23-33.再会、生還後の洋子(4)
小泉さんの話は意外なものだった。
「ずっと気になってて、私が裏切ったせいで、こんなことに」
「裏切った?」
俺は裏切られた。……何の話だ? 身に覚えがない。
今井さんが、今更になって、小泉さんに何かを話したのか?
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洋子は、石から読めた情報と、死神から聞いた話で、栫井のことをたくさん知っていた。
だが、栫井は、そのことを知らない。
それを承知でいきなりぶつける。
「動物のお医者さん」
洋子は知っていた。
栫井が、メモに気付かなかったことを後悔していることを。
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「え?」
ああ、アレのことか。
いきなりのキーワードに、栫井は驚くが、同時に、予想が当たったような気分になる。
高校の頃、小泉さんとは、マンガを貸し借りする事があった。
小泉さんに貸していたマンガが返ってきたとき、メモが挟んであった。
そのマンガが”動物のお医者さん”という、ちょっと変わった名前のマンガだった。
俺の心には、くっきりと刻み込まれていた。
「ごめんなさい。あのとき、もっとちゃんと口で伝えていれば」
あれは後に呪いになって俺の心に突き刺さった。
確かにアレは俺の人生を左右する出来事だったかもしれない。
……が、単なるメモである上に、しかも、俺が気付かなかっただけだ。
もしあのとき、俺が気付いていれば……なんて、何度も思ったけれど。
確かに俺もずっと気になってはいたけれど、今、何か有るのか?
「あ、ごめん、あれは俺が気付かなくて……」
「あの後ね、よく考えたら、私が裏切ったせいで、今でも独身なんじゃないかって」
ぐぬぅ。俺の心が致命傷を負った気分だ。
独身に関しては、実は、俺もそんな気がしているのだ。
「ああ、そ、それは、」
事実のような気がするので、うまいフォローができない。
呪いのことを知っているのだろうか?
知ってて呪った?
いや、それは無理だと思う。
汗がだらだら流れる。
でも、俺は裏切られたとは思ってない。
これは事実だ。
「俺は裏切られたなんて思ってないんだ」
俺が独身である理由と、過去にあった小泉さんとの諸々の出来事には関係はあるような気はする。
もしかして、それを謝りたかったのだろうか?
今更?
「もし読んでたら、もっと違う人生になってたのかな?」
「え?」
なんだ?この流れ。
「わたし、栫井君が何をしてたか聞きたいの。大学生活は?」
意味が分からない。今、過去を振り返ると良いことがあるのか?
そう思いつつも、なんかだらだら話してしまう。
「うーん。ひたすらバイトして、その金でゲーム買ってゲームやってた記憶しかない」
「ゲーム好きだったもんね」
やるべきときに、やるべきことをやっておかないと、反動が出る。
なんか、俺の大学生活は、ゲームだけみたいな話をしてしまう。
…………
…………
「女の子とは? 気になることか居なかったの?」
「いや、さっぱり。頑張ったんだけど、仲良くなれなかった。
俺は世の中に女はいっぱいいるから、俺と付き合ってくれる女性もいるかと思って探してたんだ。
でも、仲良くなれなかった。
ダイ君のとき、小泉さんと話をして、諦めた。
俺は、女の子と話すの苦手みたいで」
そもそも俺は、小泉さん以外の女性と話すのは苦手だ。
無理すれば話せるが、無理して話さなければならない時点で、話が苦手なのだ。
今も、こうして2人で話せているのも、きっと相手が小泉さんだからで……
「呪いがかかってるかのように?」
「え?」
小泉さん、何か知ってるのか?
俺のこと。
俺が呪いに気付くのは、バーベキューよりずっと後のこと、今井さんも知らないはず。
小泉さんは、いったい何を知ってるんだ?
今日話したいことと言うのはそのことか?
