26-17.歴史の再確認(5)
前回の……そう、俺は何度か、同じ時間をやり直している。
まさか、そんな使い古されたネタを自分自身で再現することになるとは思わなかった。
何でも自由にできるなら、そんなことをする必要は無い。
俺が存在しているのは、”洋子さんとの約束を果たす”ため。
約束を果たさない限り、俺は死ぬことができない。
だから、約束を果たせなければ、仕方なく、時を戻す。
約束を果たすため、何があったか知っておいた方が良い。
改めて、前回の記憶を見る。
「いい?」 小泉さん(洋子)が確認する。
俺は黙って頷くだけ。
また手をつなぐ。石を読むための力、つまり、エネルギーは俺が供給する。
そのために、体の一部が触れている必要が有る。
おそらく、俺と会うまで、小泉さん(洋子)が持っている石を、自由に読めない仕掛けになっているのだ。
早々に読めてしまうと、歴史が変わってしまうから。
そして、触れていると、お互いが読む石の記憶も共有されるようで、同じものが見えているようだ。
既に手が汗っぽいが、そんなこと言ってる余裕は無い。
小泉さん(洋子)と手を繋いで、石を読む。
読んでいるのは、恐らく、小泉さんが持っている石の内容だ。
はじめはここだ。
高校卒業寸前、授業で登校する末期。
俺が戻した時間から記憶が始まるようだ。
俺が死んで以降、ここより前の時間には戻っていないから、これより前は無いのだろう。
俺は高校生の頃に戻りたかった。でも、戻るのはここまで。
大事な、高校時代の歴史が書き変わるのを防ぐためだ。
絶対に変えたくない過去だ。
そして、同時に、このタイミングに、変えたい過去があるから。
あの、マンガのメモだ。
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高校を卒業すると、洋子と栫井の距離は遠くなってしまう。
この時代、ケータイは無い。
洋子は、栫井と、接点を残したかった。
そこで、洋子は、栫井から借りていたマンガに、付箋のメモを付けて返すことにした。
微妙に、付箋がはみ出す程度に調整して。
ところが、持ち歩く間に、付箋は引っ込んで、外からは、ほぼ見えないところまで、引っ込んでしまっていた。
付箋に気付かなくても、玲子(今井玲子)と友達でいる限り、栫井に会うことは度々あるはずなので、洋子は、これが失敗しても、後々まで後悔の種になるとは、全く考えていなかった。
ところが、いつもだったら、玲子のところに来る栫井が、今日は見当たらない。
やっと、栫井君を見つけた。
もう帰るところだったようだ。
「あ、帰るところ? 栫井君、ちょっと待ってね」
そういって、カバンの中からガサゴソ袋を出す。
「これありがとう。次の号どうしよっか」
マンガを返すついでに、次号の話をする。
高校3年最後のこの時期、もうほとんど登校日が無い。
洋子(小泉洋子)は、登校日が無くなっても、会おうという意味で言ったものだった。
その意味に直接、気付かなくても、それなりの反応をしてくれれば、話を広げやすかったのだけど、
栫井は、いつもと違い、話しに乗ってこなかった。
受験失敗で、落ち込んでいるようだ。
栫井は、マンガを受け取り、こう言う。
「ああ、べつに急がなくても良かったのに」
洋子は、このとき、むしろ、”返してしまうことによって、接点が無くなる”ような不安に襲われる。
このまま話が終わってしまいそうなので、洋子は勇気を出して言う。
「あとがき、読みなおして……」
「すぐに読む予定も……」
二人の会話がクロスする。
タイミングが悪い事に、栫井の話と重なってしまった。
「あ、いいよ、栫井君から先に話して」
「え? ああ、俺、浪人することになったんだ……」
それは既に知っていた。だから、いつもは一緒だった栫井と玲子が、別行動になっていたのだ。
でも、改めてそれを聞いて、洋子はマンガ読めとは言い難くなってしまった。
「そうなんだ……じゃあ、マンガなんか読む時間なんて無い……かな?」
…………
…………
「俺も早く受験から解放されたかったよ」
「うん。そうだよね、浪人生だもんね。気が向いたらもう一度読んでみて」
「うん。そうするよ」
栫井は、気が向いたらもう一度読むことに同意した。
だから、洋子は少しだけ期待していた……
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※詳細に知りたい方は、23-14.マンガのメモ書き(1)参照
俺が、後悔しまくっているのは、このとき、小泉さん(洋子)は、俺に、マンガのメモを読むように伝えてるのだ。
なのに、俺は気付かない、読まない。
俺が、あのメモに気付いたのは、3年くらい後だった。
小泉さん(洋子)は、もうその後結婚する、穂園さんと付き合っている。
俺の出る幕は無し。
