そんな救いのない真実に微妙に気付きつつも生活していた。
そんなある日、マンガに挟まったメモに気付く。
惜しいことをした。
高校の時好きだった女の子から、メモをもらっていたのに気づかず無視してしまった。
その子にはもうステキな彼が居るらしい。
残念ではあったが、そのときはまだ、それほど後悔は大きくなかった。
あれが、重要なイベントだったことは後から思い知ることになる。
……ことあるごとに後悔した。
合コンにも行ってみたが、時間と金の無駄だった。
わざわざ時間と金を消費して人数合わせに行っただけ。
いや、引き立て役か……誰かの役には立ったのかもしれない。
でも、俺の目的はさっぱり果たせなかった。
ノリも合わない。
ことあるごとに後悔は募るばかり。
あのメモのイベントを取りこぼしたのは相当痛かった。
あのとき、浪人しなければ、俺の人生は何か変わったのだろうか?
そんなことを思う。
そうこうしているうちに、就活に入る。
就職も緊急事態だった。
一気に不況になったとは聞いていたが、たった一年の遅れで、就職状況はさらに大きく悪化していた。
去年の方が遥かにマシだったという。
大手の募集が酷いことになっていた。
”高卒でも入れたような会社に、今は入れない”
そんな話を今更聞いた。
高校の時は、就職なんて検討していなかったから知らなかったが、確かにそうらしい。
俺とは別の高校だが、中学の同級生が高卒で立派な会社に入っていた。
高卒枠があったのだ。今は、そんな枠も無いが。
3年前だと高卒でも入れた会社に、今は入れないのだ。
なにしろ大企業の募集人数が少なすぎる。
3年前に数百人採ってた企業が、今年はほぼゼロ。
入社する人数はゼロでは無いが、基本コネ枠で、事実上一般採用はゼロ。
そんな中にも、もちろん募集かけてる企業はある。
俺には狭き門を通過できるほどの魅力は無いので、早々に中小狙いに切り替えた。
この判断は正直俺的にはクリティカルヒットだったと思う。
早々に中小狙いに切り替えたのも良かったが、意外なことが売りになった。
就活で役に立ったのはゲーム目当てに買ったPCだった。
先輩に安く譲ってもらった型落ちのもので、ゲームやりたくて譲ってもらったものだが、そんなんでも、意外に売りになった。
DOSのインストールができる程度でも経験者扱いされたりするので、びっくりする。
ファイルをコピーして、設定ファイルに1行足すだけとかそんなんだ。
ドライバの組み込みは普通の人にはできない特殊技能扱いされるようだ。
中小企業にはPCが上手く動かない場合に対応してくれる部署が存在しない。
動かなくなると、直せる人がいないようで、そういう人材が求められているようなのだ。
そんなんで、就職に有利になると知っていれば、皆やるだろう。
偶然プラス評価される特技になった。
まあ、俺的にはお得だったが。
就活は、俺的にはそこそこ成功したと思っていた。
あの状況下だ。誰もが名を知るような立派な会社に入れるわけがない。
以前とは時代が変わった。
だが、それを説明しても親や親戚の評価は散々だった。
”わざわざあの大学行ってそこしか入れないのか”という低評価だった。
状況も知らずに勝手なこと言いやがって腹が立つ。
……………………
俺の時の就活は、とにかく差が凄かった。
大手狙いで大手に入ったのもいるが、多くは惨敗して中小、或いは進学、海外留学、就職浪人、人によっては就職留年まで、いろんな作戦が生まれた。
このときは、”なんで俺たちだけこんなに酷いときに”思ったが、就職難は、その後10年くらい続き、下り坂が続いた。結果としては、アレでもマシな方だった。
早い方がマシなので、進学や留年組はさらに悪い結果になった。
俺が内定とれて安心した頃、大学にストレートで入った連中は卒業だった。
俺は浪人してるので1年遅れ。
このときバーベキューをやったのだが、普通の公園みたいなところで、さあ焼け、みたいな感じで会場が良くなかった。
かまどじゃないが、レンガで火を使う場所が仕切ってあって、狭苦しい。
小学校で飯盒炊爨とかやるが、ああいう団体様向け施設という感じだった。
蚊も多いし、あまり良い場所では無かった。
