表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/189

きゃっきゃうふふ

 帰り際にツァニスに確認したところ、失踪した他の二人は調べ物には来ていなかったと思うとの回答であった。


(なんか、全然進展してない気がする)


 とりあえず、セシリィの足取りは全くの不明だ。

 ということで、小夜は聖拝堂を離れてすぐ、失踪当日の足取りを追うことを提案した。


「いいが……途中までしか分からないぞ」


「なんで途中までなんですか?」


「魔法での探索は何度も試みたが、ある場所で途切れるんだ。恐らくそこで拐われたか、気配を消す魔法を使われたかだ」


 言われてみればそうかと、小夜は軽く失念していたことを思い出す。この世界の魔法は地味でものぐさなイメージしかないが、それでも科学では莫大な手間と技術と費用がかかりそうなことを祈りひとつでやってしまえる。

 セシリィの場所の特定くらい、と思ったが、それを阻む魔法があるのもまた必然ということか。


「その魔法が使われた場所が分かるなら、魔法の痕跡みたいなのは分かったりしませんか?」


 小夜は名案とばかりに指を立てた。頭の中のイメージは、鑑識ばりに浮かび上がるアニメの中の魔法である。


「ほら、魔法には相性があったじゃないですか。どんな魔法かだけでも分かれば、その相性の人だけをまず絞るとか」


 この世界では、魔法を使うに際し、それぞれに得意とする分野がある。火や風などで、それらを良相性と呼んでいた。ルキアノスは確か土だ。一瞬で土の壁に閉じ込められた記憶は、中々にショッキングであった。

 だが小夜の提案に、ルキアノスは険しい顔で首を横に振った。


「それも出来ない」


「どうしてですか?」


「セシリィの痕跡が途切れたから、そこから魔法の痕跡に切り替えたが、何も出なかった。魔法の痕跡まで消滅させることが出来るのは、死の神タナトスに願うことだけだ」


「死の神……」


 突然の物騒な名前に、小夜は頬を引きつらせた。

 創生神話における第一の神々で、生の神ビオスの対であることは前回の授業で嫌々覚えさせられたが、小夜の中のイメージはどうしても大鎌を携えた骸骨スケルトンであった。

 本来は魂の終焉の導き手であり、死の瞬間に全てを視る公平な裁判官でもある。決して不吉でも厭われる存在でもないのだが。


「良相性というのは人間が勝手にそう呼んでいるだけで、実際には神の恩寵を賜ることに近い。それは生まれながらのものもあれば、使用頻度の高さによる場合もある。そして死の神タナトスに限れば、恩寵を賜るのは使いすぎた者だけだ」


「賜ると……どうなるんですか?」


「生死の流れを断ち切られ、死の神の眷属となる。だが人間種が大精霊のようになることはない。生ける屍だという」


 ごくりと生唾を飲み込んだ小夜に、ルキアノスは沈痛な面持ちでそう告げた。そこにはセシリィを拐った者への敵意以上に、禁忌に近づく者への憂惧ゆうぐが少なからずあった。

 セシリィを拐った者には、それ程の覚悟があるのか、それとも。


(……重いよ、製作!)


 どちらにしろ、小夜の心中はそちらであった。


(あのゲームそんななの!? ハーレムできゃっきゃうふふじゃなかったの!?)


 ファニの時も思ったが、そんな裏事情はちっともお呼びではない。元の世界に戻っても気楽にプレイできなくなるではないか。

 かつては大好きな声優さんをよくぞキャスティングしてくれたと心の底から讃えた顔も知らない製作陣を、今は心の底から呪う。

 それはともかくとして。


「つまり、地道な聞き込み調査しかないというわけですね……?」


 勝手に余計な体力を徒労した小夜は、疲れた声でそう結論付けた。


「一応、一通りのことは済んでるぞ?」


「でも、他に出来ることもないですから……」


 申し訳なさそうに答えると、ルキアノスは逡巡の末「分かった」と頷いてくれた。馬車を取りに二人で第二王子の学寮へ戻る。





 聖拝堂での資料見学もあり、時刻は四時を過ぎていた。冬ということもあり、外は既に日が暮れ始めている。西の空と建物がオレンジ色だ。


「馬車を回してくれ」


 寮から出てきたヨルゴスに、ルキアノスは簡潔に事情を説明してそう指示した。馬車が寮の前に横付けされるまでの間に、エレニには二人の外套を用意してもらい、アンナには伝言を頼む。


「ニコスに調べ物を頼むと。女生徒二人が十九年前の戦争について調べたかどうかと、男子生徒に関しては編入前の学校と編入理由を。あとファニについても、本人に気付かれないように調べたかどうかを」


 つらつらと用事をどんどん積み上げていく主人に、効率人間のアンナは欠片の動揺も見せず平然と承っていく。メモがあって当然の時代に生まれた小夜には、それだけでも驚異に見えた。だがそれ以上に。


(ニコスさん、ごめんね……!)


 まだ再会出来ていない多忙な侍従長に、心の中で謝った。自分が気にしたせいでニコスが過労で倒れれば、アンナに会わせる顔がない。





 ヨルゴスが手綱を取る馬車は静かに学校を出て、夕暮れの市街を進む。その中でルキアノスとともに揺られながら、小夜は一人この後のことを考えていた。


 セシリィは、小夜にゲームの知識を期待したのだろうが、誘拐犯を手引きするはずのセシリィ本人が消えている。しかもゲームでは実行犯は雑魚扱いで、イラストにさえ出てこなかった。

 手懸かりなどないに等しい。


(確か……謹慎中に下町で知り合った……ゴロツキだっけ?)


