23-31.再会、生還後の洋子(2)
洋子は石を持っている。
唯が死ぬとき最後に縋った石。お守りにして、最後の気持ちを込めた石だ。
洋子も死ぬとき最後に縋った。
その結果、洋子の体の一部になったものだ。
そのとき、この死神さんと話ができるようになった。
言葉使いが変な死神さんだ。
『まさか、体に混ざるとは思わんだったからの』
それは、今は、洋子の体の中のどこかに有って、取り出すことはできないけれど、
時間を戻したとき、その石が、どうなるかは、わからないと言う。
『もしかしたら、お主と混ざらんと何度時間を戻しても、うまく行かぬのかも知れぬ。
石を持って居れば、妾と話せるやもしれぬ』
もしそうなら、栫井が時間を戻したとき、その後の運命を左右する鍵を握るのは洋子だ。
栫井は、時間を戻す前の記憶を持っていない。そして、死神さんと話をすることもできない。
「石に記憶を残すことはできるの?」
『過去の記憶が残っておるのじゃから、できるのであろうな』
方法はわからないようだ。
今のうちに、できる限りたくさんの情報を残すための、努力をしたほうが良いだろうか?
だが、ふと思い至る。
唯が生まれるまで、石を読んではいけない……つまり、読めないのではないか?
読めて、その結果、唯が生まれなければ、石に残された”唯が生きている世界”が訪れない。
だから、唯が生まれるまで、運命を変えてはいけない。
おそらくは、死神さんの声も届かないはずだ。
洋子はそう考える。
だが、もし、声が届くとしたら?
届いたせいで歴史が変わって、唯が生まれなくなると、あの石に残された”唯が生きている世界”がやってこないことになる。
「唯が生まれるまで、私に話しかけないでよ」
『おお、そうじゃの。危うく話しかけるところであった……』
と言ったあと、何か考えているようだ。
『本当にそうだったかの?』
「なにかあるの?」
『はて? でも、そう考えると変じゃな?』
何か思い当たることがあるようだ。
「何が変なの?」
『お主、子を産めぬ体では無かったかの?』
「え?」
確かに、子供は2人欲しかったのだが、唯を産んだ後、2人目はできなかった。
だが、事実として、唯は生まれた。
子を産めない体とはどういう意味だろうか?
「唯は私が産んだ子よ」
『妾が話しかけて何かが変わったところで、
生まれるのは、あの唯と言う娘で変わらんのではないかの?』
なにか思い当たる理由があるようだ。
「少々何かが変わっても、唯が生まれるの?
だったら安心なんだけど」
『まあ良い。話しかけるのは、やめておくかのう』
「忘れないでよ」
『心配するでない。妾は記憶を置いて行く必要が無い故、忘れぬのじゃ』
このとき気付く。他の皆が記憶を無くすのに、記憶を無くさない存在が居る。
他が皆忘れてしまうのに、この死神さんだけは、記憶を無くさないのだ。
「疑問に思うのだけれど、どうしてあなただけは、時が戻っても記憶を無くさないの?」
『それは簡単なことじゃな。妾は動いていないからじゃ』
動いていないから?
「どういうこと?」
『妾はお父さんに憑いているだけで、時間を遡ったりしておらぬ』
「時間が戻るのに?」
『お主らの時間は戻るかもしれぬが、妾の時は戻らぬ。
妾だけでは無いぞ。妾の持っている石もじゃ。
世界の中心は、妾のお父さんじゃからな。ほほほほほ』
「栫井君も記憶を無くすでしょ」
『あれは、時間を戻したからではない。
世界を超えるときに持って行けないものがあるのじゃ』
意味が分かったようなわからないような……
「あなた人間じゃないのよね?」
『妾のどこが人間なのじゃ! このたわけが!』
竜だと言っていたが、竜とはいったい何なのだろうか?
「私にはあなたは見えていないのだから、仕方ないでしょ」
『見えぬとわからぬとは、不便じゃの』
見えないことも不便だが、名前が無いのも不便だ。
この自称、栫井の娘の死神さんには名は無いと言う。
「あなた本当に名前はないの?」
『竜は竜に名前を付けぬ』
何度か聞いたが、毎回こう答える。
「竜って何よ」
『人間が竜と呼ぶ生き物じゃ』
このあたりが、洋子には不満だった。
どういう姿をした生き物とか説明して欲しいのに、この答えだ。
これじゃ、竜がどんなものだかが、まったくわからない。
逆に聞いたら、どうだろうか?
「竜から見ると、人間はどう見えるの?」
『そうじゃのう。小さくて、変な生き物じゃな。お前と同じじゃ。
毛が無くて、布を着けておる。
妾の世界の人間は、髪に色を付けたり、変な板をつついたりはせなんだが。
寿命が短くすぐ死ぬのう。だから、急がねばならぬのじゃ』
栫井の娘の世界の人間は、髪を染めたりはしないらしい。
体に毛は無く、服を着ている。洋子の知る人間と同じだ。
そして、竜は、大きな生き物らしい。
寿命も長い。竜から見ると、人間はとても短命らしい。
栫井は、いつか竜の娘を持つ。
他の生き物に生まれ変わるのだろうか?
「名前が無いなら、ベスで良いじゃない」
『ベスはあのダミーの名前じゃ』
「ダミー?」
何度か聞いたが、これも、意味が分からなかった。
『妾のお母さんが、そう呼んでおった。
お父さんを、呼ぶために用意した体じゃ』
「ベスは犬なんでしょ?」
計画が成功すれば、洋子の家で飼うはずだった。
紐をつけて散歩する。4本足で、鳴き声はワンとかそんな感じの生き物だそうだ。
大分苦労して聞きだした情報だが、どう考えても、ただの犬だ。
『犬ではない、ベスじゃ。お前が犬だと思っておるだけじゃ』
「本物の犬の形をした偽物だからダミーなの? なんで犬の姿なのかしら?」
『お主が好むからではないか?
お主を助けるために作られたダミーじゃからのう』
ベスが犬の姿をしているのは、洋子が犬好きだから?
そもそも、ベスという名前自体が昔、洋子の家で飼っていた犬の名だ。
だが、そのベスは、唯が生まれるより遙か昔に死んでいる。時代が合わない。
『ダミーは代々人間の女の姿をしておったそうじゃ』
「なんで? 理由があるの?」
『ダミーは全て、お父さんを捕まえるために作られたのじゃ。
お父さんは自分を人間だと思っておる故』
「人間じゃないの?」
『人間は時を超えたりせぬ。時を超えたら人間ではない。
お主のために時を超えた故』
「もう人間じゃないってこと?」
『そうじゃな』
この言い方だと、洋子を救うために人間を辞めたように聞こえる。
栫井が、そこまでして、洋子を救おうとする理由がわからない。
いったい何があったのだろう?
洋子は、何か知っているような気がするのに思い出せず、モヤモヤする。
でも、そうまでする理由があるのだ。
洋子は知っている。なのに思い出せない……
石の記憶?
洋子の体に取り込まれてしまった石に残された記憶なのかもしれない。




