23-35.再会、生還後の洋子(6)
俺が言わなきゃならないこと。
俺が、今どう思っているか……
俺だけじゃなく、小泉さんも、あの出来事で人生が狂ってしまったんだ。
俺は、小泉さんに裏切られたとは思っていなかった。
むしろ、俺は、小泉さんが困っていたなら、助けてあげたいと思っていた。
でも、そんなことしても、嫌がられるかもしれないと思っていた。
小泉さんは、俺がこれを言うチャンスを作ってくれたんだ。
今なら言っても許されること……
そして、小泉さんが聞きたがっていること。
こんなこと軽々しく口にしては、いけないと思う。
だけど、今なら言って良いと思った。
「俺は、小泉さんが幸せじゃないと知ってたら、助けになりたかった」
これは本心だった。
すると、小泉さんが答える。
「ありがとう、そう言うと思った」
それだけ言うと、小泉さんは、泣いてしまった。
よくわからないけれど、小泉さんは、この言葉を聞きたがっていた。
俺が、そう答えることを予想していた……期待していた?
何かがあったから、俺に連絡を取った。
今井さんから話を聞いて、俺に連絡を取ったのかと思っていた。
でも、もしかしたら、順番が逆なのかもしれない。
時が満ちたから?
俺が、いつになっても小泉さんに連絡をしないから、俺が恨んでるかもしれないと思ってたのかもしれない。
いや、もう少し消極的なものか。俺が小泉さんを助けたいと思ってるという、確信が持てなかったのだろう。
当時の俺は、物事をはっきり言わない若者だった。
俺は、高校卒業の時、あのマンガのメモに気付かず連絡しなかった。
そして、小泉さんの離婚後にも連絡しなかった。
どっちのときも、電話番号なら知ってたのに……
でも、理由は、恨んでいたとか、嫌いだったとか、興味が無かったとかではない。
俺は、小泉さんは幸せに暮らしていると思っていたから。
俺は、小泉さんが離婚したことも、苦労してたことも知らなかっただけだ。
小泉さんは、ダイ君の結婚式の後、何年もしないうちに離婚していた。
ダイ君の結婚式のあと、俺の人生は消化試合に入った。
あれから20年。その間、ずっと俺は離婚していることを知らなかった。
俺の人生消化試合はいったいなんだったのだろう。
だけど、この20年に理由があったとすれば?
大学卒業すると22歳。もう学校は卒業しているだろう。
もし、娘さんが大人になるのを待っていたとしたら?
娘さんが大人になったから、自由に動けるようになった。
今は実家に居るみたいだし。
ダイ君の結婚式のとき、お子さんは幼稚園か小学1年生くらいだったはずだ。
あれから20年だから、おそらく就職してるはずだ。
なんでこのタイミングなのかと思ったけど、娘さんが独り立ちしたから?
ああ、だから今井さんが俺に電話しろって言ったんだな。
何となくわかってきた。
ああ、お子さん就職して一区切り着いたのか。
子育てお疲れさまでしたってところか。
離婚してるし、俺は仲良くなっても構わないのか?
子供のことを考えて、今まで男と接触するのを避けていたとしたら?
理由が、子どものためであれば、ようやく暇な時間ができて、話ができる時間が取れるようになったなら、べつに男と仲良くても問題無い。
まあ、この歳になって今更ではあるけれど、俺は今でも、一緒に歳をとって死ぬまで一緒に過ごすパートナーが居てくれたら嬉しいとは思っている。
それが小泉さんだったら、俺は嬉しい。
俺の人生は、消化試合ではなくなると思う。
気付くと、小泉さんがこっちを見ている。
「ごめんなさい、私のせいなの」
なんの話だ?
俺は、”小泉さんが不幸だったら、助けになりたかった”と言った。
その答えがこれか?
「栫井君が独身でいるのも」
ぐぬぬ、まあ、確かに結果的にはそうかもしれないけど、俺は恨んではいなかった。
「いや、俺は気にはなっていたけど、恨んでなんかいなかった。
それに、再び話ができて良かった」
「違うの」
会話は成立していないのに、なんだかわかるような気もしていた。
俺は何かを知っているのかもしれない。
しばらく前から、度々あった。
俺は何か記憶を封印されているんじゃないかと感じるときがある。
なんだか、その、俺が思い出せない何かを指摘されたような気がした。
つまり、小泉さんは……
”俺が独身なのには理由があって、小泉さんは、それを知っている”と言っているのではないか?
