23-19.洋子の自殺を阻止せよ(3)
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”加齢臭と転移する竜”本編から「横浜編」を分離したものです。
話の並び順も、わかりやすいように入れ替えてあります。
異世界側の話も、多少入りますが、適当に読み飛ばしてください。
え? 私は死んで誰かと話してる?
洋子は気付かないうちに、誰かと話をしていた。
首を吊って過去の思い出が頭の中を駆け巡った。
こんな状況で話しかけてくる相手といえば相場は決まっている。
唯や、亡くなった知り合いが迎えに来るならともかく、そうでなければ、思い当たるのは1つだけ。
死神……
その相手が問いかける。
『できるとしたらどうする?』
唯を生き返らせることができるとしたら……もちろん、できるなら嬉しい。
だが、そんなことは無理だから、すべてを諦めて、死を選んだのだ。
洋子は、混乱した。
洋子は、もうすべてを終わりにしたかった。
もう終わったことだから、放っておいて欲しい。
一方で、やっぱり唯を生き返らせたいという気持ちも、もちろんある。
そして、普通に考えたら、できるわけがないという、至極真っ当な見解。
さらに、”普通に考えたら、できるわけがない”を否定する材料の存在がある。
そもそも、今話している時点で十分おかしいのだから、頼っても良いかも……なんて思いも出てきて、複雑に混ざる。
でも、結局、唯が生き返る可能性に縋ってしまう。
恐る恐る訊く。
「どうやって?」
だいたい、こういうときに死神が要求してくるものと言えば、洋子の魂だろう。
もし、方法があるとすれば、”お前の魂を地獄送りにするのと引き換えに”……とか、それ相応の対価を要求をしてくるのではないかと思った。
洋子の命を唯に譲るとかなら構わないが、死神の言うことだ、もっと酷いことに違いない。
洋子は覚悟した。
ところが、その死神が言ったのはコレだ。
『お父さんが助けてくれるのじゃ』
何を要求されるかと、覚悟して聞いた答えが”お父さんが助けてくれる”。
洋子は、あまりの温度差に混乱する。
「え? お父さん? 誰?」
全力で考えてみたが、洋子には思い当る”お父さん”は居なかった。
ところが、声の主は、洋子の声をスルーする。
『協力すれば、助かる方法を教えてやろう』
イラっとした。
ふざけている。こんな相手と話しをする意味があるのか?
そう思うと、返事も投げやりになる。
「無理よ。私もう死ぬんだから」
『娘を助けたければ、死ぬ気で協力せい』
この声の主、死神的な何者かは、人間の気持ちを良くわかっていなかった。
言い方次第でどうにでもなるのに、洋子の心は離れてしまった。
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洋子は、もうこの声の主に期待しなかった。
「唯が助かるなら協力してもよかったんだけど。もう、いいわ。
唯はもう死んだんだから。
それに、私も死ぬんだから」
『それでは、妾が困るのじゃ』
この相手の目的はわかった。洋子の協力だ。
洋子が協力しないと困る。
そんなの知ったこっちゃ無い。
思いつめて今まさに死のうとしている相手に妾が困るとか言われても、こっちはもっと困る。
「あなたには悪いけれど、私はもういいの。死にたいの」
『まあ無理じゃな、お前が死ぬなどということ、お父さんが許さない』
「そんなの知らないわ。私は死ぬから」
洋子にとって、どうでもいい話だった。
死ぬ人間を前に妾が困ると言われても、どうしようもない。
素面なら、相当ダメな空気が漂うところだが、洋子は死にかけて頭の状態がおかしいのか、呆れることもできない。
話に興味は無いので聞き流そうとすると、気になることを言う。
『あの唯という人間の小娘が、一度でも持ち直してくれれば、
お主に頼る必要など無かったのじゃがの。めんどうなことになったわい』
唯とも何かがあった?
「どういうこと?」 唯の話が聞きたくて、洋子が食いつく。
ところが、声の主は、訊きたいことには答えない。
『お主が死ぬと、お父さんが怒るかもしれぬ。だから死なれると困るのじゃ』
「そうじゃない、唯がどうしたの?」
『お主の娘も、お前が助けを求めることを望んで居ったぞ』
え? 唯が望んでいた?
