23-10.大鎧出現(3)
おっさんが、踊りを見始めたころ、世話役のうちの何人かは、踊りでは無く、報告義務を果たす方向に動いた。
こちらの方が、優先の仕事なのだが、ほとんどの女は、大鎧をもてなすために必死になっていた。
そんな中、指示通りに連絡に向かったのが、ミラとケティーの2人だった。
「大鎧様よ!」
「たいへん、早くお知らせしないと」
はじめに番人(領の警備兵)の詰め所に行ってみるが、まだ時間が早かったため、警備の詰め所に人が揃っていない。
そのまま、領主の屋敷に向かう。
屋敷の手前に、詰め所がある。そちらであれば、早朝でも人が揃っているはず。
ちょうど、その頃、迷宮の竜ディアガルドの遣いが、領主の館を訪れていた。
迷宮の竜は、人間の姿をした遣いを持っていた。
※実際は、ディアガルドの精神が入っている間だけ動く人形
この竜の遣いは、人間の側からは、単に”使者”と呼ばれるのが通常だった。
この竜の遣いは少々時間に甘く、ときおり、このように早朝から訪れることもあった。
普通なら領主相手にこんな自分勝手なことは許されないのだが、竜の遣いに人間の都合など関係無い。
むしろ、この態度が竜の遣いであるという証とも思えた。
比較的よくあることなので領主も慣れていた。
この領主の名は大変長く、略して呼ぶのも失礼なので、単に領主さまと呼ばれることが多いが、親しい者にはイザベラと呼ばれていた。
このイザベラは50期(25歳)と若くして領主になった。
先代が、領主の若返りを望んだためで、イザベラの希望ではない。
イザベラは上品で、温厚な性格だったが、この”竜の遣い”が、はじめて来た時には、さすがに機嫌を損ねた。
事前のアポ無しにいきなりやってきた。もちろん、警備兵は追い返そうとしたが、竜の遣いは帰らない。
もちろん、イザベラは”竜の遣い”などとは信じなかった。
イザベラにとって、竜は実在するかさえ怪しい存在だった。
竜が積極的に人と関わるという話も聞いたことがない。
そもそも意思疎通できるかどうかも怪しい。
そんなものが遣いをよこして、何か取引をしようなどと言い出すのはおかしい。
とはいえ、この自称竜の遣いは、一目見て普通の人間ではないことがわかる。
なにしろ、周りを気にしない。
おおよそ普通の人間とは思えない立ち振る舞いに興味を持ち一応話を聞くことにした。
ところが、この態度だ。とても友好関係を築こうという態度ではない。
「良い話を持ってきた。一番大きな竜が人になった者、大鎧を捜すのを手伝えば、竜が守ってやろう。
大鎧は人間の妻も持つと言うでな、うまくすれば、一番大きな竜の庇護を受けることもできるやもしれぬ。
良い話じゃろう?」
話を区切りの良いところまで聞いて、帰るよう促す。
「竜の庇護を受けるなど、私には荷が重い。お帰りいただきましょう」
即、お断りの意思を伝えたつもりだった。
「お帰りください」
警備の者が、周りをビシっと固めている。普通なら身の危険を感じる場面だ。
ところが、この自称”竜の遣い”は、何が悪かったのか、その場で考え始める。
「はて? 人間には、契約と言う概念があると、聞いたのじゃが、妾は何か間違ったかのう?」
「お帰りください」「さあ、こちらへ」
警護の者達が、かなり強くお帰り願っているのに、全く意に介さない。
しまいには、警護の者に助言を求める始末。
「のう、お主、どうすれば大鎧の捜索を手伝ってもらえるのかのう?
