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26-18.樹海の俺の神殿

挿絵(By みてみん)


洋子は、”樹海”のキーワードが頭の中で引っかかる。

「でも、なんで樹海なのかしら?」

”なんで”洋子は、そう言いつつ、その理由を知っているような気もする。


二人は、その場所のことを、だんだんと、生きた感覚として、思い出してきていた。


栫井(かこい)は、”樹海”というキーワードには、なんとなく納得できるような感触があった。


俺は、”俺が最後に行くところ”として、”樹海”を選びそうな気がする。


「樹海とは、大きな森かと思っておったが、たいしたことのない森じゃった」


オーテルにとっては、樹海は、たいしたことのない森らしい。


俺は”樹海”が、実際に体感できる大きさとして、どれくらいの場所なのかは知らないが、人が定住しない厳しい場所という印象を持っている。


イメージは死の森。


子供の頃に持っていた印象が強い。

俺が子供の頃は、コンパスも使えず、一度迷い込んだら、出られないと言われていた。


ところが、実際にはコンパスは使えるし、今では観光地にもなっている。

コンパス無しでも歩いていれば道に出そうだ。


ただし、当時と今では、交通事情も大きく違うだろう。

今となっては確かに、たいした大きさでは無い。

きれいな道も通っていて、簡単に行くことができる場所になっている。


面積が小さいと言われる日本だが、アメリカやロシア、カナダ、オーストラリアみたいな国と比較するから、そう見えるだけで、ドイツと似たような大きさだ。イギリスの1.5倍くらい。