洋子が知りたかったのは、この情報だった。できれば、その証拠と共に。
「唯が望んだと言うなら……」
洋子は、謎の声に対し、明確に会話をする姿勢を見せた。
……ところが、声の主は、会話を打ち切って、いきなり、謎の実力行使に出る。
『お父さん、お父さんの大事にしている人間の女が死にそうですよ。いいのですか?』
謎の声が、いきなり告げ口をした。
洋子は、意味が分からなかったが、次の瞬間理解した。
告げ口は有効らしい。
体が浮いた。
告げ口を聞いた相手が、首吊りを邪魔したのだ。
”バチン”
耳元なのか遠くなのかわからないが音がした。
猛烈な耳鳴りの中、謎の声とは会話できるし、物音も案外聞こえた。
そして、もう感覚がなくなったと思っていた体にも強い刺激は感じることができた。
……迷惑なことに。
”どかっ”と衝撃を感じる。
何が起きたか、一瞬謎だったが、すぐ理解した。
死ぬ前に落下した。失敗したのだ。
そして、痛みは後からやってきた。
痛い。膝も顔も肩も。
邪魔されて、痛い目に遭う。
踏んだり蹴ったりだ。
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オーテルは、一安心する。なんとか洋子との意思疎通に成功した(とオーテルは認識している)。
唯が願いを込めた石は、洋子に取り込まれた。
洋子を使って父と接触すれば、オーテルは、父とも意思疎通ができるようになるはず。
オーテルは、ベスの体を使って飼い犬として潜入し、洋子と唯を守るはずだったが失敗していた。
ベスの体で唯に接触できない場合、洋子と意思疎通するのは、相当難しい。
死の淵という、存在が曖昧になる瞬間を狙って接触することに成功した。
一足先に、唯が死ぬときにも接触できたのだが、唯はそのまま死んでしまったため、あとは洋子に頼るしか無かったのだ。
尤も、洋子と会話できたのは、唯との接触が先にあったからだが。
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洋子は、気付くと病院だった。洋子が自殺を決行したのは夕方ごろで、そのまま床に倒れていた。
洋子の父母が気にかけて、毎晩電話をかけてくるので、電話に出ないことを不審に思い、確認に来た。
その日のうちに発見され、救急車で運ばれた。
緊急患者を受け入れるような病院は限られているので、そういうところでは、自殺未遂にも慣れている。
この病院も例に漏れず、慣れている。
首吊り自殺に失敗して運び込まれる例もたくさんあるのだが、洋子の症例は少々珍しいものだった。
命を絶つのに十分なほど強く圧迫された跡が残る割に、深刻なダメージは無く、うまいこと自殺失敗したように見えた。
瞬間的に強い力が掛かって、すぐにロープが切れたのだろうと推測された。
実際に、洋子の首に自分の体重がかかっていた時間は、実は5秒やそこらだった。
洋子が走馬燈のように思い出を再生していた時間は短かった。
オーテルは、ベスの体を失い、この世界の人間との意思疎通手段を失っていた。
あとは、栫井が絶望したときか、唯か洋子の存在が曖昧になるとき……つまり、死にかけているときにしか、接触できなかった。
だが、洋子がアクセサリーと呼んでいた石が取り込まれれば、あとはどうにでもなる。
オーテルは成功したと思っていた。
洋子は反対だ。
まずはじめに思ったことは、”ああ、私失敗したんだ……”だった。
とても悲しくなった。
誰かに邪魔されて、唯のところに行くことができなかった。
ロープが切れていたらしい。丈夫なロープを買ったはずなのに。
そのおかげで、強く死ぬ意思は無かったと思われたのは幸いだっだ。そう思った。
これは確かにその通りで、強い自殺願望があると判断された場合、強制入院になる場合がある。
ロープはキレイに切れていたので、
「はじめから切れ目を入れていたのでしょう」
はじめから切れ目が入れてあって、死ぬのに迷いがあったという見解を受けた。
洋子はロープに切れ目など入れていない。
強制入院になった場合、その後の行動に制限を受けるので、結果的には良い事だった。
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「小泉さん、トイレ行くときは声かけてくださいね」
トイレにも見張りがついてくる。
惨め。こんなになって生き続けたくなかった。
洋子は、あまりの惨めな姿に、自分がかわいそうになった。
涙が溢れる。
実際、強制入院ともなれば、こんなレベルでは無いのだが、洋子はその状況を知らない。
落ち込んで、すっかり、悲劇に浸っていた。
不便な暮らし。
篭の鳥。
死神がロープを切った。死に神のくせに。
私には迷惑な死神が憑いた。
洋子には、あの日から、あの声の主が憑りついていた。