26-10.妻の許可下りず(4)
洋子の家では、さっき見えた記憶のことで、ベスがまだ、はしゃいでいた。
「どうじゃ、すごいじゃろ。さすが妾のお父さんなのじゃ。ほほほほ」
その様子を見て、洋子は声を掛ける。
「何か読めたの?」
唯とベスは、栫井を軟禁する娘達や、竜の妻の記憶を見たが、洋子はダウン中で見ていなかったので、なんの話か興味を持ったのだ。
唯が反応する。
「あ、お母さん、大丈夫?」
「ごめんね。でも、もう大丈夫。何が凄いの?」
ベスは自慢したかったので、すぐに答える。
「妾のお父さんは、大きくて強いのじゃ。洋子、お前も見たくなったか?」
それじゃ、何の話かわからない。唯がフォローに入る。
「竜って、凄く大きな犬で……」
「犬では無い、人間が竜と呼ぶ生き物じゃ」
唯が説明しようとするのに、ベスが邪魔する。
「竜って呼ばれてる、ゾウより遥かに大きな生き物で、
栫井さん、踏まれても”今のは、ちょっと痛かったぞ”って」
「え?」
「人間の時から、そのくらい丈夫だったみたい。
……でも、もしかしたら、あの世界の人って丈夫なのかな?」
ベスが凄い勢いで否定する。
「そんなわけあるか、このたわけが!!」
「その後、竜になって、それがものすごく大きくて、他の竜が小さく見えるくら……」
「お父さんは、最強の竜、”一番大きな竜”なのじゃ。さすが妾のお父さんなのじゃー!!」
「え? 竜に?」
「でも、またすぐ人間に戻ったみたいだったけど」
「お父さんは、人間の世界に居る時は、人間、竜の世界に行くと竜になるのじゃ。
ゲートの上では竜になれるようじゃの」
どうやら、ベスと唯は栫井が、ベスの世界に居る時の様子を見たようだ。
気になるのは誰が読んだのか。
「唯は、異世界の記憶を読めるの?」
洋子の問いに対し、唯が返す。
「こっちの記憶が読めなくて、フジの樹海のことだけ」
つまり、読めるのだ。何故だろう?
洋子は、石を読める人間(ベスも含むため、正確には人間だけでは無いが)は、限られることを知っていた。
そして、ベス(オーテル)も、石の内容を、あまり読めないことを知っていた。
逆に言うと、ベスは石の内容を少しだけ読めることができることを知っていた。
石は元々栫井のもので、次に洋子のものになった。
だから洋子は石を読めるのは、主に洋子と栫井だけで、それ以外の人には、細かくは読めないと考えていた。
ベス(オーテル)が、少し読めることを考えると、唯も少し読める可能性があるとは思っていたが、そんなに読めるとは考えていなかった。
読める条件とは何なのだろうか? 洋子は、読める条件が気になる。
そこに、唯が割り込む。
「ああ、栫井さん、どんな子と一緒に暮らしてるかわかった」
そこまで読めることに、さらに驚く。
……が、洋子は、話の内容の方も気になった。
栫井が、誰と暮らしているか知りたかったのだ。
異世界にも、洋子に相当する人物、つまり、所有権を主張する妻が居るか知りたかったのだ。
「どんな子?」
「娘さんが5人くらいいるみたい」
娘は居るかもしれないが、ベスの中の人、オーテル以外に人間の娘も居るのだろうか?
しかも、5人というのは、洋子の予想とだいぶ違っていた。
「娘さん? オーテルさんじゃ無くて?」
「人間の女の子。私と同じくらいの年の子。
栫井さんの世話をしたり、逃げないように見張ってるみたい」
「逃げないように?」
洋子の想像と、だいぶ違っていた。
幸せに暮らしているわけでは無く、神様は捕らえられている?
捕らえられていて、世話役に5人の娘を付けられているのかと思う。
「よくわからないけれど、神様が逃げないように……あ、もしかして、
今も栫井さん、逃げてきたのかな?」
「ああ、だから”返せ”ってこと?」
「そうかもしれない」
唯は自分でそう言いつつも、違和感を持っていた。
栫井が、本気で逃げだしたいと思っているようには、見えなかったのだ。
「でも、変ね? さっき、誰と住んでたのか思い出せなかったのに……」
確かにそうだった。むしろ、唯が読みたい情報の方がさっぱり読めなかった。
そこに、絶妙なタイミングで、それらしい情報がもたらされる。
「妾の持っている”石”が、読めたのではないかの?」
「ベス、石持ってるの?」
「もちろん持っておる。妾が持たぬと、都合が悪いのじゃ。
時間を戻して最初から、お父さんが持つと不都合があるでの」
確かにそうかもしれない。洋子は、納得した。
余計な情報を知っているために、行動が変わって変えたくない過去が変わってしまうかもしれない。
「その石はいつ読むもの?」
「洋子、お主も読んだことがあるじゃろう」
洋子も読んだことがあるようだ。
てっきり、今洋子が持っている石の情報を読んだものだと思っていた。
「え? 見せてくれる?」
「お主が読んだのは、コレじゃな」
ベスが石を出す。
洋子には、その石を読んだという記憶は無かった。
とは言え、石を読んで何かを思い出したと言う記憶はある。
いったい何が入っているのだろう?
洋子は、いきなり石を読む。
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唯は驚く。力は使うと無くなってしまう。
「え? お母さん、力使っちゃったら」
だが、もう、その声は届かない。
何が読めているのだろう?
