アイドルの世界へ!
アイドルでいう一番過酷な時期は、立ち上げ_つまり一期生のみの期間だ。この時期は前代がいないためグループの色や雰囲気を軽く迷走しながらも作り上げていかなければならない。また、新しいグループということで注目度も低く、売れるかどうかという問題以前に誰かに名前を覚えてもらえるかの勝負になる。もちろん、神宮歌47のように何期生も続いていけばそれなりに落ちてくることもあるし、プレッシャーや責任の重さもありしんどくなってくる。そんな一期生にはよほどアイドルになりたい人でも一瞬は躊躇するものだ。
九月の残暑が残る頃、私は一つのビルの中でオーディションを受けていた。先日母に勧められたグループのものだ。神宮歌の時とは全く違う緊張と不安と、謎の自信があった。神宮歌の時は私の顔はせいぜい中の上だったが、今回はきっとトップレベルだと思う。また、今日と明日で二次審査、三次審査、最終審査と行われるが、二次審査が終わった現時点で最終的に残る何人かがプロデューサーの中で絞られている雰囲気だ。一次審査を通ったのが少なかったのか、ただ単純に応募数が少なかったのかはわからないが、神宮歌の時は全国に五か所ほど審査会場を設けた上で都内で500人ほどだったのが、今回はこの会場だけの審査で200人程度だった。
昼食休憩の中、周りは少し緊張が解れた様子で笑顔で話している。それは私も同じで、今日の審査が始まってから前後の番号だった星野結那とずっと話している。
「月歌ちゃんの髪、色素薄くて綺麗ですね。つやつやしているし、サラサラです!」
私のポニーテールを触りながらにこにこしている。結那はまるでどこかのお嬢様の様に言葉遣いが丁寧で、この会場にいる誰より顔が小さい。肌も雪のように白く、肌荒れなんて知らない赤ちゃんのような肌だ。
「結那ちゃんの黒髪の方が綺麗ですよー。大和撫子って感じがします」
「そんな!私なんて全然…」
結那は褒めるとすぐに俯く。本当にお人形のように目がぱっちりしてて睫毛も長く、158㎝(本人情報)と言っているが163㎝の私と腰の位置がさほど変わらないスタイルの良さを持っている。声は心地よい高さでか細い感じが男の人はもちろん、女の人にも受けがよさそうだ。
そんな仲良しなお友達もでき、なんとなく和気藹々としたオーディションとしては珍しい雰囲気ができたとき、プロデューサーの向井が部屋に入ってきた。
「明日、最終審査結果発表後、辞退も含めたメンバーでお披露目会をすることが決定しました。突然で申し訳ないが、そのつもりで」
みんなが困惑で声を出せない中静かに出て行った。
三次審査はダンスで、その場で振付師が踊るダンスを短時間で覚え、披露するという単純な審査だった。スタッフが呼ぶくじ引きか何かで決まったであろうペアで踊る。私と結那はそこでも前後だった。茶髪ボブのクールな子とペアでダンスをしたが、見つめあう部分であまりの目の綺麗さ、まっすぐさに思わず見惚れてしまった。そんなことはあったものの、ダンスは今までの練習や、習い事のバレエを生かしてなんとか形にはできたが、隣で踊る結那はなかなかに酷かった。涙ぐみながら席で嗚咽を漏らす結那の手を握り、結果発表のとき。スタッフが番号を読み上げ、返事をして立つ。私はこの瞬間が一番緊張と不安が混ざり合い、涙が出るほど嫌な瞬間だった。私の番号は24番。早ければ早いほど、自分の番号が飛ばされた時のショックは長く続く。
「20番」
「はい」
近くの番号が呼ばれてハッとする。呼ばれなかったらここで終わりだ。今まで4回のオーディションを受けて二次審査落ちをしてきた。それがようやく今回は三次審査まで行ったのに、落ちるなんて絶対に嫌だ。でも、やばい。やばいの言葉しか頭に浮かんでこなかった。
「23番」
「はい」
涙に濡れ上ずった結那の声。そう、結那。バッと立ち上がった結那を見ると安堵の表情がわかりやすくでていた。隣を呼ばれて、もう無理だと思ったとき。
「24番」
「はい」
反射的に返事をし、立ち上がる。まばらな拍手が聞こえながら意識をゆっくりと取り戻していた。
_受かった。最終審査にまで、行けるんだ。
そう気づいた途端、今までにないほどの鳥肌が立ち、熱い何かが体の中で弾けた。重く苦しい喉につっかえていた鉛が、ゆっくり溶けて涙に変わっていく。気を抜いたら倒れそうで、ぎゅっと服の裾を掴んだ。
そして最終審査のカメラテスト、フォーメーションダンスが終わった。終わったグループから帰る決まりになっているので夢心地に足がふわふわしながらホテルへ向かう。
「…あ、お母さん」
