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話が進まない

「セシリィは、屋敷で謹慎していただけではなかったのか?」


「私の口からは何とも説明のしようが……」


「やっぱりまだ愉快なままだね。これは口説きがいがあるなぁ」


「セ、セシリィ様は、大丈夫なのでしょうか?」


 ざわざわざわざわ。

 正気に戻った小夜の耳に、口々に囁く声が届く。


「すっかり気が触れたと思われているわ……」


 とどめは椅子の背に留まって呆れ顔のトリコの一言である。これで、小夜にも大体の状況が理解できた。


(しまった、どうやらやってしまったようだ)


 仕える相手となる貴人をお通しするからと待たされていた小夜の期待が、一秒ごとに膨らんでしまうのは誰にも止めようがなかった。頼みの綱は小夜の理性だけで、それは蜘蛛の糸よりも儚かった。


 今までにも何度も箍が外れて、その度にトリコに諌められてきたので、これでも堪えていたつもりなのだ。

 だが本人が登場し、どこからどう見てもゲームのキャラと全く同じとなると、最早止めようがなかった。


 今まで小さなスマホの液晶画面の中で幾度となく見つめ、マイクに耳を張り付けてきた、その人。

 トリコに説明されるまでもなく、この一年追い続けてきた、大好きな声優が演じるシェフィリーダ王国第二王子ルキアノスが、目の前に御光臨なさっているのだから。


(でもいつもみたいにルキア様! とか、声優さんの名前を叫んだりしたわけじゃないから、セーフ?)


 やんぬるかな。手遅れである。


「……セシリィ。俺を恨んでいるのか」


 神妙に次の一手を伺っていた小夜の前に、長身の男性が一歩踏み出してきた。深みのある金髪の下、南国の海を思わせる瞳を険しく細めている。

 その声はやはりゲームで聞いた通りで、去年辺りから主人公を何役もこなしてきた人気声優と同じく、よく通った。


 思わず声ヲタの本能が小夜の足を跪かせようとしたが、


「……第一王子で王太子のエヴィエニス殿下よ。御年十八歳で……先日、正式に婚約解消されたわ」


 椅子の背に留まったままのトリコの説明には先日のような明朗さはなく、これ以上の失態を思い止まらせた。


(やっぱり、セシリィはまだ……)


 複雑な関係らしい当人に前後から挟まれ、小夜はどうしたものかと思案する。この一瞬で二人の押し隠した心中を的確に推理するのは無理があったので、分かることだけ答えることにした。


「それは、今はまだ分かりません」


「……何?」


「答えは、もうちょっと待ってください」


 怪訝そうに片眉を上げたエヴィエニスに、小夜は素直に頭を下げた。突然の奇行への詫びもちょっとある。


 だが、それもまたセシリィとしてはおかしいようで、エヴィエニスの不信感は益々増えたようだ。ちらりと、背後に控えた二人に視線を向ける。


 そこにいたのは、先日侯爵家を訪れたエフティーアとレヴァンだった。トリコの説明では基本的に二人とも王太子付きだそうなので、今日は本職に戻ったということなのだろう。


「いくら待っても、あの気位の高いセシリィ嬢が意見を変えるとは思えません」


「待てって言ってるんだから、楽しみに待ったらいいんじゃない?」


 神経質そうなエフティーアと、あっけらかんとしたレヴァンが、それぞれに対照的な意見を口にする。あまりに正反対なので、いつもどうやって意見を統合しているのだろうかと、どうでもいいことを考えてしまった。


 そして。


「待つってことは、この前とは違った答えが得られるかもしれないってことか?」


 第三の意見が、ルキアノスの声によってその場に提示された。


(来たァァァァァ!!)


 雄叫びが上がった。小夜の中だけで。

 しかし声は堪えたものの、両手が天(井)を仰ぐのまでは止められず、その見た目はさながらポーズを失敗した彫像だった。


「……オレは喋らない方がいいのか?」


 誰もが先陣を切りたくなくて黙っている中、ルキアノスが致し方なさそうにそう続けた。

 これに真っ先に反応したのは、無論と言うか小夜なのだが。


「いえいえいえいえ! 全然全くもう思う存分喋っていただいて構わないっていうか是非喋り続けていただきたいっていうか! あ、私の声が邪魔ですね黙ります!」


「…………」


 流れるような自己完結文に、その場の全員がついに押し黙った。他の四人が、何とも言い難い顔でルキアノスを見やる。


「お前、また何かやったのか?」


「だから後先考えない行動は控えてくださいとあれほど」


「えー? もしかしてこの僕が先越された? でもあんなに面白いんだし、独り占めはもったいないよね」


「ルキアノス様、そこまでなさらなくとも……」


 結構散々な言われようだった。視線を一身に浴びたルキアノスの美しい玉顔が、みるみるしかめ面になる。そして。


「話が終わったら教えてくれ」


 身を翻すと、奥の壁に背を預けて目を瞑ってしまった。


「そんなご無体な!!」 


 小夜が五体を投げ出して床に突っ伏した。


「えぇい話が進まないじゃないのよ!」


 その後頭部に、クェェ! と見事な鉤爪の蹴りが食い込んだ。


(なんだか、蹴りの精度がちょっとずつ向上してる気がする)


 しかし至言であった。

話が進まない……。

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