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そりゃないでしょ

 結果から言えば、キャンセルは出来た。メーカーには多大な迷惑をかけたし巻き込んだ上司にはまとめて怒られたが、お客様には知られずに済んだ。


 はい、どうでもいいね。


 ついに異常事態に気付いて混乱する小夜に、鳥が語ったのは次のようなことだった。


「わたくしは今、この世界では追い詰められているの。わたくしは自分の信念に基づいて行動したつもりだし後悔なんて微塵もないけれど、周りはわたくしを徹底的に排斥するか服従させようと考えている。

 そんなものに跪くくらいなら、別の世界に飛びたった方が何倍もましよ。だから魔法でわたくしと同じ条件を持つ肉体を世界の垣根を越えて探し、入れ替わることにしたの。

 あなたの魂を呼び寄せてわたくしの体に入れることには成功したけど、わたくしの魂を世界の外に出すことには失敗して、手近な生き物の中に入ることになったの。ご理解いただけて?」


 成る程、つまり小夜は同意もなく無理やり別の世界に呼ばれた挙げ句、進退極まった女の代わりに苦境に立たされることになったと。


「冗談じゃないわ!」


 ここにちゃぶ台があったらひっくり返す勢いでぶちギレた。


「何で私があんたの身代わりに大変な目に合わないといけないのよ! あんたの失敗はあんたのせいでしょうが! 尻拭いくらい自分でしなさいよ!」


「わたくしは失敗なんてしていないわ! 間違っていないことの尻拭いなんてするはずないでしょう!」


 逆ギレされた。

 これがあの新人だったら心がポッキリ折れるまで過去の実績(もちろん失敗の方のだ)を並べ上げて延々説教してやるところだが、鳥ーーに入っているという女の様子は、どうも違っていた。


「わたくしはいつだって、お父様と……殿下のためを思って行動しただけよ。それなのに、あの女のせいで……!」


 それは、自分の非を認めない利己的で高慢ちきな勘違い女の発言と切って捨てるには、あまりに悲痛だった。

 見た目は鳥だけど。


(それにしたって、さすがに他人の罪をひっかぶってあげれるほど、寛大にはなれないもんなぁ)


 どうしたものかと思案した結果、ひとまずその美しい羽根を撫でた。


「!」


「よしよし。デンカはともかく、お父さんのためにやったのに認めてもらえないってのは、辛かったよね」


 びくっ、と金の瞳を揺らがせる鳥に、なるべく優しく笑みかける。疑問と不満はまだまだあるが、目の前の悲しんでいる女の子を慰めない理由にはならない。


「事情が分からないから無責任に大丈夫とは言えないけどさ。話ぐらいなら聞くよ? 力になりたい家族がいるのに、それを捨てて逃げるなんて、寂しいよ」


 そのままひょいっと両手で持ち上げて、胸に抱き締める。小さくても確かな体温が、艶やかな羽根の下で確かな鼓動を刻んでいた。


(うむ。抱き心地素晴らしい)


 と堪能していると、


「わたくしに気安く触れるなんて……」


「え? あ、ごめん、嫌だった?」


 小さく呟くような声が上がった。思わず今更な確認をする。


「……いえ、あなたには、その権利があったものね。許すわ」


 許すもなにも、触るどころか中に入ってるらしいけれども。


「そらどーも」


 どうにも気位の高い女の子らしい、と苦笑が漏れた。


「じゃあ許すついでに、あなたの名前も教えてくれると嬉しいんだけど」


 茶化すようにウインクしてみせる。円らな瞳で見上げてくる鳥が、意外に可愛く見えた。




 鳥は、セシリィと名乗った。


 小夜の魂が入っているという肉体がそもそもセシリィのもので、立場としてはシェフィリーダ国王より直々に爵位を賜った由緒正しきクィントゥス侯爵家長女で、現在十六歳。基礎的な全学校を優秀な成績で卒業し、現在はその上の専学校の三学年生とのこと。


(あと二歳下だったら、危うく倍だ……)


