23-1.はじまり
”加齢臭と転移する竜”本編
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から「横浜編」の一部23~26章(50万文字程度)を分離したものです。
本編をそのまま切り出しただけである都合、異世界側の話も少し混ざっていますが、適当に読み飛ばしてください。
いきなり、おっさんが”遥か昔にちょっと仲が良かっただけの女の子”の死を悲しむシーンから始まりますが、だいたいそういうのはフラグで、本当に”遥か昔にちょっと仲が良かっただけの女の子”なわけはなく、割とありがちな……いえ、そうでもないかもしれません。
初めは少々暗い場面が多いですが、より良い歴史を作り出すために頑張る話なので、後の方は、まあまあ明るい話になっていると思います。
主人公とヒロインさんが共に1971年生まれの人なのですが、その年前後の僅かな人しか経験しない問題があり、そのあたり、当時の状況を知らないとわかりにくい部分があるかもしれません。
十分すぎるくらい説明が入っています。ただ、その時代を見てないとわかりにくい部分はあるかもしれません。
想像力で補ってください!
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はじまり
”富士の樹海より、もっと良い森がありますよ”
これが、はじめて聞いた声だった。
思えば、最初から終活サポートだった。
普通そうじゃ無いだろ、とは思う。
だが、俺は感謝している。
希望もなく生きていた俺に、生きる意味と死ぬ意味ができたのだから。
…………
…………
俺には高校の時、ちょっと仲の良かった子が居た。
その子は高校卒業後、短大へ進学し、数年で結婚してしまった。
最後に会ったのは、30歳のとき。高校の友達の結婚式の二次会だった。
そこで聞いた”またあとで”が最後の言葉だった。
その後のことは、俺は何も知らなかった。
俺とは全くかかわりのない世界で幸せに暮らしていると思っていた。
実際には、あのあと、何年もしないうちに離婚していたらしい。
生活は楽ではなく、自殺してしまった。娘さんの方が、先に亡くなっていたようだ。
俺がそれを知ったのは、葬儀が終わった後だった。
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「仲良かったから、知らせておこうと思って」
仲が良かった?
本当に、仲が良かったなら、頼ってくれれば良かったのに。
俺は仲良くなりたかった。何歳になろうとも……
「俺は……仲良くなりたかった」
「洋子が素直になれたら、こんなことにならなかったのに……」
素直に? 何かあったのだろうか?
こんなことになる前に、頼ってくれれば……今更そんなことを考えても何の意味も無い。
それに、言う相手を間違っている。
杉は、わざわざ連絡をくれたのだ。
感謝するならともかく、恨み言を言っても始まらない。
言うならお礼だ。
亡くなったという連絡をもらえただけマシだと考えないといけない。
「連絡ありがとう。じゃあ、弔問の日」
高校の時、小泉さんと仲の良かった杉……高杉さんからの電話だった。
弔問に行くので、一緒にと言うお誘いだった。
この電話まで知らなかった。
亡くなったことはもちろん、ずっと前に離婚していたことさえ。
こんなことになるのなら、俺が支えてあげたかった。
もちろん、どんなに苦しくても、俺に頼ってきたりはしない。
俺と小泉さんは、その程度の関係だった。
高校生の一時期、少し仲が良かったというだけだ。
俺にとっては特別な存在だったが、俺が勝手に、一方的にずっと長い間、好意を持っていただけだ。
だが、こんな結果になるなら、匿名でも支えてあげたかった。
人生というのはうまく行かないものだ。
それは、今までも散々実感していたが、改めて思う。
弔問の前に、待ち合わせた”杉”は、見た目が変わりすぎてて、話しかけられるまで気付かなかった。
それだけ時間が流れたのだ。
小泉さんの、お父さんの言った言葉が忘れられない。
「洋子は生前、栫井君とマンガの貸し借りで喧嘩したことを悔やんでいた」
喧嘩なんてしていない。
でも、わざわざお父さんが、覚えているほど悔やんでたのか……
それを聞くと、ますます後悔の念が強くなる。
マンガの貸し借りはしていた。
高校卒業に近い頃、最後にマンガを返してもらったとき、メモが貼ってあった。
だが、俺は気付かずチャンスを逃してしまった。
俺がそのメモを読んだのは、ずいぶん後のことだった。
