23-16.マンガのメモ書き(3)
杉と玲子は、洋子は栫井と付き合っていると思っていたので、洋子が既に新しい彼と付き合っていると聞いて驚いた。
「栫井とは別れちゃったんだ」
「仲良かったのにね」
栫井が洋子を振るとは想像しにくく、洋子が早々に振るというのも想像しにくかった。
結果的に別れるとしても、もうちょっとゆっくり進むものだと思っていたので、意外に思い、そのことを口にしてしまったのだ。
すると、洋子は考え込んで黙ってしまった。
洋子は、あのままもっと仲良くなって、いずれは恋人になりたかった。
でも、もしかしたら、付き合っていたうちに入るのだろうか?
そうだとしたら、もっと強気で行った方が良かったのだろうか? いろいろ考えてしまう。
その姿を見て、ますます二人は誤解した。
”何かあって別れてしまったのだろう”
そう考え、安易に口にするべきでは無かったかと、杉と玲子は、慌てて話題を変える。
終わったことを言っても仕方ない。未来志向で話をつなぐ。
「相手は大学生なんだ。違う学校の人と知り合う機会あるの?」
もちろん、機会があるのは知っているが、あまりにもタイミングが早いので、違和感を持っていたのだ。
”知り合う機会”それには、洋子自身が驚いていた。
知り合う機会が有るとか、そういうレベルでは無く、すごい勢いで、そういう機会ばかりだった。
イベントごとが多いし、計画されたイベントが無くても四六時中出会いイベントが発生する。
2~3日体験してもらえば、意味が分かると思うが、うまく説明できないので、
「そういうイベントが多くて」
洋子は、濁して答える。
「イベントって合コンとか?」
「もちろん(合コンも)あるけれど、それ以外にもいろいろあって、四六時中、他校に行ったり来たり。
朝、学校行ったときには、今日は何も無いと思ってても、午後には今日行く?とかそんな感じよ」
イベントが多すぎる。
とにかく、洋子が思っていたのとぜんぜん違う世界だった。
お嬢様学校……実際には金持ちの娘ばかりが通うわけではないのだが、一般的にはそんなイメージがある。そんな学校だった。
洋子は高校は進学校だったため、勉強ばかりで、他があまりなかった。
高校生活をもっと楽しみたかったと後悔していたので、少し緩く、最後の学校生活を楽しみたいと思って選んだ学校だった。
ところが、実際は思っていたのとまったく違っていた。
よくわからないうちに、いろいろ勝手に進んでいく。
洋子は、はじめは、”皆、何をしに学校に来てるつもりなのだろう?”と思ったが、よくわかった。
はじめから目的が恋愛なのだ。
もちろん、この学校に通う全員がそうではない。
洋子の場合、たまたま、はじめに仲良くなった子たちが、そういう子の集まりで、知らぬ間に巻き込まれていた。
洋子は自分の価値をよくわかっていなかった。
100人に1人みたいなレベルでなくても、並より少々容姿が優れているレベルであれば、この時期には相当価値が高い。
このときの洋子は、その条件に当てはまったので、相当価値が高かった。
ところが、不慣れな洋子は、自分の価値がわかっていない。
いきなり狙われた。高校が真面目すぎた。
或いは、高校のレベルと短大のレベルが合っていなかったため、段差に躓いた形になってしまった。
玲子(今井玲子)も杉(高杉)も大学に行った。
話に聞く限り、そこは、高校より自由だけれど、カルチャーショック的な、極端なノリの違いとかは無いようだ。
洋子は短大に行ったのだが、そこは、思っていたのと全然違って、カルチャーショックの連続だった。
そこは”良い男と結婚するために学校行く”、”専業主婦になるために就職する”、みたいな世界だった。
たまたま、近くにいて、はじめに仲良くなった子たちが、そういう子の集まりだっただけなのだが。
洋子もその波に飲まれたのか、この3年後に、このとき付き合っていた男と結婚する。
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卒業から1年後、洋子が、玲子、杉と集まった時から、さらに2年半ほど後のことだ。
栫井は、猛烈に落ち込んでいた。
手には1冊のマンガを持っていた。
「なんだよ、コレ」
俺はなんてミスを……
『お父さん。今頃になって見つけてしまったのですか。もう遅いです』
洋子に貸して卒業前に戻ってきていた本だ。
小泉さん(洋子)、あの時、確か何か言ってた。
コレのことだったのか!!