触れていれば、読んでいる内容がわかるかと思い、洋子の肩に手を置く。
……が、何も伝わってこない。
栫井が居ないと、読めないようだ。
仕方が無いので、見守る。
母(洋子)は動揺しているように見える。
「そんな……妻の形見を渡す?」
「お父さんが、妾の世界に行くとき、妻の形見が必要なのじゃ。
お父さんが持ち帰った情報を見てわかったたのじゃが、
お前の股の布を持って行ったようじゃな」
「なんで?」
「お前が、あの臭いやつで髪を洗ったからじゃ」
※臭いやつ=シャンプー
下着を渡すことは知っているはずなのに、なんの話だろうと不思議に思う。
栫井は、髪を欲しがっていたが、髪は持って行かないのだろうか?
なんで、そんなことを深刻に話しているのかが、唯にはよくわからない。
「私、まだ、あの人を手放さない。
だって、時間を戻しても唯は生まれない」
「おお、お前は、そういうところには気付くのじゃのう。不思議じゃ」
え? 唯は固まる。
深刻な感じでパンツの話をしている多と思えば、いきなり、唯の出生の秘密に。
しかも、時間を戻しても唯は生まれないと言う。
唯が知りたかった情報は、ベスが持っていたのに読めなかった。
それが、母(洋子)には読めている。
「どうやって?」
「お父さんに頼め。お前が言えば、聞いてくれるじゃろ」
時間を戻しても唯は生まれない。
栫井も同じようなことを言っていた。
いったい、自分は何者なのだろう?
唯は怖くなる。
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(上のシーンの洋子視点です)
「お主が読んだのは、コレじゃな」
洋子は、いきなり石を読む。
「え? お母さん、力使うと」
もう、その声は届かない。
…………
…………
小学生の頃の唯が見える。
洋子が知らない家で、父母(唯の祖父母)と同居している。
洋子は両親とは同居している。
そして、犬が居る……言葉を話す犬ベス。
ベスの助言によって、いくつかの困難を乗り越え、洋子は今のように疲弊していない。
唯には足長おじさんがいる。
唯は大学に行けた。
私が賢ければ(賢く動けば)、唯は大学に行けるのね。
でも、不治の病?
そして、栫井君?
次のシーンでいきなり時が飛び、栫井の仏壇が……
…………
…………
洋子は、自分の役目を思い出す。死神。
「そんな……妻の形見を渡す?」
栫井と再会してから、それほど経たずに、形見を渡している。
つまり、洋子は自分で、栫井を送り出している。
なんで?
「お父さんが、妾の世界に行くとき、妻の形見が必要なのじゃ。
お父さんが持ち帰った情報を見てわかったたのじゃが、
お前の股の布を持って行ったようじゃ」
「なんで?」
妻の形見を受け取った栫井は、この世界を去ってしまう。
なのに、洋子自身が納得して、渡している。
「お前が、あの臭いやつで髪を洗ったからじゃ」
※臭いやつ=シャンプー
※因みに、ベスと洋子の話は、噛み合っていません。
「私、まだ、あの人を手放さない。
だって、時間を戻しても唯は生まれない」
「おお、お前は、そういうところには気付くのじゃのう。不思議じゃ」
私は元々不妊だった。若い頃から。診断したのは24のときだったけれど。
だから、時間を戻したから唯が生まれたわけじゃ無い。
「どうやって?」
そして、唯は尾骨痛が出た。
※”出た”と言っているが、石の記憶の中での話で、未来の話
「お父さんに頼め。お前が言えば、聞いてくれるじゃろ」
「ダメ。私はまだあの人を手放さない」
「それでは困るのじゃ。
お父さんがここに戻れる回数は、おそらくあと一回だけじゃ」
「でも、私のお父さんお母さんと同居している世界が見えた。
私は、同居してない。この石に入ってる歴史と違ってる」
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「私が見た記憶で、なんか、栫井さん、しょっちゅう倒れてたみたい」
どうせ死なないから、倒れてても問題無いのだと唯は思ったが、ベスが妙なことを言いだす。
「女に弱くなければ困るではないか」
「え?」
「”最強の竜”は、力で倒すことができぬ故」
「色仕掛けってこと?」
「そう言えば、お母さんと一緒に居て、倒れてるときもあったみたいだけど」
「色仕掛け?」
※洋子は、色仕掛けが好きみたいですね
「ううん、違う、ヤドカリ食べさせようとしてた」
「あ」
洋子は何かとても大事なことを、思い出した気がした。
巨大なヤドカリが頭に浮かんだのだ。
唯は、洋子に何か思い当たることがあることに気付くと、
嫌がる栫井に無理やりヤドカリを食べさせようとするシーンを思い浮かべる。
「なんで、嫌われるようなことするの?」
「やっぱり、もう一度やり直さないと。
まだ、ヤドカリ(タラバガニ)食べてない」
※タラバガニはヤドカリの仲間です
唯は凄く驚いた。唯には、ぜんぜんさっぱり、大事なことに思えなかったのだ。
「え? 何? 大事なことなの?」
そして、それに対する答えがコレだ。
「フラグが立ってない」
「え?」
唯にはさっぱり意味が分からない。
「それに、納得して送り出さないと、あの人の願いが叶わないから」
「あの人……って、栫井さん?」
せっかく時間戻すと記憶無くなるんだから、それを利用して演出して、
願いを叶えてあげないと……妻としての使命を全うできない……
アクージョ様は、ようやく、ヤドカリ食いに行く気になったようです。
気の長いお話ですね!