26-12.神になった理由(2)
”ブーン”
着信だ。電話だ。
名前の表示を見る前から想像は付く。
想像通り、小泉さんから……明日もか?
昼間のことが頭に浮かぶ。
今日、涙を流したとき、小泉さんは、こう言っていた。
”本当に、神様になって、約束守ると思わなかったから
神様なら簡単にできると思ったのに”
小泉さん……やっぱり、あのことを思い出したのだろう。
電話に出る。
「はい」
「栫井君、たびたび、ごめんなさい」
いきなり、ごめんなさい言われた。内容についても、なんとなく想像できる。
「うん、、」
歯切れの悪い返事しかできない。
「連日で悪いんだけど、もし、良ければ、明日なんだけど……時間、大丈夫?」
やっぱり、明日も……やり直しなのか……
あまりのタイミングに、むしろ、納得できてしまう。
「うん、時間なら(ある)」
俺の返事を見越していたかのように、早速話しはじめる。
「昼間ね、見えたの。栫井君が入院して……」
ああ、やっぱり、見えてたのか!!
入院はまだいい、問題はその後だ。
樹海のことを思い出していたらまずい。
「思い出しちゃったか。……樹海のことは?」
「うん。思い出した」
この感じだと、はっきり思い出したのだろう。
「え? 樹海に?」 唯ちゃんの声が聞こえる。
却って呼び水になってしまうかもしれないと恐れつつ、どこまで知っているか探りを入れる。
「なんで行ったか……覚えて……」
「首の骨を持って来いって」
首の骨……
そこまで思い出したのか……
俺と洋子さんは、樹海に行った。
特別な場所……神殿の場所を教えるために。
でも、願いは既に叶っている。やり直す必要は無いと思う。
俺は、洋子さんを一人にしないという約束をしていた。
約束したときは、まだ若かったし、年金満額貰える年まで生きれば、とりあえずは、許してもらえるかと思った。
だから、そのくらいなら良いかと思って、たぶん守れるだろうと思って約束した。
ところが、年金払い終わる前に俺は……約束を守れなかった。
洋子さんは約束を破ったことを許してくれなかった。
でも、洋子さんは、俺が居なくなっても、かわりに子どもが居れば良いと言った。
だから、俺は神様になった。
願いは既に叶っている。
「今回凄くうまく行って、唯ちゃんも元気だ」
「ダメ」
「やり直しして、もし失敗したら……」
「ダメ」
確かに、予定とは違うかもしれないが、唯ちゃんが生きているのに、わざわざ冒険しなきゃいけない理由が何かあるのだろうか?
「なんで……」
失敗したら大変なことになるのに、なぜ小泉さんは、やり直そうとするのだろう?
そう思う。
すると、洋子は突如、妙なことを言う。
「ヤドカリ食べてない」
もちろん、洋子は栫井が何を考えているか、理解していた。
でも、洋子は、今回で終わらせることはできない。
栫井は、この時点で、ヤドカリ(タラバガニ)のことを思い出していないので、混乱する。
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へ? ヤドカリ?
そんなの、この時代でも食べられると思う。
ヤドカリくらい食べに行けば……もしかして、天然記念物か何かだろうか?
「こんど食べに行こう」
「ダメ。もっと、ちゃんと栫井君と出会いたいの。50の同窓会で」
50の同窓会
「…………」
やっぱり知ってるのか。
でも、俺は、ヤドカリは食べなくても良い。
「小泉さん、ヤドカリ好きなんだっけ?」
「栫井君、ヤドカリ嫌いなんでしょ」
俺が嫌いだからか!!
「そうしないと、フラグが立たないの!」
うぇぇっ??
これには驚いた。
知ってるのか?フラグ、攻略法があるのか?
「フラグ?」
「うん。フラグ」
小泉さん(洋子)は、既に攻略法を知っているのだ。
ヤドカリを食べないとフラグが立たない?
