23-32.再会、生還後の洋子(3)
一方、主人公のおっさん、栫井の方は、洋子との再会の約束に、割と浮かれていた。
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突然、小泉さんから電話があった。
小泉さんは、俺にとっては、特別な存在だが、
俺の気持ちを切り離して表現するなら、”高校の頃一時期少し仲が良かっただけの子”と表現するのが正しいように思う。
俺にとっては、もっともっと特別な存在なのだが。
最後に会ってから、20年近いというのに、今頃になって突然なんだろう?
電話があったことが予想外過ぎて、会う約束をしただけで、用件聞くのも忘れてしまった。
急に俺に会いたくなった……なんてことはある訳無いし、
なんか変なもの売りつけられたり、宗教に勧誘されたりするのだろうか?
とか思いつつも、ちょっと嬉しい。
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平日が多少長く感じたが、土曜になった。
今日は、小泉さんと会う日。
20年近くも会っていない。なのに、それほど緊張しない。
年をとると、極端に緊張したりしなくなる。
物事に対しての感度が下がっているのだ。
年を取るというのは、物事に対する感度が下がることなのではないだろうか。
そんなことを考えつつも、いつもよりちょっと早めに目が覚めてしまった。
なんだかんだで、少しは緊張しているのだ。
何を着て行けば良いのだろう?と思ったが、緩すぎず、堅すぎないのはビジネスカジュアルとか、そんなのしか持ってなかったので、それで行く。
今回は、準備する時間も無かったし、特別な服を用意する必要も無いだろう。
”ビジネスカジュアル” この半端な格好は、汎用性が高く、こういうときには、案外重宝する。
一時期社長が、”これからはビジネスカジュアル”とか言い出して、”なるべくスーツを着てくるな”とか言い出したとき買ったものだ。
スーツを着てくるなと言うので、何着も買った割に、結局、客に呼び出されるとき不便なので、瞬時にスーツに戻った。当初の目的通りの用途にはほとんど使わなかった。
ああいう風に、思い付きで何かをやるのは迷惑なので辞めて欲しい。
だいたい、偉い人の言うことは、下々の者には災難として降りかかってくるのだ。
うちの社長の言い出すことくらいなら、被害者も少ないが、もっともっと偉い人が言うことは、天災に近い被害をもたらすことがあ。
クールビズとか、プレミアムフライデーとか、お上が思い付きで言い出したようなやつは、だいたい失敗する。
プレミアムフライデーなんか、成功する要素が無い。
なんと、2回目のプレミアムフライデーが3/31で、これ言い出したやつバカだろと思うくらい酷い有様だった。
なんで、よりによって、1年で一番忙しい日にプレミアムフライデーとか言って、帰らせようとするか。
まあ、あれは、思い切りスルーされたので、社会問題にはならなかったが。
お上が、どれだけ世間と感覚がずれているかを思い知らされる事件だった。
あのときは、うちの社長がプレミアムフライデーとか言い出したらどうしようかと、社内でも話題になった。
思い付きでものを言う連中は、現実を無視する。
仕事量の調整無しに、とにかく帰れと言い出すので厄介だ。
帰ったふりをして、後で社に戻ったり、むしろ不正、負担が増える。
無理なことを要求すると不正が横行する。
なので、余計なことは言わないで欲しい。
幸いプレミアムフライデーは、社長がスルーしてくれたので、不正は起きなかったが、逆に、実際に実施している人が存在するのか怪しいくらい、実施例は少なかったと思う。
時間もあるし、なんか、パリッとしてないのが心配になってきて、アイロンがけをする。
ぜんぜん変わらない。
アイロンかけてもあんまり変わらなかった。無念。
元から、ぱりっとしないやつなのか。
時間を見て驚く。あれ?
意外に時間が経っていた。
急いで出かける。
早すぎるかと思ったが、アイロン掛けとか余計なことをしていたら、今度は遅くなってしまった。
微妙に遅刻か?
待ち合わせ場所は市内なのでそんなに遠くはない。昔通っていた高校の近くだ。
待ち合わせの駅に着くと、かなり変わっていて驚く。
最後に来てから何年経つか?