もっとはっきり言ってくれれば……
マンガのメモ書き。これを見つけるのに時間がかかってしまった。
大学に入ったらゲームしまくるぜ!と意気込んでいたものの、買うには金が必要だった。
だからバイトする。遊んでいると、勉強が厳しくなる。時間がぜんぜん足りない。
ようやく、何本かのゲームを消化して、しばらく買っていなかったマンガの続きを買ってきた。
前を忘れてしまったので、前の巻に戻って読もうとしたとき紙が挟まっていることに気付いた。
メモ書きだった。小泉さん(洋子)の。
卒業しても、俺と会ってくれる気が有ったのかもしれなかったのに、俺はすっぽかしてしまった。
今更連絡できない。
風のうわさに聞いていた。
小泉さんには、今では素敵な彼氏が居るのだそうだ。
あの時すぐに読めば……でも、俺、あの時浪人だったしな……
残念だった。
油断してた。
まさか、俺にそんなイベントが発生するとは思わなかった。
俺が振ったことになるのだろうか?
ただの事故なのに。
俺は、小泉さんのことが好きだった。
残念だったな……
俺も、早く彼女見つけないとな。
このときの栫井は、事の重大さに気付いていなかった。
『お父さん。お父さんは、その女が好きで、その女を助けるために、そんな姿になってしまったのですよ。
お父さん。記憶を無くすのは、とても悲しいことです。
私は早くお父さんとお話をしたいです』
オーテルは話しかけるが、もちろん届かず、時間は流れていく。
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栫井は、大学を卒業し、就職も決まった。
振り返ると、大学生活は、とにかく忙しかったの一言に尽きる。
バイトして、遊んで、学校行っての繰り返し。とにかく時間が無い。
そして、いきなり、とんでもない不景気に突入した。
ついてない。運が悪かった。
俺は就活はじめてすぐに中小回りを始めた。大手狙いは俺には無理そうだということがよくわかったから。
あれは良い判断だった。おかげで内定取れたが、大手狙いで内定無しなんてのが大量発生して阿鼻叫喚、地獄絵図のようだった。
俺の前の年くらいまでは、教授のコネ枠とかあったが、俺の年にはそんなの残ってない。
なので家に余裕のある者は、大学院進学や、海外留学で不景気をやり過ごす作戦に出る。
教授のコネ枠は、ほんの数年前は、コネ枠と言うより、ノルマだったそうだ。
毎年1人よこせという逆方向。
今では、頼むから1人入れてくれに変わったが、学部のコネ枠は、もはや、ほとんど使えない状況だった。
うちの大学の就職課は、無力といった感じで絶望的だった。何の役にも立たない。
今まで何もしなくても勝手に学生が就職決めてくるので、何もすることが無かった。
就活やる気ない学生に、とりあえず、ここ行って来れば?と紹介する程度の仕事しかしてきていない。
そんなところに、急に働けと言っても無理だ。
後から知ったが、下位の私立大は、この年、既にかなり就職に力を入れていた。
元々、学生をどこかしらの企業に押し込むノウハウが有ったのと、危機感が違った。
そして、学生達も、元々中小巡りは視野に入っていたので、俺が回ってた時にも、下位私大の学生をよく見かけた。そして、案外内定取る。偏差値差を考えると、うちは惨敗したように見える。
ここでも、僅か数年前と上下逆転が起きていた。
就活に必要なパワーが、聞いていたのと実際で10倍くらい違っていたのだ。
もともと就活に必要なパワーが小さかった学校の学生が苦戦し、そうでない学校の学生が健闘した。
うちは、大手回って決まらなかった連中が多く居たが、彼らは、はじめから中小回れと言われていたらしい。俺の年だと中小はまだ入れた。なので、はじめから中小狙った彼らは比較的、成功した。
俺もある意味、成功組だったのかもしれない。
中小でも良いから、とにかく自立したかったので、募集ある中で、まともそうなところを回った。
名前知ってるような会社は無理だ。
だから、名前知っているような会社と取引があるという、無名の会社みたいなところを狙った。
意外に、これが正解だった。
1年前は、一部上場企業は無理でも、上場企業もチラホラあったようだが、俺の時には、そんなところに入るのは至難の業。
2年上の先輩たちだったら、絶対相手にしないだろうというレベルの企業の内定を皆で奪い合っていた。
俺は、その時期から、中小回りしていたので、先に内定貰えた。
けっこう早いもの順みたいなところがある。
同級生たちが、現実を知って中小回りを始めたころには、俺は内々定貰っていた。
