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歌で、月に手が届く  作者: がとーしょこら
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早速解散の危機!?

「二つ目です。皆さんの夢はなんですか?」

頭が真っ白になった。今、私はアイドルになって夢が叶っている。皆も今はそのことで次の夢は遥か遠い先の未来を指すものになるはずだ。例えば、夢は大きくドーム公演!なんて言ってしまうと、できたばっかりなのに何もできないお前らが掲げていい夢じゃない、と怒られてしまいそうだ。かと言って、神宮歌を超える、このグループでセンターになる、なんて夢は口に出したくない。アイドルは夢を見せるのに、見せる本人がしょうもない夢を語ってはついてきたくもなくなるだろう。

「じゃあ、清水さんお願いします」

困った顔をした私に配慮して、逆側から聞いてくれる声優さん。二つ目だからなんとかなったものの、これがもし三つ目だったら少し違和感が生じたと思うがそこは不幸中の幸いだった。あかりは何と答えるのだろうか。

「今アイドルになる夢が叶ってるからすぐにはこう!って出てこないんやけど、おうちに帰ったらおなかいっぱいにたこ焼き食べたいです!」

一瞬の沈黙ののち、声優さんが笑って場をとりなしてくれる。

「一番お姉さんなのに子供っぽくて可愛いですね」

照れながらあかりが手で顔を覆う。

「素敵な夢です。是非叶えちゃってください。では立石さんお願いします」

「そらは、アイドルになったらずっとやりたいことがあって、スカイダイビングがしたいんです!」

無邪気な笑顔で空を飛ぶように手を横に大きく広げる。

「あ、じゃあバンジージャンプとかもしたい感じですか?」

「したい!そらすっごく絶叫好きで、なんでもやっちゃいます!でもお化けはやめてください」

キラキラした目で訴えたのち、嫌そうにお化けのことをいうと、会場は微笑ましい雰囲気に包まれた。

「お化けが出てもお兄ちゃんがきっと守ってくれますよ。じゃあ星野さんお願いします」

「えっと私は…、次に行われる握手会で私のところに来てくれる人がいたらいいなって、夢見てます」

行くよー!と声がかかると嬉しそうに微笑んだ。

「アイドルらしい夢ですね!じゃあ塩月さん、お願いします」

「はい」

少し加奈は考えて、マイクを口に近づける。

「私、まだまだなアイドルなんですけど、このメンバーでいつかドームライブをしてみたいです」

その場にいた誰もが、静かな加奈の言葉の中に熱い思いがあるのを感じ取った。体の底から燃え上がる向上心はその微笑みと合わせて、あまりにも美しすぎた。

「これからみんなで頑張っていきましょう!では最後に久保さん、お願いします」

「はい」

考えたことがまとまらなくて一瞬固まる。すぐに持ち直して言葉を紡いだ。



一部が終わり、握手の準備で一旦楽屋へ戻る。

「緊張したー!」

天が椅子に座ると勢いよく炭酸を飲み込む。

「ぷはぁっ。なんかあの雰囲気おかしくなぁい?」

「それは私もうすうす思ってた」

天の言葉に私も共感する。初めてのイベントで、そもそも顔すら公開されてないようなグループに温かい雰囲気なんて生まれるはずがない。ましてや、推すぞ、とか名前を呼んでくれたりとか、いくらなんでも優しすぎる。

「そう?オーディションの時から応援してくれてた人たちなんやない?」

あかりがストローの先を噛みながら言う。

「どういうこと?私たちのことなんて知らないでしょ?」

オーディションの時からなんて、どうやって応援するのか。そもそも様子が見れるわけでもないのに。疑問を口に出すと五人は驚きの顔でこちらを見た。

「え、なに?」

あまりの注目度に恐ろしくなって手で半分顔を隠す。

「あのオーディション生中継されてたよ、ネットで。結果発表は流れてないけど、それ以外の審査の様子とかは全部」

加奈が笑いを堪えながら教えてくれる。

「えぇ!?そうなの!?」

全く知らなかった事実。

「え、でも天も知らなかったんじゃ…」

「知ってたよ、ただネットではそらを応援してくれる人少なかったからなんでそらの時もあんなに声援送ってくれるんだろうって不思議だったの」

そういうことか。結那まで吹き出して笑っている。

「そらが見た感じだと、この六人だったら加奈、ゆいにゃん、まつりん、あかりん、月ちゃん、そらの順番の人気かな」

謎のあだ名がつけられている。というか、私下から二番目なのか。

「まぁでも人気順はこれからの握手会でわかるよ。あと、さっきのイベントも多分生中継だよ。ネット上で少しだけ言ってくれてる人いるから」

加奈がスマホの画面を見せる。まさかそんな、生中継がされているとも知らずのんきにオーディション受けて一部を終わらせていたとは。今までカメラに向けるべき表情とか研究してきた意味がないじゃない。

「すいません、握手の準備できたので準備できた方からお願いします。」

はい、と返事をし、水を飲んでハンドクリームを塗る。握手だって、今まで何度もシュミレーションしてきた。よし、と狭い握手会場へ移動して久保月歌レーンに入る。既に待っている人と目があった。

