犯罪者予備軍
「それはないだろう」
クレオンの推理に、ルキアノスはそれまでの即答はしなかったものの、十分に考えてから否定した。
「少なくとも、セシリィは自ら消えてはいない。犯人も目撃している。お前の言い分は当てはまらない」
「確かに、セシリィを拐った者はいるみたいだな」
クレオンが頷きながらセシリィに目線を配る。セシリィは心得たようにその時の状況を簡単に説明した。
「えぇ。市場を見て、神殿を見て……大道芸を見ていた所で、記憶が途切れています」
「のようだな。捜索隊もそこで足取りが消えたと言っていたようだから」
「だったら」
「だがそれは、四件の犯人が全て同一と考えた場合には、だ」
最初の男子生徒が消えたのが、約三ヶ月前。その数日後に、女子生徒が寮の部屋に戻ってこないという相談があった。三人目は、少し時間を空けて二週間ほど前。そして先週、セシリィが町に下りると言ったきり、帰ってこなかった。
この間、行方不明になった生徒の実家にも寮にも、脅迫や要求らしきものは一切ない。
「立て続けに同じ学校の生徒が消え、その後の接触も全員行われない。共通点もある。だというのに、犯人が違う?」
「その共通点は、本当に意味のあるものか?」
クレオンの問い返しに、ルキアノスの双眸がはっと開かれる。小夜もまた、クレオンの言いたいことを理解し始めていた。
事件の発生時期を聞いたのは初めてだが、普通に考えて一件目と二件目の間隔は近すぎるし、三件目は空きすぎている。人身売買なら一件目と二件目の間を空ける方が心理的に理解できるし、そもそも都市部は仕入先というよりも卸先に適しているはずだ。その場合、貴族に手を出す道理はない。
(偶然同時期に発生したか、模倣犯か)
とにかく、結果と状況が似ているというだけで同一犯とは、思い込みなのではないかということだろう。
「……こじつけと言いたいのか?」
「そこまで乱暴な言い方はしない。俺は紳士だからな! だが誰しも、先入観というものはある」
「……その否定はしない」
クレオンの常識的と言える意見に、ルキアノスがついに肯定を返す。途端に破顔するクレオンを見れば、そうとしか言いようがない会話に誘導されたとも言えたが、今は論旨はそこではない。
「もし本人が自らの意思で消えたのなら、その論拠はなんだ?」
「聞いたんだが、セシリィ以外の生徒は魔法科を専攻していないそうだな?」
「あぁ、そうらしいが……理由はどうした」
「加えて、三人が消えたのは城門近くだという」
「だから何だと……」
問いにまるで違う言葉を返すクレオンに、ルキアノスが苛立った声を返す途中で止まる。まるで何かに気付いたように。
「そうか……だから城門なのか」
「そうだ。これがセシリィなら出来ないが、その三人なら可能だ」
一人納得するルキアノスに、ヒントを与えたらしいクレオンもまた満足そうに相槌を打つ。だが小夜にはさっぱりであった。
「……どういうこと?」
最近この台詞ばかり言っている気がすると思いながら、寝台のセシリィに問う。何気にラリアーも聞き耳を立てている。そんな二人に、セシリィは「つまり」と解説を請け負ってくれた。
「わたくしみたいに魔法の力の強い人間は、どんなに人混みに紛れてもある程度までなら魔法で追跡できるの。けれど魔法の力の弱い者を追うのは、人が多ければ多いほど困難になる。死の神タナトスに願わなくともね」
広場もそうだが、城門は朝の開門から夜の閉門までひっきりなしに人が出入りする。特に商隊などは規模も大きく、魔法に使う呪文――正確には神への祈りの言葉である神言と呼ぶらしい――が彫り込まれた道具などの扱いも、多くはないがある。
人海戦術も魔法での捜索も大して行われないとなるなら、振り切るには丁度いい場所らしい。
「意図して姿を消して、なおかつ帰ってこないつもりなら、ただ黙って城門を通れば済むということよ」
「えぇ? そんなんじゃ、探しようがないじゃん」
現代日本でも、家出人の捜索は容易ではない。子供であれば補導されるから早期解決にもなるだろうが、この世界ではそんなものはない。
だがルキアノスの懸念はそこでは留まらなかった。
「だがそう思い込んで捜索を止めて、違っていたらどうする? 取り返しがつかなくなる」
「その場合、恐らく取り返しは既についていない」
「…………」
それは、どんなに明言を避けても包み隠しようのない事実であった。少女たち本人だけが犯人の狙いであれば、生きていようと死んでいようと、もう手遅れだ。そう語るクレオンに、笑みはなかった。
小夜は今更ながらその想像に怖気立った。
(自分で逃げたと、考えたいけど……)
それは身勝手な希望だろうか。
「そのために、もう一度行方不明者の家族に話を聞くといい。その時は、出来れば母親一人だけに」
「……あぁ、そうだろうな」
「そこから、手引きしている者もある程度割り出せるだろう」
