26-24.樹海から異世界へ
※『』のセリフは、テレパシー的なもので、おっさんとベス(オーテル)
の間で使われる会話です。声ではなく聞こえる相手は限られますが、
実は唯にも聞こえています。
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「さすがです。お兄様」
「ふっ」
なにやら聞き覚えのあるセリフが耳に入る。
あれ? これって? もしかして……
ベスは、しつこく”さすがです、お父様”と妙なセリフを繰り返していた。
「これだったの?」
「そうじゃ、だから、唯がその機械で見ておった、絵の動くやつと言ったであろう」
唯が、栫井に、助けを求め、栫井と洋子が再会してから、1年近くの時が流れ、2014年春になっていた。
4月からはじまった新番組に、ベスが良く使うセリフが入っていた。
もちろん、このアニメの方が元ネタだ。
ベスは前回も、この時代を唯と共に過ごしていたので、唯が見ていた、この番組の、セリフを覚えていたのだ。
と言うのも、このアニメ、しつこく何度も何度も繰り返し”さすがですお兄様、ふっ”が入るのだ。
ベスはテレビ番組には全く興味を持っていなかった。
それでも、気に入ったセリフを真似することもあるのかと感心した。
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……………………
未だに、仕組みがわからないと言う問題はあるものの、
唯は、栫井が、異世界に行った結果、生まれた子であることは確かであり、
唯も、栫井が、父親だと認識していた。
ところが、お父さんとは呼べずにいた。
唯は、このアニメを見ていて思った。
少しだけ、”さすがです、お父様”を、やってみたいなと、思ったのだ。
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計画実行はさらに、少し後になる。
これだけの時間がかかったのには、もちろん理由があった。
元々急ぐ必要は無いと思ってはいたものの、勿体ぶって遅らせたと言うわけでは無かった。
ベスの持つ石を調べた結果、非常に多くの情報が手に入ったが、これの読み出しと分析に時間がかかった。
栫井が、時間を戻すためには、異世界に行く必要が有る。
ベスが生まれた世界を異世界と呼んでいる。
栫井は、異世界に行くと、この世界の大事な記憶を無くしてしまう。
これが、時間を戻せる回数制限につながるのだが、あと1回しか戻れない。
異世界で、こちらの世界を思い出さないと、戻って来られないのだ。
そもそも、異世界行き自体に問題があった。
もともと異世界行きは、栫井が絶望したときか、満足して成仏するかの2通りしか無かった。
唯が死亡するか、唯を治療するかが、異世界行きの切っ掛けとなる。
今回の、ベスが生きている間に栫井と会う歴史は、無理やり作られたもので、本来は存在しないものだった。
時間を戻し、成功すれば、栫井と、洋子の再会は50の同窓会になる。
そのときベスは、既に寿命でこの世を去っている。
だから、ベスと栫井が触れ合う機会は無かった。
ベスが死んでも、ベスの中の人であるオーテルは、存在し続けるので、栫井と再会は可能だ。
が、ベスと触れ合う回ができてしまったために、栫井が、絶望も満足もしてしない状態で、転移するという特殊パターンが発生してしまった。
この、異世界との行き来を、”転移”と呼ぶが、”転移”自体は、元々栫井の持つ能力であり、何度でもできる上に、どこにでも行ける。自由度が高いが故に、どこか別の場所に行ってしまうとまずい。
なので、一番確率の高そうな場所として、神殿を使う。
樹海の栫井の神殿は、栫井が、はじめて異世界に転移するとき使った神殿であり、行先は、異世界にあるオーテル神殿。
一番確実だ。
そして、特急では無いものの、時間制限の存在も発覚した。
少しずつではあるが、栫井との接触で、唯の成長が促進され、体が耐えきれなくなって死亡する時期が、早まるのだ。
そのため、早目に行った方が良いだろうと言う話にまとまった。
そして、石の記憶の解読により、フラグの設定を行う。
栫井には、50の同窓会まで、洋子と接触させない。