 そんな簡単な一文で終わらせられていたと思う。何せ小夜にとって、喋らないキャラはキャラではないので、存在していないも同義であった。

 そして小夜はセシリィの謹慎中に出会ったとは言え、それは最終日であった。それまでの行動は分からない。


(メラニアさんがいれば屋敷から出さないだろうけど、あの時はまだいなかったしなぁ)


 セシリィのことは信じているが、その行動力もまた信じている小夜であった。


(不良やヤクザの溜まり場を当たったいけば、そのうちヒットするのかな?)


 ゲーム通りならばそれも良さそうだが、小夜一人で突撃すれば一軒目であえなく死ぬアウトであろう。自分に主人公補正がないことは、自分が一番よく分かっている。

 何より、不穏分子については真っ先に確認に回っていることは、ルキアノスから聞いている。それで何も情報がないのであれば、事務職デスクワークしかやってこなかった二十八歳の腐女子に分かることなどない。

 などと考えていたら、馬車が停まった。


「着いたぞ」


 ルキアノスの声で、小窓の外を見る。まず目に入ったのは、広い空間において頭ひとつ出ている鐘楼であった。


(ヨーロッパのどっかみたい)


 最初に出てきた感想は、それであった。夜な夜な意味もなく画像検索した外国の都市の風景が、幾つも脳裏を駆け抜けていく。白い壁に赤煉瓦の屋根、どうしてそこまで広いのかというほど広い広場と、反対にとっても狭い路地。

 こんな時だというのに、小夜は胸が高鳴るのを抑えることが出来なかった。ヨルゴスが開けてくれた扉から、よろよろと外に降り立つ。


(すごい……なんか、本物だ……)


 無数の靴が毎日毎日踏みつけていくせいで角がすっかり丸くなっている石畳の上に立って、呆然と周囲を見渡す。

 馬車が停まったのは、予想通り相当広い広場であった。馬車を停めても、まだ十分な余裕がある。中央には、水と戯れているような美しく妖艶な女性像を中心とした噴水があり、反対側にも膝をついた男性と、その手を取る女性の像が高い台座の上にある。

 その周囲に広がるのは屋根の高さが全てちぐはぐな建物のたちの壁だ。隣り合う建物には隙間がなく、路地に向かうはずの場所にさえ、アーチの上に建物が作られ、空間を少しも無駄にするまいという意地を感じる。かと思えば反対側にあるのは大きな一つの建物で、外周にはアーチで繋がった列柱が並ぶ。


(教会、とかかな?)


 正確には、シェフィリーダ王国では聖拝堂と呼ぶが、今の小夜はすっかりただの日本人観光客になっていた。

 王立タ・エーティカ専学校の校舎や学寮、クィントゥス侯爵邸を見て、日本文化とはまるで違うことは既に承知していた。だが初めて見る市街の風景は、より一層強く小夜にそう感じさせた。


(路地が……意外と狭くない)


 四方に伸びる道を眺めながら、あぁと気付く。現代に見るあの入り組んで狭く統一感のない壁の連なりは、過去には広かった道に、流入し続ける人々が家を建てた結果なのかもしれないと。


(馬車も馬もない庶民には、広い道なんて無用の長物だもんね)


 けれどこの周辺はそうではない。ほとんどの道は馬車がすれ違えるほどに広く、建物はどれも一つ一つが大きい。つまりこの辺りは、学校のある貴族街を出てもまだ裕福な者が多い区画ということなのだろう。


「ここはアゴーラ広場だ。朝には市も立つが、さすがに夕方は閑散としてるな」


「毎日ですか?」


「あぁ。城外の村からも売りに来て、それなりに賑わうらしいぞ」


 教えてくれるルキアノスの言葉が伝聞形式で、やはり王子は庶民の市場に足を運ぶことはないのだと知る。


(それもそっか)


 つまりセシリィにもこの場所は馴染みの少ない場所で、見聞を広めるために訪れた可能性は十分ある。だがさすがに、ゲームであったようなゴロツキがいそうな貧民街にまでは行かなかったということであろう。


「でも、この人出で、閑散してるんですか?」


 一通りの建物と空間を存分に嘗め回したあと、小夜は肝心なことを聞いた。目線の先には、噴水の縁に座ったり立ち話をしている老若男女が少なくない数いるし、列柱の向こうにも忙しそうに走っていく男性も見える。通りにも常に数人が行き来し、閑散とは言えない気がする。


(閑散っていうのは、地元の死にそうな駅前のことを言うんだけどなぁ、私は)


 いつも人集りを見ているか人集りの中心にいる人物とは、どうやら基準が違うようだ。そして小夜は、嫌な予感を抱きつつ次の質問に移った。


「ちなみに、セシリィがいなくなったのは、何時頃かは……?」


「詳しい時間は分かっていない。朝食を済ませたあと、すぐに出掛けたことは分かっているが」


 朝食後ということは、少なくとも午前中にはここに辿り着いていた可能性は高い。この広さの中、半分近くの面積に露店を広げ、荷馬車を繋ぎ、大道芸人が披露し、大勢の労働者や使用人や観光客が行き交うであろう市場が開いているこの場所に、午前中に。


「…………マジか」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