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23-14.マンガのメモ書き(1)

挿絵(By みてみん)


--------


ある日突然、激しい吐き気と、眩暈に襲われる。

人生で初の経験だった。


積極的に経験したいとは思わないが、経験しておくのも悪いことでは無いかもしれない。

問題はタイミングだ。


よりによって、タイミングが悪すぎる。

無理しすぎないように、しっかり体調管理しながらやってきたのに、この一番大事なときに。


今日は試験の2日前。いくらなんでも酷すぎる。

突然の体調不良で、熱があるわけでもないのに頭が回らない。

そして目が回る。1日で治るのか心配になる。


ツイてない。

俺は子供の頃から、遠足当日熱が出たりと、どうもタイミングが悪い。

いや、それにしても、遠足はともかく、大学入試はまずい。

今までの努力が水の泡だ。


目が回って、字も読めない。

くそ、これじゃ、試験対策何もできん。


俺は俺の運の無さに嫌気がさす。


『お父さん……』

栫井(かこい)には聞こえていません。


なんだろう? 誰かに呼ばれているような気がする?


「ふう。いかん、集中しないと」


勉強も控えめに打ち切って、本番に備える。

もう神頼みしかできない。

”起きたら治っていますように……”


……だが、試験当日も散々だった。


……………………

……………………


俺は受験に失敗した。

体調が悪すぎた。

眩暈に耐えつつ試験は受けたが、まるで実力発揮できず……


模試では十分合格圏内だった第一志望に落ちてしまった。

そんなに高望みせず、十分安全圏の学校を選んだ。

なので受かると思っていたが、試験当日の体調考えると、落ちても仕方なかった。


体調は暫く戻らなかった。

滑り止めの方は、そんな状態でも受かっていたが。


実力を発揮して落ちたならともかくとして、体調不良で落ちたのでは、滑り止めに行く気にもなれず。


なんとなく、浪人が決まってしまった。


もうすぐ高校卒業だ。俺はまた1年間受験勉強。


「運が無かっただけだ。今年落ちたのは残念だけど、しっかりやれば次は受かるさ」

「残念だったけど。あと1年間、頑張りましょう」


両親には、あまり責められずに済んだ。

余計な負担をかけて悪いとは思うが、正直、運が悪かったとしか言いようがない。

あれは、回避できなかった。


幸い親は浪人生を養うだけの財力を持っていた。その点はありがたい。

元々”一浪は普通”なんて言ってはいたのだけれど……


あと1年大変な思いをしても、その後の生活が良くなるなら、十分元は取れる。

未来への投資だと思って頑張るしかない。


体調の方は相変わらず悪い。

吐き気と眩暈に襲われてから、ずっと調子が悪くて、常に強い疲労感を感じる。


18歳でコレだ。お先真っ暗だ。確か、18歳くらいが体のピークだったはずだ。


もはや学校に行くのも辛い。受験ノイローゼとかそんなやつかもしれない。

俺はこのくらいのことにも耐えられない程度の弱い心しか持っていないのだ。


いや、受験が異常なのだ。

いくら18歳が体力のピークだとしても、それは他の年齢と比較した場合の話であって、18歳同士を熾烈な競争に追いやれば、そのピークを限界まで使って勝負することになる。

そして、限界まで力を使ってしまうと、そりゃ故障する者も出る。


うん? 俺は18歳だよな?

今まで体力の衰えとか気にしたこともなかったのに、今は凄く現実味を感じる。

失って初めてありがたみが分かるのが健康って話もあるからな……俺はありがたみが分かる方に仲間入りか?


健康まで削って大学行ってもとも思うけど、大学に行けば何とかなる気がする。

俺の求めるものはきっと大学にあるのだと思う。


少なくとも、受験勉強の無い自由な世界がそこにある!

実際はそんなに良いものではないのかもしれないけれど、大学生は楽しそうに見える。


……………………


相変わらず調子が悪い。

それでも、いつも通り学校へ行く。


病院には行った。が、悪いところが見つからなかった。


俺は不調を訴えたが、外から見える症状が無いので、単なる仮病にしか見えないのだという。

仮病に見えると言われたわけでは無いが、病気が無いのに本人は病気を訴えているように見える。

つまり仮病に見える。


心が弱いからなのだろうか? どうすれば強い心を持てたのだろう?


足が重い。体調以外の理由もある。

受験が終わったこの時期、授業を受ける意義が揺らぐ。


皆気が抜けて、それに合わせるからか授業もスカスカだ。

出席日数稼ぐために行くだけ。

先生も気が抜けて、あんまりまじめに授業やらなかったりする。


完全に消化試合。こんなの意味有るのだろうか?


でも、こんなこと思ったというところも含めて、数十年後には良い思い出になったりするんだろうか?


授業が無駄だと思ってもサボる勇気もない。

それに、もう、あと何回かで終わりだ。

高校は、特に楽しかったという印象も無いが、終わりというのも少し寂しい気もする。


中学生の時は、高校にはもうちょっと期待したんだけどな。

高校というのは、マンガとかで見るような、あんな楽しそうなところではなかった。


楽しい高校ってのも世の中にはあるのだろうか?

進学校でなければ、もう少しマシだったりするのだろうか?


俺は、ほとんど勉強してたことしか記憶にない。

勉強するために通ってるのは確かだろうけど、高校の思い出が勉強してたことだけって、それで良いのだろうか?

