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似た者同士

「え、だって『お母様と話してほしかった』って、前に」


 動揺しながら回想する小夜に、けれどトリコは何がそんなに驚きなのか分からないという風に言葉を続けた。


「言ったわよ? だって小夜はいつまでここにいられるか分からないし、お母様は次いつ帰っていらっしゃるか分からないから」


「……そういう意味?」


 どうやら、母もまた自由人ということらしかった。何をしているお方なのかは、この際追及するまい。


「どういう意味だ? 母親とは、私のではないぞ」


 対する侯爵は、片眉を上げて丁寧な訂正を入れてくれた。勝手に奥さんを故人にしていたとは言えないので、その勘違いに乗っておく。


「あ、はい。そうみたいです」


 とりあえず、クィントゥス侯爵夫人に会える日は期待しない方が良さそうである。


「でもこれで、トリコの誤解は解けた?」


「誤解って……」


 小夜としては全ての疑問が解けてすっきりとした気分でトリコを振り返る。だが意に反し、トリコは浮かない様子であった。


「それでも伯母様が、わたくしが王妃にならなければ無意味と思っているのは、変わらないわ」


「あぁ、それは……」


 晩餐会の前に言われた言葉を思い出す。

 確か『気位が高く、劣る者を見下し、妥協の出来ない性格』で、魔法も強いために嫁ぎ先がないと扱き下ろされたアレである。


(でも、セシリィのことを良く見てるから出た言葉だとも思うんだけどなぁ)


「小夜はどちらの味方なの!?」


 怒られた。可愛い。

 が、そのままにこにこしているとまた怒られるので、ちゃんと弁明する。


「いやいや、そういうのに味方とかはないでしょ? 私はトリコを優先するって決めてるけど、意見は私だけのものだから、誰かに忖度したりはしないよ」


 笑顔で追従できればそれもまた処世術とは思うが、その摩擦の中で三十年近く生きてきたのだから、今さらどうしようもない。


「小夜のバカ」


「はいはい」


 いじけられてしまった。素直に羽を撫でておく。


「どうしたのです?」


「何の話をしている」


 トリコの声が聞こえない二人が、置いてけぼりを食らって解説を求める。かくかくしかじかで伝えると、メラニアは表情は変えず、侯爵が頭が痛そうに手を当てた。


「またその話ですか」


 その顔色を窺うに、メラニアに後悔はやはりなさそうである。どうしてと言っても詮無い気もするが、トリコの納得のため、小夜はメラニアの真意を窺うことにした。


「どうして、セシリィにあんな言い方をするんですか?」


「わたくしは常に事実を伝えています」


 身も蓋もない言い方であった。トリコが首を横に振る。


「小夜、もういいわ」


「そう? でも実際、伯母さんの意見は、私情まみれの見当違いなものってわけじゃないと思うけどなぁ」


「……どういうこと?」


「強いて言うなら、似た者同士っていうか」


「誰がよっ」


 また怒られてしまった。どうやら自覚はないようである。しかし、


「不本意ながら、そう言わざるを得ないでしょう」


 もう一人は、自覚があったようである。メラニアが眉根を引き絞って頷いている。


「イアソン……長兄もそうですが、セシリィも父親に似て優秀な分、頑固で融通が利かず、視野が狭い所があります」


「わ、私だけではないでしょう」


「お前を責めてはいないでしょう?」


 侯爵の慌てたような注釈を、メラニアが淡々と退けて黙らせる。


「その上であの性格ですからね。一度でも自分より格下と侮った相手に嫁いで一生を添い遂げるなど、最初から無理がある話でしょう」


「確かに」


「そこは頷くところでなくてよ」


 トリコに投げやりに突っ込まれた。しかしメラニアには聞こえないので、話は進む。


「実際、わたくしもその思いを経験しました。あれは……わたくし自身ではなく相手にこそ無礼な行いでした」


 長い睫毛を僅かに伏せて、メラニアがそう結ぶ。それは世間知らずな姪を諭すというよりも、メラニア自身の懺悔のように、小夜には聞こえた。


(相手に悪いと思っていても、自分の性格を変えるには途方もない時間と労力がかかるもんね)


 生半な決意では到底変えられるものではない。そしてメラニアも、結局できずに相手から離れる選択をした。


(やっぱり、メラニア伯母さんはトリコのためを考えてるんだ)


 大人が子供のためを思っている。そういったことだけで、小夜は最近胸がいっぱいになる。

 子供は愛されて然るべきだ。形や方法は違っても、上手く伝わらなくても、愛したいから産んだのだと――全人類がそうであってほしいと、願ってやまない。


(年かな?)


 十代の頃には考えもしなかったのだから、きっとそうであろう。致し方あるまい。


「……そんなこと、分からないわ」


 まだ十六歳のトリコが、金の瞳を弱々しく潤ませて項垂れる。けれどそれはきっと当然なのだ。子供は常に前だけを向いている。後ろを――大人を振り返るのは、大人が見え始めた頃でいい。

 ただ今は、トリコが先に進めるように、背を押すことが出来れば幸いである。


「メラニアさんは、今も王太子妃になりたかったと思っていますか?」


「小夜様。それは言葉が違います」


 小夜の直球な問いに、メラニアは何の迷いもなく否定する。


「わたくしがなりたかったものは、王太子妃ではなく、フォティオス様の妻です。あの方が亡くなられたと聞いた時……その想いを確信致しました」


 大切なものは失ってから気付くというのは本当でしたと、メラニアが小さく自嘲する。その笑みがあまりに儚くて、メラニアもまた確かな恋をしていたのだなと、小夜は知らされた。


 もしかしたら彼女の結婚が上手くいかなかったのも、性格だけの問題ではなかったのかもしれない。だからこそ、エヴィエニスに恋をしたセシリィのために王妃になるべきだと諭し、侯爵もまたその教育を正しいと受け入れた。


「誰かに言い触らすようなことではないのであえて口にはしてきませんでしたが、クレオンの悪ふざけを思えば、一度はきちんと話し合いを設けるべきでしたね」


「みたいですね」


 その悔恨が実に生真面目で、メラニアという人柄をよく表している気がした。だからこそ、厳しい言葉を向けられても、セシリィは彼女の教えを守ってきたのであろう。


「ほら、聞いて良かったでしょ?」


 嬉しくなってトリコを見やる。無表情に近い鳥の顔でさえ、ひどく戸惑っているのが手に取るように分かった。


「えぇ、わたくし……伯母様が恋をするなんて、今まで思いもしなかった」


 クェ、と溜め息のように小さく鳴いて、トリコが小夜を振り仰ぐ。


「小夜の言う通りね。聞かないなんて、勿体ないわ」


 その声がやっと晴れやかになって、小夜は至極満足であった。

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