26-19.七つの骨の呪い(1)
※洋子は、栫井の神様になったときの姿を、神龍と呼んでいます。
(巨大な竜の神様なので)
※栫井が、”洋子さん”と呼んでいるのは、自分の妻だった女性である栫井洋子のこと、”小泉さん”と呼んでいるのは、現在の小泉洋子のことを指しています。
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俺が死んだとき、富士の樹海に、俺の神殿ができた。
建物があるわけではないのだが。
死んだ俺の精神が留まる場所、そんなところだ。
そこに、洋子さんが、俺の遺骨を持ってくる。
俺が言った通り、骨を持ってきてくれたこと、また会えたことが嬉しかった。
あんな、突拍子も無い話を信じてくれたのだ。
ただし、同時に、寂しくもあった。
時間を戻し、洋子さんが子を持てる歴史を作ると、
俺の愛した妻との歴史を、消し去ることになってしまうから。
……あとから思えば、そんな、俺の女々しい気持ちが、読まれていたのかもしれない……
神様と言っても、俺がなれるくらいの神様だ。
簡単にできることは、たかが知れている。
なので、願いの内容は、生前に決めてあった。
だから、それを聞き、俺は小学生の頃まで時間を戻す。
洋子さんとは別の人生を歩み、俺がどうなるのかはわからないが、洋子さんは子供を持つことができる。
それで終わるはずだった。
だが、そのとき、洋子さんが言った願いの内容は、生前に決めたものと変わっていた。
言葉の上では少しの差だったが、それは困難だから、俺はそれを避けて、願いの内容を決めたのだ。
ところが、妻にはバレていた。知っていたのだ。
不妊の原因となった、麻疹に罹るタイミングを変えると、俺と結婚しなくなることを。
あのとき、洋子さんは、”子供が居る世界”ではなく、”仁(栫井)の子が居る世界”と言った。
だが、俺と洋子さんが結婚する歴史を維持するためには、高校の末期までしか遡ることができない。
その時既に、洋子さんは不妊なのだ。
※実際には、中学まで戻すことができるが、栫井は、洋子と過ごした高校時代の思い出を上書きする行動をとれないため
そうなると、簡単に打てる手が無かった。
2人が結婚する歴史を選べば、高校卒業までしか時を戻せない。
小泉さんは、不妊症で、子どもは欲しくてもできなかった。
だから、それは無理だった。でも、小泉さんは、願いを変えてくれなかった。
でも、俺は既に死んでいる。
願いを聞いて神になるか、願いを聞かずそのまま消えるか。
俺には、そのまま消えると言う選択ができなかった。
だから、7個の骨を使った。その結果、7個集める羽目に陥ったのだ。
だが、7個の骨で、何をしようとしたのかがわからない。
……………………
このとき、栫井の疑問が、洋子に伝わった。
洋子は知っていた。
7個集めなくては、ならなくなった理由を。
神龍に、お願いする内容は、夫の生前に、予め決められていた。
その内容を洋子が変えてしまったからだ。
その願いは、神龍には、却下されたが、洋子は願いを曲げなかった。
洋子は知っていた。
神龍は、夫が死後に化けて出た姿。
洋子が望めば、それを断ることはできない。
すると神龍は、こう言った。
「非常に大きな困難が伴うが良いか」
「ええ。いいわ」
洋子は即座に答えた。
元々、神龍が、その願いを提示してこなかったのには、もちろん理由がある。
おそらく、”大きなリスクを伴う”から。
だが、洋子の意思は決まっていた。
「7個の骨で願いをかける。つまり、お前の願いは、7個の骨を集めるまで叶わなくなる」
「それでも良いから」 洋子はまた、即答する。
「わかった。その願い叶えよう」
あのとき何があったか洋子は知っていた。
それを思い出した。
「神龍は、自分で7個の骨を使って願いをかけたのよ」
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「神龍は、自分で7個の骨を使って願いをかけたのよ」
その記憶は、栫井にも伝わる。こうして、記憶は補完されて行くのだ。
そうだ。
俺は、7個の石を使って、洋子さんと、その夫……俺との間に子供が生まれる”呪い”をかけた。
呪いによって起こる現象を、直接、俺自身がコントロールすることはできない。
ただ、呪いに罹って、それが解けた時の結果を決めることができる。
洋子さんが俺の子を産むように歴史を変える。
”呪い”はうまく機能した。
俺は、神様の種類としては、疫病神なのだ。きっと。
そして、呪いは、俺自身にかけることができる。
いや、俺自身にかけるのが呪いだ。
俺は、”俺にとっては疫病神だが、人間から見たら、善良な神様”なのかもしれない。
俺は、俺が嫌いだった。神様になっても、それは変わらなかった。
だから、俺自身に呪いをかけることができるのだと思う。
俺は、呪いを使った……いや、わざわざ呪具を妻に届けてもらったのだ。
この話は、生前に死神に聞いたものだった。
俺の死後、神殿のある場所に、首の骨を7個持ってくれば、願いを叶えることができる。
俺が、小学生の頃まで時間を戻して、洋子さんが不妊になるのを阻止するだけだったら、7個の首の骨を使う必要は無かった。
嵌められた。
死神は、はじめから知っていたのだ、俺が呪いに手を出すことを。