『これより、第二部、人気争奪戦握手会を行います。』

その言葉でスタッフの案内で一番に並んでくれている人が入ってくる。

「はじめまして、僕オーディション生中継からずっと応援してました!推します!」

「ありがとう~!これからも何回も会えたらいいなぁ」

緊張で手に力が入ったが、それがいい方へ向かったようで、握り返して大好きです、と伝えてくれた。お時間です、と剥がされても手を振り、次の人へ。

「こんにちは、さっきのトークで言ってた夢が叶うようにずっと応援するね」

「本当?ありがとうございます」

「釣って、って言ってわかるかなぁ?」

お時間です、といわれる男性。離れそうになった手をぎゅっと握り、えいっと言ってウインクして見せた。私にめろめろになったようで、スタッフに離される間に好き、と伝えてくれた。

「初めまして、これから応援しようかなって思ってます」

「本当ですか?私が夢見た先にあなたがいてくれたらいいな」

「可愛いからいちゃうかも」

なぜか意外とうまくいっていた。え、イメトレ優秀すぎない?と少し油断したころ、事件は起きた。

「やあ~隣のそらちゃん行けばよかったっす。実物見たらそらちゃんのほうが可愛かった~」

「えぇ、天もかわいいけど私もちょっとは見てほしいな、なんて」

「そういうぶりっ子じゃなくて、そらちゃんの無邪気さがいいんすよ。うわ~しくった」

剥がされるまでもなくレーンから出て行った。なんで愚痴言って帰られなければいけないのか。もちろんまだまだ握手対応なんて研究し続けないといけないが、一番努力してきた可愛さを否定されるのは心にきた。ネガティブな感情が徐々に蓋を開けて出てきて、涙もこぼれそうになる。

「こんにちは、え、え?」

「ううん、来てくれてありがとうございます。ごめんね、ごめんね」

困惑させたあの人はもう今後私の握手に来てくれないだろう。



握手も終盤に差し掛かったころ、客席に戻っていった客に手を振った。私の初握手に来てくれた人は、三百人中七十九人だった。終わってホッとしたのも束の間、突然アナウンスが流れ始めた。

『ただいま、握手会が全て終了いたしました。ここで、皆さんに重大発表がございます』

握手のレーン脇にある壁が片付けられていく中、私たちは動揺していた。重大発表なんて聞いていない。客席に戻っている客も、なんだなんだ、とざわざわしている。一部の時にお世話になった声優さんがまた出てきて、急に仕切りだした。

「さあ皆さんも、今か今かと待ち構えていたであろう、このグループの名前を発表いたします!」

一瞬の静寂ののち、観客が沸いた。その声にも、発表の事実にも驚いて中央に六人が集合し手を握り合う。

「結那、どういうこと?」

「わからないけど、やっと私たちに名前がつくんだよ」

落ち着かない雰囲気の中、声優さんが声を張り上げる。

「その名は…!」

溜めに溜めて、その名を呼ぶ。私たちの名前は_

「 『ワンダー』 」

天が「だっさ」と小さく悪態をつく声が聞こえた。会場の盛り上がりも少しいまいちになったが、それでも私は気に入ってしまったのだ。奇跡、驚き、彷徨う_様々な意味を持っている言葉だ。

「さらにさらに、1stシングル発売決定!フォーメーションも今から発表いたします!」

冷えた会場が、熱くなっていくのを感じた。様々な雄たけびや喜びの声が聞こえてくる。センターになってほしいメンバーの名前が飛び交う。

「では、フォーメーションを発表いたします!今回は前から一人、二人、三人の形です。センターは一人です」

熱が、こもっていく。息が、詰まっていく。

「三列目右から、清水あかり」

「はい!」

あかり推しと思われる人たちの残念そうな声が響く。

「三列目真ん中は、立石天」

「はい」

天自身がいまいちな顔をしながら、あかりの隣に立つ。

「三列目左は、河合茉莉」

「はい」

にこにこしながら天の左に立つ。

「二列目右は、久保月歌」

「はい!」

二列目始まりなんて、素敵だ。あかりと天の間に立ち、お辞儀をする。

「二列目左は、星野結那」

「はい…っ」

結那推しが悔しそうにする声、加奈推しが嬉しくて声援を送るこのごちゃごちゃとした雰囲気の中で。

「センター、塩月加奈!」

歓声に加奈の声がかき消される。こうして大盛況の中、ワンダーの初イベントの幕は閉じた。


楽屋に戻り、着替える。

「加奈、センターおめでとう」

四人で抱き着く。天だけは不服そうに遠くで見つめているだけだった。

「加奈はずるい、なんでこんなにうまくいってるの…っ」

大きな目から大粒の涙が溢れだす。すぐに茉莉が駆け寄って抱きしめてあげていた。大きな胸の中で声をくぐもらせながら泣く天。気まずい雰囲気の中で加奈がため息をつく。

「アイドルになりたくてこの世界に入ったんでしょ、甘いこと言わないで。そんなことで輪を乱されると困るのよ」

重たい雰囲気であまりにも幸先が不安になった。私が一部で描いた夢はここで終わってしまうようだ。どうしてこう、女子というものは調和を大切にできないのだろう。努力してアイドルになって、こんな結末を望んでいたわけじゃない。

「でも今日の握手は天が一番だったじゃない。百二十七人なんてすごいと私は思うよ。最初なんて人気の保証があるわけでもないただのプロデューサーの匙加減だし気にしないの」

茉莉が頭を撫でながら慰めている。

「この状況、どうするの…」

結那が小さく呟いた。


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