23-34.再会、生還後の洋子(5)
今井さんは、俺に借りがあると思っていたようだ。
思い当たることはある。
簡単に言うと、貸しがたくさんある。
俺は、小学校は別だが、中学と高校が今井さんと一緒だった。
中学は普通の公立。同じ中学の学区内なので家は比較的近い。
つまり、高校のときの通学が一緒になりやすい。
一緒に通学していた。仲が良かったからではない。
確かに仲は良かったが、護衛だ。
俺は見慣れてたせいか、単に美人だとしか思ってなかったが、相当な美人なようで、独りにすると危ないので、よく俺が護衛させられた。
俺は、今井さんが近付いて来るので、俺に気があるのかなんて思ってしまったこともあるが、実は、むしろ、”さっぱり何も無いから”俺に近付いてきたのだ。
それを知ったときは、ガッカリした。
それに、護衛と言うのも語弊がある。
俺が能動的に守ってあげるのではなく、受動的に守る。壁だ。
単に1人になるのを狙ってるやつに隙を与えないため。
それに2人切りというわけではない。だいたい3人だった。
女二人と男一人の3人組だと、けっこう告白避け効果がある。
それでも寄ってくると、杉と俺を置いて、今井さんが逃げる。
杉……中学の時の杉は杉田さん。ユッコの方だ。
小泉さんと仲が良いのは杉と言っても、高杉さんの方だ。
小泉さんも可愛い方だったと思うが、一緒に居るのが今井さんだと感覚がマヒしてしまう。
俺は特に可愛い子と話してるつもりが無かった。
俺は今井さんの役に立てただけで嬉しかった。
小泉さんと初めて話をしたのは、高校に通い始めてしばらくした頃だったと思う。
杉と仲が良かったみたいで、いつの間にか、今井さんとも一緒に居ることが多くなった。
俺は今井さんのオマケ。
俺は中学生の時から今井さんが好きだった。
でも、今井さんは皆の憧れって感じで、あんまり、恋愛的な意味での好きではなかったかもしれないと思った。
お互い好意はあるけれど恋愛の対象外同士だと、男女でも、同性の友情みたいなものが成立するのだと思う。
俺と今井さんは、進学した高校も一緒だった。
杉……ユッコの方の杉も一緒の高校だったけど、すぐに離れていった。
今井さんの巻き沿いで、ちょっといろいろあって。
俺も、嫌がらせされたりとかけっこうあった。それでも、今井さんの役に立つなら、まあいいかと思っていた。
それが今井さんへの貸し。
杉……ユッコと入れ替わるようにして仲良くなったのが、杉……高杉さん。で、こっちの杉と仲良かったのが小泉さん。
俺から見ると、小泉さんは、今井さんと杉のオマケだった。
高杉さんは、ユッコと違って、口が達者で、変に頭の回るやつで、壁にも最適だった。
高杉さんと仲良くなった当初、俺にとっては、”杉”と言えば、ユッコの方だったのでわかりにくかった。
ところが、杉は名前呼びを、過剰に嫌うのだ。しかも、言い方が特徴的だった。
「ほら、杉じゃわかりにくいから、蘭て呼んでもいい?って聞いたとき、
”名前呼びはカンベン、カンベン”って、お前は歌舞伎モノかよ!ってさ」
「いやだ、それ覚えてたの、ふふ」
あの座敷わらしみたいな見た目で、蘭は、ちょっとギャップ有ったが、悪いことはないと思う。
「知ってる?知ってるわよね? 許婚が居たの」
「そうらしいね」
「その人以外から名前で呼ばれたくなかったんだって」
おお!なるほど、凄く納得した。
「ああ、許婚の件はだいぶ後に聞いたけど、名前呼びを嫌がる理由がそれだとは、知らなかった」
そう言ってくれれば良かったのに……まあ、言えないか。噂になっちゃうもんな。
許婚なんて、マンガの世界だとばかり思っていた。
身近なところに居ることに気付かなかった。
女の話題と言うのは、恋愛話と相場が決まってるもんだが、今井さん、杉、小泉さんの3人は恋愛話をまったくしないので、安心できた。
今井さんは年齢と理想の相手像がはっきりしてて、高校生のうちに付き合う気が無い。杉は、恋愛に興味無いかと思ってたけど、許婚が居るから、恋愛話はしたくなかったのだと思う。
小泉さんは、どうだったのだろう?
俺から見ると、小泉さんは、女子にしては恋愛話とかしないし、内に秘める何かがあるわけでも無く、恋愛に対してはボケーっとしているように見えていた。
だから、気にせず話ができた。
でも、杉が名前呼びを嫌がる理由……そうだったのか。一途だな。
「でも、悪いことしたな。理由を知らなかったから、何度も名前呼びしちゃったよ」
「今はそんなのどうでも良さそうだけどね」
杉にしてみれば、予定通りの姓になったので、旧姓で呼ぶくらいなら名前で呼べってことなのかもしれない。
「仲良くやってるのかな」
「うん。仲良さそう」
「親が決めた相手なのに」
偶然なのだろうか、それとも、子供の頃から許婚が居ると知って育つと、収まるところに収まるのだろうか?
