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ヒュベルの四技師

引き続きシリアスターンのため、主人公の存在が極めて薄いです(いますが。近くにいますが)。

 体を押し潰す、というよりは吹き飛ばす風だった。エヴィエニスの長躯が床を滑るように吹き飛び、体重の軽いレヴァンなどは足が完全に床から離れた。ぐりんと一回転しながら壁に叩き付けられる――寸前、どうにか足を先に着ける。


(風か。だが速すぎる)


 体が床に落ちる前に素早く風の神への神言――呪文の枕詞を唱える。そして結びの句。


こいねがうは一陣の風巻しまき、全てを阻め、鉄壁の風盾ふうじゅん――!」


 だが唱え終わるよりも一瞬早く、次の衝撃が来た。


「エヴィ! レヴァン!」


 ファニの悲鳴を掻き消すように、ゴオウ! と獣の咆哮のような唸りを伴ってすぐ横の壁や床が鋭角に抉れる。腕や足の服もあちこち切れた。だがレヴァンにもエヴィエニスにも直撃していない。風の盾が辛うじて間に合ったか、それとも。


「ラウラ様はお優しいですね……」


「人質にするのに必要でしょ」


 埃と破片が舞う向こうで、男の陰気な声が女に告げる。わざと外したらしい。


(人質? ファニを既に手中に入れてるのにか?)


 この二人が空間魔法を使ってこの部屋に転移してきたのなら、不意をついて魔法で逃げられることも考えていた。だがその可能性はどうやら低いらしい。

 さぁ、どこから切り崩そうか、とレヴァンが舌舐めずりをした所だった。


「目的は何だ、ヒュベルの四技師」


「…………」


 ゆっくりと片膝を立てたエヴィエニスが、先制攻撃を仕掛けた。男の目尻がぴくりと動く。


(当たりか)


 シェフィリーダや周辺国、大陸中央に多い一般的な魔法士に対し、大陸西端やオン・トレン山脈以北、山麓南の少数民族に見られるのが、四技師と呼ばれる芸能集団だ。

 彼らは魔法を精霊の寵愛と呼び、最も相性の良い四元素の一つのみに特化してその技を極める。汎用性も実用性も低いが、厄介なことに彼らは神言を必要とせず、感覚だけで事象を具現化するのだ。

 そして山岳民族を祖に持つヒュベル王国もまた、四技師を擁する国であった。


「四技師に殺しはご法度じゃなかったっけ?」


 レヴァンも便乗して言葉を足す。これだけの情報があれば身元もおおよそ特定できそうだが、もう一つ、確信が欲しい。そう考えた、静かな駆け引きのつもりだった。だが。


「城に呼んだ四技師は、あの日、死に絶えた。……愚かにも、悪魔どもを歓待しようとしたせいで!」


「は――!?」


 激昂したのは女の方だった。再び全てを切り刻む風が二人に襲い掛かる。咄嗟にエヴィエニスの前に滑り込むと同時に先程発動させた風の盾を再展開、直径二メートルの渦巻く風の壁を織り成す。

 ガッガッと風の刃が当たる度に体に衝撃が走る。同じ元素のぶつかり合いの場合、地力じりきと集中力がものを言う。


(同等か、それとも)


 だが、こちらにはエヴィエニスがいる。


「やめて! やめて! 必要なのは私でしょ!?」


 男の腕の中でファニが藻掻く。それが引き金だった。


「!」


 風の盾から抜け出し、エヴィエニスが男目がけて走る。その手には真紅の炎。風の刃がその背を追いかける。レヴァンも風盾を維持したまま女へと走る。だが両者とも辿り着く寸前で、その足を止めざるを得なかった。


「……水」


 至近距離で炎をその顔面にぶち込もうとしたエヴィエニスの眼前に、水の壁が立ちはだかったのだ。追いかけてきた風が、ビシュッとエヴィエニスの右肩を掠めて消える。

 本来、水での防御魔法はない。あったとしても水にそんな効果はない。魔法士の使う水は自然界からのもので、形や温度の調整は出来ても、強度に干渉することは出来ないからだ。

 だがそこに高温度の火の塊がぶつかれば、水蒸気爆発は起こせる。男も吹き飛ぶだろうが、その前に立つファニの可愛らしい顔は二目と見れぬものになるだろう。


(殿下との相性最悪だな)


 そして、そうなればレヴァンもまた身動きが取れなくなる。その腹に、女の容赦ない風の一撃が撃ち込まれた。再び壁まで吹き飛ぶ。今度は、背中を強かぶつけた。


「がはっ!」


「レヴァン!」


 ファニの声は、揺れる脳と、腹と背骨の軋む音で掻き消えた。落ちた床に這いつくばって、霞む視界でエヴィエニスを探す。

 ファニと男の前で、エヴィエニスは炎を消し、直立していた。その顔の全面を覆うように、水の膜が浮いている。人間は五センチの水どころか、スプーン一杯でも殺せる。その水は、殺す気があるという脅しだろう。


「殺してやりたい……!」


「……ラウラ様」


 右指を小夜の首筋に当てたまま唸る女を、嗜めるように男が名を呼ぶ。たった数分で、先程と立場が逆転している。どちらが制止者ストッパーというわけではないらしい。


(どっちだ。どっちが人質として価値がある?)


