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報連相はちゃんとしようよ

「とりあえず、近々きんきんでしなきゃいけないことを知りたいんだけど」


 身支度のあとに運ばれてきた朝食を平らげたあと、小夜はついに本題に踏み込んだ。


 ゲームの設定と酷似しているとはいえ、本当にここが剣と魔法が常識の世界で、お嬢様が貴族や富裕層の平民が通う学校に在籍していたのかどうかは、まだ信じきれていなかった。

 その為に更なる説明を求めたのだが。


「何もしなくていいわよ」


 随分投げやりな返答が来た。

 お言葉に甘えてベッドにとんぼ返りーーしようとしたが、ドレスと髪型が整いすぎていて引けてしまった。庶民根性が憎い。

 代わりに、壁際に置かれた猫足の長椅子に腰かける。気分は貴婦人である。


「そもそも、わたくしは別の世界に逃げて見捨てる予定だったのですもの。あなたが好きなように振る舞ったとて一向に構わないのよ」


 曲線が美しい金箔の手すりにとまって、トリコが続ける。その声は、本当に何もかもが嫌になったという風だった。


(こんなにハキハキしててもまだ十代なんだし、そりゃ思い詰めて悩むってもんか)


 ついつい、その美しい肩羽を撫でる。今度は怒ることもなく、気持ちよさげに目を瞑った。


「できれば私もそうしたいんだけど、このままこの家にいて、誰かがしょっぴきに来たりしないの?」


「…………」


「なぜに黙る」


 沈黙に不穏なものを感じ、がっしとトリコの体を両手で鷲掴んでいた。鳥の目が、明らかにあらぬ方に逸れる。


「……今日なの」


「ん?」


「今日、謹慎がとけるの」


 ぼそぼそと白状したのをまとめると、どうやら昨日までの十日間、例のヒロインへ悪質な嫌がらせをしたという理由で、自宅謹慎を命じられていたらしい。

 それが開けると同時に学校から迎えが来るのだが、それに捕まれば退路がなくなるから、昨夜のうちに入れ替わりの魔法を決行したのだという。


「聞いてない!」


「言ってないもの」


 昨夜に引き続き、二度目のデジャビュだった。

 脳裏に能天気な新人営業の顔がよぎる。


「報連相はちゃんとしようよ!」


 いもしない営業へのいつもの文句が勝手に口から飛び出していた。


「どうして突然食材管理に文句をつけるのよ? そもそも育ててないと思うけれど」


「…………」


 見当違いな返事が来て、そう言えば今仕事中じゃなかったと思い出す。が、問題は残念ながら片付いてはいなかった。


 押し声優キャラ以外のルートをほぼほったくっているが、恋敵キャラの末路は大体似たり寄ったりだったと聞いた気がする。

 婚約者である第一王子のため、王太子の地位を危うくさせる障害を陰ながら排除する侯爵令嬢。ヒロインが第二王子と結ばれようとすれば、ヒロインを学校から追い出そうと嫌がらせを繰り返し、第二王子に守られる展開だった。


(そのときの囁きボイスがもう蕩けるくらい完璧だったんだよね!)


 つい連想で思い出して身悶える。

 顔もだらしなくにやけていたらしく、


「……何考えてるのか知りたくもないけれど、わたくしの顔でそういう気色の悪い崩壊ぶりをするのは止めていただけないかしら」


 凄く冷たい目で見られた。

 知りたかったら、三時間くらいかけてあのセリフの素晴らしさを語ってあげるのに。


 それはともかく、ゲームでは嫌がらせの謹慎明けからが、本編佳境の走りだったはずだ。

 具体的には、暗殺とか暗殺未遂とか暗殺者の手引きとかそんな感じの色々だ。


「ぅおっふ」


「好きね? その奇声」


 ちょびっと血の気が引いた。嫌な予感に、ぎぎぎ、と脊髄の反応がロボット開発初期かと思うほどに鈍くなる。


「それで、退路がなくなるってのは具体的に、」


 どういうこと、と言い切る前に、扉がノックされた。

 トリコと顔を見合わせる。


「入室許可を求めてるのよ」


 返事をしない限り入ってこないということだろうか。

 思わず窓を見てしまった。


(逃亡したら……後ろから射殺されたりするのかな)


 ゲームでは銃こそ出てこなかったが、代わりの飛び道具として魔法がある。

 脳が勝手にスクリーンとなって【DEAD END…】のロゴ文字を再生する。見付かって撃たれたらそれこそ終わりだ。


「ちなみに、この状態で死ぬと、私ってどうなると思う?」


「わたくしの肉体とともに滅ぶか、もとの肉体のもとへと戻るか、二つに一つでしょうね」


 そりゃそうだろう。

 そのどっちかを知りたかったのだが、そこまでは分からないと言われてしまった。

 つまり、分の悪い賭けはしないが賢明らしい。


「セシリィお嬢様、お客様がおいででいらっしゃいます」


 しびれを切らしたのか、扉の向こうで侍女らしき人が用件を切り出した。


「下の応接室でお待ちいただいておりますが、いかがーーあっ」


 声が不自然に途切れたかと思うと、がちゃりとドアノブが回る音がした。花の装飾を施された扉がゆっくりと開かれる。

 果たして現れたのは、二人の男性だった。


「おぉ……」


 誰? とは言わなかった。何故ならどこかで見たことのある顔だったからだ。


(どこって、もはや出典を明記する必要がないくらいゲームしかなんだけど)