俺の年の就職先としては、まあそこそこのところだったと思う。
内定貰ったとき、親にはバカにされたが。
”浪人してまで大学行かせてやったのに、上場企業にも入れないのか!!”とか言いやがった。
自分は金の卵とか言われて楽々就職したくせに。
不景気になったのは、俺が悪いわけじゃない。
親世代の人達が今の状況を知らないのは仕方ない。
ただ、俺の説明が嘘っぽいと思ったなら、嘘かどうか自分で確認してから文句を言えと思った。
うちは両親ともに、団塊世代と言われる世代。第一次ベビーブームで生まれた世代。
戦争が終わって一気に子供が生まれたのだ。
その世代が就職する時期、まさに、人材不足で、地方から人材を大量にかき集めたため、都市と地方の格差が大きく拡大した。労働力を集めて都市部に人が集中した。そのくらいの勢いで、職があったのだ。
その子供が俺たちの世代で、第二次ベビーブーム世代。
俺たちが起こすはずだったベビーブームが第三次ベビーブーム。
今は、出産年齢がかなり大きく開いているから、あまりはっきりしたベビーブームは起こらないかもしれない。
どっちにしろ、俺は、第三次ベビーブームに貢献できる気がしない。
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就職してからは、ゲームをやる時間がますます増えた。
一般的には、大学生の方が、社会人より時間に余裕があると思われているような気がするが、俺の感覚的にはそうではなかった。
会社で働くと金が手に入る。
今までは、大学で講義受けても金が入ってこないので、講義受ける時間とは別の時間を使って、金を稼がないといけなかった。
ところが就職すると、仕事だけで済むので、ゲームに使える時間が増えるという逆転現象が起きる。
ゲームだけではなく、多少は出会いの場にも出かけていたが、何か違和感があった。
あまり、空気に馴染めなかったのだ。
30も近くなると、ゲームもあまりできなくなってくる。
集中力も無くなるし、徹夜してクリアとかぜんぜんできない。
ゲーム買う速度の方が早く、ゲームを消化できない。
あと、世界救うゲームが多すぎる。
俺は何回世界を救うのか。キャラに思い入れができる前に話が進んで世界を救う。
俺は世界を救いたくない。
はじめは些細な雑用するようなゲームでも、そのうち世界を救う。
俺は世界を救いたくないのに、進めていくと世界を救う。もううんざりだ。
そろそろ潮時かと思って、ゲームをやらなくなる。
時間が余るので出会いを求めて、多少の悪あがきはした。
何もしないと俺には出会いは無いから。
好きでもない趣味の教室とか行ってみるが、好きじゃないのはバレちゃうみたいで、同じ趣味の人同士仲良くなって、俺にはあまり仲良しはできなかった。
同じ目的で来ている男友達はできたが。
もっと露骨な出会いの場、あれは初期の婚活パーティーだったのではないかと思うが、そんな名前ではなかった。もうちょっと別の名前で開催されていた。
そういうとこで少し仲良くなった子は居たけれど、何か合わなかった。
何が悪いのかはわからなかった。
俺も相手も出会いを求めているはずなのに、出会いを避けるような行動をとる。
30のとき、やっとわかった。
高校のときの友達の結婚式(の二次会)で、小泉さん(洋子)と話をしたのだ。
この時、連れてはいなかったが、小泉さん(洋子)には幼稚園くらいのお子さんが居た。
俺にとって女性というのは、理解しにくい存在で、正直苦手だった。
仲良くなりたいのに苦手。
その上、俺は小泉さん(洋子)に対して負い目があった。
俺は、あのときメモを貰っていたのに、読まずにすっぽかしていた。
あのメモを貰った日から10年以上も経っていた。
相当気まずい。
それに、結婚していて子持ちの女性というのは、俺の行動範囲内にあまり居なかった。
だから、この時の俺にとって、小泉さん(洋子)は、すごく遠い存在だった。
俺は、話すのにすごく困った。たまたま駅で会ってしまったのだ。
俺は、小泉さん(洋子)のことが今でも好きだった。
でも、人妻だ。
それに、俺はどうも、女性と仲良くなれないみたいだった。
だから、小泉さん(洋子)とも距離をとった。
女性は、俺が少しでも退くと、離れて行ってしまう。
でも、小泉さん(洋子)は違った。
俺は話したいけど逃げてしまう。なのに、小泉さん(洋子)にはすぐに捕まってしまった。
俺は逃げてしまうけれど、捕まえてほしい。
そんな男は皆嫌いだろう。俺も、そんな自分が嫌いだ。
でも、よくわかった。俺はたぶん、小泉さん(洋子)専用なのだ。
だから俺は、彼女作ろうとか思わなくなった。