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何でもかんでも残念

 それはあまりに突然な、場違いで素っ頓狂な言葉であった。

 当然のごとく全員の怪訝な視線が集まるが、小夜は気付かないまま言葉を重ねていた。


「聞かなきゃダメだよ。そんな中途半端なところで諦めちゃ意味がない」


「……おい、セシリィ。突然何を言い出す」


「どうしてよ。聞いたって、あの女は虚言を弄して、エヴィエニス様を傷付けるだけじゃない」


 ルキアノスが全員の疑問を代表して口を挟んだが、今ばかりはトリコの質問を優先した。


「でも、はぐらかすようなことばっかり言うのはさ、逆に本当のことを言っちゃうと、本当の気持ちもバレちゃうからじゃないの?」


「!」


「だって、ファニは事件当時のことを知らないみたいだし、お父さんの最期も知らないんでしょ? 歴史で習っても病死扱いみたいだし。不自然に感じても王族が隠蔽してるならそう簡単には調べられないし、エヴィエニス様に聞いても、多分詳細は教えなかったと思うんだよね」


 正体に気付いていたらまず濁すだろうし、気付いていなくとも、聖泉の乙女デスピニスとして穢れを遠ざけようとしていたファニにわざわざ王位略奪や反逆者のあらましを懇切丁寧に教えたりはしないであろう。

 まだ正式には婚約もしていなかったのだから、尚更だ。


(まぁ、そこは単純に過保護だっただけの気もするけど)


「それなのに復讐に燃えてるっていうのは、ちょっと変かなと思って」


「……小夜」


 自分の中の疑問を言葉にすることで、気になっていたことが一つずつ浮き彫りになっていく。代わりに、当初あったトリコの苛立ちは、気付けば弱々しげな困惑に置き換わっていた。


「まぁ、誰かが本当のことを教えて復讐を唆したっていうなら、また話が変わってはくるけど」


 最後に思い付いたことを付け足して締めくくる。と、トリコにまるで呆れたように嘆息されてしまった。


「な、なに? 変だった?」


 確かに、推理小説でも犯人やトリックを当てたことはほぼない小夜である。見当違いと言われればすごすごと引き下がるしかない。

 と構えていると。


「うん。小夜ってやっぱり変」


 苦笑と共に肯定されてしまった。がっくしと項垂れる。

 と、今度は別の所から声がかけられた。


「そういう話をされると、どうせ僕が真っ先に疑われるからやめてほしいんだけどなぁ」


 それは呟きの体をとりながらも、明らかに室内の全員に向けて発せられていた。レヴァンである。

 そこでやっと、小夜はトリコ以外に目を向けた。


「ぅおっふ」


 全員の目が小夜を凝視していた。






 ほぼ全員が美形の凝視は怖い。

 ということを身をもって体験した小夜は、数秒遅れてやっと自分が雰囲気台無しの場面で口を挟んだことに思い至った。


(しまった。トリコの声につい反論しちゃったけど、周りはそんな場合じゃないんだった)


 じわりと滲み出る冷や汗をどうにも出来ないまま、小夜はどうにか救いを見いだそうと視線をさ迷わせる。


「…………」


 エフティーアは、睨んでいる。却下。


「…………」


 クィントゥス侯爵は軽く瞠目しているが、隣のメラニアが睨んでる気がするので、却下。


「…………」


 エヴィエニスとファニは、主役という以上に眼差しがもう複雑すぎるので、却下。


「…………」


 ヨルゴスは無言なので論外で、残るはルキアノスとレヴァンなのだが。


「っはは、信じらんねぇ!」


 まずルキアノスが笑った。そこでもう小夜の思考は機能を停止した。


(そそそのちょっと高く掠れる笑い声がもう壊滅的に好きすぎてヤバいぃッ)


 辛うじて声こそ上げなかったが、両手で顔を覆って赤面しているのでほぼバレバレではある。


「今このタイミングで何だその理論展開。変って、変じゃないけど、すげえ変だろ。聞かなきゃダメって、あとどんだけ兄上を追い詰める気だ」


 ははっと笑い続けるルキアノスに、座り込んだままのレヴァンもまたいつものだらしなさに戻って呼応する。


「いやいや今の被害者は完全に僕でしょー。とばっちりもいいところですよ」


「本当だな。お前もついでに拘束しておくか」


「最悪です。まずは治療を要求しまーす」


 先程までのシリアスが嘘のようにじゃれだす男子二人に、小夜の心臓はキュンキュンしっぱなしであった。


(どっちもこっちも良い声だ万歳!)


