26-14.歴史の再確認(2)
…………
歩きながら、唯ちゃんの、学校の話を聞いていた。
「そんなに、入りたい部があったわけでも無いので」
唯ちゃんは、今は部活に入っていない。中学の時、しばらくテニスをやってたそうだが。
俺は、部活と言うのは全く縁がない。
中学はともかく、高校は部活の話題とか、あまり無かった。
当時の進学校は、そんなものだったと思う。
そんな、俺と小泉さんが行ってた高校と違って、唯ちゃんの学校は、そこそこ部活が盛んなようだ。
うちの高校……時代もあったと思うが、俺の高校の頃は、あまり真面目に部活やってる人は少なかった。
部活より塾。週に何日も通ってるので、部活やる時間なんて無い。
ただ、全く無いわけも無く、部自体は存在していた。
文科系の方が強かった。美術部とか吹奏楽とかは、真面目にやっている同級生も居た。
でも、運動部は軒並みダメ。
陸上と水泳は、人によっては大会出たりとかあったが、団体競技は壊滅だった。
俺の学年はバスケだけ少し強かったくらいか。
俺にとっては、帰宅部が輝かしい歴史だった。
本当は残ってちゃいけないのだが、事情有りということで先生に見逃してもらって、放課後に、1時間くらい残って、帰宅時間を調整していた。
そのとき、少し小泉さんと話す機会が……いや、テスト前なのに、少女マンガ読まされて、感想言わされる刑とか、当時はろくでもないと思ったけど、あれは、間違いなく、俺にとって大事なイベントだった。
「熱心な部に入ると、合宿とかでもお金かかりますし、緩い部だとダラダラしていて、それも嫌だなと思って」
唯ちゃんは、部活には、さほど興味無かったと言っているが、実際は、合宿に行くと経済的に負担になるという理由もあったようだ。
そうか。母子家庭だと、そういうところで引っかかってしまうのか……厳しいな。
もし、もう一度やり直すなら、そのくらいの費用は俺が負担してあげたいと思う。
問題は、どうやって金を渡すかだ。
俺が知っている正解の歴史では、50の同窓会まで、小泉さんが離婚していることすら知らない。
50の同窓会まで会わないと言うので、たぶん知らないのだと思う。
金を渡しつつ、俺は50まで、小泉さんと接触しないし、離婚していることも知らないまま過ごさなければならない。
今回みたいに、50になる前に、会ってはいけないのだ。
それを実現する手段はあるのだろうか?
そう言えば、気配察知が気になる。
俺は、唯ちゃんとニアミスするだけで、気付いてしまう可能性がある。
俺が気付かなくても、気配察知が使えると、唯ちゃんが気付いてしまう可能性もある。
「唯ちゃん、少し離れたところからでも、俺の気配、わかるよね」
「え? ……はい」
気配がわかることには気付いていて、返事をためらった感じだった。
俺はあっさりネタばらしする。
「それ、魔法なんだよ」
「魔法ですか?」
「そう、少し離れてても、相手がどこに居るかなんとなくわかる魔法」
「この力、遺伝なんですよね?」
使えるようだ。しかも、遺伝だと認識している……
魔法の存在より、遺伝の方がショッキング……まあ、そうかもしれない。
「遺伝……なのかな」
この世に魔法が使えるのは2人だけです……となると、遺伝なのかもしれない。
そう思う。しかしながら、遺伝する経路が謎なのだ。
でも、唯ちゃんは、俺から何かが遺伝していると思っているようだ。
そのことについては、どう思っているだろうか?
やっぱり、嫌なんじゃ無いだろうか?
すると、唯ちゃんに先手を打たれる。
「嫌ですか?」
ん? そうか、俺が、嫌がっているように見えちゃったのだとしたら、まずい。
俺は、洋子さんが望むならと思っていたけど、俺に娘が居たら、嬉しいような気がする。
「俺は、親になると思ってなかったし、知らなかったから。でも、嬉しいな」
「私も嫌じゃ無いです」
嫌じゃない?
俺は、突然現れたおっさんが父親だったら、嫌だけどなと思う。
だから、嫌がられるかと思ったのだ。
「お父さん(穂園さん)は?」
「母を捨てた人ですから」
捨てた……唯ちゃんからは、そう見えるのか。
俺も恨んでいたけど、唯ちゃんが俺の子……と言っても、たぶんDNA的には、穂園さんと親子関係があるのではないかと思うが、むしろ悪いのは俺かもしれないと思うのだ。
「俺から遺伝したのは、その能力とかで、肉体的には、お父さんから受け継いだんじゃないかな?」
「どうしてですか?」
「俺の娘だったら、こんなに可愛くないと思って」
※絵は制服ですが、このときの唯は、私服です
「そんなこと、私、あんまりお父さんと似てるって言われないんですよ」
でもな、本当に俺の子だったら、堂々と俺が養育費払えば済むわけで、そうしていない時点で、一般的な意味での……生物学的な意味での俺の子では無いような気がする。
「他にはどんな魔法があるんですか?」
唯ちゃんは、親子関係はそんなに重視してないのか?
