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よく悩み、よく考える

「トゥレラ。あなたの罪状だけれど」


 セシリィがにやりと笑う。淑女にあるまじきいやらしい笑みである。トゥレラのやる気の見えない表情に、かすかに緊張が走る。


「特になさそうね」


「……え?」


 間の抜けた声が上がった。トゥレラがいつもは半分しか開いていない瞳を開けて、ぽかんとセシリィを見ている。その次に壁際で腕組みをして傍観するルキアノスを見やるが、同じような顔をしているのだから解決の糸口にはならない。

 そんなトゥレラをひとまず置いて、セシリィの視線が隣のクリスティネに滑る。


「クリスティネもいつも通り相談を受けただけのようだし」


「! えぇ、その通りよ」


 その意味をすぐに理解したように、クリスティネが愁眉を開いて艶然と微笑む。


「フラルギロスも……大好きな金勘定をしただけのようだし?」


「高尚な趣味と言って頂きたい」


 椅子に深く座り直して、フラルギロスが白々しく訂正を入れる。


「そして、トゥレラ」


「ッ」


 びくりと小さく肩を揺らすトゥレラに、セシリィはそれまでのにやりとした笑みを収め、優しく微笑みかけた。


「あなたは寮生会の一員として寮生の相談に乗り、より良い解決の手段を選択したようね。結婚相手や夢や仕事について、よく悩み、よく考えることは……決して軽んじられることではないもの」


「それは……」


「寮会長に相談や報告をしなかったことや、情報を混乱させて学校に不安を広めたことには問題があるとも言えるけれど」


 その笑みのまま、セシリィが片目を瞑る。トゥレラは言われた意味を何度も咀嚼するように瞬きを繰り返したあと、項垂れるようにして頭を下げた。


「……ごめん、なさい」


(何だろう、本当に十六歳かな?)


 しゅんと、存在しない耳でも見えそうだ。声と相まって、三十路の腐女子は色々貢ぎたい気分であった。飴とか。

 しかしそんな不埒な感想を抱いたのは小夜だけのようで、セシリィは満足そうに頷くと、クリスティネとは反対側に立ったままのアグノスに視線を移した。


「その件については他がどうこう言うものでもないから、会長の裁量にお任せするわ」


「「え?」」


 声が重なった。トゥレラとアグノスが互いに顔を向け合う。そして、先にアグノスが笑み崩れた。


「そうだな。トゥレラは俺の部下だしな」


 言いながら、すっと右手を持ち上げる。反射的にトゥレラが体を強張らせる。その頭に、ぽんと手を置いた。


「私的に家の資産を流用することは誉められたことではない。ご父君に説明して、きちんと謝るように」


「……はい」


「それと、兄君たちともきちんと話し合いが必要だ」


 頭をぽんぽんと撫でながらそう言ったアグノスに、トゥレラが信じられないというように顔を上げた。その顔は、まるきり叱られた子供のそれであった。


(人付き合いが苦手って、本当に何するにも泣きたくなるくらい辛いんだよね)


 社会人となった今でこそ表面的ながら無難な人付き合いの仕方を覚えはしたものの、学生時代には小夜も人に話しかけることが苦痛の種であった。三手先までの会話をあらかじめシミュレーションしておかなければ、新しい人には話しかけられなかった。

 今でも、たまに会話の間を間違えて死にたくなる時がある。

 だが、アグノスの言葉はそれでは終わらなかった。


「これについては、俺も付き合おう」


「!」


 瞬間、トゥレラの顔がぱぁぁ……っと輝いた。ように、小夜には見えた。

 トゥレラも、母の問題を解決するためには薬代を稼ぐだけではいけないことは分かっているのだ。新しい父や兄と、いつかきちんと話し合わなければならないと。だが唯一の味方の母には頼れず、家でも外でもトゥレラは孤独だった。