そして、同窓会に行くと異世界に行くと信じ込ませ、部屋を片付けさせる。
洋子にはベスの口から、同窓会で確実に栫井を確保し、酔い潰すことを伝える。
一応念のため、ベスが飼われなかった場合に発動するフラグの設定もするが、もともと、洋子自身は読むためのエネルギー源を持たないので、非常時にでも無いと読めない。
死にそうになると、走馬灯形式で読めるという程度しかできない。
設定はできるが、読む力が弱いため、読ませることが難しいのだ。
こちらの世界で、時間を戻して、やる内容は決まったものの、異世界側での矛盾回避に時間がかかった。
オーテルが子供の頃、意図せず変えてしまった歴史を戻すために細工したいが、ベス(オーテル)の話は要領を得ず、その情報から対策を打つのは非常に厳しかった。
それをさらに難しくしている問題があった。
そもそも、必要な部分の記憶が、石に残っていないのだ。
石は既に7個集まっているのにもかかわらず、足りない記憶がある。
完全に失われた部分があるかもしれず、その範囲がかなり広い。
しかも、よりによって重要な部分が欠けている。
未来部分は手掛かりが足りず読めないのは仕方ないが、過去に経験している部分は読める。
ところが、異世界で過ごした初期の記憶が無い。
オーテルが変えてしまったのはその部分なのだ。
結局、その部分の記憶は見つからなかったのだが、そうこうしているうちに、冬までかかり、樹海の神殿に行くのが難しくなってしまった。
強行可能ではあるが、そこまでするほどの理由も無いということで、もう少し良い季節を待つことにした。
本栖湖キャンプ場が4/1からやっているので、その頃なら問題無いのだろうが、少し余裕を持って、5月にした。
※樹海は本栖湖周辺
遂に、その日が来た。
「うわっ寒」
車を降りると寒さに驚く。街は初夏だが、ここは、まだ冬だった。
しばらく歩くと、その場所に着く。
栫井は驚く。
「こんなに近かったのか!」
癌で入院する前の栫井にとっては、かなりの距離だった。
「あのときはね。帰りなんか、1時間半くらいかかったんじゃないかしら。
でも、私も、神龍に会いに来た時は、近くて驚いた」
洋子は、石の記憶で、その時のことも覚えて(思い出して)いた。
だが、木が邪魔だった。
前は、1本の太い木が倒れていただけで、開けた場所だったが、今は、その上に、もう一本倒れている。
下の太い木と比べれば、細目ではあるが、邪魔だからと言ってどうにもならない。
ただ、時間的には、今の方が前なのだ。
何らかの方法で、8年後には、上に乗っている木が消えるのか?
『この木を目印に。ここは特別な場所です』
『うまく行ったらここに来てください。
失敗したら、誰かが絶望するまで、私の声は届きません』
「でも、覚えて無ければ、ここに来ないんじゃないか?」
『洋子と唯には伝えておきます。
でも、伝えなくても来ます。覚えていないだけです。ここには何度も来ました』
「で、回れば良いのか」
神殿を、最適な状態にするには、ひと手間かかる。
”神がいる場所が神殿であり、神が住めば聖域となる”
栫井が死んだときに居た場所が神殿。この世界の神殿は既に場所が確定している。
問題は住むの方だ。人間が住めるような場所では無い。
ただし、ベスが言うには、周りをぐるぐる回るだけで、聖域化するのだと言う。
『洋子も回った方が早いです』
「小泉さん(洋子)も、回った方が早いって」
「私は?」 唯が聞く。
『唯は要らないです』
「酷い」
唯ちゃんが、オーテル(ベス)の声に即答した。
「なんだ、唯ちゃん聞こえてたのか」
「まえから、気付いてましたよね?」
まあ、確かに多分聞こえてると思っていた。
「もしかしたらとは思ってた」
「何の話?」洋子には聞こえていなかった。
適当にごまかす。
「唯ちゃんも回るか」
『回るのは、つがいです。唯は回りません』
オーテルの声は無視して、回る。
おおっ、なるほど。
確かに、ここは俺の神殿だ。空気が変わった。
「え?」
「キラキラしてる」
急に一面が輝きだした。
「ああ、見えるのか」
汚物が浄化されるとき、キラキラが出る。
動物の糞かな? ……とは思いつつも、糞の浄化でキラキラが出ているのだが、糞は伏せて答える。