「来ちゃった。つきちゃん、今帰っているっていうことは最終審査まで残ってるっていうことよね?」
信じられない、という顔で目に涙が溜まっていく母。
「そうだよ。あと少しで、夢に手が届きそう」
からっぽの手を空へ掲げ、月にかざす。今日は、満月だ。
「…そう。じゃあ、明日応援しているからね。」
目の涙を拭って母は駅の方へ歩き出す。私は、逆の方向のホテルへ歩き出す。
_明日、明日がくれば私の人生の歯車はきっと回りだす。
翌日午前七時。最終審査受験者は、昨日の会場に集まっていた。ぎゅうぎゅうだった会議室も、足を伸ばせるくらいに余裕を持って座れるようになっている。それが、今までの努力が少し目に見えた瞬間だと思った。今、私はここまで勝ち抜いてきている。その事実がどうしようもなく嬉しい。
プロデューサーの向井が中央へ立つ。
「今回、一次審査を含め、約五千人もの応募がありました。その中から一次審査の書類選考で二百五十人まで絞り、二次審査では百人まで、そして今ここには三十五名いらっしゃいます。その中で、今回設立するグループのメンバー数は五千人の約千分の一、六人に決定いたしました。」
一瞬で空気が「は?」とでも言いたいように張り詰める。私もそうだった。昨日の夢心地が嘘のように、もう無理だ、という気持ちでいっぱいになる。二次審査からずっと、ずっと張り詰めていた気持ちが不安と心配と緊張でぐちゃぐちゃになり、泣き虫な自分になりそうだった。
「では、発表していきますので呼ばれた方は返事をし、前へお願いします」
力のない返事がスカスカの部屋に響く。三十五分の、六。なんて微妙な数字だ。もう、お母さんにどんな顔して会えばいいのかわからない。あんなに嬉しそうにしてくれた昨夜。最終審査落ちなんて、笑えない。
「五番、清水あかり」
「~っ、はい!」
勢いよく立ち上がって前へ出たのは、黒髪で緩く巻いたおさげの子。顔立ちは幼く、目がぱっちりしていて肌は軽く焼けているがそれでも白い。顔も小さい方で、右分けの前髪は幼さの中に若干のお姉さんぽさをもたらしている。笑顔が可愛く、くしゃっと笑うその顔には人を引き付ける何かがあった。王道アイドル、という雰囲気だ。
「十三番、河合茉莉」
「はい」
この子はどちらかというと美人な子だった。面長(小顔だがシュッとしている)で、ストレートの艶のある黒髪。白い肌に垂れ目、赤リップがよく似合う優しそうなお姉さん。さらにお姉さん感を増しているのが、Tシャツの柄が若干横に伸びるほどの胸だった。女の私でも釘付けになってしまった。喜びで潤んだ瞳がとても、綺麗だ。
「二十三番、星野結那」
「っ、はい」
まさか呼ばれると思っていなかったのであろう結那が驚きながら席を立ち、椅子を倒す。すみません、すみません、と謝りながら前へ出て行った。ぽっかり空いた隣の席が寂しかった。昨日はおろしていたが、今日はしっとりと揺れるななめくくりの黒髪がよく似合っている。ピンクのリップで、ぱっちりとした目、見ればわかる圧倒的美少女だ。スタイルもいいなんて羨ましい。アイドルとしての才能が溢れている彼女を応援したい気持ちでいっぱいだった。
「二十四番、久保月歌」
「はいっ?」
疑問形にしながらとりあえず席を立つ。私、アイドルになります!というファンファーレが鳴り響く。結那の隣に立ってぎゅっと口の端を結んだ。
「三十二番、塩月加奈」
「はい」
颯爽と歩いてきたのは、茶髪ボブのクールな子。三次審査でペアを組みダンスをしたあの子。目があったとき、透き通った茶色の目を綺麗だと思った、あの子だった。私と目が合い薄く微笑んでくれた。あまりに美しくて、地上に舞い降りた女神かなにかかと錯覚した。そして、隣に来たとき、シャンプーと石鹸のうまく調和した香りがあまりに心地よくて、大きく鼻から息を吸った。
「三十五番、立石天」
「はい」
黒と茶色の比率があまりに素晴らしすぎる髪色。薄い唇に、目が合うとくすぐったそうに笑う妹のような子。ちらっとのぞく八重歯がプラスに働く可愛い子だ。見た感じ155㎝くらいだろうか、かなり小柄で猫目でいたずらっぽい雰囲気。ハーフツインをしている。
「以上六名がグループのメンバー。ここにお集まりいただいたみなさん、今回はだめだったかもしれないけれど、これから先いくらでも夢は掴めますので応援しております。では、メンバーはこちらへ」
はい、と六人の声が重なったときになぜか鳥肌が立った。
_憧れのアイドルへの世界へ、今私は歩き出したんだ。
希望、不安、期待、緊張、喜び、嬉しさ。いつもはぐちゃぐちゃになると胸が痛いが、今日ばかりはむしろ気持ちよかった。




