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超限定的局所的神様

「…………」


「…………」


「んんん?」


 第一声の賑やかさそのままに、声の主がルキアノスと小夜に目を留めた。


「やあ、そこにおわすは第二王子殿下ではないかな? ご無沙汰しているが空気が死ぬほど暗くて重いなあ! お祓いをしてあげよう!」


 大仰な仕草で両手を上げてにこやかに近寄ってきたのは、ルキアノスよりも背が高く体格も立派な男であった。良く日に焼けているせいか、二十代前後に見える。濃茶色の髪は後ろで乱雑に一まとめにされ、濃い碧眼は悪戯好きだと自ら主張するように目元が緩んでいる。

 だがその男が三歩も進む前に、


「結構だ」


 ルキアノスが実に冷淡にそう断った。


「殿下は相変わらず遠慮がちでいらっしゃる! 我がクィントゥス家とは一瞬とはいえ姻戚関係一歩か二歩か三歩くらい手前までいった仲! なんの遠慮も要らない。祓うものはどちらで?」


 特に功は奏さなかった。


(笑顔の圧が凄い……)


 圧をかけられているのはルキアノスだが、そもそも小夜はルキアノスのすぐそばにいる。顔のすぐ横を固めていた腕もなく、男が現れてすぐルキアノスが距離を取ったが、それでも数歩分だ。何を祓うのか小夜には全く分からなかったが、ルキアノスがピリピリしているのは嫌でも分かった。


「……クレオン殿。なぜ貴公がここにいらっしゃる」


「祓うものは?」


「ない!」


「残念だ。折角母上についてまわった成果を殿下にお見せしたかったのに」


「お前は相変わらず何をして生きているんだ……」


 二人が(というよりもルキアノスだけが一方的に)どことなく疲れる会話を繰り広げるのを眺めながら、小夜も小夜で一人息を切らしていた。

 頭の中では、ルキアノスの声がぐるぐると回り続けていた。


『「それは」、なんだ?』


 耳元で、体の芯が震えるような良い声にそんな風に問い詰められて。


『それは』あなたです。


(……なんて言えますかいな!)


 結局、小夜は挫けていた。

 ルキアノスに向けた言葉は、ただの言い訳だと、十二分に承知している。

 それでも、その言い訳が今の小夜には必要であった。

 ルキアノスはまだ十七歳で、そんな思考に陥るのは思春期特有の青臭い短絡的な思考結果に過ぎないと。誰が誰を好きとか、そんなことに興味が向くのも、彼がまだ幼いからだと。

 自分の中で明確に理論立てておかなければ、勘違いしてしまいそうになる。


『お前の、想い人か?』


 だって、その問いに特別な意味は欠片もないのだから。


(壁ドンにときめくって言ったヤツ出てこいや!)


 小夜はぜーはーっと呼吸も荒く憤りながら、両手の拳を握り締めていた。


(ときめくって、年寄りには心臓への負担が半端ないわ!)


 それは両片思いの男女限定だと頭では分かっているが、今も小夜の心臓はドッドッドッドッと煩くがなり立てている。誰かに当たり散らさなければ気が済まないくらいには、心身共に負担が大きかった。


 だから男のけたたましい登場は、小夜にとっては大いなる救いであった。男が現れなければ、小夜は言わなくてもいいことをもっと口走っていたことであろう。これ以上ないくらい怒らせて、嫌われて、その上更に軽蔑されるのでは、最早生きていかれない。


(あぁ、神様に見える……)


 その超限定的局所的神様はというと。


「それで、お前は何故こんな所にいるんだ。二年は帰ってこない予定ではなかったのか?」


「そのつもりだったのだが、俺の可愛い妹がどうにかなったと聞いたのでな! ちょっくら戻ってきた!」


「ついでに復学していけ」


「それは嫌だ!」


 よく分からない押し問答をしていた。


(いや、分かるんだけど、多分そうなんだろうけど)