ところが可住地面積ではイギリスの半分。ドイツはそれより少し広い程度。


面積だけ見たら、さほど狭くは無いのに、可住地に絞ると一気に小さくなる。


日本の国土のほとんどは、山地であり人が住むには適さない場所が多い。

全体の1/4強しかない。

これでも、埋め立て等で可住地を増やしてきた結果だ。


田舎でもどこにでも道があるイメージがあるが、ろくに道の無いような山地は、まだたくさんある。

日本の場合、街の無い場所は、デフォルト森であり、地図で見ると……航空写真で見ると、実際には、広大な森が多くある。人が住んでいる場所の方がずっと少ない。


富士の樹海は、それらと比べて、決して大きなものでは無い。

むしろ、狭い。

そして、高低差が少ないため、大きく迂回が必要になったりする場面も少なく、歩き回っていれば、道に辿り着きそうだ。


逆に、それが恐ろしい。


オーテルは知らないのだ。あれが、比較的新しい森であることを。

特別な森である理由があるのだ。


日本には、広大な手つかずの土地がたくさんある。

だが、そういうところは、山間部にあることが多く、平地が少ない。

それに対して、富士の樹海は、平地に近い。


凹凸はあっても、高低差はそう大きくない。


なので、平坦な割に、手付かずの森と言う意味では珍しい森だ。


平坦なのには理由がある。樹海のある場所は、元々湖があった。

富士山の噴火で、溶岩で湖が埋まった場所なのだ。湖に溶岩が流れ込んで埋まった。

その結果、表面は比較的平坦な土地になった。


富士五湖と呼ばれる湖のうち、西湖、精進湖は、そのとき湖が埋まった残りだ。

本栖湖も、更に前は、1つの湖だったのではないかと思う。

西湖、精進湖、本栖湖の3つの湖は、水面の高さが同じなのだ。


溶岩の上に、森林ができるのには、長い年月がかかる。元々、標高が高く厳しい場所だ。

はじめからいきなり、木が生えたりはしない。

コケから草、そして、低木が混ざり、徐々に森へと姿を変えていく。


そして、この樹海は、富士山が噴火すると溶岩が流れる可能性があるという死の森だ。

そう言った意味で、他の場所とは違う特別な場所となっている。


俺は、子供の頃そんなことは知らなかった。

だが、大人になっても、俺にとっては特別な場所だ。

死に近い森として。


日本の本州は、西日本と東日本で水質が違う。西と東で異なるプレートに乗っている。

水質が変わるのは富士山を境にした東西。


そして、地形を見れば気付く通り、本州は富士山のところで折れ曲がっている。

人間から見れば、十分巨大と言える島が、折れ曲がるほどの力が、そこに加わっているのだ。

それは、現在進行形であり、富士山はいつ噴火してもおかしくはない。


今でも常時、エネルギーが供給され続けているのだ。


樹海は、富士山が噴火したとき、溶岩が直撃する可能性が高い場所だ。

そこにあるものは全て焼き尽くされる。


俺の神殿は、そんなところにあると思う。


俺の神殿は、未来永劫安全な場所ではなく、溶岩が押し寄せて、全て焼き尽くされてしまうような場所にあると思うのだ。


そして、妻との約束を果たすため、神になった場所。

この世界で、俺の唯一の神殿がある場所。


特別な場所だ。


あれが、いつの記憶なのかはわからないが、樹海で小泉さんの写真を見ている俺の姿を見て、小泉さん(洋子)が、俺を頼る気になった。


樹海は二人にとって、特別な場所だからだ。


だから、今回の人生では、ここまで来ることができた。

唯ちゃんが生きていて、小泉さん(洋子)も生きている。


だが、失敗すれば、また……


ようやく、言葉を発する。

「失敗すれば、また首吊ることになるかもしれない。それでも……」


ところが、洋子は即答えた。

「いいわ、かまわない。そのときは、ジン君の骨が2つに増える」

洋子は、栫井(かこい)が何を言うかは、だいたい見当がついていた。



俺は、小泉さん(洋子)を助けたい。

だから、石は2つに増えるかもしれない。


確かに、やりなおしても、首の骨は小泉さんが持ったままだった。

もう一度首を吊って、首の骨が折れたら、もう1つ増えるかもしれない。


でも、そうじゃない。

首を吊るのは唯ちゃんが死んで、小泉さん(洋子)が絶望するからだ。

そんな人生を繰り返すなんて……俺は、それを避けたいのだ。


それに回数のリミットもある。


オーテルが言うには、俺の首には、今5個の骨がある。


肉体としての骨の数ではなく、精神体が持つ骨の数だ。

意味が分からないが、小泉さん(洋子)が持っている”石”、俺の首の骨は、遺骨だ。


幽霊になった俺に足りない首の骨は、遺骨とは別のもの。

これも全部で7個。あっちの世界に行って戻ると増えている。


ただし、行った時に増えるのか、戻る時に増えるのかがわからない。


行きで増えてしまうと、2回行ったら戻って来られないかもしれない。


「失敗したときのことを考えると、あと何回戻せるか……」

「戻せるのは1回だと思います」


オーテルも1回だと言っている。


「小泉さん、俺が、時間を戻せるのは、あと1回だと思う」


それを聞いても洋子の意志は固かった。

「成功した記憶が残ってるのよ。1回しか戻せないなら、その1回が成功したとき」


なんで、そんなに自信があるのだろう?


「ジン君はできるわ」


なぜそう思うのだろう?

俺は、人並みに年金払い終わるまで生きられず、洋子さんに年金満額残すこともできなかったのに……


「俺は、約束守るどころか、年金貰えるまで、生きることもできなかった」


「だって、約束守れなかったから、病気で死んだからって神様になったのよ。

 約束守らない人が、そんなことしないわよ」


まあ、そうかもしれないが、普通の人には死神が来ないだろう。

そう思うと、小泉さん(洋子)が、続ける。

「唯も協力してくれる。ベスも居る」


ベスが頼りなのだ。そこがまた、不安要素なのだ。

ベスは、運良く唯に会えないと、飼われない。

必ず成功するとは考えにくい。今回はうまく行ったが、前回は失敗している。次にうまく行くとは……


「それに、玲子と杉も」


ん? 今井さんと杉が?

