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23-13.残った大鎧

挿絵(By みてみん)


消えた"大鎧"の中身のおっさんはと言うと、非常にまずいことになっていた。

見事に転移の失敗パターンに、嵌っていた。


”俺は、小泉さんが生きてる時代に行く”

そうおっさんが決意したとき、竜の遣い、領主、女達の前から、大鎧の中身の姿が消えた。

見えかかっていたものが、一気に見えなくなった。

この世界との、”関り”が薄くなったのだ。


その段階で、すでに転移は始まっている。後戻りはできない。


おっさんは、戻り先を決めていた。

高校2年生の時に戻る。

小泉さんと、同じクラスになったのが高校2年のとき。

通路を挟んで隣の席になったことがあった。季節は秋だったと思う。

それより少し前に戻りたい。


”もう一度あの時を”


ここに来た時、俺は記憶を失った。

戻ったところで、俺は恐らく記憶を失うのだと思う。


だとすれば、前回と同じように失敗する。俺はきっと、メモを読み損ねる。

俺が失敗したときには、オーテルの出番だ。

俺の竜の娘。未来に生まれる俺の娘。


オーテルが、ベスと呼ばれる犬を使って、小泉さんの運命を変える。


オーテルは、自力で過去に行くことができない。

俺が過去に行かないと、オーテルはベスを使えない。

だから、俺は過去に戻らなければならない。


大丈夫だ。今の俺には記憶がある。話が繋がる。

あとは、戻るだけ。


「あの時代に戻る。高校二年生の俺に戻る。

 そして、もう一度、小泉さんと会って、なんとか助ける!


 この記憶を引き継げなかったとしても、なんとか頑張ってくれ、俺。

 そして、頼んだぞ、俺の竜の娘」



決意して、飛び立った。転移が次の段階に移る。


”ガン!”


世界がズレた。


これで、フラグが立てば戻る。


”俺は転移する竜。


望めば、どこにだって行くことができる……

俺は、生きている小泉さんに会う!!”


これだけクサいセリフを吐けば、思わず転移してしまうに違いない!

※転移はクサいセリフで進むようです


だが、何も起こらない。


あれ? フラグが足りんのか?

もっとメジャーなフラグを試してみる。

”俺、この転移が終わったら結婚するんだ(相手がいないけど)”


……なにも起きない。


だめだ。どうも、フラグでは無いようだ。


横浜に向かいたい。ところが、行きたい方に行けない。

引っ張られている。


理由はすぐにわかった。


未練が残って、この世界を離れられないのだ。


”未練は一度捨てよう。どうせ後でまた来る”

