23-11.大鎧出現(4)
■言葉遣いについて
領主が丁寧な言葉を使い、平民が敬語を使っていないのは、
表記の都合そうなってしまうためです。
生まれながらに階層差のある社会であり、社会的に階層が分断されています。
貴族が平民と直接話をする機会が少ない(通訳的に、間に人が入る)こともあり、
領主は丁寧な言葉しか使いません。
敬語を使えない平民も多いという社会階層上の都合です。
上下逆に見えますが、実際に使っている言葉が異なるためです。
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「でかした! お主の手配した女ども、なかなかやりおるではないか!!」
竜の遣いが珍しく褒めた。
幸いにも大鎧はまだ居るようだが、イザベラには鎧しか見えない。
「踊りをお気に召したようで、ああしてずっと見ていらっしゃいます」
ああしてと言うが、イザベラの目にはただ鎧が浮いて見えるのみ。
他の者たちには、もしや見えているのではないかと心配になる。
「鎧は見えますが、大鎧様はいらっしゃるのですか?」
イザベラが確認すると、付き人が答える。
「目には映りませんが、鎧が浮いており、鎧を着けていらっしゃる様子です」
大鎧が何を見ているかはわからなかったが、大きな鎧が宙に浮いている。
他の者にも、同じように見えているようで安心する。
あれを着ているとなると、相当な大きさだ。
大鎧は大きな鎧を着た神様と言われているが、あれが着ている姿だとすると、想像以上に大きい。
腹の高さがイザベラの頭の高さほどだ。背丈は相当なものだ。
現領主イザベラは、今まで大鎧をあまり重要視していなかったが、ここに来て考えが変わる。
今までさほど重要視していなかったのは、【実在の可能性が低かったため】だ。
実際に存在し、さらに今ここに居るとなれば話は別だ。
名前が”大鎧”であることから、大きいということは予想できたが、並の人間より少々大きい程度かと思っていた。
竜の時の呼び名が”一番大きな竜”であり、竜の中で最大級の大きさなのかもしれない。
それでも、人になった時の大きさは不明だった。
大鎧となってもこの大きさなのだ。
もしこれが味方に付けば、竜以上の切り札になるかもしれない。
都合の良いことに、大鎧は人間の妻を持つ。
妻をあてがえば、森の守り神になるかもしれない。
「おおお、大きいのう、凄い気配じゃのう」
迷宮の竜の遣いも、大はしゃぎだ。
「これは凄いのう。人の姿でこれだけの威圧感があるとは。
流石、妾の夫じゃ!!
おおお、でかした、よく持て成してくれた。
もう良いぞ、人間の女たちよ、後ほど褒美を授けよう」
これには踊って、もてなしていた女たちは反感を持つ。
変な女がやってきて、用済みと言ったのだ。
そして、おっさんにも大変なピンチが訪れていた。
1時間以上も踊り続けた女達は、もう相当ばてていた。
そして、暑くて、どんどんはだけていたので、おっさんはもう、ぐでぐでになっていた。
おっさんはあまり露出が激しいとダウンしてしまう。
女たちはそれを知らなかったので、暑いとどんどんはだけていく。
限度を超えると、おっさんは倒れてしまうのだが、おっさん自身がそれを知らないし、女たちも知らないので、だんだん限界に近づいていた。
ただ、限界を超えるまでは、むしろおっさんは視線釘付けで身動きできなくなってしまう。
まさに、おっさんは、視線釘付けで身動きできなくなっていた。
一方で、あまりにも真剣に見ている様子が女たちにも伝わっていたのか、大鎧が早くも妻を選んでいるのではないか?などと思い始めていた。
大鎧が人間の妻を持つということは、相変わらず秘密にされていたのだが、勝手にそういう噂が広まっていた。
大鎧は人間の女を愛でる。そういう話があると、その先には、気に入った女が居れば妻にするのではないかという予測がなされる。
予測、希望はそのうち、あたかもそれが事実であるかのように、広まっていた。
そんなこともあって、真剣に踊りを見る大鎧の姿は、もしかしたら妻を選んでいるのではないか?
