97話 築城
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「それはならん」
義清の言葉に村長はなおも食い下がる。
「せめて普請役続けさせていただくだけでも」
「ならんと言うに。手は足りておる」
「荷運びに雑務、工夫なんでもやりますので」
「ならんと言ったらならん。お主ら村人を送り返すにも人手がいるのだ。何度も往復はせん」
「ですから、そのまま籠城する、お籠り勢に加えていただければ‥‥」
「だから、それをならんと言うておる。兵糧を無限に溜め込めるわけもないのだ。お主らにやる飯がない。おとなしく帰れ」
「‥‥‥‥」
「敵方に寝返ったお主らの立場はわかる。ワシらが敗ければお主らも巻き添えを食うのだからな。しかし心配無用、必ず勝つ。だから大人しく村に返ってくれ」
「決してそのようなことは!!私達は大殿様をお慕いして‥‥」
「その気持だけで十分。さあ、もういいだろう」
村長は納得できないまま一礼すると部屋を退出した。
村長と入れ違いにエカテリーナが入って来ると義清に言った。
「午後にアルタの村の村長が面会したいそうですよ」
「またか!!一体全体一日に何度村長と会って何度同じ話をすればよいのだ!!」
義清は椅子から立ち上がると仮普請した小屋の窓から外を見ながら思わずため息を漏らした。
「午前中だけで四人の各村の村長が来ていますから、午後には倍に増えそうですわね」
「冗談ではない!!面会希望時間前の朝の築城普請視察の段階で、三人も村長が寄って来たのだぞ。日に十も二十も同じ話をするこっちの身にもなってみよ」
「そもそも築城指南役にボア族を混ぜた大殿のミスですわ」
義清はがっくりと肩を落として尚も窓の外を見た。
窓の外には資材がいくつか積まれ、その向こうを工夫が忙しそうに走り回っている。
その奥には深い堀が今まさに工夫達の手で掘られている最中だった。そして堀の奥には立派な日本式の城が完成間近の状態でそびえ立っている。
(そんな今さら考えても仕方のないことを言われても、どうしようもないわい)
義清はエカテリーナに言っても仕方のない事を胸の中に締まって文句をたれた。
義清がこの地に来て随分と時が経った。
当初義清達は大森林に侵入してくるラビンス王国の軍勢を、本拠地の城で迎え撃つつもりでいた。
しかし、ラビンス王国は待てど暮せどやってこない。その間にも義清達はラビンス王国の入植村を次々とその傘下に入れていた。ラビンス王国の侵攻近しと考えていた義清は傘下に入れる入植村の数は限定的なものになると考えていたが、予想は外れた。
義清たちが予想したよりラビンス王国の動きはずっと鈍く、一向に大森林へ向けて軍勢を動かす気配がない。そうする内にラビンス王国よりも納税が安く済む国が東から来ているという噂が入植村の間で走り回った。噂には様々な尾ひれが付き、ついには入植村から直接大禍国の傘下に入りたいという申し出が殺到するようになった。申し出がある度に大禍国の兵力は少しづつ村監視や駐屯の為に西へ移動していった。その兵力があるラインまで達した時、ついには本城との中継地点を設けなくては補給が追いつかなくなってしまった。
こうして義清は本拠地以外に大規模な築城を行うことを決断する。
全ての入植村をカバー出来るわけではないが、ある程度の村は新城と本拠地の間に入れる事ができた。
築城には当然人手が必要なので近隣の村々から人手を募った。普請役に着く人間には築城中は食べ物と寝床が提供され日当も出る。収穫期も終わり、入植村よりよほど待遇が良いということでかなりの人手が集めることに成功した。
問題は築城する人夫を管理、監督する築城指南役の占める割合の多くをボア族が担った事だ。
ボア族は元来独立意識が強い。彼らはあくまで自分達の利益が、義清の下にいることで最大になるからそうしているに過ぎない。
その為彼らは事あるごとに義清に自分達の権利を守るように迫る。組合とは名ばかりの武装集団をいくつも作り、交渉に応じないとあればストライキや打ち壊しに走る。
これらの問題を収めるのが義清自らが指揮し養っている集団である黒母衣衆だ。同じボア族でも義清かラインハルトの、どちらを自らの養い手とするかで所属する集団が異なるのだ。この点はヴァラヴォルフ族でも同様だ。かれらはゼノビアか義清かを選択する。
そのボア族が築城指南役を務めるとどうなるか。かれらは村人に権利の何たるかを吹き込むのだ。