「わかった。明日行くよ。そのときまた」
…………
やはり、今回はベス回だったようだ。
また、やり直さないと、いけないようだ。
「確かに、オーテルが満足しないと、俺も成仏できないから仕方ないけどさ」
『どうしたのですか?』
「小泉さんが、俺が癌で死ぬこと、思い出しちゃったみたいで」
『では、もう癌のことを隠す必要はありませんか?』
「まあ、そうだな」
栫井は、こう答えたが、それは軽率な行為だった。
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オーテルは、いつでも栫井と話すことができる(栫井に憑いてるため)。
同時に、ベスの体を使えば、人間と話すこともできる。ベスは洋子の家に居る。
オーテル(ベスの中の人)は、早速、唯にばらす。
「癌はお父さんじゃ。癌は転移すると言うておった。
お父さんは、転移する竜と言う凄い竜なのじゃ」
洋子は驚く。癌のキーワードを出さないようにしていたのに、いきなりベスが癌のことを話し出したのだ。
だが、何か意味を勘違いしているようだ。
「病気が、体の中の、別の場所に広がって行くことを転移って言うのよ」
洋子がフォローする。
「私は”癌”で死ぬの?」 唯が反応する。
唯の病気がどんなものだったかは、洋子は思い出していなかった。
「大丈夫よ、どんな病気でも、栫井君が治せるから」
そこで、ベスが
「”癌”は、人間の時の話じゃ」
「え? 私、人間じゃ」 唯は混乱する。
「お前ではない。お父さんの話じゃ」
「人間の時って?」 唯はまだ混乱している。
「唯に遺伝する病気って何かしら?」
「遺伝って、栫井さんの話?」
「違うのじゃ、唯にお父さんの力が遺伝したのじゃ」
「栫井君が、人間だったときの死因が”癌”よ」
※正確には、少し違う
「お父さんの骨の持ち主は、おまえじゃろ。
お前との約束で、お父さんは死ぬことができぬ。
妾も成仏できぬ」
「樹海に私が持って行ったのは、首の骨だけよ」
もう洋子は隠す気も無く、唯の前で首の骨の話をする。
「樹海の神殿は、一番大きな竜の神殿じゃ。
この世界に一つしかない、大事なものなのじゃ」
「でも、なんで、あの場所を選んだのかしら?」
「あのとき妾は、お父さんとしか話せなかったからのう。
お父さんが、何かあったとき行こうと思う場所。
お父さんが選んだのじゃ。樹海と言う小さな森じゃ」
「樹海が小さいの?」
唯のイメージでは、樹海は、迷い込むと二度と出られないような巨大な森だった。
だが、ベス(オーテル)にとっては、そうでも無いようだ。
「もっと大きいところかと思っておった」
「なんでそこに神殿が?」
「洋子と約束したからじゃ」
「何を?」 唯は問うが、
「…………」 洋子はだんまり。
「洋子が言うておった。子が居れば開放すると。
洋子は見たことがあるじゃろ。一番大きな竜」
「ええ。神龍」
洋子は、一番大きな竜を神龍と呼んでいた。
「え? 神龍」 唯は聞き返す。
唯の知っている、栫井の竜の姿は、神龍とは大きく違っていた。
怖さの余り、見た人間がバタバタ倒れるようなものだった。
「でも、今の栫井君じゃ、まだ、首の骨が足りない。
私は7個持って行ったのに……
”私のジン君”に戻ってない。
唯も生きてるのに、これじゃ、唯が生まれない」
「ええっ? 今、生まれないって言った!!」
”生きてるのに生まれない”?
唯には全然、意味が分からなかった。
「なんで首の骨が揃って無いの!!
7つ揃ってないと願いが叶わない」
「そうじゃ。ようやく思い出したか」
「7つの石を手に入れる。
そして、遺骨を取り戻す。
そうすれば、私は、ジン君のすべてと、子を持つことができる。
ジン君の遺骨も、歴史も、全て私に戻る」
これが、洋子の知る、物語の結末だった。
「何それ?」 唯は、母(洋子)の態度に違和感を持った。
「良いのよ。ジン君は、元々私のものだから。
仕方ないわ。私がジン君が死ぬことを許さなかった」
「なんで、過去形なの?!!」
「ドラゴンボールって知ってる?」
急に話が変わるので、唯は少し戸惑う。
「え? ドラゴンボール?」
唯はそう答えつつ、カメハメ波のポーズを真似する。
※唯のカメハメ波は、(ストリートファイター2の)波動拳に似ていた
「そう。
神龍は、竜の神様。
7つの宝を集めて、神龍を呼ぶ。
そのとき、竜の神様は、願いを聞いてくれる。
でもね、願いが叶うと、宝はどこかに行ってしまう。
私はね、
その宝の持ち主で管理者で、誰にも渡さない。
役目を終えた宝は、私の体に戻る。
新たに生まれる宝も、私のもの。
その宝を、二度と誰も使わないように管理する。
あの人、神龍を呼んだら、”子を産み育てることができるように”って、
お願いしろって言ってたの」
「だから私が生まれたの? でも、生まれないって何?」
「でも、私、”あの人の子を産み育てる”ってお願いしたの。
神龍は、無理だって言った。
でも、私は許さなかった。死ぬことも、子を残さなかったことも。
私は元々不妊だった。だから、はじめから、子どもを産むのは無理かなと思ってた。
でも、不妊治療もして、頑張った。
私はジン君の子が欲しかったの。
でも、私知らなかったから。
神様は、願いを叶えないと、死ぬことができないこと。
あのひと、自分が死ぬこと自体はあまり気にしてなくて、私との約束が守れなかったって、
そればかり、気にしてて」
「約束?」
「結婚するとき、」
「結婚?」
「うん。私、結婚したの。
不妊症で、バツイチだったけれど、それでもいいって言ってくれて。
でも、1つだけ条件を付けたの。
私を一人にしないでって。
だから、入院したとき、死ぬのは許さないって言ったの。
許してあげるつもりだったのに、言いそびれちゃった。
死んでまで守ると思わなかった。
私も、わざわざ樹海に行ったから、本当は知ってたのかもしれない。
死んでも守るって……」
唯は、この話を聞いて、良い話ではあるかもしれないが、
唯は、これから生まれ変わるのかと思うと、存在を否定されたような気持ちになった。
「私、これから生まれ変わるの?」
「え? どうして?」
唯は、てっきり、栫井の娘として生まれなおすのかと思っていた。
「だって、骨が集まらないと、私が生まれないって……」
「遺伝してるんでしょ?」
「あ、」
そう言えばそうだった。唯は納得する。
「生まれる歴史を後から作るの。できるわ。だって、あの人神様だから」
「さすが妾のお父さんなのじゃ。さすがです、お父様」
ベスは何故か自慢する。
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その頃、栫井は、背中がムズムズするので、さっさと寝ることにした。
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唯は、母(洋子)が、栫井と再婚して、栫井が死んだら、バツ2になるのかな?と変なことを考えてしまった。
※バツが付いたのは、栫井の方で、洋子にバツは付かないです。