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ま、いっか

 手首に感じた人肌に、パッと魔法の気配が霧散するのが分かる。見ればそれは侯爵も同じようで、瞠目して手の先を追っていた。

 そこにいたのは、


「…………」


 明らかな不審人物であった。


 小夜よりも少し低い程度の身の丈を外套ですっぽりと覆い隠し、目深に被ったフードの下には、更に顔半分を覆う烏のような仮面をしている。小夜から見えるのは薄い唇だけで、この近さでも性別を推察させない。


(ていうか、そもそもどこから現れたんだ?)


 こんなに目立つ人物なら、どんなに身を隠そうとも無理がある。だが小夜だけでなく侯爵まで驚くということは、話はかくれんぼ程度の次元ではないということになる。


「多分、光の魔法で姿を眩ませていたんだわ」


 肩に留まったままのトリコが、慄くように仮説を口にする。どうやら光の屈折率を利用した魔法のようだが、それ以上の解説を聞いたら頭が痛くなりそうなのでスルーする。


「誰だ、貴様」


 取られていた腕を力任せに振り払って、侯爵が誰何する。周囲を見てもヨルゴス以外は皆動揺した顔で、この人物が誰かの味方である可能性は低そうであった。


 頼りは最初の一声だけだが、小夜はどうも聞き覚えがある気がしていた。


(どこだっけ。この高く澄んで、声変わり前の少年のような中性的な感じ)


 しかし首を捻る小夜はほったらかしに、外套の人物は実に気怠げに答える。


「カティア元王女を監視・連行する者だ。名乗りは……あー、面倒くさいからしない」


「あ」


 その単語を聞いた瞬間、思い出した。


 当代最強にして最速の魔法使い。乙女ゲームでは王子たち少年組を攻略したあとにしか選択できない大人組の一人。攻略はまだまだ手もつけられない段階だが、イベントなどで声を聞いたことはある。キャラ紹介中の口癖は確か、「面倒くさぁ」だったはず。


「宮廷最年少魔法士にして永遠の十四歳、イデオフィーア!」


 びしぃっ、と思わず本人を目の前に指を突きつけていた。両手を振り払われた結果となった人物はけれど、怒ることもなく嫌そうな声を出す。


「……その気色悪い説明、なぁに?」


 大人組と称しながらなぜ十四歳なのかは、プロローグさえ見ていない小夜にはさっぱりである。だがそんなことはどうでも良い程に、小夜は感動していた。


 ルキアノスの声優に出会ったのが声ヲタ人生の始まりではあったが、のめり込んだのは彼女がきっかけだった気がする。男性役なのに女性という衝撃、そして美しいビブラート、その格好良さは世の女性を虜にしたと言っても過言ではない。


「まさか……まさかこんな所で出会えるとは! 神よ、この奇跡に感謝します! あぁ違った神はこっちだ! いや違う製作か!? このお二方を一緒にキャスティングするなどなんて罪作りな……!」


「えぇい、突然だから余計気色悪いのよ!」


 クェエ! という鳴き声とともに、側頭部に鉤爪の飛び蹴りがクリティカルヒットした。痛みはあまり感じなかった。


「ご、ごめんトリコ。でも突然聞きたくてもずっと聞けなかったお声が棚からぼた餅だったもんだから、おっとヨダレが」


 げへっ、と口許を拭う。いつかもこんなやり取りをした気がすると思いながらも、頭に後悔の二文字はない。のだが、顔を上げると、全員がぽかんと口を開けていた。

 そして。


「……こ、これはどういうことなんだ!」


 だぁーだぁーだぁー……。


 娘の(肉体の)暴走から真っ先に覚醒したクィントゥス侯爵が、顔を真っ赤にしながら心の叫びを発した。やけによく響く、良い声であった。





 レヴァンが膝を叩いて笑い、ルキアノスも堪えきれずに吹き出した頃、やっと場をまとめる気のある者が動き出した。メラニアである。


「まず皆様、着席されて話し合われてはいかがでしょう」


 鶴の一声のように、それで笑声はぴたりと止んだ。

 エヴィエニスはファニを守るように傍らに立ち、エフティーアは監視の意味で背後に回る。負傷者の肩書きを笠に着て、レヴァンは動く様子はない。代わりにルキアノスが外套の人物――イデオフィーアとエヴィエニスの間に立ち、ヨルゴスは既に外側から間に合う位置に音もなく移動している。


