しっちゃかめっちゃか
小夜は、珍しいものを目の当たりにしていた。
「……オレは普通に責務を果たしたいだけなのに……どいつもこいつもおかしなことばかりしやがって……もうやだ……やりたくねぇ……そもそもこんなのオレの仕事じゃねぇし……」
ルキアノスが、いじけていた。
部屋の隅に置かれた長椅子の上で、キノコを生やしそうな勢いで膝を抱えている。
「ど、どうしたの、突然?」
それを寝台上のセシリィとともに眺めながら、小夜は困惑していた。いつも王子然とした凛々しい姿か、あどけない笑顔ばかりを見ていた小夜にとって、その姿は予想外すぎた。
「小夜が変な返しをするからでしょう?」
セシリィが呆れたような声を上げる。だが小夜には全く心当たりがなかった。
ルキアノスがクレオンを止めて、そこにラリアーが入ってきて。
その時、ルキアノスが一瞬固まったあと、ゆっくりと小夜を見たのだ。ルキアノスが顔面蒼白に見えた小夜は、励まさなければ、と思った。
『ぜ、全然ありだと思います!』
『…………』
その結果がアレである。
「そんなに変だったかなぁ?」
悪意はこれっぽっちもない。だが思考回路が一瞬腐寄りになっていたことは、まぁ否定しない。
「あの……何があったんですか?」
そっと小夜に寄ってきたラリアーが、こそっと耳元で問う。ルキアノスがいじけてしまった間に聞いた話だと、寮生会まで行くことは行ったそうだが、ヨルゴスの提案で引き返してきたのだという。
そのヨルゴスはというと、ラリアーのあとに続いて入室した時にセシリィを一瞥したあとは、ルキアノスの側に無言で直立している。
そして。
「殿下! 殿下! そんなに気落ちすることはない! 俺はいつでも大歓迎だ!」
「…………」
「そんな殿下も大好きだぞ! やはり人間そうでなくちゃな!」
「…………」
ギロリと殺意のこもった目線を向けられながら、クレオンが実に嬉しそうにルキアノスの一回り小さくなった肩をバシバシと叩いていた。
「……なんか、クレオンさん、嬉しそうだね?」
「そうかしら? でもそういえば、イアソンお兄様が胃を痛めている時なんかは、いつも必ず背中をさすっていたかしらね」
小夜の素朴な疑問に、セシリィが何でもないことのように答える。どうやら、そこまで貴重映像というわけではないらしい。
それにしても、セシリィからすると今の状況もさすっている部類に入るのであろうかとちらりと思うが、それよりも小夜には気になる単語があった。
「……イアソンさん、病弱なの?」
「胃弱らしいわ。唯一の欠点ね」
(胃痛持ちか……!)
胃弱のたった一言で、長兄イアソンなる人物の侯爵家での立ち位置と気苦労が一気に知れてしまった気がする小夜であった。つい合掌する。
「なぜオレに向かって拝む……!?」
「ハッ」
ルキアノスに射殺されそうな目で睨まれた。慌ててくっついていた両手を背中に隠す。
「ち、違います! これはその、ご愁傷様とかそういう意味じゃなくて!」
「崇められたな! 良かったな、殿下!」
「…………」
「ルキアノス様って、あんな方でしたっけ?」
「たまにあんな感じになることもあるわ。エヴィエニス様はそんなことは決してないけれどね」
ルキアノスの雄弁な沈黙を蔑ろにして、女子二人が勝手にざわつく。最早しっちゃかめっちゃかであった。
「……出ていけ。取り敢えず全員出ていけ!」
「ここはわたくしの寝室ですわ」
「俺にお気遣いは要らないぞ、殿下!」
「何のだ!?」
ルキアノスの癇癪は不発に終わった。クレオンが叩く(もしくはさする)のを止めて、首をかしげる。
「何故そんなに怒っているんだ? お香を焚くのと、俺の仮説を聞くのとどっちがいい?」
「三択目の退室を提示しろ」
「お香と仮説はリラクゼーション要素として並列なの?」
「仮説って何ですの、お兄様?」
「それで何があったんですか?」
「仮説というのは、他の行方不明者についてだな!」
「別に何もないんだけど、要約するとルキアノス様とクレオン様が一緒に新天地に」
「えぇい! どいつもこいつも好き勝手に喋るな!」