 見極めを失敗すれば終わる。レヴァンは痛む腹を押さえて目を凝らした。

 男が例の歪んだ笑みを浮かべてエヴィエニスを見やる。


「では、お言葉に甘えてお聞きします。大精霊クレーネーを喚び出すか、喚び出す方法を教えてください。嘘をつけば、この首を切り落とします」


「!」


 それは、決定的な一言であった。

 大精霊クレーネーの伝説を信仰しているのは主にシェフィリーダ王国だけだが、門外不出ではない。特にヒュベル王国とは何度か国境線を書き換え、聖泉自体の占有も移り変わっている。聖泉より以北でも、精霊信仰を基本とする精霊派と呼ばれる教会は幾つかあるはずだ。

 祖国を取り戻したいと願う王子に力を貸した、人知を超越した存在。それに接触を試みようとする者も、また。


「ヒュベル王家の生き残りか」


「余計な発言も同じようにします」


 言いながら、ファニの首を捉えていた短剣が僅かに、けれど確実に近付く。ファニが生唾を飲み込む動きだけでも、刃が触れるような位置だ。背中からでも、エヴィエニスの怒気が強まるのが分かった。


「……方法はない。祖王が聖泉で体を清めていた時に乙女が現れたと伝えているだけだ」


「聖泉に触れれば誰でも喚び出せるのですか?」


「王族だけだ」


「それは検証が足りないだけでしょう」


「そもそも大精霊クレーネーが姿を見せたという記述はない。伝承でも姿を見せたのは聖泉の乙女デスピニスだけで、彼女も祖王の下を去って以降、現れたという記録はない」


「望みを叶える存在ならどちらでも構いません」


 そう応える男の声は、怒りを飲み込んで答えるエヴィエニスよりも淡々としていた。歓喜も落胆もない。

 その代わりのように、エヴィエニスが水の膜の中で眉根を寄せ、首を横に振った。


「……聖女は、望みなど叶えない」


「エヴィ……」


 ずっと息を詰めていたファニが、堪えきれないというように名を呼ぶ。聖泉から現れた乙女が喚び出した者の願いを叶えるというのなら、エヴィエニスはとっくの昔にファニと結ばれてなければおかしい。だが今現在そうなってはいないし、今後もそうなる可能性は限りなく低い。

 そんな説明で男が諦めるとは思っていないが、男が次に口にした言葉は予想外のものであった。


「だが時を超えることはできる、そうでしょう?」


「!」


 全員の表情が強張る。ファニが時間を越えてこの時代に現れたことは、ごく少数しか知らない事実だ。それを知っているということは。


「人は、一週間も起きていることなど出来ませんからね」


(セシリィか)


 囚われていた一週間に何をされたかは知らないが、あの気丈なセシリィから情報を聞き出すには、確かに生理的限界まで追い詰めるのは効率的だったろう。そしてその情報漏洩についてセシリィから報告がなかったということは、本人は無自覚だった可能性が高い。

 だが、その解釈は十分ではない。


「貴様は勘違いしている」


 エヴィエニスが、くぐもった声で否定した。


「ファニは、時を超えたわけじゃない。聖泉の中で、眠っていただけだ。十九年間」


「ですから、その奇跡を」


「過去に行けはしない。……十九年前にも」


 男の願いを遮って、エヴィエニスが断言する。その瞬間の男の顔が、最もレヴァンの印象に残った。死を宣告されたような、裏切られたような、今にも絶望の奈落に落ちるような、苦悶の顔。


(やっぱり、本当の目的はそれか……)


 復讐なら、殺すだけで成る。祖国の再興なら、伝説になど頼らない。敵地に乗り込んでまでファニを捕らえようとする、その理由は。

 だがその先の答えに手を掛けようとしたその時、どこか虚ろな声が割って入った。


「……それ、意味のあることですか?」


 それまでずっと意識のないセシリィを抱えて呼びかけ続けていた、小夜であった。


そろそろコメの行方を見失いつつある……。

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