自分に言い聞かせるように、頭の中で繰り返す。

ところが、捨てられない。


俺の心は、既にこの世界の女に魅了されていた。

踊りに魅了された心が、記憶を捨てることを拒む。


俺はその記憶を捨てないと転移できない。

未練に紐付く記憶は捨てていかなければ転移できない。

理屈はわかっているのに、捨てることができない。


記憶を捨てて未練を断ち切るのは、簡単なことだった筈だ。

俺は未練を捨てて異世界に行った。そのとき、そんなに苦労しなかったはずだ。

簡単だったはずなのに……


ダメだ、失敗だ……


体のあちこちから、ミシミシ、バキバキと、やばい音が聞こえる。

体が捻じられる。俺の体の中で、戻る派と、残る派が別れた。

半身が小泉さんが生きている頃の横浜に、もう半身は踊る女たちの居る異世界に残りたがる。


一度、転移がはじまったからには、転移せずには終わらない。

今まで居た世界と、俺が生まれた世界の交点に、すっぽり嵌る。


もう後が無い。


どちらに行くか決めねばならない。

なのに、決められなかった……


俺は他のことができなくても、割切ることくらいはできると思っていた。

自分の心をコントロールするくらいはできると思っていた。


自分の心もコントロールできないのに、誰かを救いたいなんて思うのが間違いなのかもしれない。

それでも、俺は助けたかった。


2つの世界が離れていく、転移とは世界を一時的に繋ぎ合わせる能力なのかもしれない。

だが、異なる世界が繋がれるのは本来一瞬のことだと思う。いつまでも、この状態を維持することはできない。

裂け目が広がる。二つの世界が離れる。


横浜側に行かないと、あの時代に戻れない。


それはわかっているが、踊る女の記憶を捨てることができない。

俺の体が最後の接点となる。


凄い力だ。痛いとかじゃなくて、凄い力がかかる。

簡単に引き裂かれそうな勢いなのに耐えている。

転移する竜は大きな力を持っている。


世界を引き寄せ、離れようとする力にも、一時的とは言え耐えるのだ。

だが、それにも限度がある。もうすぐ、俺の体は引き裂かれる。



捨てられないものができてしまった時点で、もう転移はできないのだ。

通常なら、転移を開始することもできないのだと思う。

俺は、自分で自分の心に気付かず、捨てられない物を持ったまま転移を始めてしまった。


”ごめん。オーテル”

俺は戻れずに消えてしまうかもしれない。

……ダメだ、それじゃ娘が成仏できない。オーテルは俺が居る時間にしか存在できないのだ。

それに、あんな結末のまま小泉さんを放置してここで死ぬのは嫌だ。

俺は、俺が死ぬのは構わない。でも、これじゃダメだ。

いつかは俺を待っていてくれる人たちの元で死にたい。


その瞬間、限界を迎えた。


今まで体験したことの無いような凄い衝撃が走った。

人間の体で大砲の弾でも受けたかのような衝撃だった。


骨が砕けるような音が圧縮されたような、直接骨に伝わる振動が耳に到達した。

今まで感じたことのない振動。体の中から発生した音が直接聞こえる。

ほとんど爆発音だ。


俺は砕け散った破片の一つ。回転しながら飛び散る。


呼吸ができない。どうやって呼吸していたのか思い出せない。

もう俺には肺が無いのかもしれない。


俺は死んだと思った。


同時に、死ねないと思う。俺には目的がある。

あの時代に帰って、小泉さんを生きてる小泉さんと……死なせたりしない。

俺は帰る……


……………………

……………………


意識が戻った。生きてるのか?

猛烈な吐き気と眩暈。貧血で目の前真っ暗。それでも死んではいなかった。

俺はもう手足が付いているかさえ分からない状態なのに死んでいないのだ。


これで死なないんじゃ、俺が死ぬのは容易なことではないだろう。


そんなことを考えつつも、なんとか目的の時に向かう。


小泉さんが生きている時間に……

狙った時間……高校2年のとき……には届かず、少し手前に落ちる。

それでも、もがく。

せめて最後に、元気な小泉さんを一目見て……3年の冬でもいい、俺が直接会える時まで戻って……


========


一方、未練を捨てられず、もげた半身は、転移せずに、異世界側に落下した。

鎧として異世界に残った。それが大鎧。


人々は中身とともにやってくると思っていたが、鎧だけが先に来た。

鎧は、おっさんと共に現れ、おっさんが消えた時も、その場に残った。

転移できないことが確定していたのだ。


ところが、おっさんは帰る必要が有った。そのため、鎧と中身は分かれてしまった。


大鎧は元々、この鎧を着た神様の名前だったが、鎧単独も大鎧と呼ばれ、区別が曖昧になった。


鎧自体が神でもあったためだ。


大鎧は、人間の女たちを愛でていた。女たちも鎧を慕っていた。

女達に子ができ、孫ができ、歳をとっても鎧は人間の女たちを愛でていた。

ところが、だんだんと女達は減って行った。


人間には寿命があった。一人死ぬごとに鎧は大層悲しんだ。

鎧は女たちと共に年を取り、女たちより先に死にたかった。


神と人は共に生きて死ぬことができない。

神の一部である鎧は寿命で死ぬことができなかった。


鎧は鎧である限り死ぬことができない。

鎧は竜に戻ることを望んだ。

竜に戻れば、再び有限の寿命を手に入れることができる。老いて死ぬことができるようになる。


その為には、去って行った半身が、この世界に戻ってくるのを待たなければならない。


鎧は、もう人間の女を愛でるのは辞めようと思った。

でも、鎧は人間の女を愛でてしまう。


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