26-11.異世界から来た竜の娘(3)今回はベス回だった
洋子の気持ちを知らず、栫井はすっかり、今回で終わりにする気になっていた。
単に気が楽になったというわけでなく、今回で終わりになっても良いように準備を進めようとしていた。
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俺はオーテルの世界に行くのは決まってるとして、その時、妻と娘のことを忘れたくない。
俺は、転移するとき記憶を持って行けないが、かわりに、”石”を持って行くことができる。
この石には、記憶を保存する機能があって、後から読むことができる。
「俺がこの世界を去る時、記憶を持って行きたいんだけど、向こうで”石”読めるのかな?」
『骨は洋子のものです。最後に去る時、骨は持って行けません』
石は骨。石と呼んでいるが、俺の骨、遺骨だ。俺は今1個持っている。
この石は、未来の世界からオーテルが持って来た……はずだが、1つは、俺が異世界から持ち帰ったような気がする。
なんで、俺が持ってるのだろうか?
「俺が持ってる石って、どうやって手に入れたんだっけ?」
『私が、お父さんに届けに行きました。私は、お父さんに3個渡しました』
3個貰ったのに、1個しか持っていない。
「受け取ったのは、オーテルの世界でだっけ?」
「はい」
「オーテルが生まれたのは、俺が死んだ後だよな?」
「はい。だから、骨がありました」
遺骨があるのは、俺が死んだから。それはそうなのだが、
「俺に手渡したんだよな」
「はい」
「どうやって?」
『人間の体を使いました。そのために、歴史が変わってしまいました』
「オーテルは人間の体も持ってたのか?」
『違います。過去の人間の体を少しの間借りたのです』
オーテルは俺に会いに行っただけじゃ無くて、石も届けてくれたようだ。
骨は、やっぱり小泉さん(洋子)の物なのか。
自分の骨の所有者が、自分じゃないという違和感。
デジャブ感がある。俺はあっちでも、そんな扱いだった気がする。
爺さんには人権ない世界だからな……いや、今なら41歳。老人扱いされずに済むか?
俺はあっちでしばらく生活していた。人間として。
でも、オーテルは途中で帰ってしまった俺を、この世界まで、呼びに来た。
いきなり戻ったら41歳に若返ってましたとかはまずいか?
俺は、願いを叶えるまで死ぬことができない。
洋子さんの願いを叶えるまで、俺は死ぬことができない。
そして、俺がこの骨を使えるのは、洋子さんの願いが叶うまで。
願いが叶うと、次はオーテルとの約束を果たすために、オーテルの世界に行く。
そのきとき、骨は持って行けない。
俺の骨の持ち主は、洋子さんだから……
※この”洋子さん”は夫婦だったときの洋子さんのことを指しています。
まずいことに、たぶん、小泉さんは、そのことを思い出してしまった。
俺は、オーテルでは無い誰かの願いを叶えるために、そこに行き、その誰かの願いを叶えないと死ぬことができない。
ある意味、誰かの所有物みたいなもの、なのかもしれない。
もう骨も無い……いや、鎧の呪い……爪と牙と尾の持ち主が居るのか……増えてるじゃねーか!!
骨は置いて行く。……俺が無くしたくない記憶を持って行けない?
そう思った瞬間、石の記憶が読める。
2つの世界の間で引き裂かれた記憶が。俺は死んだかと思った。
でも、生きてた。
死んでも死なないってのは、ああいうことなのだろう。
はじめて転移して、戻ってくる時、記憶を捨てることができず、大変なことになった。
捨てられないものがあると、また大変なことになる。
また、分裂して、回収する羽目になったら……
たぶん、それを終える前に、俺の心は折れて二度と回復しないと思う。
おそらく、分裂ではなく、飛散して消えてしまう気がする。
それでも、死ねない俺はどうなるのだろう?