死神は、現在の俺の寿命を延ばすことはできないが、”死神の国での寿命”を縮めて良ければ、子供を残す方法はあると言っていた。
俺は、”死神の国での寿命”なんかどうでも良かった。
だが、それとは別の問題があった。
洋子さんの負担が大きすぎる。
だから、俺はその選択肢を選ぶつもりは無かった。
だが、俺は妻との約束を守れなかったために生まれた神だ。
妻がそれを望む以上、願いを聞くしかなかった。
その結果、俺が飛ばされた世界は、男の寿命と引き換えに、子どもが確実に生まれるという、とても不思議な世界だった。
俺の一部は、鎧になって、その世界に残った。
鎧がバラまいた7個の石を集めると、洋子さんに子供が生まれる。
だが、不思議なことに、石が揃う前から、小泉さんには娘が居た。
それが唯ちゃんだ。
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洋子が欲しかった情報が手に入った。
洋子が、栫井の子が居る世界を望んだせいで、時間は、高校卒業間近までしか戻せないと言う制約ができた。
そのとき既に、洋子は不妊。でも、唯は生まれた。
唯を妊娠するより前、洋子は、自分が不妊だということを知っていた。
なのに、唯は生まれた。
不妊の件は、誤診、或いは、奇跡的にと言うものだと思って納得していた。
2人目はできなかった。
唯は、生まれた時、極端な未熟児で500gしか無かったのに、首が座るのも寝返りも、普通の赤ちゃんより早かった。
その理由も、不妊でも子供が生まれた理由も、今ならわかる。
「オーテルさんから聞いたわ。
オーテルさんの世界では、人間は、赤ちゃんを産んで、何日もせずに動けるし、
この世界の妊婦みたいに、お腹が大きくならないって」
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じゃあ、気付いてるか。
はじめから、子は持てない可能性が高かった、その上、努力した結果が、子どもが生まれなかった。
なのに、子を残さなかったことを責められた。
「俺は、小泉さんと結婚するとき、小泉さんが不妊症で、
子どもができない可能性が高いことは知っていた。
不妊治療もした。それでも、子どもはできなかった。
俺は、それで、かまわなかった。
なのに、子供を残してから逝けと。
俺は謝ったんだけど、許してもらえなかった」
これは、洋子の言った意図と、全く異なっていた。
洋子は子供ができなかった理由は、自分の方にあることを知っていた。
知っているのに、それを理由に、栫井を責めたりはしない。
「違う。子供も残さないで、一人にするなって言ったの」
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そうだったかもしれない。
「俺は、子どもは残せなかったし、年とるまで一緒に生きることもできず、
両方失敗したと思った。
でも、今ならもう、唯ちゃんが居るから、子を残すことには成功した。
俺はもう逝っても良いと思う」
それに対して、洋子はこう答えた。
「首の骨、私のなの。
うまくいった世界では、私の家に栫井君の仏壇が有るの」
それは、時を戻さずとも、今から実現可能だ。
「籍入れて……10年待てば」
だが、洋子は納得せず、言い返す。
「首の骨が足りない。それに、50の同窓会で会うのよ」
骨の数って、なんで、そんなこと知ってるんだ。
全部で7個は知っているとして、なんで、まだ7個集まっていないことを知ってるんだよ!!と、思う。
だが、既に、願いは叶っているのだ。冒険をする必要なんか無い。
もう一度言う。
「もう願いは叶っている、約束が果たせる」
「7個集めないと終わらないの!!」
「なんで、」
「ジン君の願いが叶ってない」
「ん? 俺の?」
俺の願いは叶って無いのか?
洋子さんに子供が居る。俺は約束を守ることができた。
これで叶ってないなら、俺の願いは何なのだ?
俺は、俺が人間だったときの願いを、既に覚えていない。
「結局、”俺が人間だった頃の願い”が、わからないな」
そう呟くと、洋子は意外そうに言った。
「え? 妻を幸せにして、最後は幸せに看取られたかったでしょ?」
なんだ、そんなことだったのか。当たり前すぎて、思いつかなかった。
まあ、そうだけど、俺は既に死んで居るから、せめて妻を幸せにと思ったのだ。
すると、洋子が、こう言う。
「でも、今は唯が居るから、妻と娘を幸せにして、
最後は幸せに看取られたいになるんじゃない?」
妻と娘を幸せに……妻と娘を幸せ?
何かが来るのを感じる……上からだ。
次の瞬間、凄い電気ショックみたいなものが走った。
頭のてっぺんから、脊柱を通って、尻に……尾骨に来た。
「あだだだだだだっっ!!」
栫井は、急に痛がり出して、洋子の手を放してしまう。
「え?」
突然のことに、洋子は驚く、が、次の言葉にもっと驚く。
「フラグが立った」
「え? フラグ?」
フラグが立つ、何かの条件が満たされ、次のステージに進む、洋子はそう認識していた。
栫井も、人間だったときの願いを明確に思い出した。
その時立つフラグがあった。
フラグを使えば、過去の自分の行動を、ある程度制御できる。
栫井は、そんな感触を持った。
「時間を戻す。でも、次で最後だ。悔いが残らないように、準備を進めよう」
「ジン君……」
ようやく、二人の方針が揃った。