23-26.洋子からの電話(7)
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”加齢臭と転移する竜”本編から「横浜編」を分離したものです。
話の並び順も、わかりやすいように入れ替えてあります。
異世界側の話も、多少入りますが、適当に読み飛ばしてください。
洋子がいつまでも電話をかけずに悩んでいる姿を見て、自称”栫井の娘”がぼやく。
『妾にはようわからんの。
そんなもので話ができるなら、さっさとすれば良かろうに』
番号知ってても電話できないことなんて普通にある。
その気持ちはわからないようだ。
「なんて話せば良いのか悩んでるの!」
気持ちの整理をする。
いきなり電話して、栫井が話を聞いてくれるものだろうか?
しかも、裏切って他の男と結婚して、その男との間に生まれた娘を助けてくれと頼むのだ。
自分が栫井の立場なら、どう思うだろうか?
正直、門前払いだと思う。
洋子は、栫井とのことは、ずっと悔やんでいた。
でも、それは結婚生活がうまく行かなかったからで、栫井が同じ気持ちを持っている可能性なんて、あまり無いのではないかと思う。
でも、洋子が死んだら栫井は悲しむのだ。
それでも、この年で実際に会ったらどう思うだろうか?
”思い出補正”、若い頃のイメージがあるから、死んだとき悲しむだけで、生きて老けた今の洋子の姿を見たら幻滅するかもしれない。
栫井が樹海で見ていた写真は、洋子が30の時のもの。50の男が30の女を見れば十分若い。
若い時には、女性には高い価値がある。
親友の玲子は特別だが、洋子にも若い頃には十分な価値があった。
でも、年を取ると価値は減って、そのうちマイナスになる。
再婚せずに過ごした洋子は、それを身に染みて良く知っていた。
シングル(シングルマザー)を続けていると、年と共に、頼んでも居ないのに”結婚してやる”みたいな態度で近付いてくる勘違い野郎が増えてくる。
何故か自動で、洋子が再婚相手を探しているけど見つからないと思って寄ってくるのだ。
立場の弱い相手に寄ってくる輩だ。
貰ってやるから、ありがたいと思って尽くせという、妻を奴隷か何かだと思っている男だ。
そんなのが、血のつながりもない娘を可愛がるかというと疑問だ。
再婚して、唯が不幸になるようなことだけは避けなければならなかった。
もちろん、そんなのばかりではないのだろうが、一つだけ洋子がはっきりと自覚していることがあった。
洋子には、男を見る目が無い。
そのせいで、唯が不幸になることは避けなければならなかった。
そして、何より怖いのが娘狙いだ。恐ろしいことに、娘が目的で、母に近付く男が居るのだ。
それも、再婚しなかった理由の一つだ。
はじめは、実の娘でも無いのに可愛がってくれるか心配していたが、娘目当てに近付いて来る男が居ることを知って、唯が中学生になった頃には、むしろ、そちらを気にしていた。
洋子はどんどん価値を失っていくのに、唯は価値が増していく。
洋子は実際のところ、特別男を見る目が無いわけではないのだが、最初の結婚で失敗して以来、すっかり疑心暗鬼になってしまっていた。
だから、交際なんてしないし、再婚だって、唯のことを考えてなら有ったが、自分のためにと言うのは無かった。
だから、そうまでして大事に育てた唯が死んで絶望したのだ。
洋子には男を見る目はなかったが、栫井が、昔と変わっていなければ、間違いなく信用できる。
だから、マンガのメモのこと、ダイ君の結婚式の時のことを気にしていたのだ。
そして、自分から連絡できなかった理由でもある。
洋子にとっても、栫井は特別な存在だった。
とは言え、相手がどう思うかは別だ。
若いときならともかく……40でも厳しいと思うのに50。
こんな白髪交じりのオバチャンに価値なんて無い。
1回会うだけなら、白髪はその時染めれば良いのだけれど。
年齢はどうにもならない。普通に考えたら、お断り物件だ。
さすがに、40半ばを超えてからは、玲子や杉にも、栫井と連絡取れとも言われなくなった。
どう考えても、時期を外している。
(実際は、唯が就職して、もう、助けを必要としなくなったから)
そんな年の女から電話が来ても、どう思うだろうか。心配になる。
洋子が栫井の立場なら、電話なんかされても困るかもしれないと思う。
でも、どう思われようと会って、骨を渡さなければならない。
覚悟を決める。
好きか嫌いかじゃない。幻滅されるかもしれない。
