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超高音質かつ自動補正

「メラニア夫人は、二日ほどもあの地下室で小夜を探していたんだ」


 クゥイントゥス侯爵家を後にして、ルキアノスの馬車に同乗させてもらってすぐ、はす向かいに座ったルキアノスがそう言った。

 成る程、それは顔色も悪くなると納得すると同時に、疑問もあった。


「二日もなんて、全然気付かなかったです。ここにくる寸前、誰かに呼ばれたような気はしますが」


 あれは確か、乙女ゲームアプリを起動した時だった。と、そこまで考えて、一つの可能性が閃いた。


(あ、もしかして、あのアプリがきっかけ?)


 もしスマホだとしたら、仕事中以外は携帯していたのだから、もっと早く声が聞こえてもよさそうなものだが、そうではなかった。

 ついでに言うと、パジャマから借り物のドレスに着替えた時に確認したが、スマホは持っていなかった。肌に触れているものが一緒にこの世界に来たと考えるなら、あっても良さそうなのに。

 だが仮にスマホの中のアプリがこの世界への扉なり鍵なりと考えるならば、扉は確かに移動先には持ち込めない。


(足が床に触れてたら、家も一緒に来たのかな?)


 ついどうでもいいことを考えた小夜である。


「メラニア夫人の呼び掛けかもしれないな」


 そうか、と頷くルキアノスの横顔に、そういえばルキアノスも補助として一緒に魔法を行使したのだと思い出す。となると、ルキアノスもまた疲れているはずだ。


「もしかして、ルキアノス様も二日間ご一緒に……?」


「いや、オレは仮眠を取っている。夫人に呼ばれて少し補助しただけだ」


 否定する顔はけれど、やはり少し疲れているように見えた。トリコの入った鳥籠を運んだヨルゴスは今は馭者席だが、近侍の彼もまた付き合ったに違いない。


(なんか……申し訳ないな。私が鈍いばっかりに)


 しかしそれを謝っても、お前のせいではないと言われるのがオチだろう。小夜は拳を握って決意を新たにした。


「私、頑張ります!」


「は? 何を突然」


「ルキアノス様も、セシリィを心配してこんなに協力してくれてるんですよね? だから、私も」


 全く繋がっていない会話に目を丸くするルキアノスに、小夜は握った拳を掲げて言い募る。大船に乗ったつもりで、とまでは言えないが、意欲だけは人一倍ある。

 だがルキアノスは、小夜の言葉を最後まで聞くことなく遮った。


「いや、それは違うな」


「え?」


 その声がいつになく低く、一瞬小夜は聞き逃しそうになった。しかし対ルキアノスに対しては超高音質かつ自動補正がかかる。

 小夜は貴重な低音を三度は脳内でリフレインさせて噛み締めてから、


「あの、違うとは……?」


 と口を開いた。ルキアノスが鉄灰色の瞳を細め、物思わしげな表情を見せる。貴公子がいる、とつい見惚れたとき、


「監視だ」


 ルキアノスはそう言った。




       ◆




 馬車が停まったのは、見覚えのある建物であった。

 第二王子が現在使用している特別学寮である。そして前回この世界にお邪魔した際、小夜の欲望を叶えるために無理を言ってルキアノス付きの侍女として一時期滞在していた場所でもある。

 まさかと、不安が過る。


「もしや、ここから先は歩いてゆけと……?」


 確かに侯爵令嬢でもない小夜が、学校まで王族の馬車に同乗させてもらえただけでも破格ではある。だが肝心の入寮先が分からないのだから、ついでに送って頂きたかった。

 などと項垂れていると、実に冷たいお言葉が返ってきた。


「当たり前だろ」


「やはり……」


「どうやって寮の中まで馬車で行くんだよ。そんなに歩くのが嫌だったのか?」


「……へ?」


 予想外の返答であった。意味がすぐには理解できず、数秒固まる。その間にも、ルキアノスはとっとと他の建物よりも明らかに豪華な寮の中へと入っていく。


「えっと、もしや私がご厄介になる寮というのは……」


「? ここ以外にないだろ」


「!」


 気後れしつつの問いに思ってもいない回答が来て、小夜は思わず瞠目した。なぜ、と心の中で叫ぶ。二十八歳が十代たちの学生寮にお邪魔するというだけでも気が引けるのに。


(いやいや、私がそこに入る理由なんてないでしょ? 何で?)


 前回は挙動不審なセシリィや素性不明なファニが監視されていたこともあり、不審者を目の届く所に置いておきたい心情は分かる。

 だが、小夜だ。

 魔法は使えないし、犯罪にも荷担していないし、異世界人だし、二十八歳だし!


(セシリィを探すから?)


 馬車で、ルキアノスがそう言っていた。セシリィがまだ監視対象なのか、別の何かをやらかして再監視なのかは分からない。聞いてもいいことはなさそうだからだ。

 けれどこうなると、聞いた方が良かったのかもしれない、と小夜が頬に両手を当てた時、


「何だよ。オレの側は嫌なのか?」


 ルキアノスが足を止め、拗ねるような声を上げた。

 この時の小夜の衝撃を、お分かりになるだろうか。


「ッッッぎゅんかわ!!!!」


 ムンクの『叫び』を再現しながら地面をローリングした。


「は……? お、おい、収まったんじゃなかったのか?」


 久しぶりの奇行に、ルキアノスがついに狼狽えた。笑い飛ばしもしないということは、つまり相当に気持ち悪かったのだろう。しかし小夜は両手で真っ赤な顔を覆ってその場に蹲るのが精一杯であった。


(なに今のなに今のなに今の! さ、殺人的に可愛すぎるんですけど! 録音、マイボイスに録音……出来ないんだったあ! 機能障害許すまじぃ!」


「待て待て! だから手が傷付くだろっ」


「!」


 無意識に地面を叩いていた拳を、ぐっと捕まれた。ハッと顔を上げると、すぐ目の前にルキアノスの美貌があった。

 バッと手を奪い返して、ザザザッと後ろに後ずさって距離を取る。


「すっ、すみません、つい!」


 つい何なのだとは、言いながらも思った。しかしそれしか言葉が出てこなかったのだ。

 対するルキアノスは、盛大な溜め息を一つ、服についた砂を払って立ち上がる。


「また阿呆なことを考えてたな? 機能がなんだと」


「……また声に出てました?」


「出てたな」


「お忘れ頂けますと幸いです……」


 同じくドレスについた大量の砂をはたき落としながら、小夜は多大な希望を込めて返す。今は違う理由で顔が赤かった。


(やってしまった……。比較的ちゃんと出来ていたと思ったのに……)


 少年役や幼児もこなす彼の声優さんではあるが、あざといほどに可愛い声は貴重であった。ルキアノスが狙ってやったとは思わないが、可愛いことに代わりはない。


「忘れるって言ってもな。相変わらず強烈すぎて、忘れるものも忘れられない」


「申し訳もございません……」


 ルキアノスの声にやっと笑みが滲み始めたが、羞恥心はうなぎ登りであった。顔を俯けながら、とにかく中に入りましょうと手で先を促す。

 ルキアノスはやっと歩みを再開してくれたが、くくっ、と聞こえる笑声に、やはり小夜は身が縮こまる思いであった。



 余談ではあるが、この阿呆なだけの一連が終わるのを、ヨルゴスは鳥籠を抱えたままずっと無言で待っていた。

 誠に申し訳ない。



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