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浮気野郎を責められない

(壮観……!)


 寮生会室に足を踏み入れた小夜の、最初の感想がそれであった。

 そこに居並んでいたのは、揃いも揃って美形ばかりが五人。顔を見ただけで、脳内に紹介映像のお声が再生されて涎が止まらない。


「いらっしゃいませ、ルキアノス様。平民代表のアグノスです。以後お見知りおきを」


 最初に痛烈な嫌味とともに笑顔で挨拶したのは、シルバーブロンドに茜色の瞳の青年だ。アグノス・アンドレウ、十七歳。寮生会の寮会長である。平民と言いながらも確か男爵家の嫡男で、国境沿いの辺境地に広大な土地を持つ大地主だったはずだ。

 その声は、昨今は減ったものの、一昔前は主役と言えばこの方、というくらいには聞かない時期はないベテラン声優さんだ。

 ちなみに、ゲーム内の決め台詞は『お前のこと、俺にもっと教えろよ』。


「会計のフラルギロス・ヴェニゼロスです。よろしく」


 その隣で眼鏡のツルを神経質そうに押し上げるのは、鹿毛馬を思わせる髪に榛色の瞳を持つ青年。ゲーム内では会計を務め、実家も金融業を営む実業家だ。

 その声は上品かつ硬質で、特に人を脅す時の低く囁く声が色っぽくて耳を痺れさせる一方、コミカルな役も出来るという守備範囲の広い声優さんが演じる。

 好感度が上がると、『教えてください、この気持ちが何なのか……』と切なげに訴える声が聞ける。


「私はクリスティネ・カラギアーニ。女子寮の寮長よ」


 続いて自己紹介を述べたのは、玄関で対応してくれた女性だ。ルキアノスを上から下まで舐めるように見てから、艶然と微笑む。


「そして、そこで寝ているのは、トゥレラ。会計補佐よ」


 それから、クリスティネはついでのように窓際の机に突っ伏してうたた寝をする少年を指差した。

 トゥレラ・コニアテス、十六歳。緑がかった黒髪はつんつんとあちこちに跳ね、本人の性格を表すように拘りがない。閉じられた瞳はどこか冷めたような灰色をしていることは、既に知っている。

 実家は貿易などで富を成した富豪だが、三男ゆえに年下気質で甘え上手。声もまた少年らしい伸びやかさと気だるい雰囲気とを上手く融合させていて、透明感溢れる少年声が特徴の女性声優さんが声を当てている。

 声優さんの長所を凝縮したような一言『……寝惚けてくっついちゃった』は、あざといながらも一聴の価値がある。


「やっとあたしの番ね!」


 そして最後に、両手を腰に当ててふんむと胸を張るのは、最年少の少女である。


「ラリアー・アンドレウと申します。副書記です。よろしくお願いしますね!」


 ぴょんっ、とルキアノスと小夜の前に出て、可愛らしくお辞儀をする。貴族式でないのは、平民代表という意識からだろうか。だがその素朴な仕草が、十五歳のはずの目の前の少女にはよく似合っていた。

 シルバーブロンドの長髪の一部を頭の左右でリボンで結わえ、茜色の瞳は完熟の桃のような頬っぺとともにきらきらと光を放つかのようだ。ファニの時も思ったが、その若さは眩しくて目に痛いほどである。

 そしてその声もまた、最近よく天然系のヒロインを演じる声優さんと瓜二つで、聞いているだけで癒される。


(兄妹というだけあって、よく似てる)


 名前が示す通り、ラリアーはアグノスの妹で、男爵令嬢だ。だが溌剌とした表情には貴族たちに見えた駆け引きや下心などはなく、笑顔で役員たちのもとに戻る仕草には裏表などなさそうに見える。


(幸せな空間がここにはある……)


 この場に何しに来たのか半ば忘れるくらい、小夜は恍惚としていた。最早奇声も出ない。ただただ仏像に向かって念仏を唱える修行僧のように目をかっ開いて両手を合わせていた。