 最も驚いたことが年齢であることは、勿論伏せた。


 他にも、二人(正確には一人と一羽)がいるのは王都にある侯爵邸の地下室で、魔法を行使するために密かに降りてきたこと。殿下というのは婚約者である王太子のことだと教えてくれた。

 ここでまず、首を捻った。


(やっぱり漫画みたい。ていうか)


 つい最近、そんな名前を聞いた気がする。

 どこでだっけ、と記憶を探る間にも、鳥の中に入ってしまったセシリィは先を続ける。


「全ては、あの変な女が現れてからおかしくなったのよ。神域であるはずの聖泉で溺れていたというのに、不審者ではなく精霊の寵児の再来だと囃し立てて、殿下や王族の方々をはじめ、対立していたはずの平民たちまで、あんな女を聖女だとか大精霊の眷属だなどと……。

 記憶喪失だか何だか知らないけれど、無垢を装っていつの間にか男どもを取り込んでいくさまは気色悪いほどに鮮やかだったわ」


 それはクラスの人気者に対するモテない女の僻みでは、といつもなら出る余計な一言も、この時ばかりはどこかに飛んでいた。


 思い出したのだ。つい最近聞いた名前の出所を。


(ゲームだ!)


 セシリィに喚ばれる直前までプレイしていた、あの乙女ゲームに出てくる名前と全く同じなのだ。

 目の前の鳥はそう言えばチュートリアルに出てくるナビゲーターそのものだし、泉から助けられた女の子というのはそのままゲームの冒頭ではないか。


(声優にしか興味がないからすっかり忘れてた!)


 確かにあんなヒロインが現実にいたら、誰彼構わず色目を使って思わせ振りな態度をしていることになるとは、思わないでもない。


 だが最も重要なことは、セシリィが名乗った名前もまたゲームのなかで聞いたことがあるということだ。

 その役柄はずばりヒロインを苛める恋敵ーーつまり最近の流行りを引用すれば悪役令嬢ということになる。


(え、それが私が入ってる体なの!?)


 二度目の衝撃に、小夜は再び固まった。

 もしそれが事実だとしたら、これが噂の異世界転移か、はたまたゲームの中に入ってしまったか。


(……いや、そりゃないでしょ)


 一気に冷めた。

 脳科学や量子学や仮想現実や魔法云々よりも、ゲームをやり込みすぎた結果夢と現実の見分けが分からなくなった痛々しすぎる独身女の夢想と言われた方が何倍も納得できる。


「ちなみに聞くけど、あなたの魂が入る予定だった私の肉体は、今どうなってるのかな?」


「魂不在なんだから、どうもならないわ。傍目には寝てるだけに見えるだろうけれど、何らかの魂を入れなければ徐々に生命活動が弱まるはずよ」


「端的にいうと?」


「死にそう」


「…………」


 聞かなかったことにした。


 つまり本当の肉体は現在絶賛昏睡状態らしいが、現代医学なら、点滴でも生命維持装置でもつけてもらえばギリギリセーフなんじゃないかとも思う。

 明日は平日だし、朝食に降りてこなければ、さすがの母も様子を見に来るだろう。


(……来るよね? 放っておかれたらどうしよう)


「……怒らないの?」


 まぁ、夢だと思ってるので。というとまた話が進まなそうなので、別の理由を口にする。


「別に殺すつもりでやったわけじゃないでしょ? それにもう一度同じ魔法を使えば元に戻れるんじゃないの?」


 すぐに挽回できることでくよくよしてたら、新人営業の補佐事務なんて務まらない。

 という思いで軽く言ってみたのだが、鳥の表情は思いの外暗かった。


「確かに、あなたはわたくしと違って元々世界の外の存在なのだから、出ていけないことはないと思うけれど……」


「けれど?」


「鳥は魔法を使えないわ」


「…………ん?」


 不吉な言葉を聞いた気がした。


 くらりと世界が暗転する。そしてそのまま、小夜はパタンと気を失った。

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