 二人の会話から、小夜にもこの人物が誰なのかおおよその推測は出来ていた。クィントゥス侯爵家の人間で、ここにいる人間の兄で、人生を愉快に生きている男。

 だが小夜の中でその人物は侯爵家次男で、十七歳で、自由の人であった。


(なんか、イメージが全然違う)


 自由に生きているらしいことは疑いがないが、見た目のいかつさからとても十七歳――ルキアノスと同年代には見えない。しかも復学という単語から、学校を卒業する前に外の世界に飛び出したらしい。貴族社会にあって、自由すぎる。

 だがそんな呑気な感想も、小夜に視線がぶつかった瞬間、吹き飛んだ。


「んんん?」


「!」


 ルキアノスに向けられていた圧が、ぐいんと小夜を射抜く。


(なんだろう、美形なんだけど、多分格好いい部類のはずなんだけど)


 そこはかとなくお近づきになりたくないのは何故であろうか。既にこの時点で、小夜の中のイメージは真夏の砂浜で白い歯をきらりと光らせて親指を立てるマッチョであった。偏見である。

 しかし男は実に自然な流れで小夜の両手を掴みあげていた。


「もしやこちらのお嬢さんが噂のお小夜さんか!?」


「お、お……」


 耳慣れない単語の連続に、小夜は初っぱなから出鼻を挫かれた。


(二十八歳を掴まえてお嬢さんて! 大体お小夜ってなんじゃ。いつの時代のひとよ)


 だがここで突っ込んでも良い方向には転がらないと何故か確信出来たので、無難にスルーしておく。


「はい。そうで」


「俺はクレオン・クィントゥス。セシリィの兄にしてルキアノス殿下のご学友だ!」


 す、と言い切る前に怒濤の自己紹介を捩じ込まれた。やはりルキアノスの気安さは、クレオンの人柄だけでなく、同級というのが大きな理由であったようだ。

 しかし、疲れる。


「だろうと思いました……」


「やや! なんというご明察! 貴姉とは仲良くなれそうだ!」


「なぜに!?」


 掴まれたままであった両手を上下にぶんぶん振られながら断言された。根拠と脈絡のどちらに突っ込んだのか、もはや小夜にも分からなかった。


「だからお前は何しに来たんだ!」


 それを見かねたのかどうか、ルキアノスが額に青筋を浮かべながら二人の間に割り込んできた。やっと小夜の両手が解放される。

 だがクレオンは邪魔されたとも思っていないようで、変わらずにこやかにルキアノスの肩をバシバシ叩く。


「だから言ったではないか。麗しの我が妹に会いに来たと! 見付かったのだろう?」


 その一言に、振り回されていたルキアノスの表情が一変した。小夜を背に庇うようにして間合いを空け、クレオンを睨む。


「侯爵当ての手紙は先ほど書き上げたばかりだぞ。どうやって知った」


「それは企業秘密だ。おっと、殿下の部下は皆忠実で、内通者などいないことは俺が保証しよう」


「そんな保証は要らん!」


「それもそうか! 部屋はこちらかな?」


 がははっと笑いながら、クレオンがごく自然に別のドアノブに手を伸ばす。実にマイペースであった。


(新人営業もわりと人の話聞いてないし、マイペースだなぁとは思ったけど)


 クレオンはそもそも話を聞く気がないタイプのようだ。

 ルキアノスが青筋を立ててドアの前に割り込む。


「セシリィは見付かった時気を失っていた。まだ目を覚ましていない。だから」


「おお! 妹のことをそこまで心配くださるとは! ついに二人が仲直りしたのか、それともあの噂が真実なのかな? 兄は歓迎するぞ!」


「バカ! そういう意味じゃない!」


「俺は常々殿下の兄になりたいと心から思っていたんだ!」


「絶対お断りだ! 放せ!」


 抱き付かれていた。ルキアノスが青褪めてもがいている。一方の小夜は、


(全然腐女子レーダーが反応しない……)


 ドアの前に移動した茶番に、どうでもいい敗北感を味わっていた。

救いの神・兄。

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