大鎧は、人間の女が好きなのじゃ」
早々にお帰りしてもらおうと思ったが、警護のものに囲まれても気にする様子も無い。
それが、絶対的な強者の態度に見えた。
強者であれば、威嚇する必要もなければ、気にする必要もない。
いよいよ普通の人間とは思えなくなり、イザベラは不快を我慢して話を聞くことにする。
「大鎧と言うのは、竜が神様になったと言う大鎧様のことですか?」
「そうじゃ。はじめは、人間の妻を探す故、人間に探し出して欲しいのじゃ」
「竜が守ってくれると言うのは?」
「手伝ってくれればの話じゃ。
竜が来るだけじゃ。人間の集団を散らせば良いと聞いておる。殺すと”一番大きな竜”が怒る故」
「その竜を、見せてもらえるなら信じましょう」
「おお、なんじゃ、そんなことなら簡単じゃ、竜を連れてくれば良かったかのう?」
「この近くに、オーテル神殿跡地があるじゃろ、あそこに連れてこよう」
協力の約束をすると、イザベラはすぐに大鎧捜索の準備をはじめた。
そして、竜の遣いにも、竜を見せると言う約束を守らせる。
確かに竜は現れた。
噂に聞く竜の姿は大袈裟だと思っていたが、本当に家より大きな生き物だった。
あれが現れれば、相手は統率を維持することが難しいだろう。
イザベラは、大鎧にはさほど興味が無く、竜の後ろ盾を非常に重要視した。
はじめは不快だった態度も、すぐに慣れた。
相手は竜の遣い。人間の常識は通じない。
そして今に至る。
正直なところ、運が良かった。相性が良かった。
こんな無礼な輩の話を聞き、竜と約束事をしようなどと思う領主も珍しかった。
竜の遣いが言う。
「そろそろかのう?」
いつも通りだ。
領主が返す。
「本当に来てくださるのでしょうか」
もちろん、これもいつも通り。
「来たらすぐ妾に知らせるのじゃ。すぐに逃げてしまうと言うからのう。
来たら、逃げぬよう、足止めをするのじゃ」
「使者殿の言う通り、若い女は用意しております。
大鎧様がいらっしゃった際には急ぎ使者殿に連絡しますゆえ」
「人間の妻も大事にするとある。妾が行く前に、挑んでみるのも良いのではないかの?」
「そうですね。それと、国の守りの件、くれぐれも」
「わかっておる。"一番大きな竜"を見つけるまでの間、
何かあれば、迷宮の竜は協力を惜しまぬ」
このやり取りは過去から何度も繰り返されてきた。
領主は大鎧の確保には、それほど積極的ではない。
領主の目的は最後の部分。迷宮の竜ディアガルドの後ろ盾だ。
というのも、領内の安全のため仕方のないことだった。
ここトート森を中心としたルオール候領と、軍と要塞の都市ダルガンイストとは、同じ連合内に有りながら、たびたび対立していた。
文化圏の境界、荒れ地にあるダルガンイストは、貿易、流通が要。
ルオール候領、通称トート森は、あまり貿易に頼らず、自給自足の側面が強く、お互いが相手に求めるものが違っている。
トート森は、細い道が多く、敵の侵入を完全に食い止めるのは難しい。
大規模な侵攻が難しい地形だが、完全に守るのもまた難しい。
長期的には、地の利を生かしたゲリラ戦には強いものの、領内に誘い入れてのゲリラ戦では領内の被害が大きい。
一方、ダルガンイストは、まとまった大軍を動かす力がある。
ところが、ダルガンイストは竜を恐れる。城を破壊されたことがあるため、兵たちは竜を嫌う。
竜が1体では、分散されると対処できないが、分散した相手であれば、各個撃破はルオール候領側に分があり、これは対処可能である。
なので、まとまった大軍に対する抑止力があればよい。竜は大軍相手なら楽勝だ。
つまり、竜の後ろ盾があれば、ダルガンイストはルオール候領に対し、得意とする方法での侵攻が難しくなる。
大規模作戦は竜に阻止され、散開すればゲリラ戦で敗れる。
軍事力が強くないと、交渉で強く出られない。実力無き者の発言力など弱いものだ。
トート森は、村が広く分散し、自治意識が強い。
領内で、有事に自分の村ではなく、領全体のために戦う兵を集めるのは難しい。
ダルガンイストと、対等に交渉できるだけの軍備を用意することができなかった。
