23-15.マンガのメモ書き(2)
せっかく時を超えてきたのに、結局同じことの繰り返し。
栫井は、マンガのメモに気付くことができなかった。
一番大きな竜の娘、オーテルは、この世界に戻ってきた父に憑いて、自分が知る範囲で父に助言をするものの、その声は届かなかった。
栫井がオーテルの存在に気付くまで、その声は届かない。
一番大きな竜の娘、オーテルは、この世界に戻って来た時の父の姿を見て驚いた。
肩から脇まで一直線に切れて、片腕が無くなっていたのだ。
それは、この者から見える姿であって、この世界での肉体的には五体満足であった。
オーテルが見ているものは、言わば精神体とでも言うべきか、肉体ではないものだった。
オーテルにとっては、そちらが父であり、この世界での肉体はオーテルにとっては入れ物に過ぎない。
オーテルが父と認識するそれは、転移の際に、2つの世界の狭間で一度は激しく四散した。
おっさんが体感したように四散した。
大きな破片は2つで、それぞれが、あちらの世界とこちらの世界に落ち、それを核として残りも集まって固まった。
全体の概ね3/4が、おっさんが生まれた世界に戻ってきていた。
実際に、骨格があるのかは別として、左右の肩甲骨で、あちらの世界に残りたい気持ちと、生まれた世界に戻りたい気持ちが引っ張り合いになり、世界が離れる力に押し潰されて四散した。
そして、片側の肩甲骨より先が、異世界側に残り大鎧(の鎧のみ)となった。
こちらには、残りの部分が戻ってきた。
その姿が、オーテルには片腕が肩から脇まで切り落とされたように見えていたのだ。
『お父さんには、お父さんの姿が分かりますか?』
語りかけるが返事は無い。
もちろん、返事がないのを承知の上で語りかけているのだが。
オーテルはこれを見て、転移する竜であっても、時を超えるためには、相応の代償が必要だということを知る。
そして、時を超えることがどれだけ危険なことか理解する。
オーテルにとっては、父、一番大きな竜は完全な存在、いわば全知全能神に近い者だった。
オーテルの知る父の弱点は、”転移の時に大事なものを置いていかなければならない”という制約があることと、”女を大事にしすぎる”という2点だけだと考えていた。
ところが、転移は父にとっても、危険なことだったのだ。
父はカギとなる時代を変えず、そのまま時を進めてしまった。
こうなると、あとはオーテルが歴史を変え、洋子を救わなければならない。
オーテルが洋子を救う作戦に失敗すれば、父はまた時間を超えなければならないのだ。
失敗しなければ1度で済むかもしれないが、そうは行かない可能性が高かった。
と言うのも、オーテルは、何度も時間越えをする前提で、準備してこの世界にやってきたのだ。
オーテルが知る情報では、何度も転移してくることになっていたから。
ところが、たった1回でここまでの大怪我をした。
これでは、予定の回数転移など無理だ。
一番大きな竜を迎えに行くという役目で、すでに何か大きな失敗をしてしまったのかもしれない。
そう思う。
相談しようにも、父と話すことができるようになるのは、ずっと後。
時間自体はオーテルにとって大したことはないが、父に干渉するタイミングとしては絶望的に遅い。
樹海に行こうとしたとき。おそらく失敗したときだ。
そのときに相談しても既に手遅れ。
結局、オーテルはできることをするのみだ。
なんとしても、ベスの体をうまく使って、父の転移の回数を減らさなくては、オーテルの目的が果たせなくなる。
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1年後……
栫井は無事、志望校に受かった。
1年経っても、体調不良は残り続けたが、去年の試験の時ほどは酷くはなかった。
去年は、問題が読めないほど眩暈が激しかった。それと比べれば十分マシだ。
自分自身のテスト対策もより進んでいた。
体調が万全なら、学力的には、去年よりも、さらにハードルは下がっている。
実際試験を受けてみて、手応えも十分感じていた。
去年は、試験を受けてすぐ、自己採点するまでもなく、”たぶん落ちた”と予想ができるほど、振るわなかった。
今回は受かったと思った。
元々、体調不良……あの突然の体調不良が無ければ、現役でも十分受かるレベルだったので、正直余裕だった。
予備校でも、もう少し上を狙ったらどうかと言われるくらいだったが、俺は去年落ちたその学校を第一志望にした。
予備校は、より高偏差値の学校への合格者を増やしたいだけだ。
実績稼ぎが目的で、俺の将来を考えて言っているわけではない。
ただ、滑り止めのレベルを上げたので、どっちが滑り止めなんだかよくわからなくなってしまったが。
レベル的には、もはやどっちに行っても構わないのレベルだった。
俺にとっては、通学時間の問題だ。通学時間は時間の無駄だから避けたかった。
第一志望の偏差値が俺の偏差値に対して、少々低めなのは親にも指摘されていた。
去年落ちたからという理由でごまかしたが、実際はそうではない。
俺は、大学に入ってから勉強しなくても留年しない程度の余裕が欲しいのだ。
合格発表の日。
たぶん受かってるだろうとは思っていた。
それでも、少しは心配だったので合格発表は見に行った。
本当に自信のある人は、わざわざ見に行かないらしい。
東大なんかでも、わざわざ合格発表見に行かない人も居るようだ。
受ける学校が無いから東大という人が居るためだ。
東大合格ラインよりずっと上の学力があっても、それ以上が無いから東大受けるという人が毎年一定数居る。
地方の国立なんかでも、そう言う人は多いらしい。
地元を離れれば、レベルの合う学校があるけど、近場で選ぶとそこしかないから、そこに行く。
そういう人は、やっぱり、入ってからも、なんとか入ったような人たちとは、ぜんぜん違うようだ。
結局のところ、入る前からレベルに差はある。その学校で伸びる人も居るだろうが、基本的には入る前から差があって、その差はそれほど急速に縮まるものではない。
俺は首都圏住みなので、レベルが自由に選べる。
ただし、こういう環境では、ある意味自動で振り分けられる。
俺にとってはこれが普通だが。
学校や予備校、親が数字見て勝手に選んでくれる。
高校なんかまさにそうだった。
偏差値で選別されただけで、俺は何も選択していない。
俺の場合は大学も大差ない。
どの学校に入るかだけで、高卒で就職とか選択肢にも上がってこなかった。
俺が選んだ基準も、並べられた範囲で一番通いやすいというただそれだけの理由だ。
志とか何もない。
俺は将来、この学校に入って良かったなんて思う日が来るのだろうか?
