23-21.洋子からの電話(2)
”加齢臭と転移する竜”本編
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から「横浜編」を分離したものです。
話の並び順も、わかりやすいように入れ替えてあります。
異世界側の話も、多少入りますが、適当に読み飛ばしてください。
「もういいわ。邪魔しないで」
この洋子の言葉に、さすがにいい加減オーテルも我慢の限界に達する。
オーテルは、言葉遣いこそアレだが、”父が大切にしている人間の女”として十分過ぎるほどに、親切に接しているつもりだった。
その上、これだけ情報を与えているのに、理解しようとしないことに腹を立てた。
『邪魔とはなんじゃ! お主は、もう少し賢いと思っておったわ、このたわけが!』
「バカで結構、放っておいて」
しかし、そもそも、ベースとなる知識や常識に差がある。
洋子にとっては、死人が生き返るなどありえないことだった。
それに、今更生き返っても、死亡の手続きが完了してしまっている。
今まで通り生活するのは不可能だ。現代人ならそう考える。
ところがオーテルは時間を戻すことを知っているし、住民票や公共サービスのことを知らない。
だから、洋子がこう考えることを理解できず、説明もうまくできないのだ。
洋子は、訳の分からないことを言う死神につきまとわれて、大変迷惑と感じていた。
唯を助けると言いつつ、その方法は不明。昔の知り合いに頼めと言うばかり。
一方で、オーテルからすれば、手を差し伸べているのに、その手に縋らずに、聞いても意味の無いようなことばかり聞こうとする、無駄に警戒心が強く、めんどくさい生き物だと感じていた。
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「なんなのよ、いったい」
あまりにも訳がわからず、洋子は、泣けてきた。
オーテルも泣きたい気分だったが、父の望みを叶えるためには、洋子を使って石を父の元に届けなければならない。
何とか怒りを静め、何が問題なのか聞いてみることにした。
『妾も泣きたいわい。お主は、お父さんに頼むのをなぜ嫌がるのじゃ?』
「頼んでどうなるのよ」
これがオーテルには理解できない。
オーテルにとっては、父以上の者は存在しない。
その上、助けることがわかっているのだ。一番確実な方法だ。
『頼めば助けてくれると言うておるじゃろ』
「唯はどうなるの、結局唯を助けることはできないじゃない」
『お前の話は訳が分からん』
「わからないのは、あなたの方でしょ」
『お父さんしか、お前の娘を助けることはできぬ。だから、お父さんに頼めと言うておる。
そこまでは通じておるか?』
え?
”お父さんしか、お前の娘を助けることはできぬ”
つまり、”栫井は、唯を助ける特別な手段を持っている”ということになる。
「どういうこと?」
ここにきて、ようやく二人の会話が噛み合いつつあった。
どうも、この死神も、何かを伝えようとしているようなので、洋子は気を取り直して、少し話を聞いてみることにする。
「栫井君が唯を助ける方法って何なの? 何ができるの?」
『お前はあの光景を夢で見たじゃろ?
あの時、お父さんは、お前が死んで悲しんでおった。
ところが今、お前は生きておる。
なぜだか不思議に思わんのか?』
栫井君には、唯を助ける手段がある?
そして、あの夢は唯を救う手段のヒントになっていると言っている?
「どういうこと? あれは過去の話なの?」
『妾と石にとっては過去じゃが、お前にとってはどうなのかの?』
この説明だと、この自称、栫井の娘と洋子は、別の時間を歩んできたということになる。
時間の流れを崩すことができる存在がいる?
もしかして、栫井君は、過去に戻ることができる?
ようやく気付く。あの樹海で写真を見る栫井君の姿は、イメージではなく実際に有ったことだったとしたら?
洋子はてっきり、死ぬはずの洋子が死ぬのを邪魔したのかと思っていた。
そうではなく、洋子が死んだから、時を戻したとしたら?
