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血も涙もない

いい加減、ここまで話が進むと伏線の重要さをひしひしと痛感しております。

が、この先もテキトーで進みます。

ご容赦くださりませ。

 最初、ファニはレヴァンに庇われたのだと思った。

 エヴィエニスたちは元々侯爵家がファニに何かするのではと警戒していたし、突然掌が火を吹けば誰だって大切なものを守る。


 だがでは何故エヴィエニスは、苦渋に満ちた顔で彼女を見ているのか。とても、最愛の女性を自らの手で守れなかった不甲斐なさを嘆いているようには見えない。


「ファニ……」


 エヴィエニスが、掠れた呼び声を上げる。それで場は再び動き出した。


「ッ」


「おっと。女の子にこんな真似するのは気が引けるけど、動かない方がいいよー?」


 逃げようと身を捩るファニの腕を背中に回し、レヴァンが身動きを制限する。その動きがまるで犯人を捕まえる警察官のようで、小夜はちっとも現状が理解できずにいた。


「ど、どういう状況?」


 ルキアノスの腕は離れたものの、下手に身動きするのも怖くて、小夜は目の前のトリコに小声で問いかける。だが流石のトリコも、今回ばかりは理解できていないようであった。


「……分からないわ。でも、結局あの女も、騙りだったということのようね」


 メラニアへの警戒は解かないまま、トリコが金の瞳を細める。


(そう、なのかな。それでも、ファニが殿下を好きなのは変わらないと思うけど)


 混乱する小夜の意識を引き戻したのは、ルキアノスの動揺した声だった。


「兄上、これはどういうことだ」


「ルキアノス様、お下がりください」


 エヴィエニスに伸ばした手を、黙って控えていたエフティーアが引き留める。それだけで、彼らが何かしらの情報を共有していることは明らかであった。


「エフ、お前まで……ずっとファニを疑ってたってことか」


「王妃となる者の素性や目的を精査するのは当然のことです」


「それでも調べても血縁も出身も分からないし、該当する行方不明者もいないということになっただろう!」


 我慢ならないという風に、ついにルキアノスが声を荒らげる。これに応えたのは、それまで沈黙していたクィントゥス侯爵であった。


「しかし王族に限れば、一人だけ存在する」


「王族? なんで……」


 突然の断言に疑問の声を上げる小夜の前で、「そうか」とトリコが先に理解する。


「だからあの森にも入れたのね」


 その言葉で、そういえば聖泉のある森は結界の魔法によって王族以外立入禁止だと言っていたことを思い出す。

 そのことは常識なのだろう、ルキアノスは熟考の末、緩く首を振った。


「だが、年齢が違いすぎる」


 どうやら、思い当る人物はあるらしい。トリコを見ると、翼をゆっくりと仕舞いながら答えてくれた。


「陛下が即位する前に、王族が次々に亡くなられたという話はしたでしょう」


 確か王太子であった第一王子が病死、第二王子も事故に遭ったという話だ。同じ頃に、当時の国王の兄と、その息子も病死している。


「けれど当時の王兄ハルパロスには娘もいて、同時期に行方不明になっているの」


「まだあったの? それはさすがに多すぎでしょ」


 不穏な説明に、呆れと嫌な予感を同時に感じて呟く。と、ある意味予想通りの言葉が返ってきてしまった。


「当然よ。だってあの十九年前の戦争は、王兄の謀反に繋がっていたのだから」


「……マジか」


 道理で関係者が次々と死んでいったわけである。

 つまり王兄とその息子の病死は、謀反を伏せた上での実質処刑ということであろうか。となるとその娘というのも、反逆者の家族として処刑は免れなかった可能性は高い。


「彼女はハルパロス殿下の娘で、生きていれば母ほどの年齢のはずだ」


 小夜の疑問を代弁するように、ルキアノスが静かに公爵の言葉を否定する。これに応えたのは、指を小夜に向けたままファニを睨み付けるメラニアであった。


「大精霊クレーネーが何をしたかは知りませんが、その顔……たとえ髪や瞳の色を変えようと、見間違えるはずはありまん」


 そこには、小夜に向けたものとは明らかに違う声の震えがあった。抑えているつもりなのだろうが、滲み出る敵意は小夜にでさえ分かる。

 なぜ、という疑問には、すぐに答えが見付かった。


(元王太子の婚約者だったメラニア伯母さんにとっては、王兄の娘なんてかたきも同然なのか)