ルキアノスの癇癪が再び炸裂した。全員がそれぞれの表情でひとまず口を閉じた。あのクレオンでさえもだ。
「…………」
無言のうちにぷんすかと怒るルキアノスの挙動を、全員が目で追いかける。その中でルキアノスはおもむろに膝を離して立ち上がると、丁寧に衣服をはたき、皺を伸ばしとしてからやっと、室内にいる全員を順に見渡した。
配置としては、部屋の中央で男女に別れた形だ。その中で、視線は最後の人物――すぐ後ろに立つヨルゴスで静止した。
「ヨルゴス。何故ラリアー嬢を送ってこなかった」
(最も無難な人に話しかけた)
意図的にヨルゴス以外を視界から締め出したルキアノスに、小夜はどうでもいい確信を得た。しかしヨルゴスにそんな余計な感想などは勿論なく、事務的に頭を下げた。
「……申し訳ありませんでした。ですが、ラリアー嬢の話を聞いて頂きたく」
「ラリアー嬢の?」
瞬間的鎖国の中にいたルキアノスの視線が、嫌そうに女性陣を振り返る。他の者の視線もまたそれに倣う。だが呼ばれた当のラリアーは、きょとんとしていた。
「何があった」
「何と言われても……」
表面上の敬意を払うこともやめたルキアノスに、ラリアーが困惑しながら答える。
「特に、普通ですわ。寮生会室まで送ってもらって、そこでフラルやクリス……寮生会の役員と会って」
「何を話した?」
「それが……丁度また婚約者の件で相談に来ていた場面に出くわしたのですが……実は恥ずかしながら、行方不明の件に寮生会の一部が関わっているのではと疑っていて……。けれど、話してみればそれは穿ちすぎだと分かったんです」
自分の行きすぎた推理に、ラリアーが恥ずかしさを誤魔化しながら笑う。
(頓珍漢な推理でもしたのかな)
その気恥ずかしさは、小夜にも覚えがある。本当は、小夜もラリアーについていって、同じようなことを聞くつもりだったのだ。相談とは、どのようなアドバイスをしたのか、と。
だがラリアーの様子では、無惨な結果となるだけだったようだ。
同士よ、とラリアーの肩に触れると、ラリアーは頬を赤らめながら可愛らしく照れ笑いを返した。
だがルキアノスはそうとは取らなかった。
「穿ちすぎ? 何故だ」
「解決したと言われたのです。それに、そもそも婚約に関する問題をおおっぴらにしないのは、ごく普通のことだと。内緒にしていると感じたのですが、考えてみれば当然のことでした」
お恥ずかしい限りです、とラリアーが言葉を締める。だが、ルキアノスは短く考え込んだあと「それはおかしい」と緩やかに首を横に振った。
「解決とは、相手の意識を変えるか、表面上だけでも取り繕う必要性を理解させるか、相手から婚約解消を言い渡されるかだ。だがそのどれも、数度の交渉でどうにかなる問題とは思えない」
「それは……」
ルキアノスの断言に、ラリアーが反論を見出だせず口ごもる。そこに、完全に無関係のはずの声が介入した。
「もう一つあるぞ」
クレオンであった。
「…………」
ルキアノスが、縄張り争い真っ最中の雄猫のように警戒して睨む。まだ尾を引いているようである。
その無駄な沈黙を、セシリィがばっさり切り捨てた。最早病床という儚さは微塵もない。
「それは、先程おっしゃった仮説のことですの?」
「さすが我が妹だ! たが少し違う」
「何ですの?」
「もう一つの解決方法、それは婚約相手が消えることだ!」
「…………」
クレオンの力説に、室内に再びの静寂が降りた。
さすがの小夜でも、それが何を意味するかは理解できる。
(さすがに、寮生会が暗殺を請け負ってるとかはねぇ)
いくら平民の中でも裕福で実力ある者たちが揃うといっても、彼らは学生だ。魔法が使えても、実家である銀行や商人に伝があっても、限りがある。
その感想は、ルキアノスも同じであったようで。
「そんな短絡的な実力行使を考えるのはお前くらいだ」
「そうか? 確かに相手を消すのは罪だが、本人が消えるのはそうでもない」
「……なに?」
「行方不明が見付からないのは、殺して死体を埋めたか、奴隷として他国に売られたか、あるいは……本人が自ら消えたかだ」
クレオンが、それまでとは違う猛禽類さながらの光を宿して、にやりと笑った。