 まず前に出てきたのは、短めの黒髪にアイスブルーの瞳を持つ、細面の美形だった。長身から見下ろす切れ長の瞳には、あからさまな冷たさと嫌悪を宿している。


「エフティーアよ。王太子の乳兄弟で、カブァフィス伯爵家の嫡男、十八歳。殿下の最も信の厚い人間の一人よ」


 トリコが小声で説明してくれる。

 やはりゲームと同じようだ。攻略対象の一人でもあり、担当声優は若手の有望株で、淡々とした喋りが癖になる良さがある。


 その後ろに立つのは、拳ひとつ分背の低い、赤みがかった茶髪に碧眼の美形だ。少し垂れぎみの目尻は笑えば愛嬌がありそうで、エフティーアよりは恐ろしさは感じない。


「王太子付きの近侍よ。名前はレヴァン・マクリス、十七歳。でも、この者はあまり信用しない方がいいわ」


 続く解説に、小夜は思わず残念と呟く。好きな声優に少しだけ声が似ているので、押しキャラが終わった暁には攻略してみようと密かに狙っていたのに。


 それはそれとして。


 皆さん、お気付きだろうか。

 この時点ですでに美形が飽和状態であるということを。


 ここがゲームの中だと仮定した場合、出てくるのもまたゲームのキャラだけ。つまり美形だけ。ついでに言えば、こんなお屋敷に勤める侍女ともなれば、それなりの器量よしであるのもまた必然。


(この部屋だけで顔面偏差値が雲を突いている)


 軽く底辺を感じる小夜であった。そして小夜はもう一つの事実にも気付いてしまった。


(ハーレム作ってその中に居座れるのは、自分に自信のある奴だけなんだ……!)


 人並みに劣等感がある小夜には、(今はセシリィの顔をしているとはいえ)この空間にいるのが早くも居たたまれなかった。

 早く帰ってくれないかなーと思いながら二人を見る。しかし衝撃は次の瞬間に訪れた。


「セシリィ様。お約束通り、お答えを聞きにやって参りました」


「!!!」


 黒髪の美形ことエフティーアがさらに一歩前に出てそう述べた瞬間、まだ長椅子にぼんやりと座っていた小夜は電気ショックでも受けたかのようにその場に立ち上がった。

 後ろでトリコがバッサバッサと慌てて飛び上がったが、今ばかりは構っていられない。


(だって! 声が! お声が!)


 聞いたことのある声だったのだ。もちろんゲームの中で、である。

 気付けば両手を組んで、舞い降りた天使を迎え入れるかのような純粋な瞳で眼前の男を崇めていた。


「……な、何なのですか。今さら許しを乞おうとも、釈明の機会を拒否したのはそもそもあなた様の、」


「美しいお声ですな」


「方でーーはい?」


「あぁ、心の声が漏れてしまった! いつもは届かないから平気なのに……声優様のお声を遮るなど声ヲタにあるまじき愚行! ささ、どうぞどうぞ、構わずお続けください!」


 今にも胡麻をすりだしそうな勢いで、両手を差し出して先を促す小夜。


 全員ドン引きであった。いつもは程々で突っ込んでくれるトリコまで、長椅子の足に隠れて怖い顔をしている。


「……セシリィ嬢は、どこかお加減がお悪いのか?」


 エフティーアが顔を引きつらせて、背後で背景と化していた侍女に囁く。


「それが、今朝おぐしを整えていた時にも、啓示がどうとか、鳥が親友とか仰っていたそうで……今朝を迎えるに辺り、気が触れてしまったのではと」


 どうやら、朝一番に会った侍女はお願いした通り、同僚の皆さんに伝えてくれたようだ。


(気は触れてないんだけど、ちょっと最初からとばしすぎたかな)


 二人の内緒話を聞き、一人場違いに興奮していた事実に気付いて、しゅう、と静まる。が、それも一瞬だった。


「っふふ」


 と、なんとも優雅な笑声が聞こえてきたのだ。


「!!!」


 センサーが勝手に反応して、拝む方向がぐいんっと変わる。


「セシリィお嬢様ってこんなに愉快な方だったっけ? 怒ってるか蔑んでる顔しか見た記憶がないんだけど」


 付き添いか護衛が役目なのか、エフティーアの後ろでそれまで黙っていたレヴァンが楽しげに目を細める。それは独り言に近かったが、挙動不審な小夜を小馬鹿にしていることは明らかでもあった。


 が、小夜にはどうでも良かった。何故なら。


(声が! やっぱり似てるぅー!)


 今にも歓喜の舞を踊り出しそうな勢いで崇めていたからである。

 大好きな声優の声を聞き間違えることはないのだけれども、似てるということはつまり、好きな傾向という観点で言えば、ドンピシャなわけで。


「びび美声げふっ」


「だから気色悪いのよ!」


 クェェエ!

 という鳴き声とともに後頭部に鉤爪の飛び蹴りが入った。咄嗟に、組んでいた両手をほどいて身を守る。

 いくら絨毯が高そうで毛足が長くても、鼻をぶてば痛かろう。三十路の平凡女の顔だったら少しくらい平気だが、借り物のお顔に傷をつけては申し訳ない。


(いや、首謀者だからいいのかな?)


 一言余計を頭の中だけで処理して、小さな犯人に向き直る。目が据わっていた。


「ご、ごめん、トリコ。でも耳から突然ご馳走が入ってきたもんだから、おっとヨダレが」


 ごしごしと口許を拭う。

 言い訳がましいどころか台無しであった。

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