もしかしたら、親は子を自分由来と認識しているけれど、子どもからすると、ランダムで与えられた能力と環境としか感じないから、それほど重要ではないのかもしれない。
他の魔法と言えば、アレだ。
「こないだ使った雨除け」
「私も使ってみたいな」
確かに、使えるかどうか確認してみたい。
気配察知は使えていると思うが、雨除け、シールドだったら、効果が見えやすい。
でも、すぐに使えるもんだろうか? まあ、試してみる価値はあるか。
「じゃ、家に着いたら試してみようか」
「雨漏りしない魔法なんですよね」
そんなことまで知ってるのか。
だが、それは俺固有の能力だ。
「俺はちょっと特別で」
「雨漏りの神様なんですよね」
「ああ、唯ちゃんにも、雨漏りの話見えてたのか」
「ベスの石からも読めたので」
ベスの石も読めるのか。
「雨漏りしないのは、俺だけで、普通は自分が濡れないだけ」
「栫井さん、一人だけ?」
「俺は神様だったからな」
「なんですかそれ」
「変だよな」
唯は栫井が神様だったことは知っていたが、試しに聞いてみたのだ。
「神様って何なんですか?」
「何なんだろうな?」
「オーテルさんも娘さんなんですよね」
「竜の娘。
俺はオーテルの世界で、竜の妻との間に子を残すらしくて。
まあ、オーテルが生まれる前に、俺は死んでるんだけどな」
「人間の娘さんたちは?」
誰のことを言っているのだろう? 何かを知っているのだろうか?
「娘さんたち?」
「え?」
オーテルに聞いてみる。
『俺には、人間の娘が居るのか?』
『はい。居ますが、生まれる前に、お父さんは死んでいます』
それは竜の子の話じゃないのか。
うむ。なんか、俺は子供作って死ぬやつなんだな。
俺はあっちの世界では、鮭みたいな存在なのかもしれない。
”子を残すとき ≒ 死ぬとき”
「俺、娘が生まれる前に、死んでるから、見たこと無い」
「娘さんが5人くらい、私と同じくらいの年の子と暮らしてませんでした?」
変だな。俺はお年寄り扱いだったと思うんだが。
「誰だろう?」
『お父さんの家族です』
『家族?』
家族とは、どういう意味だ? 俺の子では無いようだから、孤児を拾って育てたりしたのかもしれない。
※オーテルの言う家族の定義は不明ですが、過去にも似たようなことを言っています。
12-5.偽物のジョシュア 参照
…………
「あとは、治療の魔法がある。素質があれば、日頃から使ってるかも。
ほんと、本物の魔法、物凄く弱くて効いてるかどうかがよくわからないんだよ。
痛いところ押さえて、痛いの止まれーとかやってると、微妙に治りが早くなる。
まあ、俺は、勝手に治るから魔法要らなかったけど」
そう言ってて気になる。
『俺、車に轢かれたら死ぬかな?』
『お父さんは死ぬことができません』
怖くて試してないけど、今の俺も、たぶん死なないんだと思う。
ところが続きがあった。
『もし、死んだら、時間を戻します。戻さないと死ぬことができないからです』
あ、死ぬことはあるみたいだ
「栫井さんて、死ぬことが目的みたいに聞こえますね」
「え?」
俺の目的は死ぬことなのか?
『お父さんは、皆を幸せにして死にます。
とても立派な目的があります。だから、私は、お父さんが大好きです』
それは、おかしい!! 俺が、そんな立派なことをするはずがない。
何か罠があるに違いない。
俺はそんな立派なこととかしたくない。
洋子さんとの約束を守って、オーテルとの約束を守れれば、それで良い。
…………
ゆっくり歩いて来たけど、小泉さんの家に着いてしまった。
今日は、正直、なかなか気が重い。
唯ちゃんも、既にある程度、理解しているのに、敢えて触れないようにしてくれているのだと思う。
唯ちゃんが死んで、小泉さんが死んだ上に、更に、俺も死んでると言う、なんかとても間抜けな話をしなくちゃいけないのだ。
「お母さん、栫井さん来てくれたよ」
「ああ、小泉さん」
「なに、そんな他人みたいに。思い出したんでしょ」
思い出した。そう、俺は洋子さんと結婚していた。
でも、どう接して良いのかがわからない。
「…………」
「…………」
会話が止まってしまった。
凄く気まずい。
そこに、気を利かせて唯ちゃんが、話題を変える。
「そうだ。魔法。私、魔法。使ってみたい」
俺は便乗した。
「ああ、先に試してみるか」
「魔法って何よ」 洋子は、不満げに言う。
「私も使えるかもしれないって」
「じゃ、先に、魔法やってみようか」
「はい」
さっき魔法の話をしていて、試してみたいことがあった。
唯ちゃんに本当に魔法が使えているのかどうか?