後から思い返したとき、つまらない高校生活だったと思うのか、こんなのでも、青春だったとか思うのだろうか?


後者だとすれば、”思い出補正”ってやつだろう。

俺には何も無かった。


授業中も、そんなことを考えつつ過ごす。

授業が終われば帰るだけ。


おとなしく帰るのは浪人組が多い。

進路決まってる連中は、残り少ない高校生活に思い出を作ろうといろいろやってる。

なんか、別世界の人たちになってしまった。


実は、凄く羨ましい。

でも、あの輪に入ってしまったら、俺はまじめに浪人できなくなってしまいそうで怖いのだ。

だから、今はあの輪には入れない。


俺の青春はいつ訪れるのだろう?

大学生になれば全て解決するのだろうか?


大学生になれば、少なくとも受験勉強はやらなくて済むんだよな。

俺はもう勉強には飽きた。


そう思うが、俺は浪人生。あと1年はやらなきゃならない。


俺は、決意する。あと1年だけ頑張る。

そして、大学受かったら勉強は一生やらない。

一生勉強やらないは現実的に無理だけど、気持ちの上ではそれで行く。


目立たないよう、さっさと帰る。

皆わかっているので、浪人組を積極的に誘ってきたりはしない。

まあ、中には”俺の幸せを君たちにも分けてあげるよ”的な人とか、団結を要求してくるのも居るんだけど。


ちょうど、仲良かった女子と会った。

栫井(かこい)-、帰んの?」

栫井(かこい)君、なんか元気ないんだって?」

「あ、帰るところ? 栫井(かこい)君、ちょっと待ってね」

そういって、カバンの中からガサゴソ袋を出す。

「これありがとう。次の号どうしよっか」


小泉さんだ。

なんか、話しかけてもらえるだけで嬉しい。

次の号というのは、雑誌の話だ。


馴れ馴れしいのが杉。座敷童風女子。

元気ないことを心配してくれてるのが今井さん。

今井さんは凄く可愛い子で、俺が仲良いのは小泉さん。


同じマンガが好きで、単行本を貸していたのだ。


次の号?

今井と杉(高杉)は、顔を見合わせる。

口には出さなかったが、二人は付き合ってるんだと思った。


今井と杉が気付いた通り、洋子(小泉洋子)は、登校日が終わっても会おうという意味で言ったものだった。


ただし、栫井(かこい)は気付かなかったが。


----


世の中全てが絶望的につまらなくなっても、小泉さんと話すと、俺は少しだけ明るい気持ちになる。

高校生活での、俺の数少ない良い思い出は、だいたい小泉さん関係のことのような気がする。


でも、なんだか今日はとても遠く感じた。


マンガを受け取る。俺が貸していたものだ。

本当は学校にマンガを持ってくるのはちょっと危険なのだが、もうこの時期持ち物検査も無い。


「ああ、急がなくても良かったのに」


俺は内心喜んでいるのに、それを言葉にすることができない。

俺の心は中学生女子レベルなのだ。


「あとがき……」

「すぐに読む予定も……」


二人の会話がクロスする。


「え? ああ、俺、浪人することになったんだ」


なんか、思ってるのと全然違う言葉が出た。


「そうなんだ……じゃあ、マンガなんか読む時間なんて無い……かな?」


「時間の問題でも無いんだけどね」


これは、思ったことを口に出しただけだった。


時間もそうだけど。あまり読みたい気分でも無かった。

気分が沈んでるときは、面白いマンガもつまらないものに見えてしまう。

だから、そういうときには好きなマンガは読まないと決めているのだ。

マンガに嫌な気持ちが上書きされるのを避けたいから。


このマンガは小泉さんと貸し借りした良い思い出になるはずだから。

俺は小泉さんとの思い出は大事にしたいと思っていた。


「小泉さんは早々に決まってたよね」 そう言うと、

小泉さんは、「楽な方にしちゃった」と答えた。


「俺も早く受験から解放されたかったよ」

謎の体調不良のせいで……ほんと、ツイてない。

受かっていれば、小泉さんを誘って、春休み中に一緒に遊びに行ったりしてみたかった……


「うん。そうだよね、浪人生だもんね。気が向いたらもう一度読んでみて」


「うん。そうするよ」


何だろう?

少し変だったな。

俺は何かまずいことを言ってしまったのだろうか?


========


昼間、ああは言ってみたものの、洋子はけっこう期待していた。


栫井(かこい)君、後書きに貼ったメモ読んでくれたかな?

読んだけど興味無いから連絡してこないだけだっら寂しいな。


もう少し待ってみるかな?


そんなことを思いつつ過ごすが、栫井(かこい)から連絡が来ることは無かった。


そして、怒涛の短大生活が始まる。


----


『お父さん。私です』


オーテルは、栫井(かこい)が居る時代に、ちゃんと付いてきた。

話しかけてはみるものの、何の反応もない。やはり、通じないようだ。


『お父さん、そのマンガと言う紙の束には、メモと言うものが挟まっています。

 読まないと後悔します』


でも、全く聞こえていないわけでは無いのかもしれない。


「なんだろう。今何か聞こえたかな?」


栫井(かこい)の精神に多少の影響は与えていたようだった。


涙が出る。

精神が不安定なのか?


俺は何かを失ったような気がした。

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