俺は、洋子さんの願いを叶えて、その記憶を持たないと、行った先でちゃんと使命を果たせる気がしない。
「それじゃ、オーテルの世界に行っても、俺は成仏できないかもしれない」
『記憶を置いて行く必要が有りません。お父さんは、私の世界の完全な神になります。
そのとき、この世界の記憶は、転移の妨げになりません。
お父さんは、全ての記憶を持って行く必要が有るからです』
おお、むしろ、全てを持って行く必要が有るのか。
そりゃそうだな。
俺が、置いていきたくない、と思ってるのだから、成仏するためには持って行く必要が有る。
どうやって持って行くのか。簡単な方法だと助かるが。
『お父さんが満足して去る時、記憶を置いていきません。
完全な神になるからです』
なんてこった。手順としては簡単かもしれないが、気持ち的な壁はある。
俺は神にはなりたくない……けど、人間を辞めた時に、なってしまったようなので、それは仕方ない。
ところが、今度はさらに、完全な神とか言われると、ますますなりたくない。
ただ、俺の願いが叶った後なら仕方ない。
つまり、完全に去る時は、完全な神になっても構わないような気もする。
仕方ないのか……オーテルのことは、全て覚えておきたい。
なるべく今までの事を全て知りたい。
予定通り50の同窓会で再会する歴史だったら、いろいろ考えずに済んで楽だったんだけどな。
とりあえず、記憶のサルベージをする。
俺がオーテルとこっちの世界で会ったときの記憶が入っている。
まだある。
前回ここに置いて行った記憶なのだろうか?
…………
…………
(オーテルと会話できるようになった頃の記憶だ)
こいつは良く喋る。そして、無邪気だった。
俺は思った。たぶん、コイツが消えたら、俺は絶望して、その世界に行くと思う。
俺が絶望から救われたのは、コイツが来たからで、コイツが居なくなったら、俺は絶望する。
『私は本当に、お父さんの娘です。だから、私の世界に行ってくれないと困るのです』
「でも、俺がその世界に行くと、おまえは消えるんだろ」
『消えないと思います』
「なんでだ?」
『私は”最後に幸せになるため”に来たのです』
「幸せ?」
『私はお父さんと触れ合ってみたいのです』
「どうやって?」
『私は、お父さんが大事にしている人間の家の
ベスと言う生き物に宿ることができます』
「ベスと言う生き物?」
『私はこの”ベス”と言う生き物に、宿ることができます。
でも、この時代にベスはいません』
(ああ、オーテルにとってはこっちが目的か
俺がオーテルに会ったとき……小泉さんが亡くなった後だった。時代的にベスは生きてない)
「じゃあ、会えないよな」
『お父さんは、転移する竜です』
「はじめは人間って設定じゃ無かったのか?」
『私が見た時は人間でした。設定とはどのような意味でしょうか?』
よくわからないが、俺が人間の姿をしているときは、確かに有るようだ。
『私は人間の姿の時しか見たことがありません。最後に竜の姿を見たいです』
「竜の姿を見れるのか?だったら、俺は竜になるんじゃないか?」
『知りません。でも、私が最後に満足しないと、お父さんは役目を果たせません。
お父さんは役目を果たすので満足するのです』
妙な設定だな。
(今聞くと、少しわかる。未来が確定してるって言っているのだろうが、オーテルは自分で歴史を変えたとも言っている。条件が良くわからないな)
『他の世界に行って、戻ってくるとき、時間を選べると聞きました』
「誰に?」
『お母さんです』
ああ、そりゃ夫婦だから詳しいわけか。
『お父さんは、時間を超えたと言いました』
「おまえは、時を超える竜だろ?」
『はい』
「俺も、時を超える竜なのか?」
『違います』
「俺が時を超えるなら、何が違うんだ?」
『時を超える竜は、転移しません』
「ここに来たのは転移とは違うのか?よくわからないな」
『ここに来たのは、”転移する竜”の力です』
「”転移する竜”という種類のやつが居るんだな」
『異世界という、別の世界を行き来できる、特別な竜です。
”大きな竜”と、”一番大きな竜”の2人だけが、転移する竜です』
「”一番大きな竜”が俺なんだよな?」
『そうです。お父さんは、”一番大きな竜”です』
2人だけってことは、珍しいのか。
「手を貸したのは、俺じゃ無い方の”転移する竜”か」
『そうです。”大きな竜”、人間が”ガスパール”と呼ぶ竜です。
私は”大きな竜・ガスパール”に導かれてここに来ました』
「名前有るじゃないか」
『竜は竜に名を付けませんが、人間は竜に名を付けます』
「ああ、いいよ(その話は)」
『”時を超える竜”は、行きたい方に行くのは難しく、行きたくない方向に行くのは簡単です。