「……いや、何もしてないからって普通だと思うなよ?」


 その斜め前で紹介を受けていたルキアノスが、視線だけで小夜を見てぼそりと呟く。ハッと正気に帰った。


「あっ、いや! 一番はもちろんルキアノス様ですから!」


 慌てて弁明する。心移りは絶対にしないと断言できる。だがしかし、美声が溢れかえる空間で耳がふらふらと発信源に近寄ろうとしてしまう本能には抗いがたい。


「……そんなことは言ってないだろ」


 だが訴えは受け入れられなかったのか、ぷいと前を向かれてしまった。拗ねたような怒ったような拒絶の声もまた胸にきゅんとくるのだが、さすがにちょっと悲しい。


(私のバカ! これでは世の浮気野郎を責められないではないか……)


 ずーんと項垂れる。そもそも欠片も付き合ってはいないし亭主気取りも甚だしいのだが、気分としては正しくそんな感じであった。


「他にも寮生会の役員はいますが、今はこれだけです」


「あぁ。急なことで無理を言ってすまなかった」


 小夜が無駄な自省をする間にも会話は進み、紹介を済ませたアグノスに気を取り直したルキアノスが応じる。


「ルキアノスだ。今日は時間をいただき感謝する。こちらは、セシリィの友人の小夜だ」


「セシリィの?」


 この一言で、五人の視線が一気に小夜に集中した。そこで小夜は悲しい既視感デジャビュを味わうこととなった。


(顔面偏差値が……雲海の上へ……!)


 しかも今回は、小夜はセシリィではない。つまり凡庸な容姿が一人。


(た、堪えられない! とてもではないが堪えられない!)


 一生に一度はイケメンに揉みくちゃにされてみたいと思わないでもないが、それは美化した自分であって現実の自分などお呼びではない。羞恥心と劣等感が二重螺旋で、それこそ天井知らずであった。


(帰りたい! いやこの美声の波には揉まれていたいけどそれは窓の向こうからハーハー言いながら盗み聞きするくらいの距離感が理想的なのであって内側なかからではない!)


 結局赤くなったり青くなったりしながらその場でのたうち回っていた。


「だ、大丈夫っ?」


「病気か? 発作なのか?」


「気にするな。一種の病気だ」


「気にするだろ!?」


 アンドレウ兄妹が慌てて百面相をする小夜の両側に回り込むが、ルキアノスがそれを冷たく拒否した。驚くアグノスを目顔で下がらせて、小夜の頬をぺちりと軽く叩く。


「お前も、いい加減冷静になれ。セシリィのために来たんだろ」


「ッンハ!」


 耳元での美声の囁きに再び正気づく。


(そうだった! ハーレムの下見に来たのではなかった!)


 そんな下見は恐らくないが、とにもかくにも少しだけ冷静さが戻ってくる。小夜はやっと真っ直ぐに立ち上がると、赤面した顔を隠すためにも深く頭を下げた。


「寮生会の皆様方、初めまして。小夜・畑中と申します。本日はよろしくお願い致します」


 相手は営業のお客様、と何度も心の中で唱える。そうしなければまだまだ表情筋を完全掌握するのが難しかったからだ。


「突然普通に戻ったわ」


「本当に病気じゃないのか?」


 久しぶりに味わうざわざわ感を放つアンドレウ兄妹に対し。


「何だか聞かない響きの名前ね」


「大陸の東端か、北の島国の血筋でしょうか」


 クリスティネとフラルギロスが、それぞれ小声で予想を交わし合う。性格的な位置付けもゲームとそう変わりなさそうである。


(となるとトゥレラくんは最後まで起きないな)


 残念、と肩を落とす。だが情報を聞き出すなら、この面子で十分なはずだ。

 ルキアノスもその辺りの事前調査は既に済ませてあるようで、アグノスに視線を据えて本題を切り出した。


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