「気配がわかるなら、すぐ、使えるんじゃないかな」
気配察知が、使えるのだから魔力は有るのだろう。
「俺はあんまり記憶が残って無くて……どうやって練習したか、
ただ、指先に静電気集めて、水滴散らすのは簡単にできた気がする。
全身は、どうやってるか良くわからない」
思い出したことを話しつつ、早速試す。
蛇口から、水滴が1秒に1適落ちるくらいで、水を出す。
俺の場合は、シールドONで水滴が飛んでいく。OFFにはできる。
弱くとかは、ほとんど調整できない。
「指先に静電気で水を反発する感じで、やってみて」
「水滴当たっちゃう」
落ちた水滴が、指先に。
いきなりは無理っぽい。
「”指先から何かが出てる”みたいなイメージで」
「難しいですね。練習したらできるんでしょうか?」
ところが、水滴の軌道が変な気がする。
水滴が、指を避けてるようにも見える。
「少し、水滴避けてるかも」
「そうですか?」
「横から見ると」
「曲がってるかな? あ、曲がってるかも」
弱いけど、使えてる感じだ。
教え方が悪いのかもしれない。
俺は、手を洗うときには解除しているはずだが、特に気にしていないのでよくわからない。
濡れるイメージと、濡れないイメージを切り替えているような気がする。
でも、濡れないイメージは、もっとこってり感を持っている。
イメージの問題か?
「唯ちゃん、掌に油が塗ってあって、水滴を弾くイメージ」
「油?」
「じゃあ、ハンドクリーム厚塗り塗りしてあるイメージで」
「あっ、できたかも。ほら、弾く」
おお!! もうできた。
指先だとちょっとなのに、手全体はできるのか。
魔法って、そんなに簡単に使えるのか。
イメージさえできれば使える?
唯ちゃんの場合は、もともと気配察知が使えるからか?
俺は、魔法の存在を知ってからも、しばらくまともに使えなかったはずだ。
ただ、はじめから火は出た。コントロールはできないけど。
異世界人の俺は、魔法使えないのかと思ったけど、火はすぐ出た。
だから、魔法が使えることはわかった。
唯ちゃんはいきなり、こんなに使えるのか。
まあ、若い子と老人じゃ、習得速度が違っても普通か。
俺は、シールド使えるまで、しばらく時間かかったんだけどな。
…………
「手が弾けるなら、全身もできるはず」
「腕までは、使えるみたいです」
俺は特別なことをしなくても、雨は当たらないと思えば、当たらない。
どうやって使っているのだろう?
俺は今まで、この世界で魔法が使えたのだろうか?
気付かず使っていたかもしれない。
とりあえず、唯ちゃんが魔法使えることは分かった。
確実に、俺と関係あると思う。
「他にはどんな魔法があるんですか?」
魔法は微妙なものが多くて、体感しにくい。そんな中で、体感しやすいのがある。
「衝撃」
「衝撃?」
唯ちゃんの手に、指先をあてて、衝撃を使う。
力を加えていないのに、相手に力が加わったように感じさせる魔法。
指先を動かさず、衝撃の魔法だけ使う。
魔法の一種だが、魔法を使っている実感はない。
「ええ? 手が痺れた」
「これは、よく使う。子供の遊びにも」
あれは当時は気付かなかったが、今思えば衝撃を日頃から使っているのだと思う。
朝起こすときとかも、衝撃を使っている気がする。
「でも、相手に気配察知無いと使えないかも。
自分にかけると、眩暈みたいになるけど、やりすぎると酔う」
俺は酔う。練習するとき、自分にかける。
段々強くなってくると、船から降りた時のように、地面が揺れてるように感じる。
衝撃と言う場合は、相手がよろけるほど強く使うが、日頃から自覚無く使っていた。
この世界に戻ってからは、魔法のことなんか忘れていたから、違和感だけが残っていたけど、衝撃が無かったからか。
先週まで気付かなかったが、魔法はこっちにもあるのだ。
俺はこの世界では魔法は使えないと思っていた。
「気配察知、いつから使えてたの?」
「先週? 凄く大きなものが居るみたいな感じで」
ああ……それは、俺が困ってるやつだ。それのせいで、俺が神様だと思われる。
「気配が分かるやつ使えると、どうも俺のことを神様だと思うみたいで」
『お父さんは本物の神様です。時間を戻したら、もう人間ではありません』
俺は何故か、神様だと思われちゃうんだよな。
唯ちゃんにも”凄く大きなものが居るみたい”と言われるくらいだから、他の人間とは明らかに異なる気配があるのだと思う。
2人の様子を黙って見ていた洋子が、ついに口を開く。
「唯は、魔法使えるのね。あなたから遺伝したものでしょ」
小泉さんは、魔法を見ても驚きもせず、遺伝を指摘した。
既に、そこまで知っているのだ。
どこまで知っているのだろう。