「聞きたかったのは、栫井君のこと。
バーベキューの時のこと聞いたんだけど」
バーベキューは高校のメンバーとも何回かやった。
当時アウトドアブームみたいなものがあって、何故か山奥にキャンプ場が大量に作られ、キャンプ時代に突入した。
昼の部だけで帰ると、バーベキューになる。
小泉さんが知りたがっているのは、今井さんと話したときのバーベキューの話だ。
「河原のキャンプ場のバーベキューは、公園でやってたのが馬鹿馬鹿しいくらい爽快だったよ。
一回くらい来ても良かったんじゃないかな」
旦那さん同伴だと、俺が精神的に死亡してしまう可能性が高いので、それはそれで困るのだが。
なんてことを考える。
「私も行きたかったけど」
「けど?」
「聞いたよ。栫井君、飲みすぎて倒れたって」
けど、何だったのだろうか。
気になるが、飲みすぎた話をする。
あの時は最悪だった……
なんとなく高校が懐かしくなって、小泉さんが来ないのは知ってたんだけど、何故か、小泉さんを待ち続けて……
「あのときは、留学組がクダ巻いて、今井さんたちがこっちに避難してきて」
「玲子はいつも、栫井君のところに逃げるからね」
確かにそうなのだが、凄く語弊がある。
「玲子に、いろいろ話しちゃったんでしょ」
ぐふっ、なぜ今そんな古い話を……
いや、聞きたいのがその話だと言うのはわかってるんだけど。
「普段話さないことまで、話しちゃったみたいで……
ごめん。小泉さん結婚してるのに……」
「その話聞いて、嬉しかった。それで、お話したくなって」
嬉しかった?
あのときの話を今頃聞いたのか?
それで会ってくれたのか!
「なんで今更」
「バーベキューの話は禁句で、部分的には聞いたこともあったけれど、
ちゃんと聞いたのはじめてだったのよ」
「禁句? ああ、あのときは留学組が……」
「違う。そうじゃ無いの。
わたし、なんで行かなかったか知ってる?」
「え? 忙しいとか、用があるからじゃなくて?」
「わたし、あの頃、玲子に嫌われてたの」
「は?」
初耳だ。その上、豪快に違和感がある。
今井さんの性格とも合わないし、小泉さんが嫌われてたのに、今井さんは小泉さんとのこととか、突っ込んで聞いてきた。
嫌っているようには全く見えなかった。
あのときの今井さんの態度は、小泉さんを嫌ってるような感じではなかった。
だから、俺は小泉さんのこといろいろ聞かれちゃったわけで。
それに、元々、今井さんは誰かを嫌ったりしない。
「勘違いじゃないか? よほどの理由も無しに?」
「よほどの理由が有ったら?」
「喧嘩でもしたのか?」
「玲子は、そのくらいのことで仲間外れとかしないでしょ」
それもそうだ。
「何か理由が有ったのか」
「私が栫井君を裏切ったから」
ぬう、そこに繋がるのか。
なんでだ?
俺は裏切られた気もしてないし、俺を裏切ったくらいで、仲悪くなるか?
温厚な今井さんが、小泉さんを嫌う理由にしては弱いように思ったのだ。
「元旦那は、もっと凄く嫌われてたけど」
今ならわかる。洋子には男を見る目が無かった。
”元旦那”やっぱり離婚してたのか。
「あのまま付き合い続ければ良かったのにって」
あのまま付き合い続ける?
俺はあのとき小泉さんと付き合ってたのか!
「私がいけなかった。
玲子はね、栫井君に借りが有るって」
それには、少々心当たりがある。
ああ、けっこう、とばっちりに遭ったからな。
「ああ、でも、俺のために小泉さんが……」
「そんなことは、玲子(旧姓 今井)だって知ってるわ」
今井さんは、見た目も性格も良い子だった。
凄く人気あったし、俺も内心好きだった。
ただ、どういうわけか、俺は、今井さんのせいで酷い目に遭うことがあった。
今井さんが悪いわけじゃ無いんだが。