なんて疑問が浮かんでくる。女たちは、踊るうちに、この中の誰かが大鎧の妻として選ばれると思った。
実際、おっさんも、この中から1人連れて帰りたいとか思っていた。
どういうわけか、おっさんと女たちの気持ちは一つになっていた。
でも、おっさんはいくら頑張って考えても、1人を決められない。
もう全員貰って、この子達を愛でながらこの地で死んでも良いかもなどと、大それたことを思っていた。
そして、その気持ちは何故か女たちにも伝染し、すっかり大鎧様に愛でられながら生きていきたいという気持ちでいっぱいになっていた。
そんな妙な一体感が生まれていたところに、突然来た変な女が”妾の夫”などと言い放ったのだ。
領主様と一緒に来た女。一目で庶民とは違うことがわかる女だった。
いつもなら、遠慮するところだが、今回は違った。
踊る女たちも、謎の高揚感で、相当イケイケ状態になっていたため、ちょっとした争いが起きる。
「はあ、はあ、大鎧様の、はあ、はあ、お気に召せばと、はあ、はあ」
「まだ、妻選びが終わっておりません。はぁ、はぁ」
抗議のため、踊りが止まる。
すると、おっさんは我に返る。
”おお、終わってしまった。でも、なんて素晴らしいんだ。
こんな素晴らしい踊りをささげられるなら、俺は神様役でも良いかもしれない!!”
などと、相変わらず魅了されまくっていた。
ある意味、神になる素質があった。
一方で踊りの女たちが竜の使いを囲んで抗議し始めたことに領主は冷や冷やする。
ここに至っても領主イザベラにとっては、大鎧はオマケ。
本命は竜の後ろ盾なので、竜の使いの機嫌を損なうことの方を、より恐れていた。
「しばらく踊っておっても、姿を見せてはおらぬ。お主らの踊りでは姿を見せぬ」
「今は、まだ、妻を選んで、おいでで、はぁ、はぁ」
「人間の妻を選んでおるのか? 妻を選べば姿を現すかのう?」
が、竜の使いは身分やらには無頓着で、平民に詰め寄られても気にする様子がない。
身分の高いものに無礼な態度を取る割に、平民に対しても同じ態度で、無下に扱ったりしなかった。
この”竜の遣い”のことを、ある程度知る領主以外の多くの者は、”竜の遣い”の態度は予想外のものであった。
領主に対しても高飛車な態度をとるような人物が、平民に対しても態度は変わらず、質問には答えられる限り答え、面倒になると相手が誰であろうと投げ出した。
「どうすれば、妻に選ばれるのですか?」
「そんなこと、妾が知るか!!」
「大鎧様にお聞きしたいのですがお話ができません。
妻と言われるのなら聞いてください」
「姿を現さなければ、話もできぬ。
まずは、見えるように出てきてもらうのじゃ!」
そんな身分をわきまえない態度は、意外に庶民に受け入れられ、女たちは、おとなしく従った。
女たちも、姿を現し、話ができると言うなら話をしてみたい。そう思う。
大鎧が姿を現すには、何かをしなければならないという。
女たちは思う。妻を選ぶなら、姿を現してほしい。
なんだかんだで、案外あっさり話はまとまる。
「姿が見えねば、居らぬのと一緒。この石を使うのじゃ」
竜の遣いが懐から、突然石を出す。
「おお、石とはこれですか」
領主は今まで話には聞いていたが、見るのははじめてだった。
神殿に置いているものと、とても似たものだった。
大鎧様を、この世に顕現させるために必要なもの。
竜の使いは、早速石を持って、鎧の前に立つ。
「一番大きな竜。待っておった、母に騙されたかと疑っておったところじゃった。
この石に触れて、早よ姿を現せ」
※この竜の遣いの本体、迷宮の竜ディアガルドさんは、
母に騙されて、人間の世界に来ています
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一方、この世界に来る前から、若い女好きというレッテルを張られたおっさんは、そんなことは知らず、真面目にいろいろ苦戦していた。
女たちの素人踊りがツボに嵌って萌え死にそうなところに、どんどん服がはだけて肌の露出が激しくなり、目が釘付けになって困っていたところで、ようやく踊りが終わり、一息ついたところで、次の難題が。
どういうわけか、足が床から離れない。おっさんは気付いていないが、このとき既に、がっちりと捕らえられていた。
どうにか足を動かそうと頑張るが、どうにも動かない。
困り果てて、踊る女たちの方を見ると、集まって、揉めている様子だったが、それが収まると、なんか偉そうな人が来た。
何かを差し出される。
また石だ。
こんな大きな鎧を目の前にして、この子は怖くないのだろうか? なんて疑問がわく。
その女は、何かを伝えようとしているようだ。
石に触れば話ができる?
