1話 仲間の覚悟
執筆中に聞いていた音楽です。
よければ読んでいる時にどうぞ
https://www.youtube.com/watch?v=rg7DcX3V3o8
ラインハルトは、隠し持っていたとっておきの酒を特大の盃になみなみと注ぐと、一気に喉を鳴らしながら美味そうに飲み干した。
ぶひぃ~と一息つきながら盃を降ろそうとしたが、部屋に入ってくる義清とエカテリーナの姿を目の端に捉え、ニヤリと笑いながら大声で叫んだ。
「義清様とエカテリーナのお出ましだ!!」
居並ぶ家臣がその大声に呼応し、皆一斉に義清とエカテリーナへと視線を向けた。
しかし、その視線は次の瞬間、勢いよく開いた隣の扉へとすぐに移った。
「待った待ったその突撃ちょっと待ったあー」
魔女帽子に黒いローブという分かり易い出で立ちの女魔術師ベアトリスが、扉の勢い以上に声を張り上げて言った。
「戦士が命をかけるのに、、無粋な真似はしたくないが、この古代魔術に精通するベアトリス様に、 しーばし、お時間頂戴」
歌舞伎よろしく声を張り上げて言ったベアトリスだったが、皆がポカンとこちらを見ているのに気づくと咳払いをしてから言った。
「驚くのも無理はない。私がここに‥‥‥」
「誰もお前の言ってることに驚いてなどおらん」
ベアトリスの言葉を遮った声の主ラインハルトは、先程飲み干した酒の残りと言わんばかりにゲップ混じりの息を大きく吐くと、こちらも大声で叫んだ。
「これから義清様が皆に掛けてくれるであろうお言葉を、しゃしゃり出てきたお前が遮ったもんだから呆れ返っているだけだ」
勢いよく立ち上がりながら鼻を鳴らし、ラインハルトがベアトリスに食ってかかった。
「えっと、イノシシのように猪突猛進で良いというものではないと思います。ラインハルトさん!!」
「悪意がなければ何を言っても許されると思うなよ ベアトリス!!」
ラインハルトが鎌倉武士のような、戦国時代の洗練された鎧のとは違う、重そうな鎧をガチャガチャと音を立てて地団駄を踏みながら憤慨した。さらにその後ろで、ラインハルトと揃いの鎧を着たボア族が「プギャーブギャビー」と鼻を鳴らし、一緒になって怒っている。
尻尾の先から頭の先までどう見てもイノシシだが、器用に二本足で立ち、これまた器用に槍や斧を扱うラインハルトらボア族。彼らが一番嫌うのは、自分たちとは明確に違う、言葉を解さないイノシシと自分達ボア族を同一視されることだ。
「うるさいよっ!!時と場をわきまえな!!義清様の御前だよ」
甲高いがドスの利いた女性の声に、その場がシンと静まり返った。
ラインハルトらボア族の後ろに、やや間をおいて座っているヴァラヴォルフ族の長・ゼノビアが、広間の全員から視線を注がれることを気にも留めず言い放ったのだ。
全身をグレーがかった毛で覆われ、尻尾と首から足の付根にかけては豊かな銀色の毛で覆われた、その美しい毛並みの狼が二足で歩くような、どこか神々しさを感じさせる種族、ヴァラヴォルフ族。
しかし、その長はその種族本来の見た目とは少し違っていた。
吹けば靡くような豊かな赤毛を頭から肩まで流し、その毛髪から覗くのは同族と同じ獣耳だ。しかし、同族にはない筋模様の角も生えており、その角は毛皮から出ると一旦円を描いて天に伸び、その先は鋭利に尖っている。おまけに尻尾は黒く、ところどころ混じる銀色の毛が、より一層艶やかな黒を引き立てている。
そして、同族は軽装の鎧を着ているのに対し、ゼノビアだけは所謂ビキニアーマーを着ており、その豊かな胸と局部のみを覆っている。
ゼノビアはこの世界で謂う所の「混ざりもの」であった。
狼と悪魔が混じったようなその姿は、母と父がそれぞれヴァラヴォルフ族とデーモンであるからだ。
混ざりものはその種族内で、ハミ出しモノや嫌われモノとなるのが通例だが、彼女を混ざりものと呼ぶ者はいない。その理由は単純なもので、そう呼んだ者すべてを彼女は葬ってきており、結果、現在のヴァラヴォルフ族の長という地位を手に入れたのだ。
「眼前に敵が迫り、1つ部屋を跨げば兵たちが必死に我らの為と最後の宴の時を稼いでいる。
これより我ら一同、主に真の忠義を尽くす為に討って出て、
股肱の臣とならんとしておるところに水を差すんじゃないよ」
ゼノビアが手に持つ盃を酒が入っているのも構わずブン投げようとしたところで、義清の制止の声が入った。