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「俺は、小泉さんが幸せじゃないと知ってたら、助けになりたかった」
洋子は安心した。
「ありがとう、そう言うと思った」
ひさしぶりに会ってたくさん話をした。
昔と変わっていなかった。
なんで、もっと前に連絡をとらなかったのだろう。
恨むどころか、"助けになりたかった"と言った。
洋子は思ってることが言葉にならなかった。
栫井が、樹海で写真を見る姿を思い出してしまい、涙が溢れる。
会う前は、なんで私を幸せにしたがるのかと不思議に思っていたが、顔を見てすぐわかった。
私が不幸になるのが嫌なのだ。
私を残して去るクセに、幸せを望むのだ。
こう見えて、栫井はけっこう我が儘なのだと思う。
頭の中で、死神に話しかける。
「死神さん、あなたの言う通りだった」
『だから言うたではないか。それにしても話が長いのう。早う、石を渡すのじゃ』
死神の言う通りだった。
洋子はようやく決心して話を進めることにした。
首を振り、言う。
「ごめんなさい、私のせいなの」
「…………」
栫井は、ピンと来ていないようだった。
「栫井君が独身でいるのも」
「いや、俺は気にはなっていたけど、恨んでなんかいなかった。
それに、再び話ができて良かった」
たぶん、栫井君は、そうなることを知った上で、そうしたはず。
私を救うために。
「違うの」
そこまで言うと、栫井は何かに気付いたようだ。
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「もし、私が死んだら、栫井君は何をすると思う?」
「へ?」
突拍子も無い質問に、混乱する。
俺は何をする?
”どう思う”だったら、わかる。悲しむ。
それが、故意であれば、やめて欲しいと思う。
小泉さんが死んでしまったら、俺は悲しいだけでなく、もっと大きな呪いを受けてしまいそうだ。
そう考えているうちに、再度聞かれる。
「もし、私が死んだら、栫井君は何をするかわかる?」
ぐぐっと、乗り出して迫って来た。
どういうことだ?
死ぬ気……なのか? 最後に会いたかったってことか?
そんなこと聞かれたら、俺は心配で夜も寝られなくなってしまう。
そのとき、手を握られる。
「栫井君」
ずいぶん弱々しい手だった。
凄く驚いたけど、何とか正気を保つ。
きっと、セールスか何かだ。騙されるな、俺。
なんとか気を逸らそうと努力する……全然効果無いが。
何歳であっても俺はやっぱり小泉さんが好きなのだと思う。
愛おしく感じてしまって、なんか騙されても構わない気もしてきた。
ぐふっ、俺が小泉さんに弱い理由だ。
俺は何故か、小泉さんに酷い目に遭わされても、怒りに繋がらないのだ……
そんなことを考えてるなど、洋子は全く気付かない。
「栫井君、ごめんね、私……栫井君が私の写真……」
小泉さんの目から凄い勢いで涙が零れる。
凄く焦る。
凄い勢いで涙が溢れ、その上、”写真”。思い当たることが無い。
「覚えてる?
私が死んだとき、あなたは悲しんで、富士の樹海に行った」
「え? 小泉さん?」
”私が死んだとき” 死んだときってなんだ?
なんの話だ?
あれ? 小泉さんが死んだとき?
俺は幽霊と話をしてるのか?
でも、樹海は知ってる気がする。変だ。
俺は樹海には一度も行ったことが無い。
……のに、樹海に行ったイメージがある。
俺は樹海に行った。なんでだ?
いや、行ってないのに歩いた実感がある。
俺は絶望して樹海に? なんだコレ?
記憶がどんどん増えている?
混乱してると、じわじわと何かが伝わって来た。
涙が溢れる。
悲しい? いや、嬉しいのか?
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「栫井君?」
急に栫井が涙を流したので、洋子は驚く。
大人の男が涙を流すところを、こんなに間近から見たことが無かったのだ。
だが、この反応を見れば、洋子も気付く。
石を渡す前に確認しておきたかったことを、栫井が、今、思い出したことに。
そうだ、”石”、心当たりがある。
洋子は、体のどこかに石を持っている。
洋子は意図していなかったが、手を触れただけで、栫井に、石の記憶が伝わってしまったのだ。
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理由は分からないけれど、いくらでも涙を流していい理由があるように感じた。
次に思ったのは小泉さんが生きてるってことだった。
生きてる!
涙の理由。まず。ちゃんと生きて再会できたこと。
そうだ。俺は生きている小泉さんと会いたかった。
本当に会えたのか!
「良かった。生きて会えた」
そう言うと、洋子は、頷く。
良かった。生きて会えた。
俺は生きている小泉さんと会って話がしたかった。
俺の願いは叶っていたのか!
加齢臭と転移する竜の横浜編の抜粋版です
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