元々ここは、俺はあまり来ない駅で、あまり馴染みは無い。
ただ、少々特別な場所ではあった。
小泉さんと待ち合わせしたことがあるのだ。
高校の近くで少々栄えた駅って感じだったが。
あのときの小泉さんは可愛かったな。会えた時の反応が。
俺を見てあんなに喜んでくれた女性は、小泉さんくらいのものだと思う。
小泉さんも、あのときのことを覚えていてくれたんだと思う。
たぶん、そのせいでここを選んだのだろう。
俺は、それを覚えてくれただけで十分嬉しく思う。
あの頃は、携帯が無かったので、慣れてないと待ち合わせて合うのが難しかった。
○○駅で何時とかいう、大雑把な内容で待ち合わせすると、会えない可能性が凄く高い。
だから、会えた時嬉しかった。
あのあと何かの用事で来たことがあるが、20~30年ぶりに来た。
まだ新しく見えるので、そんなに昔からこうだったと言うことは無いと思う。
設備が古くなって更新時期が来たのかもしれないが、それにしても、人口が減っているのに、街は発展していく。
つまり、地方が凄い勢いで衰退して、人口は集中する傾向が、今でも続いているのだろう。
人口を集中させることによって、浮くインフラ整備費用が成長の原動力だ。
コンビニが固まって存在する理由と同じだ。
首都圏一局集中を避けることはできるが、地方に人口密集地を作り、周囲の過疎化を進める結果になる。
そんなことを考えながら、進んでいくと、なんか違う感じだ。
あれ?
出たい方向と別の方に出たか?
駅自体は大きくもないので、待ち合わせ場所は簡単にわかる。
スマホという文明の利器もある。
高校の時は、会えたら喜ぶくらい待ち合わせの難易度が高かったからな。
当時は携帯電話なんか持ってない。
昔のことを思い出す。なんだか、わくわくしてきた。
こんな気持ちになるのはひさしぶりだ。
待ち合わせ場所に向かうと、すぐ見えた。
遠くからでもすぐわかる。小泉さんだ。
ずいぶん年取ってしまったけれど小泉さんだ。
ずっと会いたかった女。なのに、妙に落ち着いているのが自分でもおかしく感じる。
小泉さんも気付いたようだ。
小泉さんが手を振った。
高校の頃みたいに、ぴょんぴょん跳ねたりはしないが、手を振ってくれただけでも嬉しい。
人を避けつつ、駆け寄る。
「小泉さん、少し遅く……」
「か、栫井君。来てくれてありがとう。
会えて良かった」
良かったというのは、言葉だけでなく、本当に嬉しそうだ。
俺も嬉しい。
遠くからだと気付かなかったが、近くで見ると、凄くやつれてる。
細身とかではなく、やつれていて少し心配になる。
あまり幸せそうには見えなかった。
でも、どうも本当に嬉しそうに見える。
何だろう? セールススマイルではなさそうだ。
会えて良かったって、スマホがある状況で……
そこまで考えて、答えが分かる。ああ、俺がすっぽかす可能性が有ったと思ってるということだ。
俺はそんなに約束を破らないと思う。それは小泉さんも知ってるはずなので、逆に、小泉さんの方が、すっぽかされることに慣れてるなら、何かのセールスなのかもしれない。
そして、首が気になる。
おしゃれじゃ無くて、隠しているという感じだ。
首が悪いのかもしれない。
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”栫井君、首を見てる”。
やっぱり変に見えるのだろう。
それは、洋子も自分でわかっていた。
実際隠すためにしていることなので、しかたがない。
そこには触れず、話を進める。
「ごめんね。急に呼び出して」
「いや、俺は平気だけど。どうせ暇だから」
”どうせ暇だから” その一言が痛い。
そう。洋子のために、そんな人生を送ることになってしまったのだ。
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近くの喫茶店に入る。
今ではめっきり少なくなった喫茶店。
今ではファミレスやコーヒー専門店に変わって、喫茶店はほとんど残っていない。
その喫茶店。
当時はファミレスにドリンクバーは無かった。
でもあのときは、この店には入らなかった。
確か、ピエロのハンバーガー屋に入った。
セット販売が始まって、以前より気軽に食べられるようになった頃だった。
何を頼んだかは覚えていないが。
小泉さんは、さっきは嬉しそうだったのに、座ったら、深刻な感じになってしまった。
「今日はなんだっけ?」
「うん。私……」
「気にせず話していいよ。とりあえず聞くだけ聞くから」
「わたし、話したいことがたくさんあって」
用事があると言うよりは、話がしたかったのか?
今になって急に話をしたくなるだろうか?
そう思いつつも答える。
「時間なら有るから」
飲み屋と違って2時間で追い出されるってこともないだろう。
混む時間でもないし。……いや、喫茶店は何時頃混むのだろう?
まあ、空席が多いので、今は問題ない。
売り込みでなければ何なのだろう?
「玲子(旧姓今井)から聞いたの。栫井君のこと」
ああ、今井さんが何かを言ったのか。
だが、今である理由が思い当たらない。
俺は、最近、今井さんと会ったことも話したこともない。
特に思い当たることが無い。
小泉さんは、時間をくれと言った。何か重要な用事が発生したのだ。