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他者に優しく、自分にも優しく!

「すみません。キャンペーン終了間近ですが、注文入ったのでお願いします」


 出社すると、そんなメモと一緒に十枚近くのチラシが置いてあった。

 三ヶ月前から始まったキャンペーンの申し込み記入欄が設けてあるA4のカラー印刷で、掲示板には営業ごとの売り上げ数が随時記入されていく。


(はぁー、まーた夜中まで頑張ったのねぇ)


 こういうところは真面目なので、頭ごなしに否定できないのが、いいんだか悪いんだか。


(でもねぇ)


 残念ながら終了日は昨日である。





「そういう時は先に電話で言えば良かったでしょって何回言わすのよ!」


 心の叫びが漏れた瞬間、耳元でバサバサァーッと盛大な羽音が鳴り響いた。


「えぇっ? なになに!?」


 と慌てたような声も続く。

 ぱちくり、と目を開けると、なぜかカーテンに囲まれていた。


(や、違うな。これってもしかして、天蓋?)


 周囲を見渡せば、金糸の刺繍が施された深緑色の布とレースとが二重になって周りを囲んでいる。囲まれている小夜はというと、高級ホテルのベッド並みのふかふかさの上にいた。体の上には上等な掛布もある。


「……あれ、寝てた?」


「言うに事欠いてそれ!?」


 突っ込みと共に南国チックな鳥ーーセシリィが枕元に戻ってきた。

 どうやら、突然の大声に驚いて飛び立っていたらしい。


「あなた、突然倒れたのよ。何をしても起きないから、心配になって使用人を呼んで運ばせたのよ」


 そう言えば、喚ばれる寸前まで完徹の勢いでゲームに没頭していたのだった。情報処理が間に合わなくなって、ついに眠気に負けたのだろう。


(夢の中でまた寝るとは)


 器用だなぁ、などと思う。となると、先程見ていたのが夢で、こちらが現実(の体)ということだろうか。


(……逆だったらどうしよう。現実が嫌すぎて気絶したとか)


 ありそうで怖い。起きたらキャンペーンの滑り込みが可能かどうか、本社に問い合わせなければ。


 閑話休題それはそれとして


「ごめんなさい。爆睡してました……」


 心配かけてしまったようなので、しおらしく謝る。あとで運んでくれた人も教えてもらってお礼を言わなければ。


「寝てた、だけ? そう言えば、寝てる最中のようなことを言っていたわね」


 違うのだが、否定はしないでおく。


「それはそうと、その使用人には自分が本物だって名乗ったの?」


「名乗るわけないでしょう。二度と帰ってこないつもりだったのだから……」


 話題を変えたかっただけなのだが、神妙な声で返されてしまった。


「ということは、私がまだ本物だと思われてるってこと?」


「そう。だからくれぐれもそのつもりで行動してちょうだい」


 突然無理ゲーを振られた。


「『わたくし』って、人生で一度も言ったことないんだけど……」


 呟きながら、ゲームの中のお嬢様の設定を思い出す。

 確か魔法や語学、神学に長け、成績は常に上位。文化芸術にも秀で、常に貴族として同年代の手本となるよう自分にも他人にも厳しい完璧主義……。


「ぅおっふ」


「? 何よ、突然変な声を上げて」





 ベッドを降りると、すぐにメイドさんのような格好をした女性が部屋にやって来た。


「ベッドから出ると、魔力の移動を関知して離れた魔方陣に知らせる仕組みよ」


 まさか扉の向こうで起きるまで待っていたのだろうか、と愕然とした小夜に、セシリィがこっそり耳打ちしてくれた。

 初めて(厳密には違うが)出会う魔法がこんなものぐさなものでいいのだろうか。

 と呆れていると、突然の夜襲や誘拐に備える意味もあり、ただ怠けたいだけではないと弁明された。


「侍女が身支度をするから、そこの鏡台の前に座って」


 その言葉に、今更ながら本物か! と思ったが、怪しまれても面倒なので真顔で鏡の前まで進む。


「ぅおっふ」


 また奇声が漏れてしまった。

 それくらい、鏡の中の人物には破壊力があった。


 北欧人かと思うような白い肌に碧の瞳。眉は整えたようすもないのにきりりと優美で、目元は涼しげ。鼻筋は細くまっすぐに通り、頬は薄桃。唇のその潤い具合は、さながら桐箱に入ったさくらんぼだ。腰まで届く濃茶色の髪も豊かに波打ち、その立ち姿は着せ替え人形並みに整っていた。


「お、お嬢様がいる……!」


 恋敵なので声こそ聞いたことはないものの、ゲームの中そのままのご令嬢が、そこにはいた。


(これで本当の私と共通点多いとか、絶対嘘だな)


 身長や体重が近似値だろうと、顔の出来が違いすぎる。こんなにも鏡を見たくないと思ったのは初めてだ。


「お、お嬢様? 何か失礼がありましたでしょうか?」


 びくびくした声に振り向くと、櫛を構えた侍女が軽く青ざめていた。どうやら学校だけでなく家の中でも恐怖政治を敷いていたらしい。

 どうしたものかとセシリィの様子を伺うと、


「気に入らないなら別の者を呼べばいいわよ」


 と言われた。


(やいやい、それはいかんでしょう)


 ゲームの中のお嬢様を完コピするか、なし崩しに本来の自分に寄せるか悩んでいたのだが、ピコンと決まった。

 改めて侍女に体ごと向き直る。


「いいえ。全くもってあなたに非はありません」


「あ、はい、では……」


 明らかにホッとした様子で、侍女が強張った顔を緩ませる。だが本題はここからだ。


「実は地下室で倒れたあと、啓示を受けたのです」


「は……はい?」


「今までの行いを悔い改め、他者に優しく、自分にも優しく! しなければならないと」


 大事なところなので、力を込めて強調した。


「は、はぁ……」


「ですので、今までのような取りつく島もないきつい女はやめます」


「誰がきついというのよ!」


「へっ?」


 突然割り込んだ第三者の声に、侍女がびくぅっ、と周囲を見回す。当然だが誰もいない。


「ですので、これからはそんなに怯えず接してくださいと、他の方々にも伝えてください」


「え? あ、わ、分かりました」


「その手始めとして、この鳥をわたくしの親友第一号にしました。名前は……トリコです」


「安直!」


「…………」


 最早構わず大声で突っ込む鳥ーー改め、トリコ(仕方ない。ゲームのナビゲーターがそういう名前だったのだ)だが、侍女は何故か頷きもしなくなった。


(こっちの世界じゃ、喋る鳥っていないのかな?)


 そういう次元では最早なかったが、自分の頭がいかれた夢説をいまだ捨てていない小夜は構わなかった。一人満足して椅子に腰かける。


(誰かに髪セットしてもらうのって、贅沢だよねぇ)


 気分は美容室な小夜であった。

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