俺は、マンガのメモを読み損ねて、フラグを折ってしまったと思って後悔した。
が、そのときは、それで詰むとは思っていなかった。
俺は、恋愛の主な時期は、大学在学中にあると考えていた。
高校は、大学に入るための準備段階で、全ての問題は、大学に行ってから解決すれば良いと思っていた。
俺にとって、大学受験は、とても大きなイベントだったから。
俺は、洋子さんとの約束を果たすために、人生やり直しているので仕方ないのだが、他の女性とはうまく行かない。
俺は、もしかしたら小泉さん(洋子)と会えるかもしれないと思って、バーベキューに行く。
だけど、小泉さん(洋子)は、バーベキューには来ない。
来るはずがない。唯ちゃんが生まれた頃なのだ。
そのことを、今井さん(今井玲子)も知らないので、俺も聞いていない。
ただし、当時既に、穂園さんの浮気疑惑で、小泉さん(洋子)……当時は苗字違うが、あまり幸せでは無さそうだ。
それでも何年か、結婚生活を続け、再度旦那が浮気する。
このときは、証拠もあった。
そして、凄い絶妙なタイミングで、今井(今井玲子)から、電話がかかってくる。
その後が、ダイ君の結婚式。
俺はこの時、小泉さん(洋子)と会えて嬉しかったが、小泉さんは、離婚で揉めてる最中だった。
懐かしいとか言ってる場合じゃ無いのか……
そのうえ、何故か、俺に対して負い目を感じている。
過失ではあるが、俺が悪かった。
でも何故か、小泉さん(洋子)は、俺を裏切ったと思っている。
それに何より、離婚前に仲良しの男が存在したら不利になる。
離婚調停は、担当の委員が、なあなあ主義でダメ。当たり外れが激しいようだ。
小泉さん(洋子)は、もう戦う気力無し。
ところが、今井さんの顔を見たら、いきなり旦那側折れる。
どうも、弱みを握られているようだ。
どうせ、小泉さんと付き合ってるか、結婚してるときに、今井さんに馴れ馴れしくして、怒りを買ったのだろう。
離婚して、一段落すると……ちゃんと、俺に連絡とるように言ってくれていたのだ。
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「栫井君、今でも洋子のこと待ってると思う」
「でも、私が裏切ったのに……」
「栫井君は、そんなこと気にしてないから」
「ありがとう、玲子。でも、わたし……」
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離婚後、今井さんは俺を頼るように、何度か言っているが、小泉さん(洋子)は、自分が裏切ったのに頼れないと思っている。
俺は頼って欲しかった。
頼ってくれずに死んでしまったから、絶望したのに……
その後は、唯ちゃんとの二人暮らし。
やっぱり母子家庭は、経済面で厳しいな……
この時代既に、学校で体調不良になると、親が迎えに行かなきゃならないようだ。
俺が子供の頃は、親が迎えにとかは無かったんだけどな……
病院にも付き添って……流行性の結膜炎?
歯医者もか。
学校に迎えに行ったり、病院に行ったり、いつも忙しそうだ。
休みをとるのに、こんなに気を使って……
「度々申し訳ございません」
会社で肩身の狭い思いをして……どんどんやつれて行く……
労働条件自体あまり良くない。
夏休み丸々、強制的に有給休暇使用……俺より酷いじゃないか。
こんなんじゃ、有給休暇なんて、まるで足りない。
俺の会社でも、有給とは別に、盆休みは何日かある。
夫婦揃って大企業の場合の合計と、片親で中小の場合の、実際の有給休暇の日数は、5倍以上とかになりそうだ。
中学になると、学校からの呼び出しが無くなって、だいぶマシになった。
でも、今までのダメージの蓄積で、元気とは言い難い。
ここでまた、大問題が。このタイミングで養育費が途絶えた。
話し合いもグダグダで、相手も金が無く取り立てもできず。大幅減額。
穂園さんが転職して給料下がってた上に、子どもも居て、無理だったのか。
唯ちゃんが、養育費を受ける権利が有るのと同じように、新しくできた子供たちにも養育費が発生する。
収入下がりました、子どもも3人に増えてます……となると、大幅減額となるのは仕方ない。
唯ちゃんが必要としている金額と、親の稼ぎのバランスで決まる。貰えてるだけマシな感じだ。
若い時は羽振り良さそうな話を聞いてたのだが……
ここまで、貰えてただけ、マシだったという状況だったようだ。
ああ、離婚したときに、今井さんの脅しが効いてたのか。
今井さん、随分強い子に育ったもんだな。
収入が、予定外に減り、そのせいで、唯ちゃんは高校を卒業して就職。
でも、逆にタイミングが悪かった。急に進路が、就職になった。
学校が持ってるコネは既に埋まってて、唯ちゃんは、十分な準備も無しに就活して……
高卒枠は、書類で落ちる。もう内定出しちゃってる時期だから、事実上、募集は終わっている。