そう言ってるような気がする。
石は、意思疎通のためのアイテムなのか?
俺は神様で、人間と話すためにはアイテムが必要なのだろうか?
そんなことを考えつつも、石に触れる。
触れたとたん、すごい量の情報が流れ込んできた。
祭壇に有ったのより情報量が多い。
”こんなにたくさんの情報が入るものなのか!!”
不完全ではあるが、記憶と気持ちが戻る。
情報を読んで我に返る。
この我というのは、横浜に居た時の我に近いものだった。
「あ、あれ? 俺は何を?」
俺が来るのは、オーテル神殿跡地らしい。
ここがオーテル神殿跡地か。
こんな建物有ったか?
俺の記憶では、こういう神殿とか祭壇は無かったと思う。
オーテル神殿跡地。
ここは、俺にとって特別な場所だ……俺は、何度もここに来る。
不思議なことに、自分が将来何をするのかが少しわかった。
そして、この石の意味も。
おお!!
思い出すと驚く。
予め俺が来るのを知っていて、石を用意しておくのか!
これは、凄い綿密な計画が必要だ。
俺は転移することはできても、重要な記憶を無くしてしまう。
使命がわからなくなってしまう。
この石がなければ、目的を忘れてしまうのだ。
実際に、今も目的を忘れて、踊る女たちとともに、ずっと一緒に暮らしていこうなどと思ったばかりだったので身に染みる。
危なかった。俺は、時間を超えたかったのに、危なく戻るのを諦めるところだった。
今回は、この石を読んで帰れば良い。
石に見えるが、恐らく骨。俺がいくつか残した物のうちの1つだろう。
自分の遺骨を持つというのも妙な気分だ。
俺は来てすぐ帰る。
でも、この人たちは俺を待っていてくれた人たちだ。
それを考えると気が重い。
ずっと待っていて歓迎してくれた人を置いて帰る?
俺は、待っていてくれる人が居るなら、ここで暮らしても良いと思っている。
さっき踊りで歓迎された時の気持ちは本物だ。
ただ、俺が帰らないと、俺の後悔が消せない。
俺の竜の娘、俺がオーテルと呼んでいた竜の娘が成仏できない。
不思議なことに気付く。俺はオーテルの名を知らなかったはずだ。
だが、石にはオーテルの記憶があった。
この石は未来の物かもしれない。
俺は竜の娘をオーテルと呼んでいた。
オーテル神殿跡地の竜だから竜の名前はオーテルだと思っていたのだ。
いや、違う。俺はオーテルが俺の娘だとは知らなかった。
俺は、横浜に呼びにきた女をオーテルと呼んでいただけだ。
そして、横浜には娘が呼びに来た。
だから、今は俺の娘の名前がオーテルだとわかった。
石に入っていたのは何時の記憶だ?
おそらく未来の世界でオーテルが頑張って、この石を集めて運んだ。
そして、オーテルは、俺をこの世界に連れてくるために横浜に来た。
だけど、来たら終わりではない。何かをしなければならない。
俺が今ここに留まると、オーテルの目的も俺の目的も果たせなくなる。
俺はオーテルも、小泉さんも、あのまま放置することはできない。
だから、今は帰らなければならない。
それはもちろん理解している。
だが、俺は既にこの世界で出迎えてくれた女たちに、すっかり魅了されていた。
この女たちを置いていくというのは、もう既に難しいこととなっていた。
正に断腸の思いだった。