 最早自分の奇行のせいで話の腰をバッキバキに折っていることはすっかり頭から抜けていた。

 しかしポンコツなのはあくまでも小夜だけである。


「さぁ、兄上も。いい加減覚悟を決めてくれ」


 やっと笑いが引いたルキアノスが、先程までの緊張も警戒もすっかり隠してエヴィエニスに歩み寄る。


「まぁ、その方が良いでしょうねぇ。女の子を縛るのは、僕が手ずからしたかったけど」


 レヴァンもまた、壁に背を預けたまま妙な後押しをする。

 エフティーアだけはまだ渋っているようではあったが、エヴィエニスが諦めたように腕を下ろすと、入れ替わるようにファニの腕を取り、ルキアノスとともに拘束した。


 果たして小夜がトリコに無言の飛び蹴りを喰らって正気に戻る頃には、クィントゥス侯爵が招き入れた使用人によって片付けまでが始まっている始末であった。


「あ、あれ? いつの間にか話が終わってる?」


 映画のラストを見逃してエンドロールを呆然と眺める気分で、小夜が後頭部をさすりながら辺りを見渡す。

 と、眼前にメラニアが仁王立ちしていた。お顔が怖い。


「……えっとぉ……」


「他の者は既に隣室に移っています。あなたも早くお立ちなさい」


 相変わらず、「是」と答えるしか選択肢はないようであった。






 応接室に入ると、中央の一人掛けソファーにファニが座らされていた。両腕を後ろに回され、肘の近くで両手首を固定されている。

 正面の椅子には、両膝に肘をついた前屈みの格好でエヴィエニスが座り、隣の椅子に青い顔のレヴァン、左右にエフティーアとルキアノスが立っている。


 侯爵は、遅れてきたメラニアとともに小夜の左右に陣取った。ヨルゴスは安定のルキアノスの背後である。


(……どっかで見たような光景だなぁ)


 あの時は学校の一室であった、と思いながら、小夜はトリコを抱く腕に力を込める。

 沈黙は、短くはなかった。

 誰もがエヴィエニスが切り出すのを待っていたが、エヴィエニスは応接室に入ってから一度もファニの顔を見ていなかった。


「『聞かなきゃダメ』って、どういうこと?」


 だから、出し抜けにファニがそう聞いて、皆が一様に驚いて彼女を見た。けれどエヴィエニスだけは、顔を俯けたままその表情を見せなかった。


 しかし最も動揺したのは小夜であろう。


「へ?」


 気まずい沈黙の末に投げかけられた問いに、小夜は一瞬思考が飛んだ。それから慌てて最前の自分の発言を思い出す。


「あ、えっと、エヴィエニス様が途中で聞くのをやめちゃったから、それじゃあ勿体ないなぁと思って」


「勿体ない? でも、罪人への事情聴取なら、あれで十分でしょう?」


「え、あれってそういう意味だったの? てっきり未練たらたらの告白かと」


「え?」


「は?」


 ファニの声に、男たち数人の声が重なった。つまりヨルゴス以外のほとんどが小夜の言葉に疑問符を返したことになる。視線が居たたまれない。特にエフティーアの視線は敵意を感じた。


(えぇ~……、もしかして根本から違ったっぽい?)


 解釈の違いに今更気付かされ、小夜は大いに動揺した。腕の中のトリコに助けを求めるが、「知らないわよ」とあっさり見捨てられた。


「何でそう思ったんだ?」


 早くも釈明を終わりにしたかったが、ルキアノスが純粋な目で聞いてくるので、引くに引けずに仕方なく所感を説明する。


「だって、あの時エヴィエニス様が飛び込んだのって、ファニを守るためですよね? 手に氷を持っていたのも、ファニに届くのを止めたようにしか見えなかったし」


 煙霧が晴れた時、エヴィエニスはファニを押さえ付けているようにも見えたが、反対に身を挺して守っているようにも、小夜には見えた。もしエヴィエニスが氷を掴みそこなったら、あの氷の矢はそのままファニの首を貫いていたのではないか。

 そして何より。


「極めつけに、あの告白でしょ? 好きすぎて必死にしか見えなか……」


 間抜けに口を開けた状態で、小夜はその先を自粛した。

 ずっと自分の爪先を見ていたはずのエヴィエニスが、ギンッと小夜を睨んだからである。


(そりゃそうか。一世一代の告白に失敗して、しかも気付いてさえもらえてなかったんだし)


 男としては、これ以上他人から説明されても恥の上塗りであろう。


「小夜にかかると、何でもかんでも残念に聞こえるのは何故かしらね」


 小夜以外に聞こえないのをいいことに、トリコが好き勝手呟く。

 聞きたいのはこっちである。

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