あのとき、あのメモに俺が気付いていたら、違う結果になったかもしれない。
小泉さんとは、30歳の時、友達の結婚式の二次会で少し話した。
あのとき”またあとで”と言ったのが、俺にとって彼女の最後の言葉になった。
あの”またあとで”は、俺の心に突き刺さって呪いになった。
俺はあのマンガのメモ書きと、”またあとで”が呪いになって前に進めなくなった。
そして、その呪いをかけた相手はもう居ない。
これじゃ俺も浮かばれない。
俺の人生は、あの”またあとで”で止まってしまった。
あれから俺は前に進むことを諦めた。
あのあとの俺は人生消化試合だった。
”来世に期待”とか、冗談じゃ無く本気でそんな感じだ。
俺は、小泉さんの、力になりたかった。
俺が前に進めなかった分、せめて小泉さんが、前に進んでくれればと思っていた。
単なる、逃げでしか無いが、ささやかな心の支えだった。
その支えさえも、俺は失ってしまった。
俺はもう、生きている必要を感じない。
親を見送るという、俺が自分自身に課した最低限のノルマは果たした。
だから、俺はもう生きることを、止めてしまっても構わない。
俺が望むわけではないのに、ただ、俺の意思を無視して心臓が動き続ける。
それだけだった。
そこに、この追い討ちだ。
俺はもう、心底疲れてしまった。
俺の大事な人が、不幸になって死んでしまった。
幸せになっているものだと思っていたのに……だから連絡もできなかったのに。
俺はもう生きて行く気力が無い。
幸い連休と重なったから、若干の時間的猶予が生まれたが、
ゴールデンウィークが終わったとき、俺は社会復帰できるのだろうか?
俺は、ずいぶん前から、生きていたいとは思っていないのに……
明日、明後日にでも、心臓が止まってくれれば良いのに。
そう思う。
まあ、勝手に止まることは無いだろう。
俺の家系は短命だと思う。
それでも、恐らくはあと20年くらいは、勝手に止まったりしないのだろう。
止まっても、蘇生されてしまったり。
もはや心臓が自然に止まる日を待つ気力も無くなった。
富士の樹海にでも行こうか……あそこなら、まだこの季節でも凍死しそうだ。
だが、あそこには東京で死ねと書いてある。
※看板のラクガキで、東京で死ねと書かれていた
俺は、樹海にも歓迎されない。
「富士の樹海もダメか」
独り呟く。
そのとき、突然声が聞こえた。
『富士の樹海より、もっと良い森がありますよ』
誰かがさらっと、俺の独り言に反応した。
「は? 誰だ?」
声に出てしまった。
ここは俺の部屋。弔問の後、ほとんど部屋に籠りきり。
見回すが、当然誰も居ない。
誰もいないのに声がした。見えない誰か?
バカバカしいとは思いつつも、もう一度聞いてみる。
「もっと良い森?」
なんとなく、返事を期待してしまう。
『はい。富士の樹海より、もっと良い森がありますよ』
おお! 返事が返って来た。
樹海より良い森。甘美な響きだ。死神か何かだろうか?
…………
”富士の樹海よりも、もっと良い森がありますよ”
これが、はじめて聞いた声だった。
思えば、はじめから終活サポートだった。
そのとき俺は、状況よりも、話の内容に興味を持った。
なんとなく、死神みたいなものではないかと思った。
何故か安心できた。
なんとなく、相手がどんな存在なのか、気付いていたのかもしれない。
その声の主は言った。
『その森に行くと、あなたは、死にそうになります』
期待していたのに、たちまちテンション下がる。
”死にそうになる” つまり、死なないのだ。
俺は苦しまずに死にたいのだ。苦しんで生き残るんじゃメリットが無い。
「死にそうになるだけは困るな」そう答える。
『あなたは生きることを選びます』
「そうだな。俺は死ぬ根性無いからな」
それに対する答えは、意外なものだった。
『そして、その命はもっと大事なことに使います』
「大事なこと?」
雲行が怪しくなってきた。
俺は、死神が来てくれたと期待したのに、コイツは死神ではない感じだ。
遂には、こんなことを言いだす。
『たくさんの竜と人が幸せになります』
「うぇ?」
いきなり”竜”とか言い出したので、なんだ、そっちかよ!!と心の中で突っ込みを入れる。
なんだか、死にたいと思っていたことがバカバカしく感じてきた。
相変わらず、生きて行くための希望は無いが。
突拍子もないことを言われて、冷静になってしまった。
俺は自分で良くわかっている。俺はダメ人間だ。
ダメ人間は、せっかく死神を呼び出しても、簡単に安らかに死なせてくれるような、優しい死神を呼び出すことができないのだ。