「自分で選んで失敗する人も居るし」
それを言われると気まずい。
「まあ、蘭も愚痴はよく言ってるけどね」
「今井さんも」
「うん。玲子も元気。私と違って、あんな状況でもちゃんとした相手探してしっかりやってるからね」
「俺はバツイチですらないのだが」
「栫井君がバツイチになるわけ無いでしょ」
ん?
「なんでだ?」
「だって、奥さん大事にするでしょ」
大事にしたいが妻がいない。
妻になってくださいって頼んだら、聞いてくれるだろうか?
「うん。居たら大事にするよ」
「わたしね、大事にしてくれる人と結婚したかった」
「うぇ?」
この流れって?
「私の話、聞いてくれる?」
この歳になってまさか……
「う、うん」
「玲子に一時期嫌われてたの、元旦那のせいなの」
その話かよ!!
ちょっと期待してしまった自分が嫌になる。
…………
…………
恋人時代の小泉さんの元旦那さんは、少々軽いだけで、特別悪い人では無いと思う。
わざわざ逆鱗に触れに行って、小泉さんの評価も下げたという過失はあるが。
問題は結婚後だ。
俺が大事にしたかった人を、放り出して……
それにしても、なぜ今になって小泉さんは、連絡をしてきた?
「もっと早く連絡くれれば……」
「裏切った私から連絡なんて」
「じゃあ、なんで今になって(連絡してきた)?」
「うん。それは、あとで話す。まだ聞きたいことが」
妙だ。それを話すと、話が終わってしまうことか?
「聞いておきたいことがあるの。栫井君も、言っておかないとならないこと」
「……」
何の話だ?
「ダイ君の時」
高校の時の同級生の結婚式の二次会の時の話だ。
俺と小泉さんが最後に会ったときでもある。
あのとき小泉さんは”また後で”と言って、去って行った。
それが今なのか?
そんなわけはない。
何か理由があるのだ。今聞く必要のある理由。
今井さんから何かを聞いて、俺の話と照合するため?
今になって、過去のことを掘り起こさなければならないことがあるのか?
”動物のお医者さん”、”ダイ君の時”、このキーワードを出しておいて、俺が言わなきゃならないこと?
「ダイ君の時、時間があったら聞きたかったことが……」
そこまで話しただけで、小泉さんが話し出す。
「なんて書いたか正確には覚えてないけど、あの後も、こんな関係が続けばって思ったの」
俺があの時聞きたかったことが何だったのかを、小泉さんは知っていたようだ。
ただの挨拶ではなく、言葉通りの意味だった。
あのとき、俺が気付いていれば、ずっと付き合いが続いたのかもしれない。
だが、俺は気付かず、気付いたときには遅かった。
「あのメモ……気付いたのだいぶ後で、そのとき小泉さんにはステキな彼が居るって」
「そう。私が裏切った」
小泉さんは、どうやら、そこで、裏切ったと思っているようだ。
「いや、そもそも俺が読み損ねただけだし」
「それにステキじゃないわ。私がバカだっただけ。結局、こんなになっちゃったから」
こんなに?
やつれちゃったことか?
ここで、衝撃を受ける。
「幸せなら邪魔する気は無いって」
うぇ? 何故知ってる?
独り言とかは言うかもしれないけれど、俺、誰かにその話したか?
今井さんから聞いたんだよな?
今井さんはどうして知ってるんだ?
ダイ君の結婚式の後、俺は今井さんに会ってない。
「俺、その話、したっけ?」
「わたしね、ずっと知らなくて……」
ごまかされた?
知らないも何も、たぶん、俺は誰にも話していないと思う。
今井さんから最近聞いたのだろうか?
俺はその話を誰かにしたことがあるのか?
「私が幸せじゃなかったとしたら?」
「え?」
「私が幸せじゃなくて、離婚してたら?」
「そんなことがあるなら、かわりに俺が……
でも、小泉さんが迷惑かもしれない」
「なんで?」
え? なんでと言われてもな……
「いや、今井さんだって、あんなに男除けで困ってたし、小泉さんも困るんじゃないかって」
「なんで、そう思うの?」
「男に付きまとわれると怖いだろ」
「そんなこと無いよ。栫井君なら」
「俺でいいなら」
「いいに決まってるでしょ。そんなんだから、私が栫井君裏を切って……」
なんだこの流れは!
俺はなんかよくわからないうちに、追い込まれてないか?
俺が言わなきゃならないことって……