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バッドエンド

 露店の始まりは果物や野菜の店であった。

 商品ごとにある程度の場所が定められているのか、似たような商品が続く。その次は生地屋で、少し進むと髪飾り、花飾りとなったり、突然金物や食器、香辛料を売っていたりする。ハーブやお茶や酒類のゾーンもあった。

 だが最も人が多かったのは飲食店の並びであった。待ち時間があるせいでもあろうが、あちこちの店で人が並んでいる。ここの辺りだけは、人の流れが外側に膨らんでいた。


「何か食べます?」


「そうだなぁ」


 香ばしい肉や香辛料の匂いから、蜂蜜や果物の甘い香りに変わった辺りで、ラリアーがそう聞いた。小夜は歩みを緩めながら店先を眺めていく。

 朝食は寮ですでに済ませていたが、今日の目的はセシリィの足跡を辿ることだ。髪飾りやお茶類の所でも思ったが、セシリィが自分で買い物を試みようと思った可能性は高い。問題は、何を買ったかだ。

 幸い、小夜の手元には、メラニアから預かった銅貨や銀貨がある。貴族が買い付けるような店なら、一緒に借りたハンカチの家紋を見せればツケも出来るそうだが、それではセシリィはきっと満足しない。


(でも、借りたお金だものなぁ)


 出来れば無駄な消費はしたくない。究極を言えば、買わなくても買った場合の行動はトレースできる。

 だがふと、ラリアーはどうだろうかと思い立った。


「ラリアー様は、朝ごはんは食べましたか?」


「まぁ! 小夜様、あたしに敬称は不要です。話し方も普通にしてください」


 ぎゅっと捕まっていた腕に力が込められた。計算だろうと分かっているのに、可愛いもんは可愛いもので、困ってしまう。


(こりゃ、男だったら即陥落だな)


 しかも何気に回答が来ない。小さな圧力を感じ、小夜はまぁいいかと改めた。


「ラリアーは、朝ごはんはもう食べた?」


「はい! 寮でしっかり。でも小夜様と一緒にデザートも食べたい気分です」


「…………」


 これが妹とか姪だったら、こんなにも複雑な気分にはならなかったであろう。


(なんでこんなに好かれとんのじゃ?)


 内心で大きく首を捻りながらも、答えが出そうにないのでさっさと思考を切り替える。

 安くて、軽くて、少ないもの。という思考の結果、目が止まったのはコロンと可愛いピンポン玉ほどの焼き菓子だった。

 ラリアーに了解を取って購入し、流から外れて噴水の前で食べる。食感は、シュークリームの皮をサクッと焼き上げたような軽い口当たりのものだった。甘過ぎず、食後には丁度よい。

 ヨルゴスもどうかと聞いたが、無言で首を横に振られた。


(それにしても……)


 小夜は、シュケットというらしいお菓子をぽりぽり食べながら、目の前を流れ続ける人混みをぼーっと眺め続けた。

 基本的には観光客よりも忙しそうな人の方が多い。常に動き続けるこの流れの中では、途中で誰かが腕を引かれて路地に引き込まれても、気付く者はそう多くないだろう。


「セシリィは、何を知りたかったのかなぁ」


 ぽっと出ていた言葉だったが、思いがけずラリアーから返答があった。


聖泉の乙女デスピニスについては、最初に聞かれましたわ」


「やっぱりそうなんだ?」


「えぇ。庶民の間ではどのような噂があるのかって」


「どんな噂があるの?」


「あまり変わらないと思いますよ。乙女が現れたことで王様への印象が良くなったとか、聖女が神殿に入ればこの国はますます神々と大精霊の恩寵を賜るとか」


 神殿、と言われ、小夜が思い出したのはやはり乙女ゲームの方であった。確か神殿は王家と対立関係にあり、ヒロインを取り合って度々邪魔をしてきていた。ヒロインを神殿側に渡さないと聖女とは認めないとか、乙女と結婚するならば共に聖職者となるべきとか。

 特にバッドエンドでは、神殿側の策略により二人は引き離され、悪役令嬢には「ルキアノスが王太子の座を狙っている」と吹き込んで暗殺者を差し向けられたりする。そして最終的にはヒロインを庇って負傷し、ヒロインを聖泉から元の世界に送り返すことで離れ離れとなるのだ。


(……こわ!)