世間知らずな箱入りのお嬢様に、一人で逃げ出すような才覚はない。婚約を取り決めるのは家長である父だろうが、母がもし味方であるならば、一筋の光明が生まれる。それでも、母もまたお嬢様である可能性は高い。つまり、第三者の知恵がある。
「問題は、それを寮生会が行うことの利益が何なのかだが」
「それもじきに突き止められるはずだ」
顎に手を当てるルキアノスに、クレオンが再びにやりと笑う。その瞬間、隣でびくりと肩が跳ねる気配がした。ラリアーだ。
だがそれに気付いたのは小夜だけなのか、ルキアノスたちはこちらには視線を向けることもなく会話を続ける。
「それにしても、それをセシリィの手紙と失踪の連絡を受けてから調べたのか?」
「だから言っただろう。俺が関われば速やかに解決するぞと!」
ルキアノスの疑わしげな声に、クレオンが自信満々の笑みで胸を叩く。相変わらず問いに対してほぼ回答していなかったが、ルキアノスは追及するのは時間の無駄と割り切ったようだ。
そこから、ルキアノスはクレオンは自然と向き合う形を取り、より詳細な現状把握と今後の動きについて打合せを始めてしまった。
「なんか、すごいね」
それを眺めながら、小夜は再びセシリィに耳打ちした。セシリィが、嬉しそうに鼻を高くする。
「えぇ。だから言ったでしょう? クレオンお兄様は凄いのよ」
「うん。最初は勝手に学校に侵入して盗聴を繰り返す犯罪者予備軍かと思ったけど」
「え?」
「でも話を聞いたらちゃんとまだ生徒みたいだし、いち早く帰って来て学校内で調査していたんだね」
変質者を見る目で見なくて済んだと、小夜は一人安堵する。だがセシリィから向けられる視線は何だか意味ありげであった。
「……どうして、そんな風に思ったの?」
「え? だって……」
死の神タナトスが記憶を操作できると話した時、クレオンはまるでルキアノスとの会話を聞いていたような情報量で補足説明をした。あれを単純に聞かれていたと考えるなら、クレオンはセシリィの変事に駆けつけて、学校にも早々に調査に入っていたと考えるのが自然だと思ったのだ。だからセシリィ発見の報も、侯爵家に出す前に嗅ぎ付けた。
そう説明すると、
「……小夜って、普段何も考えていないように見えるのに、たまにちゃんと見ているのよね」
「……それ、褒めてる?」
何だか、感心されたような呆れたような声でそう言われた。あまり嬉しくない。
「えぇ、勿論。でも、これで少し事件に進展がありそうね」
「うん。そうだといいね」
楽しそうに頷いたセシリィに、小夜も複雑な面持ちで返す。だが続いた言葉に小夜はそんな気持ちも吹き飛んだ。
「なら、わたくしはもう一眠りしてもいいかしら」
「! そ、そっか。病み上がりみたいなものなのに、ずっと喋らせちゃったね。ごめん」
慌ててベッドの傍らに膝をつき、セシリィに掛け布団をかける。つい推理に夢中になっていたが、セシリィの手はまたすっかり冷えていた。せめてもと、両手で握って温める。
「平気よ、小夜。眠れば復調するわ」
それを笑って、セシリィが背中をシーツにつける。言う間にも、その美しい曲線を描く瞼は重そうに瞬きした。
「では、一旦部屋を出よう」
クレオンとの擦り合わせが一通り終わったらしいルキアノスが、その様子に気付いて静かにそう促す。その声で、他の全員も寝室を後にした。
ルキアノスの書斎に集まり、今後のことを改めて話す。
「ヨルゴスは、ラリアーをもう一度護衛して送ってくれ。そのあと、寮生会の様子を探れるところまで探ってくれ」
「御意」
「クレオンには、セシリィを拐った犯人の特定を頼みたい。神殿には、ニコスが戻ったら行かせる」
「うぅむ。俺は面白そうな方が」
「小夜。……引き続きセシリィの様子を頼む」
「はい」
クレオンの異議は黙殺された。代わりにルキアノスの視線が少しだけ長く小夜に留まったが、それだけだった。すぐに視線が逸れる。
(少しでも他にやることがあって良かった)
不謹慎な考えとは分かっているが、またルキアノスと二人きりになっては、先ほどの問題がぶり返しかねない。何しろ、ルキアノスには全く謝罪を受け入れてもらえてないどころか、余計に怒らせているだけのようだから。
「アンナ、書状をもう一つ追加だ。神殿に……」
手紙を用意していた別室の侍女に声をかけるルキアノスの背中を未練がましく見送ってから、小夜は嘆息一つ、踵を返す。その背に、声をかけられた。
「お小夜さん」
「はい?」
変な呼び掛けに語尾を上げて振り向く。てっきりニコスに合流するために既に出掛けたのかと思っていたクレオンがいた。いつもの全開の笑顔ではなく、どこか慎重な目付きで小夜を見下ろしている。
(何だろう……掴み所が難しい人だなぁ)
行動理由が単純明快で会話の予想も立てやすそうなのに、表情が少し変わるだけで捉え所が分からなくなる。
そしてその感想は、次の一言で決定的となった。
「セシリィを監視してくれないか?」




