26-15.歴史の再確認(3)
”俺と同じ病気”を発症するだけでなく、魔法が使えるのも遺伝か……
魔法に関しては、俺的にイマイチ納得いかないことがあるのだ。
小泉さん(洋子)も、魔法と無縁では無いように思う。
小泉さん(洋子)は、石を読むことができる。
そもそも持ち主なわけで、読めること自体は不思議ではないのかもしれない。
だが、魔法の力を受け取ることはできる。そして、その力を使って石を読むことができる。
自分でアクティブに魔法を使えなくても、受ける側はできる可能性がある。
魔法の力を保持したり消費したりする能力があるなら、衝撃を知覚することもできるのではないだろうか?
そう考えた。
「試させてくれるかな」
「私が?」
「衝撃、感じるかどうか」
唯ちゃんの様子を見ていたので、すぐにわかったようで、手を出す。
「これでいい?」
唯ちゃんにしたのと同じように、指先で触れる。
そして、衝撃を使う。
表情に変化がない。
「もうやったの?」
その問いに対しては頷き、肯定する。
そして、さらに強めに衝撃を使ってみる。
表情に変化は有ったが、
「少し、温かいかも?」と言った。
全く何も感じないわけでは無いようだが、衝撃の効果は出ないようだ。
やはり、気配察知が使えない相手には、効果が無いのか。
洋子は言う。
「わかった? 唯には遺伝してる。私たちの娘。生まれたの」
「うん」 そう答える。
経路が不明だが、たぶん俺の能力が唯ちゃんに遺伝した。
「あなたが入院したときのこと、思い出した」
唯ちゃんに遺伝している話の後にこれを言うということは、その後のことも覚えているのだ。
「俺も思い出した。薄味で、食事が不味かった」
小泉さん(洋子)は、また泣いた。
末期がんの入院だ。出るときは死んだとき。
今の小泉さん(洋子)にとっては、死別した夫と、何十年ぶりかに再会した状態と同じなのだろう。
俺は、まだ、その境地に至っていない。
結婚していたことを知って、安心したレベルだ。
おれは、高校卒業間近に受け取っていたマンガのメモに気付かず、フラグを折ってしまったことを、散々後悔して生きてきた。
でも、実は、それは俺自身を追い込むための仕組みで、元の歴史では、高校を卒業し、しばらく会わなかったが、小泉さん(洋子)の離婚後ではあるが、ちゃんと俺は洋子さんと結婚してた。
俺がずっと求めていた歴史は、元から存在していたのだ。
「良かった。ちゃんと結婚してたんだな」
小泉さん(洋子)は、頷くが、まだ泣いていた。
俺が死んだ、あの時の歴史では、洋子さんは再婚だった。
俺は初婚。
俺が洋子さんと結婚できたのは、洋子さんが前の夫と結婚している間に子供ができなかったからだ。
俺との間にも、子供はできなかった。
子供は居なくても、老後も二人で一緒に過ごそうと思っていた。
俺の癌リスクが高めなのは分かっていた。
だから、気にはしていた。
だから、定年後もちゃんと定期健診受けようと思っていた。
母が癌で亡くなったから。
病気は、ある程度、親から遺伝するものが多い。
遺伝子の病気である癌は、もちろん遺伝しやすい。
だから俺は癌にかかるかもしれないと思い、気にしてはいた。
ところが、健康診断で引っかかったときには、既にかなり進行していた。
俺は老後どころか、定年にもならない若いうちに、癌に罹ってしまった。
手術は受けたが、治らなかった。治りきらなかったという感じか。
結局再発し、さらに転移まで見つかった。
癌は、年寄りがかかりやすい病気だと思うが、若いと進行が早いのだ。
俺はこの時、若くて病気の進行が早かった。
もう、手術と言う選択肢は無かった。
一応選択肢として提示されたが、事実上選べなかった。
癌を除去できても、俺は退院できない。
俺は病院で、死を待つだけの入院生活を送るのは嫌だった。
そのとき、死神がやって来たのだと思う。
次に入院したら、死ぬまで出られない。
だから、先に準備をする時間が必要だった。この時しか無かった。
俺は、洋子さんと樹海に行った。神殿の場所を教えるために。
俺が死んだあと、この場所に、洋子さんが来れば、俺は神様になってしまう。
…………
病院での生活は、ほとんど覚えていない。
記憶に強く残るのは、消毒薬の臭いと、食事が薄味で不味かったことくらいだ。
令和の時代に、昭和の迷信みたいな減塩してどうするんだと思った。
医者と言うのは、迷信深いものなのかもしれない。
味付けしてるのは、医者じゃ無くて調理師か。
減塩の方針は誰が決めるのだろうか。
塩の天動説、減塩の嘘が暴かれて15年くらい経ってたはずだ。
あのあと俺は死んだ。
俺には、死んだときの記憶は無いが、今の俺が生まれた時の記憶はある。