俺の頃は、最大勢力が高卒だった。
団塊ジュニア世代、第二次ベビーブーマーである俺が就活した時期は、高卒が最大勢力。
時代は高学歴志向だったが、人口増加に、大学増設が間に合わなかった。
そのため、大学入試は熾烈だった。入試を苦にして自殺者が出るくらい。
そのかわり、大学行けば人生安泰みたいに言われていた。
ところがだ、それは俺より少し上の世代で、俺の時はバブル崩壊後、大卒でも厳しかった。
俺は、面接はするけど落ちた。不景気の大卒はそんな感じだ。
採用する気無いのに、面接するなよ!!と思ったものだ。
唯ちゃんの時代になると、高卒は少数派。
小泉さん(洋子)さんも、一緒になって探すけど、受けに行くと実は書いてある条件と違います、みたいな感じで、まともな企業は無し。
でも、少し希望が出てきた。5年くらいすると、売り手市場になっている。
好景気と言うほどでは無いが、求人倍率は上がっていて、アルバイトの時給も上がっている。人材不足らしい。
唯ちゃんの給料は上がってないので、そろそろ転職とか話をしている。
このとき、唯ちゃんは元気だ。
そして、遂にその時が来る。いきなり絶望感に襲われる。
…………
…………
ケータイに電話が。唯ちゃんが、仕事中にいきなり倒れた。
急いで病院に向かうが、洋子が病院に着いたときには、唯は死んでいた。
病院に運ばれたとき、既に心肺停止状態だった。
顔だけ見てもわからないが、腹部は内出血の跡がはっきり残っていた。
この人生で洋子にとって唯一の幸せが、唯だった。
唯が死ぬと、生きる希望を失って死のうとする。
唯が死んでも握っていた、お守りを持って。
このお守りは、オーテルが唯に渡した栫井の首の骨。
洋子は、とても冷静にロープの長さを調整している。
首吊りの準備だ。
準備ができると、ずいぶんあっさり実行する。
そして衝撃と、バキバキと言う凄い音と首の痛み。
外から見ると、たいした衝撃は無いように見えるのに、凄い音だった。
骨を伝って、直接耳に届くので、凄い音がする。
音、振動、衝撃、痛みが、脳裏に焼き付く。
一発でトラウマになる。
ところが、タイミングの悪い事に、このとき唯の残したメッセージが読めた。
「お母さんに、この気持ちをお母さんに伝えて。
信じて、お母さん。このお守りは、私たちを守ってくれる」
首を吊ってから、このメッセージが読める。
最悪のタイミングだ。
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ところが、今の洋子には、その理由がわかった。
石は今、洋子の首にある。
首吊りで骨折した。その骨の代わりに、石が入った。
だから、このとき、はじめて、石の内容が読めるようになった。
「私が生き残ったの、ジン君の骨のせいだったんだ」
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そして、そのあと、栫井が樹海で写真を見ているシーンが見える。
栫井は洋子を助けたかった。洋子は唯を失いたくなかった。
「頼ってくれれば」 栫井が言う。
「でも、頼っても、唯は助からない。私は唯を助けたかったの」
洋子は必死に説明する。
そこにオーテルが話しかける。
『助けられるとしたらどうする?』
これが、死神の誘い。
読めたのは、そこまでだった。
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冷や汗びっしょり、手汗も凄い。
「ごめん、手汗が凄くて」
「うん。私も汗凄いし」
そうなのか。なんか、俺の汗って気がするけど、そうでも無いのだろうか?
「ジン君の首の骨、私の首に有ったんだね」
「危なかった。唯ちゃんが、あの石握ってなかったら、小泉さん死んじゃうとこだった」
「え?」 少し離れたところで、唯ちゃんが反応する。
唯ちゃんは、小部屋に居る。
トラウマイベント目白押しなので、見ないことにしたのだ。
唯ちゃん、自分が死ぬシーン見たくないだろうし……
俺だって、小泉さんが自殺するシーンなんか見たくない。
正直、首の骨が折れる音は、恐怖で寿命が縮んだ……まあ、俺、条件揃うまで死ねないんだけど。
「でも、首の骨、返したら死んじゃうね、私」
あれ? もしかして、足りない首の骨って……
それにしても、変だ。
俺は死んで、竜の神様として樹海に出たはずだ。
そして、次に俺が樹海に行こうと考えた時、オーテルと話ができるようになる。
そのときは、小泉さんは助からなかったが、俺は樹海に行かず、時間を戻した。
俺が樹海で、洋子さんの写真を見てるのはいつのことだろう?
「俺が樹海で、小泉さん(洋子)の写真見てたのって、いつだ?」
「わかりません」
オーテルの記憶にも無いのか……
でも、あの映像があるから小泉さん(洋子)が俺を頼る気になるのだと思う。