私は、お父さんに会いに、過去に行きたかったのに、未来に行ってしまいました』
「ああ、そういうことか。
時を超えるけど、望んだ時に行けるわけでは無いんだな」
『転移する竜の能力も、本当は転移では無いと聞きました。
私には、少しだけ転移する竜の能力があります。
これは、本当は大きな竜の持つ能力です。
私が満足して消えるとき、その力が分かると言います』
「誰が?」
『お父さんが、誰かに話したことを、いつか私が聞きました』
「時間自体が、こんがらがってるからか、なんか、言葉が変だよな」
『私はあまり人間の言葉が得意ではありません』
いや、言葉が変って、そういう意味じゃ無いんだが。
「そういや、竜の言葉ってのがあるのか?」
『ありますが、人間のように複雑なことを伝えることはできません』
「そうなのか」
『お父さんも、人間の言葉は話せないです』
なんか、ちょっとショックな内容だ。
「竜になったら人間と話すことはできないのか」
『でも、お父さんと人間が話をする方法は有ります。
お父さんと、人間の両方と話せる竜が居ます。
私のお母さんは、お父さんの人間の妻と話すことができるので、
お父さんと人間の妻は話ができます』
そういう意味でも、その竜と会う必要が有るようだな。
「そうか。オーテルの話を聞いていると、どうも、本当っぽく聞こえるよ」
『本当のことです』
「いや、疑ってるわけじゃ無いんだけどな。あまりにも、普通じゃ無いから」
『私が成仏するには、お父さんと触れ合う必要が有るのです』
いきなり、話が戻った。
「でも、ベスだっけ、死んじゃったんだよな」
『お父さんは、転移する竜です。
ベスと言う生き物が生きている、この時代に帰ってくれば良いのです』
その言葉と同時に、いきなり小泉さんが生きている頃の姿が見える。
日常生活を低い視点から見たものだった。
これが、ベスが見た景色か!!
「え? 小泉さんが、生きてる頃の小泉さんが!!」
(ベスが見ている、小泉さんの姿が見えた……小泉さんが亡くなって絶望しているときに、これを見せられたら、俺は時間を戻す)
『どうしましたか?』
「過去を見ることができるって」
『これが、時を超える竜の能力です。時を超えるのはサイドエフェクト。
他者から見て、時を超えるように見える竜が、時を超える竜です』
「そこに行けるのか?」
(おい俺!! スルーするなよ、今凄いこと聞いたぞ、転移する竜は、他者から見て転移するように見える竜だ。本当の能力は別かもしれん)
『お父さんは転移する竜です。戻ってくるとき、時間を選べると聞きました』
「どうやって選ぶのだろう?」
『知りません。私は転移する竜ではありません』
なんて、正直なやつ……
だが、俺は小泉さんが生きている時代に行くことができる……
逆か、俺が小泉さんに会いたがる気持ちを利用して、その世界に行かせるんだ。
「本当に行けるんだろうな、その時間に」
『わかりませんが、お父さんが満足しないと役目は果たせないので、
満足できる状況なのだと思います』
「正直っぽい答えだな」
『私は本当のことを言いました』
「小泉さんに会えるまで、竜の子は作らんからな」
『はい。大丈夫だと思います。私が会いに来たということは、
私は、お父さんを、私の世界に行かせることに、成功したからです』
「まあ、そうなんだろうな」
『その人間の女を助けたら、私の世界に行って子供を残してください』
「それで小泉さんを救えるのなら……転移って、どうすりゃいいんだ、それに、どこに行けば」
『私がここに来るために使った巣があります。
人間がオーテル神殿跡地と呼ぶ巣です』
(ああ、だからオーテルなのか)
転移? もうはじまったのか?
そこに行けば、小泉さんが死なない世界に……
『さすがお父さんです。もう行くのですね。私は行けないので、ここに居ます』
…………
…………
ああ、それで飛ばされたのか……
いや、おかしい……似て異なる記憶が……
ちょっと待て、”触れ合いたい”って、成功したら50の同窓会まで会わないはずだろ!!
成功したら、ベスと触れ合う機会が無い。
今回の歴史は、オーテルの願いを叶えるためか!!
意味のある失敗だったのか!!
なんで首の骨が5個なのかと思ったら、そういうことだ。
オーテルが満足して成仏しないと俺の願いは叶わない。
ベスと触れ合わないと、オーテルは成仏しない。だから触れ合う必要が有る。
そして、7個揃わないと、俺の願いが叶わない。
まずいな。50の同窓会で会うはずだったこと知ってたら、許してくれ無さそうだ。
あと、もう1回やりなおしになるのか?
俺の精神力はもつのだろうか?