そのときはあまり感じなかったのだが、その何年か後に行ったところが凄かった。
広々とした、きれいな河原でバーベキュー。
前に、ただの公園みたいなところでバーベキューやったのがバカみたいだと思った。
人工の公園ではなく、大自然の中、とてもきれいで良いのだが、公共の交通機関が一切無い。
なので皆、自家用車で行くわけだが、どう考えても、何割かは酔っ払い運転だ。
はじめから酒を全く飲まない人を除くと、9割か10割か……10割は無いな。9割か9割五分くらいか。
この当時の飲酒運転の基準は甘く、行ってすぐ乾杯だけして夕方運転して帰るくらいでは飲酒運転にならなかった。
アルコールの検出レベルが相当高い。少々のアルコールは検出されない。
なんと、警官が息の臭いで判断していたのだ。
なので、当時の常識では、そんなレベルでは飲酒運転に入ると思わなかった。
実際10時に一杯飲んで、車運転するのは16時頃。当時の感覚ではこれは問題無かった。
ただ、どう考えても、普通に飲んでて、そのまま運転しているように見える人も居た。
そういう人は少数派ではあるけれど、あれは当時の感覚でもアウトだった。
ただ、そんなレベルで飲酒運転に対して緩かったのは事実だと思う。
そもそも土地的にも飲酒運転前提みたいなところで、何もない森の小道に一件だけ飲み屋がポツンと有ったりして、どう考えても、この店には車で来るはずで、飲酒運転前提だろ、みたいな世界だった。
田舎は皆そんな感じかもしれないが、俺はその時、山梨というのは凄いところだなと思った。
※山梨じゃないです
そして、この頃、急激に飲酒運転の厳罰化が進んだ。
元の基準が緩すぎるのだが、呼気中のアルコール濃度を機械で数字で出せるようになったのだ。
こういう施設は、今後やっていけるのだろうか?なんて思ったものだ。
この頃は、交通事故で人を殺してもまた運転して2人目を殺すことも余裕でできた。
事故に対する罰則が緩すぎた。
その割には、スピード違反の罰則は重かった。
整備された良い道で、周りの車に合わせて走る分には多少早いからと言って、そんなに問題ないのだが、そんなところでスピード違反の取り締まりをする。
警察には警察の都合があるとは思う。だが、交通安全を重視していたかは疑問に思えた。
結局のところ、交通違反で捕まりたくなければ、車に乗らないのが根本対策になる。
だいたい、気付きにくい標識を設置して、違反したと言って捕まえる。
故意にやったわけでは無いので、再発防止したいなら、わかりやすく標識を設置するのが正しいと思う。結局のところ、捕まえるためにトラップを仕掛けてあるのと同じことだ。
Y字路で、こっちに対する標識ではないだろうと判断して進むと実は違反していたりするが、滅多に通らない道を走行中にその標識がどちらの道を指しているかはだいたいの勘で見分けるしかない。
車を運転することがリスクになる。
乗るなら、いつも通っている良く知った道だけを走る。
速度違反に関しては、多少なりとも改善したような気はしている。
昔は果てしなく交通安全に寄与して無さそうな取り締まりだったものが、そこまで酷いのは減ったように思える。
都市部ではそんな感じで、車を運転すること自体がリスクになるような状況だったが、山間部は飲酒運転でも放置されていたように思う。
※今は飲酒運転の確認で止められることも無くなったように思います
俺はこの当時、ここは山梨県だと思っていた。実は神奈川だった。
後に、相模原市に合併されたとき知ったのだ。
相模川と、相模湖、津久井湖は神奈川の大事な水源地だ。
もちろん知っている。
俺が子供の頃は宮ケ瀬湖は無かったから、重要度は、より高かった。
だが、ここは山梨だと思っていた。
俺が山梨ってのは凄いところだと思っていたところは、実は神奈川だったのだ。
しかも、相模原市になってしまった。
相模原だと、横浜のすぐ隣みたいなイメージがある。
びっくりだ。
この時のバーベキューは、俺にとって特別なものになった。
これが後に、人生を左右する大きな出来事に繋がっていく……
思えば、この状況を作り出すために俺は浪人することを選んだのかもしれない。