「聖域化すると、浄化の力が働くから」
ここで、唯は余計なことを思いつく。
「浄化の力!」
『「さすがです、お父様」』
オーテルと唯が、ハモる。
栫井は、ずこっとコケた。
ところが、何事も無かったかのように、オーテルは話を続ける。
『つがいで回るとすぐに聖域化します』
「あ、オーテルさん?」 洋子が反応する。
神殿が聖域化されたことで、オーテルの声が洋子にも聞こえるようになったようだ。
「小泉さん(洋子)にも、聞こえるようになったのか。じゃあ、俺が行っても安心だ」
「そうね。でも、ここ、はじめに来た時は、真ん中で回らなかった?」 洋子が言う。
「覚えてたのか」
死神が、妻と、その場で回れと言ったから。
あのときは、神殿を作った。俺が死んだ後に住むところ。
そこに妻が来れば、俺は神になる。
「戻ってきたときは、たぶんまた、高校3年生の卒業間近。また、あのメモ見て後悔するよ」
「そうね。私も後悔するから、お相子よ」
まあ、そうなんだけどな……
「頑張ってね、ジン君」
「小泉さん(洋子)も」
とうとう、この日まで、栫井は、”洋子”とは、呼んでくれなかった。
「唯ちゃんも。
次は、俺が、もう少し、立派なお父さんになってると良いけど、
50まで、唯ちゃんのこと知らないまま過ごすから」
「いいですよ。仕方ないですから」 唯は答える。仕方の無いことだ。
「唯ちゃんは、きっと今回のこと忘れてしまうんだろうな。ちょっともったいないな」
これは唯も思っていた。この1年、唯にとっては楽しい時だった。
できれば、この記憶は持っておきたかった。
『次が最後です。うまく行けば、お父さんはベスと会うことはありません』
『俺がベスと会えるのは、この回だけ。まあ、十分触れ合ったし良いだろ』
俺がフラグに気付いてフラグ立てをすれば、50の同窓会で会うことになるはずだ。
そのとき、小泉さんは、俺を酔い潰す。酷い作戦だ。
「ちょっと、もっともっと離れててくれるかな。この木、邪魔」
そう言ったかと思うと、たちまち栫井の姿が見えなくなる。
すると、”ズゴン”と凄い音と振動が。
「キャー!」
上から、枯れ枝が落ちてくる。
『お父さんが、倒木を排除します』
さらに、少し離れる。
尻尾が生えたので、木をどける。
”ズゴン、ズゴン”
上に乗っていた木が折れ、放り投げられる。
”ガサガサガサ”
『じゃ、行ってくる』
声が聞こえた途端、あたりが暗くなる。
そして、巨大な何かが現れる。
唯は何が起きたかわからなかったが、それが栫井だということは分かった。
洋子は、驚いた様子もなく言う。
「ありがとう。行って……待ってるから。50の同窓会で」
巨大なものは消え、また明るくなる。
「あれが、私のお父さんの本当の姿?」
「私の夫は、人間の姿だったけど」 洋子は答える。
「この後どうなるの?」唯は聞く。
すると、妙な口調でオーテルが答える。
『この世界は、もうすぐなくなります』
「え? 何? この世界が無くなるって?」
「神様が居なくなったから、この世界は無くなる。
私も頑張るから。唯も頑張って」
「わ、わかった」
唯はとりあえず、答えたものの、状況を把握できていなかった。
『私も移動をはじめました。洋子の時間も戻ります』
「移動って何?」
唯は、栫井が行った後どうなるのか、ちゃんと聞いておけば良かったと後悔した……
「また、同じ時をやり直すのよ。心配しなくても大丈夫」
「戻ると私はどうなるの?」
「見えた未来が、現実になる」
周囲が真っ白になり、全てが消えていくように感じる。
「お母さん」
「心配ないわ。あれでも、あの人神様だから」
神様……漠然としているけれどなんとなくわかる。
「そっか。またベスと会える?」
「ええ」
「良かった。ベスとお母さんと……」
もう母の顔も見えない。
「次が最後だから、頑張ろうね」
「うん」
光に満たされて、世界が真っ白に変わっていく。
洋子と唯は、明るい未来に向かって歩き出す。
おっさんは、妻と娘に囲まれて、最期は幸せに死にたかった
完
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残り1部分ありますが、『あとがき』です。