 それがセシリィのような感情なのか、それとも手に入れ損なった王妃の座への執着なのかまでは、分からなかったけれど。

 そして。


「……ふっ」


 優しく空気を震わせる笑声が、それに応えた。


 全員の視線が一ヶ所に集中力する。レヴァンに捕らわれたままながら、先程までの焦った表情とは打って変わった不敵な笑みを浮かべる、ファニであった。


「私は分からなかったわ。随分老けたのね、メラニア」


 挑発するように、にこりと笑う。しかしそこに、小夜の知る可愛らしくはにかんでいた少女の面影はなかった。ラピスラズリの瞳には強い憎悪が宿り、この場にいる全員を射殺しそうな強さで睨み付けている。まるで手品でも見せられたかのように、そこには別人がいた。


「よくもぬけぬけと……!」


 ギリ、とメラニアの表情に険が増す。そのままその指がファニに向くのを止めたのは、


「ファニ」


 それまでずっと凍ったように微動だにしなかったエヴィエニスであった。


「本気なのか」


 エフティーアやレヴァンとは対照的に、警戒よりも困惑を強く滲ませて、互いの間合いを図る。それは今にも逃げようとするファニを捕まえようというよりも、話を聞くために近寄りたいという風に見えた。


(もしかして、殿下は本当に……)


 だがその先は、ファニの悲しげな声に遮られた。


「ごめんなさいね、エヴィエニス」


 レヴァンに拘束されたまま、ファニがエヴィエニスを見やる。


「でも、残念ながら本当なの。あなたたちのお父様が私を追い詰めるから、聖泉に飛び込むしかなかったのよ。でなければ私、お兄様やお父様のように殺されていたわ」


「!」


 そこにある憎悪をまるで玩具にするように、ファニがおどけた口調で笑う。それを受けたエヴィエニスは一瞬驚愕に目を見開き、次には何かを堪えるように睫毛を伏せる。そうして絞り出された声はもう、いつものエヴィエニスに戻っていた。


「先に当時の王太子を殺したのは、ハルパロスの方だ」


「だから復讐はしてはいけないし、保身をはかってもいけないって? ふふ、セシリィの言う通りね。正論って血も涙もないわ」


 ころころと、ファニが嗤う。誰も何も言えなかった。ただエヴィエニスばかりが、一人立ち向かう。


「聖泉に飛び込んで、なぜ生きている」


「あら、知らなかった? 王室聖拝堂と聖泉の水は繋がってるのよ」


「まさか……」


「私も知らなかったわ。でも聖泉に祈ったら光ったのよ。だから飛び込んだの」


 その言葉に、エヴィエニスだけでなくルキアノスも、クィントゥス侯爵ですら驚いた様子を見せる。最重要機密か、もしかしたら歴代の国王でさえも知らないことだったのかもしれない。


「そんなことは、誰も……」


「言うわけないじゃない。まさか、反逆者の娘が聖泉に認められたかもしれないなんて。それじゃあどっちが反逆者か、分からないものね」


 戸惑うエヴィエニスに、ファニは可笑しそうに諭す。その言葉もまた正論で、国王は目の前で起こった事実を誰にも言わなかったに違いない。だから王兄の娘は行方不明で処理されたものの、捜索に力を注いでもこなかった。


「だったら、その姿も……」


「これ? 不思議よね。少しも年を取ってないなんて。髪と目の色が変わったのは、大精霊様の思し召しかしら。復讐をしなさいっていう」


「違う!」


 軽やかに嗤うファニの声を、ついにエヴィエニスの怒声が遮った。怒りで赤くなったその顔は、いつもの勤勉で余裕のある王太子とはかけ離れていた。


聖泉の乙女デスピニスは戦を嫌う。そんなことを望むものか」


「王子様は純粋ね。だったら、何故乙女は祖国奪還に手を貸したのかしら? あれも戦なのに」


「!」


 ファニの指摘は、まさしくその通りであった。

 不要な戦を嫌うと言えば聞こえはいいかもしれないが、どんな大義名分を掲げても、人を殺すことに変わりはない。戦を厭うというのなら、建国王には戦の手伝いではなく、別の人生を歩む手伝いをすれば良かったのだ。


(王様じゃなくなっても、生きていけるのにね)


 けれどエヴィエニスもルキアノスも、根っからの王族なのだろう。まさに今初めて気付いたという顔をして、ファニを凝視していた。


「正論も美談も、お呼びじゃないの」


 幼い子供を見るように、ファニが苦笑を浮かべる。そしてその真っ赤な唇が小さく何かを呟き。


「だから、死んでね?」


 にこりと、美しく嗤う。と同時に、背後にいたレヴァンが壁まで吹き飛んだ。

シリアスつらい。

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