 ゲームでは常にルキアノスの声に耳を澄ませることが最重要事項だったため気にしていなかったが、こうして考えてみるとかなり怖い話だ。この世界ではヒロインに当たるファニがルキアノスを選んでいないからその可能性はないはずだが、エヴィエニスにもバッドエンドはある。末路は似たり寄ったりな気がする。


「そういえば、広場ここにも神殿がありますね。後で寄ってみますか?」


「あ、あれがそう?」


 ラリアーの視線を追うと、周りに列柱のある建物があった。成る程、他の建物よりも装飾が多く、豪華で雰囲気がある。


(もしかして、本命は神殿こっちとか?)


 学校でも、セシリィは聖拝堂で調べ物をしていた。十九年前の戦争。神殿にしかない資料。念願の聖泉奪還。けれど実際には王位を巡る内乱で、それには神殿は関わっていないはず。


(なんか……気になる)


 そう思うのは、小夜の念頭にゲームのストーリーがあるからだろうか。

 ぽりぽりと最後の一個を口に入れながら、うーんと唸る。


「……それはそうと、なんかさっきから視線を感じるんだけど」


「そうですか?」


「ここで飲食って、ダメだったのかな?」


 他の人たちもちらほら食べてるから良いだろうと思ったのだが、集団マナー違反だったろうかと心配になる。確かに、伝説の王様と乙女の下でぽりぽりしてるのは良くないかも、とそわそわし出した時、その耳にわぁ……と歓声が飛び込んできた。


「な、なに?」


「あ、大道芸ですよ!」


 ラリアーが楽しそうに背後を振り返った。小夜もそれに倣うと、噴水の向こう側で宙に浮かんだ女性が見えた。


「わ! なんでなんで?」


 驚いて噴水を回り込んで見ると、そこには円形に人集りが出来ていた。その中心で、女性は身長の半分もありそうな大扇を片手に体を捻り、跳び、また扇の上に着地してと、体重がないのではと思えるような身のこなしで次々と軽業を披露していく。

 もし彼女が肩に薄い被帛ひはくを靡かせていれば、小夜は間違いなく天女だと思っただろう。だがラリアーは大道芸と言った。つまり彼女は人間ということになる。


「彼女は四技師みたいですね」


「四技師?」


「力の源は魔法と同じらしいですが、それを芸に特化させた者たちの総称ですよ」


 耳慣れぬ単語に、ラリアーは子供のように目を輝かせて教えてくれた。

 四技師とは、魔法の四元素と源を同じにする力で、それを攻撃や生活などではなく魅せる曲芸にのみ特化させた者たちを指す言葉だという。魔法使いと言っても間違いではないそうだが、彼らは矜持を持ってその名を使っているという。


(魔法といえば一つの使い方しか出てこない話の方が多い気がするけど)


 交流が難しくなれば、場所ごとに独自の発展を遂げるのは当然の気もする。閉鎖的な環境であれば、攻撃よりも娯楽に向くのも必然なのかもしれない。

 実際、出身は大陸西端や山脈の北側に多いとかで、彼らに魔法使いとか四技師という単語を使うと、静かに怒りを買うのだとか。


「彼らは一つの力だけを極めるのが基本で、彼女のように風なら風舞師アイセとか、水なら水遊師ウラーとか、それぞれに呼び名があるんです」


「へぇ。ラリアーは物知りだねぇ」


「母が元々北に近い出身らしくて、教えてもらったんです」


「あぁ、そうなんだ」


 そういえば、諸国を旅している間に出会ったと言っていたと遅れて思い出す。

 などと話している間に、風に髪を靡かせて女性が空から一回転して着地、扇もくるくると回転しながらそれを追い、女性の手に触れるや今度はくるりと横回転をして、まるでダンスを踊るように女性の周りをスピンする。そして最後にパチン、と高らかに扇が閉じられ、お辞儀。と同時にわぁっと賑やかな拍手が辺りに広まった。

 女性はほのかに頬を上気させて満面の笑みを浮かべ扇を置くと、代わりに地面に置いておいた帽子を手に持って人の輪に向かっていく。

 小夜も慌てて銅貨を二つ取り出した。小夜たちのいる辺りは最後の方で、やっと回ってきた帽子にちゃりんと銅貨を落とす。


「ありがとうございます」


「素敵でした」


 観客たちに丁寧にお礼を述べていく女性に、小夜も去り際に短く賛辞を送る。芸の最中はとても若々しく思えたその顔は、今は距離の近さもあり、同年代のようにも見えた。


「さて、じゃあ次は神殿に」


 大変満足した小夜は、晴れやかな気分で人の輪から離れ、踵を返す。その腕を、突然背後から凄い力で掴まれた。


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