「それまでだ、ゼノビアよ。お前の言わんとしている事はもっともだが
ここはワシに免じて許してやってくれ」
義清の声でゼノビアは振り上げた盃を降ろすと、目礼して酒を盃に注ぎ始めた。
義清が家臣一同を見回して言った。
「無念の限りではあるが、我らが敗けたのは事実だ。敵は、こちらが本丸で最後の時と覚悟しているのを知って討ち入って来ないのだろう」
この宴に彼奴らが混じれば、入ってきた順に酒の肴になりますからなとラインハルトが言い、広間の全員が一斉に笑った。
義清も笑ったあとに続けた。
「王都からの本領安堵を貰い、領内の鉱山より銀も出て、そのお陰で領地整備にも手をいれられ、やっとの思いで我らの安住の地を創ろうとした矢先にこれだ。思えば初期から苦楽を共にした面々には最後の最後まで辛い思いをさせてしまって申し訳なく思う」
義清は自分の横に立つエカテリーナ、広間に座るラインハルト、ゼノビアへと視線を移しながら静かに言った。
「ゼノビアの言う通り、今この時も兵たちは各々打って出る者、撃ち合っている者がおるが、その者達の思いは只1つ、我らに時をくれてやることだ。この場に居る皆もこれより打って出るが、最後まで決して生を諦めんでほしい。万に一つ突破口を見つけたときは‥‥‥」
と、ここまで言って義清は思わず黙った。
「義清様だけでも逃れられんのかのう」
ラインハルトが涙声混じりにポツリと呟いた。
「生き場所がないのさ。ちくしょうめ」
そう言うとゼノビアは、今度は止めてくれるなと言わんばかりに盃を放った。
ゼノビアの言う通りだった。城を囲んでいる貴族連合がこんな小さな領地に大軍で攻め込んで来たのは、この地で銀が出始めたからだ。王都から遠く、モンスターである彼らになど権利などあろうはずがない、として貴族達は王に銀を献上する事を建前に、銀が出るこの地を我が物にせんと軍を発したのだ。
モンスターが討伐されれば銀を手に出来、貴族が敗れればそれを理由にその領地に干渉する。
勝った者に褒美をやれば良く、自分は自発的に命令を出していない王にとってはどう転んでも都合が良かった。
例え城から落ち延びても、新たにこの地に来る貴族に追い回され、いずれ殺されるのは目に見えている。
だから義清の兵は誰一人逃げ出さず、ここで死に場所を得なければ惨めに殺されるだけと覚悟を決め、誇り高き死を選んだのだ。
義清が涙を流すラインハルトに近づいて言った。
「ラインハルトよ、彼奴らの開戦の文言にあったではないか。曰くモンスターに人権なし。これでお終いだ。今少し城が完成に近ければもっとマシな抵抗ができたのだがな」
義清は涙を浮かべたラインハルトの肩に手をやると、共に逝こうと促した。
ラインハルトはゴシゴシと涙を拭うと、ボア族に向き直り言った。
「ボア族の誇りにかけて、一兵でも多く敵兵を討ち取ろうぞっ」
脇に控えるボア族が一斉に鼻を鳴らして怒号を上げた。
「ボア族に続いてアタシらも出るよ。狙うは雑兵の首にあらず、1つ、貴族連合盟主の首」
ゼノビアもヴァラヴォルフ族を見回すと言い放なった。
目の前で仲間が死んだとしても、種族の特性を生かして隠密に徹し、入城してきた貴族の首だけを奇襲して獲れという、例え奇襲に成功しても、その者には確実に死が訪れる事となる命令だった。こちらは全員が静かに頷くだけだった。
すでに全員討ち死にするのは決まっている。あとはどういう死に様をするかだ。人はモンスターの捕虜は取らない。
最後に義清はベアトリスに向き直ると
「すまんなベアトリス、敵の魔導妨害が激しい。
エカテリーナと協力して出せる最大限の力で魔法を放ち、我らの後に続いてくれ」
そして思い出したようにニコリと笑うと
「先程の待ったと言ったのは、こういう事が全て終わって、打って出るのが間近と思って言ったのであろう」
おっちょこちょいのお前らしいと義清が言うと、緑の瞳に涙を溜めながらベアトリスはブンブンと首を振った。
「まだ、希望はあります。先程古代魔術のスクロールの1つが解読に成功したんです」
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次回更新予定日 2020/2/16
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