だから、死ぬ前のことを思い出したと言っても、記憶……情報として頭の中に展開されたと言うだけで、今の俺が、それを、そのまま俺の過去の記憶として受け入れるのは、ちょっと難しい部分もあるのだ。
でも、約束を守れず、あの歳で死んでしまったと言う罪悪感は残っている。
「ごめん。約束守れなくて……」
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「ううん、唯が生まれたから」
洋子は、そう答えたが、栫井が何を思ったか、察してしまった。
すぐに、元の関係に戻ることは難しいようだ。
寂しく感じた。
洋子にとっては、むしろ、栫井と結婚していたことを忘れた状態で過ごしてきた今までの方が不自然な状況だったように思えていた。
お互いに後悔しながら生きてきて、それが解消されたと思った。
もちろん、今まで何かが抜け落ちた状態で過ごしてきたと感じていて、その理由がわかったという点では、栫井も同じだった。
だが、二人の間にはギャップがあった。
洋子にとっては、死んだ夫が戻ってきて、人生をやり直している。
一方の栫井は、妻の願いを叶えるために新しく生まれた存在だと認識していた。
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栫井は、昨晩よく考えた。
記憶が戻った栫井にとって、肉体の年齢が何歳であろうと、自分の年齢は49歳だった。
…………
俺は永遠の49歳。
今の俺は41歳だが、俺はあの時49歳で死んだ。
意識不明のまま50を迎えた可能性も無くは無いが、俺にとっては49歳の時の記憶が、最後の記憶。
俺は自分の死後の様子を見たりはしなかった。そこで記憶は途切れている。
今の俺は、あの日、樹海で生まれた。
”栫井仁”が生前、妻、洋子に伝えた通り、洋子は7つの首の骨を持って樹海にやって来た。
そのとき、洋子さんの願いを叶えるために作り出されたのが、この俺だ。
俺にとっては、記憶の連続性も無い。
俺が、今までずっと俺の大事な記憶として持っていた、高校生の頃の思い出は、今の俺は体験していない。
俺が人間として生きてた時の思い出を、引き継いだだけだった。
そして、俺が約束をした相手は、あの50歳の洋子さんだ。
今の洋子さんを、洋子さんと呼んで良いのだろうか?
今の洋子さんも、俺にとっては本物の洋子さんではある。
でも、俺は人間だった頃の栫井仁と同一人物であるか怪しいし、洋子さんと一緒に暮らしていない。
別々の道を歩んできた相手を、自分の妻と同一視して良いのだろうか?
俺は、今の小泉さん(洋子)を、洋子さんと呼んで良いのかどうか迷った。
小泉さん(洋子)にとっても、俺は、死んだ夫とは別人なのではないだろうか?
そんなことを考えてしまう。
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気まずい空気が流れたが、空気を読まないやつが、突破口を開く。
ベスだ。
「洋子、そんなことより、シュークリームじゃ」
「あ、シュークリーム冷蔵庫に入れるの忘れてた」
ベスの横では、唯が尻を押さえていた。
「どうしたの?」 洋子が声を掛ける。
「痛い。尾骨かな? キーンとする」 唯が答えた。
「え?」 洋子が大袈裟に驚く。
「なんだろう? 急に痛くなって」
尾骨? 思い当たることがある。
オーテル(ベスの中の人)に訊く。
『俺、こないだの同窓会、尾骨痛で行けなかった。何か関係あるのか?』
『(唯の尾骨痛は)魔法を使ったせいでしょう』
洋子が無言で涙を流す。
それを見て気付く。唯ちゃんの、病気ってこれか!
『尻尾が痛んでも死にません。そのうち、心臓が破裂します』
「え?」 唯が反応する。
やはり、念話も聞こえているようだ。
「小泉さん、唯ちゃんの病気って?」
洋子は頷く。
やはり、この症状が悪化して、いつか死に至るのだ。
でも、まだ時間はある。
「尾骨が痛んでも、命には影響無いって」
洋子は頷くが、まだ泣いていた。
尾骨が痛んで、いつか心臓が破裂する。
いろいろ思い当たる。
『俺も死ぬのか?』
『お父さんは、死んだくらいでは死にません。でも、唯は死んだら死にます』
同じ病気だけど、そこで差が出るのか……
でも、凄く納得した。
間違いなく、唯ちゃんには俺の病気が遺伝している。
どうして既に生まれているのかはわからないが、俺の娘に違いない。
それにしても、小泉さん(洋子)に、また、辛いことを思い出させてしまった。
俺は、小泉さんに悲しい思いをさせたくないのだ。
既に症状が出始めている。
小泉さんが、お願いしてくれれば、俺は治療することができるはずだ。
勝手に治すことは可能だろうか? もし、勝手に治したら、どうなるのだろうか?
