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歌で、月に手が届く  作者: がとーしょこら
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序章

「みんな、今日は本当にありがとうございました…!」

一面に広がる、赤、黄、青、緑、白のサイリウム。会場のどこを見ても圧巻で、綺麗で。体の奥から熱い思いが込み上げて、堪えきれなくなる。涙で滲んだ景色から目をそらしたくなくて、会場の奥にも届くように何度もありがとう、と手を振った。舞台袖に入っても瞼の裏に焼き付いて、離れない。

「みんな、夢が叶ったよ…っ」

暗い舞台袖の中で、私たち五人は抱き合った。



六年前。私はあるオーディションを受けに来ていた。大人気の大人数グループの七期生オーディションだ。緊張の面持ちで、ちらほらと可愛い女の子たちが入っていく大きなビルへ、足を踏み入れる。

「す、涼しい~っ」

八月の都内はまるで自分がフライパンの上にいるかのような暑さで、ビルの中に入った途端、そんな感嘆の声が漏れた。変な目で近くの子が見てきたが、蕩けそうになりながら会場へと歩みを進める。エレベーターで九階へ上り、降りた先はすぐに会場だった。受験番号通りの席へ座り、落ち着かない気持ちのまま深呼吸をする。流石、顔面偏差値が業界でナンバーワンのグループといわれる神宮歌(じんぐうか)47だ。周りにいる子は皆、小顔なのになぜそんなサイズの目がつくのか、というくらい整った可愛い子ばかりでただでさえ少ない自信が無くなっていく。

「それでは、全員集まりましたのでオーディションを始めたいと思います。」

集合時間きっかりにグループのプロデューサーが入ってきて、オーディションの方法を説明する。今回は一次審査で通った人しか参加できない二次審査であり、歌唱と自己アピールをすることになっている。一グループ五人ずつ入っていき、審査結果は後日知らされることになっている。つまり終わった人から解散だ。

「あまり緊張せず、自分の力をしっかりと出し切ってください。」

はい、と全員の上ずった声が重なる。ついに、始まってしまった。

私の番号は、78番。回ってくるまでまだかなりの時間がある。こうして待っているときの方が緊張するのだ。自己アピールで言う言葉を頭の中で復唱する。

(私の特技は、弓道です、実際に弓を引くまでの工程をやりながら、もう一つの特技である夏目漱石の『こころ』という作品の冒頭部分を言いたいと思います。で、えっと…言い終わったらありがとうございましたって言ってにっこりして座る。冒頭部分ちゃんと言えるか確認しないと)

不安に駆られながらずっと頭の中で唱え続ける。やっぱり読み上げるのは無理があったかな、と負けそうな気持ちになりながらなんとか思い出す。歌唱では自分で歌う曲を決めるので、神宮歌の表題曲を歌うことに決めていた。歌詞を間違えないように大切に歌うんだ。私は人から見て感動させられるほど歌がうまくないから、態度で一生懸命さを魅せるしかない。

意外と審査が進むのは早くて、いつの間にかもう40番まで来ていた。3列前の椅子が全て空く。と、同時に緊張で頭が真っ白になり焦り始めた。やばい、やばい、やばい、やばい。頭がぼーっとしてきて目の前が滲む。そう、私はとても緊張しいなのだ。緊張しいで焦りやすく、心配性で泣き虫。アイドルになってからがしんどくなりそうな性格だと思う。でも、私は絶対にアイドルになる夢を叶えるんだ。そのために今まで努力してきたし、彼氏も作ってこなかった。メイクも研究して、鏡で表情チェックや一番可愛く見える角度を研究してきた。自信を取り戻そうとすればするほど泣きそうになってくる。ここにいる皆、アイドルになりたくてこの場にいるんだもん。このくらいの努力皆やってるよね。なんてマイナスな思考がよぎる。

「では、75番から80番までの方待機の方お願いします」

はい、と反射的に5人の声が重なる。審査室の一歩手前の部屋へ5人向かい合って座る。自分たち以外誰もいなくなったところで綺麗な黒髪でお人形のような美人が声を発する。

「緊張するね」

少し微笑みながら言う彼女と目が合う。

「う、ん」

無理に笑顔を作ると声がうまく出なかった。

「頑張ってみんなで三次審査行こうね」

違う黒髪ポニーテールの子がそう発して、5人の中に謎の結束が生まれた。そのときドアが開く。

「はい、じゃあ審査の部屋に行ってください」

また綺麗に5人の声が重なった。

「じゃあ75番から順に名前と曲名言って私が止めるまで歌ってください。では、どうぞ」

「はい。75番、大崎芽久です。曲は_」

曲名を言って歌い始める。と思ったら5秒くらいで止められた。困惑しながら座る75番。

「76番、金森ゆいなです。曲は_」

こちらも5秒程度で止められる。皆こんなものなのか、と75番がほっとしているのが視界の端で見えた。

「77番、石井彩佳です。_を歌います」

可愛い声だ。こちらも5秒程度で止められる。次は、私の番だ。大きく息を吸って立ち上がる。

「78番、久保月歌です。曲は_を歌います」

歌う。5秒程度で止められる_と思いきや、10秒くらい歌うことができた。体感ではない、本当にストップウォッチで計っていた時間で10秒程度のところで止められたのだ。

「ありがとうございました」

逆に困惑しながら座る。次の子も、その次の子も5秒程度だった。


自己アピールも終わり、来たときとは違う場所から帰る。5人全員が重たい面持ちで帰っていた。

「お疲れさまでした」

誰かが言い、なんとなく皆上の空で返す。



結果発表は2週間後、合格者のみ郵送で届く予定だった。_しかし、2週間経過してもポストの中には何も入っていなかった。

「お母さん、神宮歌落ちちゃった」

沈んだ調子の私を気遣うまでもなく、母は雑誌を見せてくる。

「あら、じゃあこっちはどう?」

お母さんは私の夢をずっと応援してくれている。だから、アイドルのオーディション紙は欠かさず買って目を通して私にお勧めしてくる。この日お母さんがお勧めしてくれたのは、全く白紙から始まる5人組アイドルユニットのオーディションだった。

「受ける」

落ちた悔しさ、悲しさは次に生かすべきだ。今までの神宮歌を含めた4回のオーディションはそうしてきた。まだ私は15歳、一応アイドル適齢期は過ぎていない。挑戦あるのみだ。

すぐに応募用の写真を撮るため、スタジオを予約し、流行に乗った服を買いに行った。ボイトレもダンスレッスンも、ただの習い事でしているバレエもより力を入れた。


なぜなのかはわからないが、このオーディションは、私を光へ連れて行ってくれると思った。

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