小泉さん(洋子)が、予想外のことを言った。


「今井さんと杉は、知ってるのか?」


神龍(シェンロン)に会いに。玲子と、杉と一緒に行ったでしょ」


俺は覚えていないが、神殿に、一緒に来たのか。

既に会っている、もし頼れるなら、歴史を変えることが簡単になる。

ただし、良い方向に変わるとは、限らない。


「いや、誰が居たかわからない。それに、信じてもらえるか」


「信じるわよ。それに、ジン君の頼みなら聞いてくれる」


ああ、今井さんには貸しがある……でも、借りもあるからな……


「聞いてくれる」 洋子は再度押す。


「小泉さん(洋子)の頼みじゃ無くて?」

「うん。ジン君の。

 樹海の神殿のこと覚えてる?」


「ああ」 肯定の意味で答える。


また、石の記憶が読める。


……………………


俺が神になったのは、人間の時に、洋子さんとの約束を守れなかったから。


その約束は、洋子さんと結婚したときのもの。

”洋子さんを一人にしない” それだけ。

離婚したりしなければ良いだけなので、俺は守れると思った。


このとき、何歳まで、とまでは決めはしなかったが、二人同時に自然死することは無いので、年金暮らしで、しばらく生きれば、先に死んでも問題無いと思っていた。

平均年齢自体、男女差がある。

同い年の洋子さんより、俺の方が先に死ぬのは妥当だと思った。


だから、ある程度の年で構わない。

でも、それが無理だった。


俺が、この世界を去る時、俺は、苦楽や、世界観を共有した妻に、満足して見送って欲しかった。

でも、洋子さんは、あの歳で……49歳で逝くことを許してくれなかった。


洋子さんは、子どもも残さず、早々逝くなと言った。


たしかに、子供がいれば、洋子さんを一人にしないで済む。

ただ、子どもは望んだが持てなかったのだ。


俺は、約束を守れず、妻に許してもらえず絶望した。


そこに、死神がやって来た。

死神は、洋子さんが、子供を産むことができる方法を教えてくれた。

代償は、死神の国に行くこと。


俺は、子供が欲しかった。洋子さんが欲しがっていたから。

洋子さんは、不妊症だった。

だから、結婚した時から、子供を持つのは難しいことがわかっていた。

俺が洋子さんと結婚できたのは、洋子さんが不妊症で、前の旦那さんとの間に、子供ができなかったからだ。


だが、できそうな方法があった。


洋子さんの不妊は、先天性のものでは無かった。

実は、小学生の時の、麻疹(はしか)が原因だ。


洋子さんが、小学生の頃まで、時間を戻せば、洋子さんは子供を持てるようになる。

同時に俺も小学生からやり直しになるが。


俺は、子どもが生まれるなら、死神の国に行っても良いと返事をした。

俺の神殿は樹海にできる。


俺は、洋子さんと樹海に行き、俺が死んだあと、俺の首の骨をここに持ってくれば、子どもが生まれる歴史が作れることを説明した。

まあ、こんな、死に損ないの妄言を信じるかどうかは別として、俺はできるだけのことはしておこうと思った。


もし、本当に神様が出たら、”子を産み育てたい”と言ってくれるように約束した。


無理して歩いたから、入院が早まったんだっけな……

洋子さんには申し訳ないが、俺は確実に、あの場所を伝えたかったから。


俺は入院して、薄味で食事が不味かったので、入院する病院選びをしくじったと思って後悔したことを覚えている。

そのあと、何ヶ月生きたのか覚えていない。


俺の人生の記憶はそこで終わっている。



次の記憶は、神殿の記憶。

樹海にある神殿……建物があるわけでは無いが、俺が”俺の神殿がある”と思っている場所。


そこに、洋子さんが、俺の遺骨を持ってくる。

俺が言った通り、骨を持ってきてくれたこと、また会えたことが嬉しかった。


だが、願いが違っていた。


……………………


「あのとき、子どもが欲しいとだけ言って欲しかった。

 そうすれば、こんなに辛い思いをさせずに済んだのに……」


「そうしたら、あなたと過ごした歴史が消えちゃうんでしょ」


「え?」

なんでそれを、知ってた?

俺は、話さなかったと思う。


「なんでかって? 何年一緒だったと思ってるのよ。

 麻疹(はしか)に、罹った時期が悪かったって言ったでしょ」


「それは言った」


なぜ、それだけでわかる?


「わかるわよ」


喋らなくてもバレるのか……さすが妻……


「だって、私立の中学行って、そのまま進学したらジン君と同じクラスにならないじゃない」


ああ、麻疹(はしか)罹患(りかん)のタイミングを変えると、俺と結婚する未来が無くなるのは、それが原因だったのか!!

だからか。時間を戻して、行動を変えさせた場合の結果は見えるけど、理由は分からなかったのだ。


----


洋子は、私立中学を受験する予定だったが、面接のタイミングで麻疹(はしか)で、外出禁止中だった。

※当時は、今と比べて遥かに緩かったが、一部の伝染病は、治るまで外出禁止された。


私立中学は、筆記試験で高得点をとれば合格というわけではなく、面接も重要視される(本人だけでなく、親も見られる)。

学力的には、洋子は恐らく足りていた。

ただし、洋子自身は、私立中学を希望していたわけでは無かった。

行ける学力があるならと、小学校の教師に勧められたから、というだけだった。

そのため、栫井(かこい)に対しても、行かなくて良かったという意味で、話したものだった。


----


当時、私立中学には、特に優秀な子しか行けなかった。


小泉さんが、小学生の時から、そんなに優等生だったとは知らなかった。

たしかに”私立に行こうと思ってた”とは聞いたことがあった。


行かなかった原因が、麻疹はしかと関係があったとは……


なんてことだ。死ぬ前からバレてたのか……

俺は間抜けだな。死ぬ前から失敗が確定していたのに、そのまま死んでしまった。


でも、小泉さん(洋子)は、歴史が変わっても、やっぱり、俺の妻の洋子さんなのかもしれない。

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