考え事をしていると、凄い視線を感じる。
小泉さん(洋子)は、涙を拭くと、俺を見つめる。唯ちゃんも、じっと見つめてくる。
俺は、見つめられると逃げたくなる。
でも、逃げるわけには行かないようだ。
洋子が口を開く。
「前回の記憶を見ておきたいの」
今日の本題だ。
俺が、見たくないと思っている記憶だ。
俺は、小泉さんが辛い思いをするところを見たいと思わない。
そして、俺自身も、苦痛を感じるような記憶を、確認したいとは思っていない。
「うん。でも、小泉さん(洋子)が自殺する場面、見たくない」
「私が幸せになるために必要なの」
俺は見たくない。だが、小泉さん(洋子)は、必要としている。
つまり、やり直すと言っているのだ。
ますます、気が進まない。
ここまでは、想定していたが、その後が予想外だった。
「私、栫井君の骨の持ち主になる」
小泉さん(洋子)は、すでに1個持っている。
「持ってるよね、1つ」
「ええ。でも、首の骨1個じゃ無くて」
「首の骨全部?」
「うん。でも、他も全部」
俺の遺骨丸ごとってことか。
俺が死んだ、あのときの状況の、続きにしたいということだろう。
俺は、また死ぬのか。まあ、確かに、それが良いと思う。
だが、ちょっと心配なことがある。
「この体、死んだら遺骨残るのか?」
「え?」
「いや、首の骨から生まれたから、死んでも首の骨しか残らないとか」
今の俺が生まれた時、洋子さんは、首の骨7個だけを持って来た。
……いや、全部持ってきたかもしれないが、今の俺が生まれるときに使った骨は、首の骨だけだ。
俺が死んで火葬したとき、他の骨も残るのだろうか?
「ちゃんと残るから」
既にそこは知ってるのか。
「ああ、読んじゃったのか」
「うん。勝手に読めちゃって」
「今、ジン君、首の骨、7個揃ってないでしょ」
「そんなことまで知ってるのか」
俺は、7個集めなきゃならなくなった理由が知りたい。
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とりあえず、読む前に、力を補充しておく。
「先に、魔法の力、溜めておこう」
「小泉さん。手を重ねて。
唯ちゃんもやってみるか?」
『私もやります』
ベスが顎を乗せる。
すると、唯の頭にイメージが広がる。
「ええ? なにこれ?」
「え? どうしたの?」 洋子には、特に何も見えていなかった。
唯には何かが見えた。
栫井は魔法の練習をしているようだ。
ついさっき、唯が練習していたので、それに近い記憶が読めているのだと思った。
線香花火でもやるかのように、しゃがんで火を点ける練習をしているようだ。
横には、唯と近い年頃の女の子2人。貧しそうだ。
栫井は、その2人の女の子と一緒に生活していたようだ。
「何の匂い? なんか良い匂いするわね」 洋子が言う。
その瞬間、栫井は思い出す。”魔法には臭いがある”。
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うっ、なんで魔法使えない小泉さんまで。
魔法の力溜められるんだから、臭いとして感じてもおかしくないのか?
臭い?
あれ???
何か記憶が降って来た。魔法の練習をしているシーンだ。
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2人に挟まれるようにして、しゃがんで点火の練習してるのだが、なんか、女の子に挟まれると緊張してきた。
すると、2人とも両側から、なんかふんふん匂いを嗅いでる。
「なんの匂いだろう、点火に匂いなんて出るかな?」と言っていた。
そうですか、おっさんは魔法まで加齢臭しますか……なんか落ち込んで、すぐ寝た。
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※1-6.冒険者の仕事……この世界には魔法がある!
「お父さん。加齢臭です!」 ベスだ。
「加齢臭って……」
唯は、加齢臭を指摘して言った訳では無かった。
唯が見たイメージの中では、女の子たちは”魔法の匂い”の話をしていたのだ。
ところが、ベスは、それを”加齢臭”と呼んだ。
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ぐふっ
俺は娘に”加齢臭”を指摘されてしまった。
俺の心は大ダメージを受けた。
でも、娘に、”お父さん、臭い”と言われてしまうのは、娘を持つ父親の登竜門。
そうか、俺も娘が欲しかったと言う夢が叶ったのかもしれない……
心が萎えつつも、なんとなく救いがあるように感じた。