そんなおバカなことを考えながら合格発表を見に行った。
これで落ちてたら笑えるが、予想通り受かってた。
感想はとにかく、これで受験勉強卒業できる!!の一言に尽きる。
俺にとって、とにかく一番嬉しかったことは、受験勉強から解放されることだった。
とにかく長かった。俺はもう、一生勉強なんかしないぞ!!
いや、留年しない程度にはするけど、気持ちの上では一生勉強なんかやらない!
そう誓う。
俺的には、大学に勉強をしに行くなんて気持ちは、更々無い。
この学校を選んだのも、単に、家から通えるとか、頑張れば手が届く範囲だったからという、ただそれだけの理由だ。
だから大学での勉強に興味は無い。避けることができるなら避けたいもの。
そんなことに、時間と金を費やすのはバカバカしいと思っている。
でも、社会がそうなっているのだから仕方が無い。
俺がどう思おうが関係無い。そういう社会なのだ。
俺の履歴書には、この大学に入ったことが記載され、それを持って就活をする。
それを見た採用担当は、俺をこの大学の学生だと思う。それだけのものだ。
車の免許と同じだ。取って50年車を運転したことが無くても、免許を持ち続ければ車を運転する資格がある。
運転すれば、少しずつでも熟練していくが、免許を持っているからと言って運転するとは限らない。
その大学に入れたということが重要なだけで、中身は関係無い。そう言うことだ。
そもそも、進路相談したところで、”どの学校行きますか? 偏差値的にはこのあたりです”と言う、事実上選択肢無しの状態だった。
金が無いから就職しますとかは有るかもしれないが、それは親の都合であって、本人の意思は全然関係無い。
俺は大学に入ったら、今まで遊べなかった分を取り返すために、たっぷり時間を使うことに決めていた。
ただし、留年しない範囲で。
留年したら、社会人になるのが遅れる。俺は早く制約から逃れたいのだ。
さっさと経済的に自立したい。
だから、ぎりぎりのところでは無くて、十分入れそうなところにした。
今までやりたかったゲームを我慢して頑張ったんだ。
今までできなかったぶん、やりまくるぞ!!
などと栫井が志の低いことを決意しまくっていた頃……
洋子には、このとき既に付き合っている男が居た。
高校卒業から、まだそれほど経っていない頃、洋子は男と付き合い始めていた。
この年の女の子なので、だいたい、そういう話になる。
「へぇ。今時変わった縁だね」
「自分でも思う思う。洋子はどうなの?」
杉が洋子に話を振る。
すると、予想外の答えが返ってきた。
「私も彼氏ができて」
杉は、”洋子は、”栫井とは”どうなってるの?”という意味で訊いたのだ。
玲子も同じ意味で聞いていたので驚く。
「短大の?」 玲子が訊ねる。
洋子は答えた。
「ううん、相手は大学生。なんか、合同のイベントが多くて」
杉と玲子は、あの二人は長続きすると思っていたので、予想外だったのだ。
「洋子、新しい彼氏できたんだ」
「え?」
洋子はその言葉に驚く。新しいも何も、洋子は今まで男性と付き合ったことが無いと思っていた。
ところが、さらに予想外の言葉が続く。
「栫井とは別れちゃったんだ」
「仲良かったのにね」
「え? 栫井君とは……」
そう言いつつも、やっぱり、私たちつき合ってたのかな?なんて考える。
洋子も栫井と自分は、どういう関係なのだろうと思ったことが、度々あった。
やはり、傍から見て、二人は付き合っていたのだ。
今更そんなことを思う。
実際のところ、洋子も栫井も、付き合っているという認識は無く、学校の外で会うことなんて滅多に無かった。
ところが、よりによって、その滅多にないところを2回も杉に目撃されていた。
玲子も、杉から聞いていたので、二人は校外で会うことがあるような間柄だと思っていた。
そして、卒業寸前の時も、雑誌の次の号の話をしていたので、杉も今井も、定期的に会う仲、つまり付き合っていると思っていた。
洋子はフリーだからOKと思っていたわけではなく、イベントのノリをよく知らないうちに、いきなりアプローチを受けて、自分でも、よくわからないうちに付き合い始めてしまった。
特に選り好みしたわけではなかったのに、素敵な彼を見つけたなどと周りから羨ましがられたので、良い相手が見つかったと思って喜んでいた。
ところが、栫井と付き合っていたとすると、良くない。
”私が、栫井君を裏切っちゃったかもしれない”
この思いが、後々かえって栫井を遠ざけてしまう理由になる。