 寮生会に出会うまでは。


「良かったねぇ。本当に良かったねぇ」


 小夜は近所のおばちゃん並みに頬を緩めた。その隣で、ラリアーも柔らかくも複雑な苦笑を浮かべていた。


「妹に対するよりも兄振りがいいというのは何だか釈然としないわね」


「やきもち?」


「まさか!……少しだけです」


 小夜の茶化した問いに、ラリアーは少しだけ大げさに驚いてから、片目を瞑ってみせる。耳に心地好い声が可愛らしくおどける響きは、実に贅沢な囁きであった。

 だがそこで、何かを思い出したようにを「あっ」と声を上げた。全員の視線がラリアーに集まる。


「どうしたの?」


「そう言えば、今日もクリスに相談に来ていた女生徒がいたと思って」


 言われ、小夜も思い出す。送っていったヨルゴスとともに戻ってきた際、そんな話をしていた。それでラリアーはクリスティネたちが婚約者と不仲な生徒をどこかに逃がすか、匿っているのではないかと考えたのだ。その時には上手く誤魔化され、穿ちすぎだといなされたらしいが。


「まさか、その生徒にも同じことを?」


「えぇ。ピレアスで良ければ紹介できると……」


 ラリアーの声を拾ったセシリィの問い掛けに、クリスティネが再び表情を曇らせて告白する。どうやら、ラリアーの観察眼は正しかったらしい。


「明日にでも一緒にご自宅に伺って、お母様のご理解を頂くつもりだったの。彼女もまた、婚約者からの心無い扱いに苦しんでいる一人だから」


「けれどこれ以上の行方不明扱いは得策ではないわ」


「そのようね」


「うん……」


 セシリィとクリスティネの会話に、トゥレラも真剣に答える。だがそうなると、寮生会に出来ることは限られてくる。室内に沈黙が降りた時であった。


「婚約継続の是非については、王族オレたちが力になれるだろう」


 この空間で最も心地好く聞き惚れる美声がそう言った。


「どちらかに問題があるなら、こちらからも掛け合おう。勿論、双方の言い分をきちんと確認した上で」


「ルキアノス殿下……」


 壁に背を預けたままのルキアノスに、全員の視線が集まる。小夜に至っては、その声と台詞の紳士っぷりに無言でガッツポーズを取っていた。


(この突然のご褒美のような美声よ! ルキアノス様の優しさが上乗せされて響きの良さが五割増しじゃ!)


 当社比であった。

 セシリィもその言葉に頷く。


「王族からなら、ある程度の者ならば真剣に聞き入れるでしょう。エヴィエニス様にお任せすれば、きっと上手くやってくださるわ」


「待て。何故オレじゃない?」


「エヴィエニス様は特に外交において優秀だもの。ファニさえ関わっていなければね」


「すごい。誉めたくせにどっちも貶した」


 セシリィの力業なまとめ方に、小夜はつい感嘆の声を上げた。セシリィは莞爾と、ルキアノスは憮然とこれを受け止めた。その拗ねたような視線に、一言余計だったと気付く。


(なんか、何を言っても怒らせてる気がする……)


 これが会話が下手な奴の宿命である。こんな時に痛感したくはなかったが。


「では、彼女には私から連絡を取って、もう一度頑張って話し合うように説得してみます」


「あぁ。よろしく頼む」


 クリスティネが空気を読んで応じた声に、ルキアノスが頷く。とにもかくにも、これで一件落着と言えそうであった。

 トゥレラがたどたどしくもアグノスたちに謝り、また改めて協力をお願いする中、セシリィが一歩引いて小夜のとなりに戻ってくる。

 その清々しい横顔に、小夜は「お疲れ様」と声をかけた。


「誰も罰することがなくて良かったわ」


「みんな、善意だったんだね」


 安堵するセシリィに、やはり中々寮生会の面々を気に入っているのだと知る。友達が増えることは良いことだ。

 そしてふと、トゥレラを諭した言葉を思い出す。


「実感籠ってたね」


 結婚相手のことでよく悩み、よく考える。

 セシリィはきっと小夜が元の世界に帰ったあとでも、一人で何度も何度も悩み、答えを出し直し、最善を探ったのだろう。その時間を思い返すのはセシリィにはまだ苦痛かもしれないが、トゥレラには必要な言葉だった。彼もまた、自分の身の振り方について苦しんでいたから。


「お陰さまでね」


 セシリィが目を細めて微笑む。長い睫毛が白い頬にかかり、とても美しかった。



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