彼らは主に仕えるということは、決して盲目的に主の言に従うだけが仕えると言うことではないという。自分達がいるからこそ大禍国は国としての体を保てるのだ。自分達がいるからこそ大禍国は戦争も辞さぬ態度で他国に望めるのだ。自分達がいるからこそ義清は枕を高くして眠れるのだ。常に自分がどうかをまず一番に考える。
彼らの考えはこうだ。執政者は放っておけば配下を支配しそこから甘い汁を吸おうとするに決まっている。人々に不当に重い税をかけ、私腹を肥やし人々に還元されることはない。納税者が死のうがどうでもいい。
そうさせないために拒否する時は断固拒否する。拒否する為には武装し徒党を組むのが大事だ。
なぜやられてからやり返さなければならない。執政者は事あるごとに法を作り民から貪りとる。ならば我らの方が先に動けば良いのだ。
領主が何かしたらそれを法に照らし合わせてつけ込むスキをうかがえ。そのためには勉学に励め。養いもできないのに子を多く生むな。労働力が居なくなる?労働力に見合ってない税をかける領主に問題があるのだ。それ問題ができたぞ、領主を突き上げろ。来年からの税を安くするのだ。
領主に抗議している間の生産は落ちたぞ。この落とし前どうしてくれる。それまた問題が起きた。領主に金をたかれ。奴らの金は元は俺達の金だ遠慮するな。
こういった具合にボア族の要求を聞き続ければキリが無くなってしまうので、適当なところで収めてしまわなければならない。それには交渉するのが一番早い。
ボア族も最初から全ての要求が通るとは思っていない。ボア族も要求を通すために義清に交渉の場に出て来てほしいために大騒ぎしているのだ。こうして彼らの権利闘争は交渉のテーブルに舞台を移す事が出来るのだ。
いわば彼らは交渉の場を作るために武装し大騒ぎするのだ。そして時々自分達が空騒ぎでは終わらないことを、怒らせるとどうなるかを忘れさせないために打ち壊しに走るのだ。
この話に村人は目を輝かせながら聞き入る。
自分達がいたラビンス王国では考えられらに話だ。自分達はそういう事が出来ないから住んでいた村から無理やり連れ出されこの大森林で入植村を営なんでいるのだ。
しかも大禍国では何人も武装する権利を有する。今は村人全員まで行き渡る程の武器が流通していないが需要はあるのだ。いずれは大規模な市場が出来あがり流通するだろう。
そうして村人たちは無知故にこんな話で簡単に未来を信じてしまう。そして自分達の未来を守ってくれる大禍国に勝ってもらいたい一身で、籠城に自分達も参加したいと思うようになるのだ。
ここで義清にとって止めの一言をボア族は村人に吹き込む。大殿に直談判しろと。村長が何人も代わる代わる来て頼み込めば大殿も心変わりするかも知れない。面会を拒否するならそれこそ権利侵害で築城をストライキしてしまえ。
(どうせ、こんなところだろう)
義清は窓の外で進む築城を見ながら、酔っ払いながら大得意になって村人に権利の何たるかを説くボア族の姿を想像した。
窓の外では村人に混じってスケルトンも作業に加わっている。ボア族とヴェアヴォルフ族が図面を見ながらそれらを指揮していた。図面は半透明で持ち手が図面を縦にすると立体的に完成図が浮かび上がった。それと現状を見比べて築城指南役が指示を飛ばしている。
それを遠巻きに見ているのはガシャ髑髏だ。鎧を着て抜身の大刀を持ち四、五人で一塊になって警備の任に付いている。
(案外早くに馴染んだものだ)
窓の外の風景に義清は思わず笑み浮かべる。
村人は大禍国の傘下に入った当初は亜人全般を警戒していた。しかし築城が始まると否が応でも亜人が隣にいることになる。そして人間と亜人が一緒に生活してみると案外それほど変わらないいうことがわかった。寝食を共にし労働も一緒に行う。今では文化は違えど良き隣人として一緒にいる。
「午後から各村の村長を集めよう。一度に説明してわかってもらおう。村人の滞在は築城まで。その後は各村に送り届ける」
義清は窓からエカテリーナの方へ振り返って言った。
「おやまあ、何だか先程よりやる気が出ておりますわね」
「皆が頑張っておるのだ。ワシも努めに励まねばの」
「フフフ、そうですわね」
エカテリーナも窓の外を見て言った。
ここで部屋がノックされ使いの者が入ってきた。曰く盗賊ギルドが密かに会いたいそうだ
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