でも、それを受け入れ、とにかく栫井に会って、石(骨)を渡さなければならない。
散々悩んでいるうちに、電話をかけようと手に持つスマホが汗塗れになった。
防水で良かった。なんてことを思う。
※ほんとは防水じゃないです。洋子が防水だと思ってるだけです
決心がつかないまま、電話をかける。
タッチパネルの反応がおかしいので、一度拭く。
汗で反応が悪くなってしまったのだ。
電話帳から栫井の名を探す。
「もう、使いにくい」
八つ当たりだ。
スマホになってから、確実に電話はかけにくくなった。操作的に。
昔の携帯電話は少々手が濡れてても、操作上、何の問題も無かった。
携帯電話が、携帯電話にいろんな機能を付加したものなのに対して、スマホは、電話をすることも可能な端末なので仕方が無い。
栫井の名が見つかる。
さっきから、何度も同じ操作を繰り返しているのだが。
「栫井君暇そう?」
『板を叩いておるぞ。あれは何をしておるのかのう?』
やはり暇そうだ。
さっきからずっと変わらないのだが。
洋子は通話を押す。押そうか迷っているうちに、指が触れてしまったのだ。
そして、呼び出し音が聞こえた瞬間、繋がった。
「はい、もしもし」 栫井が電話に出た。
あまりにも出るのが早いので、電話をかけた洋子の方が驚く。
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「か……こいくん?」
え?小泉さん?
ものすごく驚いた。
本当に小泉さんか?
着信して画面が切り替わる瞬間、小泉さんの名前が見えた気がしたのだ。
「あ、か栫井です……」
着信したとき名前がでるのだが、一瞬小泉さんの名前が見えたような気がしたが、連打中だったので、即とってしまったのだ。
「おひさしぶりです。栫井君、小泉洋子です。
高校2年生のときクラスが一緒だった……覚えてる?」
「もちろん覚えてるよ」
覚えてるかなんて……忘れる方が難しい。俺に呪いをかけた主だ。
ずいぶん昔に、杉から小泉さんの電話番号を教えてもらっていた。
そもそも苗字変わっていて、小泉さんでさえ無いのだが。
俺から電話する機会なんて無いから不要だと思っていたが、確か念のためとか、そんな理由だった気がする。
小泉さんも、俺の番号知ってたのか。おそらく、杉が教えたのだろう。
何の用事だろう?と思うが、すぐ思い当たることが。
番号知ってたわけじゃなくて、名簿、同窓会?
「あ、同窓会? 今年やるんだっけ?」
「そうじゃなくて、迷惑かもしれないけど」
「へ?」
迷惑?
栫井は、急のことに頭の切り替えが追い付かない。
「少しだけ時間が欲しいの。少しでいいから会ってくれない?」
「え?」
何の話だろうか?思い当たることが無い。
「大事な用事が。迷惑かもしれないけれど、お願い。
今度の土日、平日でもいいわ。いつでも、時間は合わせるから」
この感じだと、どうしても会いたい……電話ではダメなこと。
商品の売り込みか、宗教の勧誘か。
そう思いつつも、断わろうとは思わない。
どんな理由でも、ちょっと会ってみたかった。
「ああ、土曜日だったら」
「ありがとう。今でも横浜に住んでるんでしょ?」
…………
…………
「じゃあ、土曜の16時」
いきなり週末に約束してしまった。
場所も近所だった。
小泉さんは、実家に戻ってきてるのかな?
なんだろう?高額商品のセールスか、宗教の勧誘か?
借金とか?
誰かが付いてきて、その人がメインの宗教の勧誘とかだと嫌だと思って聞いてみたが、二人きりだという。
知らない人の付き添いで小泉さんが居る状態だとさすがに嫌だが、二人きりで会えるのなら、売り込みだろうと勧誘だろうと、会ってみたいと思った。
今更会って、幻滅するなら幻滅するで良い。
俺の呪いが解けるかもしれない。
でも、俺は、ここまで来たら、ずっと呪われていたままの方が、幸せかもしれないとも思う。
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洋子は安心した。栫井は相変わらずだった。
何十年の時を感じさせないほど安定していた。
今頃になって涙がぽろぽろ零れる。電話中に泣かずに済んで良かった。
『ほれみろ、だから言うたではないか。さっさと話せば良かったのじゃ』
自称、栫井の娘が言う。
「そうね。私バカみたい」
『妾はバカだなどとは言うておらぬわ、このたわけが!』
”バカ”と”たわけ”はどう違うのだろうか?