これが領主イザベラの悩みだった。
竜と契約し、軍備に回す資金を、大鎧捜索に充てる。
竜の後ろ盾さえあれば、軍事費の一部を、大鎧関連に回しても、まだ余裕でお釣りがくるレベルだ。
そして、このタイミングを、狙ったかのように吉報が入る。
「大変です、大鎧様が現れました」
ミラとケティーが向かってから凡そ30分程度、極めて速いタイミングで伝わった。
ミラとケティーは、15分ほどで、次の詰め所まで到着した。
詰所には、ちょうど動ける馬があったため、この時間で、連絡が伝わった。
「おお、予定通りじゃの」 迷宮の竜の使いが言う。
「それが、鎧だけで、大鎧様が見あたりません」
※ミラがそのように報告したため
「すぐに見に参ろう」
「それが良いでしょう。すぐに支度を。
馬車の用意を。オーテル神殿跡地に向かいます」
そう言いつつ、すぐに準備に取り掛かるが、竜の遣いは準備不要。
「妾は先に行っておる」
そう言い残して出て行く。
馬車の準備をこれからするのに、徒歩で行こうとはどういうことかと思いつつもイザベラは自分の準備を進める。
…………
…………
竜の遣いは、人間とは思えない速度で進む。
今までこのような速さで移動する姿を見せたことが無かったが、これが、この者の急ぎ足程度の速度だった。
整備された道でも、馬車並みの速度で移動する。整備されていない道でも、獣並みの速度で移動できる。
竜の遣いは、屋敷と神殿跡地の中間あたりで、異様な気配に気付く。
「おお! これじゃ、これじゃ!」
間違いない、一番大きな竜が現れた!
竜の遣いはそう思う。
"大鎧"と"一番大きな竜"は、同じ者の異なる姿。
森の人間たちは大鎧と呼び、竜の遣いは一番大きな竜と呼ぶ。
オーテル神殿跡地に着いて、すぐに見る。
姿は見えないが、気配があり鎧が浮いている。
間違いなく、一番大きな竜が来ている。
外の世界から来る者は、この世界の者が見つけてあげなければ、姿を現すことができない。
だが、予定外なのは、これだけの人間が居ても姿を見せていないところだ。
一番大きな竜は、はじめに人間の妻を探す。
これだけ人間の若い女が居れば、一番大きな竜を引っ張り出せる者が居るだろうと思っていたのだ。
石を使わなければ、出てこられないのかもしれない。
この竜の遣いは、この日のために用意した石を持っている。
なので、困りはしない。予想外だっただけだ。
とりあえず、人間の女達は十分に役に立った。
竜の遣いが来るまで、一番大きな竜を留めることに成功したのだ。
一番大きな竜は、まだ人間の小娘たちが踊るのを見ているようだ。
余程気に入っているのだろう。そうであれば、この竜の遣いの野望を果たせる日も近い。
「このような方法で足止めするとは! やるではないか!」
竜の遣いは、大変喜んでいた。
少し遅れて領主が到着する。
「使者殿はもう到着しているのですか?」
すぐに馬車で出たので途中で追いつくものと思っていたのだ。
領主イザベラがオーテル神殿跡地に来ると、既に竜の遣いは到着していた。
そして、世話役や、付近の住民が遠巻きに神殿を覗いていた。
「領主様がいらした」
神殿跡地の警備が気付く。
「大鎧様は?」
「いらっしゃいます。女達が、踊りで出迎えております」
「踊りで出迎えですか?」
トート森現領主イザベラは、竜の遣いと約束した本人だ。
イザベラは現実主義者であり、元々竜には興味が無かった。見てみたいとも思わなかった。
そのため大鎧の召喚に対しては、方針としては積極的に協力という立場をとりつつも、実際にはほとんど計画に関わらなかった。
実際に現れたとき、どうするという具体的な話には詳しくなかった。
それにしても、報告は受けるわけだが、踊りというのは初めて聞いた。
「でかした! お主の手配した女ども、なかなかやりおるではないか!!」
珍しく褒められた。これにはイザベラも驚いた。
イザベラが指示したわけでは無いが、見事に竜の遣いに、価値を認めさせることができたのだ。
これは大きな成果だった。