 肝心の侯爵は、イデオフィーアとも小夜とも微妙な距離をあけ、メラニアの横に落ち着いた。


「ファニの監視が目的と言ったな」


 険しい声で対話を再開させたのは、エヴィエニスであった。


「それなのにこのタイミングで出てきたのは何故だ。ファニが動いた時には、気配さえ見せなかったというのに」


 ファニを監視しているということは、正体に気付いていたということである。そしてカティアに行き着くことができる人物は限られる。それがもし国王配下でなかった場合、王家への反意に繋がる可能性が高い。

 のだが。


「肉体と魂に齟齬のある人間は時々いる」


「は?」


 突然脈絡のないことを喋りだした。全員が怪訝な顔で睨む。足元で両手を組んで崇め続けている小夜を除いては、だが。


「けどその全員が悪意をもって何かをするとは限らない。そして現時点では、セシリィ・クィントゥスの監視命令は出ていない」


「待て、俺はファニの話を」


「が、ここで問題を起こされると出されかねない。出されるとおれの仕事が増える。だから止めた。以上」


「…………」


 エヴィエニスの制止も無視して、実に利己的な三段論法で説明された。


「す、素晴らしいです……!」


「うん、ありがとう」


 足元からの賛辞に、イデオフィーアは当然のように手を挙げて応える。


「……どうしてそこだけ会話が噛み合っているの?」


 トリコの疑問は残念ながら誰にも聞こえないが、総意ではあった。

 だが問題はそこではない。


「つまり、ファニの時は俺たちが対処したから動かずにいた、ということか?」


 確認するようにエヴィエニスが補足を求める。その意味は、つまり命令系統は同じか、という問いに等しい。果たして。


「その説明、要る?」


 イデオフィーアは、仮面の下からでも分かる馬鹿者を見る目で王太子を見た。肯定と無理解を見事に同時に表現していた。


「その蔑むような冷たい声もぞくぞく来ます! 堪らん! ビバ美声!」


「う、うちの娘に何をした!」


「わたくしではないわよ!」


 動揺が妙なところに伝播した。

 だがこの中で最も耐性のついた人物は、気にせず話を進めていた。ルキアノスである。


「セシリィは、こいつと知り合いなのか?」


「知り合いだなんて滅相もない! このお方はもう雲の上のお方! 人類の至宝! 腐女子全員で分け合わなければならない唯一無二の美声なのです!」


 それでは人類=腐女子みたいな括りに聞こえるではないか。という指摘は、他の懸念が大きすぎて誰も口にしない。ちなみに他のというのは。


「アレを今までオレがやられてたってことか」


「傍から見てると面白いよねー」


「顔がセシリィだしな。見ろ、閣下の顔が今にも爆発しそうだ」


「謹慎明けの時にいなかったからねぇ。初めて見たなら衝撃だよねー」


「お前たちはいい加減黙ってろ!」


 エフティーアに怒鳴られたルキアノスとレヴァンの会話のようなことを指す。


「あぁ、生きてて良かったぁ。最初にこの世界に来たときはクソかと思ったけど、面倒臭い諸々を我慢して頑張ってきて本当に良かったぁ。ここに人生のご褒美が置いてあったっていうかもしかして人生終わるかな? 終わりそうだよね? こんな至福なことが続くなんて……ま、いっか!」


 もしかしたら自分の肉体は本当に植物状態で終わる寸前かもしれないという事実はすっかり頭の中から抜け落ちて、小夜はパンッと手を叩いた。何の問題もなかった。


「大いにあるわよ!」


 今度は後頭部に見事な蹴りが決まった。が、やはり痛みは感じなかった。末期であった。

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