もし栫井が時を戻せるとしたら、唯を助ける手段の一部は達成できそうだ。
「もしかして……栫井君は、時間を戻すことができる?」
『ようやく理解したか。てっきり、わかってると思っておったわい。
戻すだけではない。望めば未来にも行けるはずじゃ。
どの時代に戻っても構わないのじゃ。
あの夢を見れば、理解すると思ったのじゃがのう』
だったらそう言ってくれれば!!!! 心の底から思った。
普通に考えたら、知り合いが時間を戻すことができるなどと思うわけがない。
「てっきり、私が死ぬのを予知して止めたのかと思って」
『このたわけが! 予知できるのであれば、止めることはできないじゃろ』
「え?」
『予知できた未来が変わるわけ無いではないか』
「そうなの?」
『当り前じゃ。決まっておるから見えるのじゃ』
「でも、戻すことはできるの?」
『妾のお父さんならばできる』
「でも、既に見てしまった未来は変わらないんじゃないの?」
『見た時間より前に戻れば、変わっていたとしてもおかしくなかろう
普通は戻しても変わらぬ。お父さんもマンガという紙の束に挟まった、お前の残した何かを見つけることはできなんだった。
変えるのは難しいことじゃ』
「だけど、変えることができる?」
『妾のお父さんを誰だと思っておる!』
「え? 栫井君なんでしょ?」
『そうじゃ。妾のお父さんは最強の竜、一番大きな竜じゃ。そして転移する竜でもある。
世界はお父さんを中心に回っておるから、お父さんの行動が変われば、それに合わせて未来は変わるのじゃ』
最強とか大きなとか竜とか言い出した。だが、洋子の知る栫井は地味な、ただの人間の男だった。
ものすごい違和感があるが、そこはスルーする。話が進まないから。
「だったら、予知した未来も変わるんじゃない?」
『予知する前に戻れば、そこで予知した未来は前回とは変わっておるかもしれぬが、
予知した後に時間を超えなければ予知通りにはなるのじゃ』
洋子は頭が混乱してきた。
ちなみに、オーテルも既に自分が何を言ってるのか、よく意味がわからなくなっていた。
オーテルは竜だった頃には、人間の目を通して予知できた。
干渉することもできたが、それをすると、反動でオーテルが時間を飛ばされてしまう。
特別な能力を持つものが干渉しない限り、未来は変わらなかった。
オーテルは、未来の人間の目を通して見た未来のことを予知と言っているだけなので、違う手段で未来を見る竜が居たとすれば、オーテルと違うことを言ったかもしれない。
あくまでも、オーテルがそう思ってることを言っているだけだった。
ただし、オーテルから見ればそれが真実だった。
「私が頼めば、聞いてくれるの?」
『まずは石を渡して欲しいのじゃ。それがないと、お父さんは自分が神であることを思い出せないでな』
石?
急に思い出す。唯の形見のアクセサリが無い。
「あ、私、あの石、唯の御守りどこにやったのかしら?」
『あの石なら今おまえが持っておる』
そう言われて、再度探してみるが見当たらない。
「持ってないわ」
そう言うと、妙なことを言う。
『体の中にあるわい』
思わず聞いてしまう。
「どこ?」
『石の使い方も知らぬのか。仕方ないのう。これでも見てみい』
どこにあるのか聞いたのに、使い方とか言い出す。
洋子には、どうにも話がすっ飛んでいるように思える。
そして、いきなり、また石。
「何よこれ」
「見たけど何?」
『触らんと中身が見れぬ』
「こんなの触りたくない」
『娘を助けたいのに、その程度のことを面倒がるな』
「関係あるの?」
『無いのに面倒なことするか、このたわけが!』
関係あるらしい。よくわからないが触ってみる。
その途端、心が活性化した。心が波立つ。
何かが見えた。
唯だ。子供の頃の唯が見えた。
本物のように生き生きとした姿。
涙が溢れる。唯が生きていたとしても、こんな光景は二度と見ることはできない。
この画像は持ってない。どこから?
「なんなの?どうやって?」
『石には記憶が入っておる』
「記憶が?」
『じゃが、読む者によって、何が読めるかは変わってくる。
お主の中に石は有る。いずれ、読みかたがわかる時が来るじゃろ』
指で触れた石の記憶は読めるのに、自分の体に入った石の記憶を読むのが難しいなどということがあるだろうか?
そう思いつつも、洋子は指で触れた石の記憶を読む。
小学校。洋子も見覚えのある校舎。とはいっても、参観や面談で何度か行っただけだが。
唯と犬。洋子は犬を飼っていなかった。
なぜ犬が?
「犬? うちに犬は」
『犬では無い』
洋子には、どう見ても犬に見えた。
犬じゃ無ければなんなのだろう?
お父さん、お母さんと、唯と私。知らない家だ。
同居してる?
洋子と父母はあまり仲が良く無かった。
同居なんて考えられない。
でも、同居している様子だ。
いつの話?
これは、いつのことだろう?
洋子は両親とは同居していなかった。
そして、飼っていなかった犬が居る……
この光景はなんだろう?
そう思いつつも、洋子は真実に近づいていた。