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死刑宣告

 絨毯の下の床や壁は、破損の範囲によって臨機応変に張り替えられるように格子縞なのだと教えられた。デザイン性とかでは一切なかった。


 しかし現実逃避は長くは出来ない。


「つまり、ああいう人なのよ」


 分かったでしょ。と、トリコがげっそりとした顔で呟く。


「分かるかいな」


 目の前の鏡台に沈み込みたいのを必死に堪えて、小夜はぶすっと返した。


 場所は再びセシリィの自室である。


 あのあと、セシリィたちはメラニアが寄越した侍女に有無を言わさず連行されていた。部屋を出る寸前にはまた別の男性使用人が入ってきて、木製のハンマーに取りついていた。

 うんせうんせと運び出すので何をするつもりかと思ったら、別館にある倉庫に戻すのだとトリコが教えてくれた。


(そんな手間かけるならしなきゃいいのに)


 侍女に背中を押されながら、本気で思った。


 結局、部屋に戻るなり頭にも首元にも過剰な装飾が追加されてしまった。髪は勿論結い直した。


「だから、伯母様は昔からああなのよ。全学校に入るまでのわたくしの教育係でもあって、いつも言葉と魔法が同時に出るの」


 口と手が一緒に出るみたいに言われてしまった。


「つまり暴力教師なの?」


「教育の一環と言われたわね」


 やっぱり意味が分からない。

 視線で訴えると、溜息一つ、トリコが疲れたように補足してくれた。


「魔法の力が強いということは、それだけで王妃の条件を一つ満たしているのよ。魔法は神様の力の一滴をお借りする業。相性が良いということは、つまり神様から愛されているということなの。昔から、王になる者というのは、神に愛された者たちでもあるのだから」


 成程、神様が身近だとそういう考え方になるのか。


「だから、座学や躾と同時進行で魔法の制御を覚えるという名目で、いつもああなるのよ」


 スパルタであることは理解した。そして。


「いつも、あんな風に言われ続けてきたの?」


 支度が整い、侍女がいなくなってから、小夜は言葉を選んで切り出した。


 あの時、メラニアの言葉に、トリコは少しも反論しなかった。トリコが何にでも文句を言う性格だと思っているわけではないが、あそこまで言われっぱなしで黙っていられる性格でもないであろう。


「……事実だもの。甘んじて受け入れるしかないでしょう」


「まぁ、前半は事実だったけど」


「…………」


 ギロリと睨まれた。

 自分で言ったくせにと思わなくもないが、本題はそこではない。


「王妃にならないと未来がないなんて、身内に言う言葉じゃないよ」


 否定されて否定されて、王妃になるしかないのだと追い詰める。あれではまるで脅迫ではないか。


「あの言葉は、かつての伯母様自身に向けたようなものなのよ」


 それはトリコらしからぬ擁護に聞こえ、小夜は困ってしまった。


 もしトリコが、伯母の脅迫めいた自己否定を刷り込みのように聞いて育ち、逆らえないだけなのなら、小夜は立ち向かうのも一つの道だと考えていた。

 けれどトリコは自己肯定感が低いわけではないし、メラニアの言葉に強迫観念を抱いているわけでもない。冷静に思考し、自分の意思を強く持っているように思える。


「トリコも、そう思うの?」


 トリコの意思を聞きたくて、金の瞳を覗き込む。


「……思うわよ。だから邪魔なあの女を排除しようとしたんじゃないの」


「自分のために? エヴィエニス様のためじゃなくて?」


「…………」


 先の問いに即答しなかった時点で、小夜としては既に答えは出ているようなものではあったが、小夜は続けて聞いた。

 トリコが困ったように首を竦め、視線を彷徨わせる。


「……自信がないのよ。本当は誰の為だったのか、自分でも」


 ぺと、と足を畳んで鏡台に座り、トリコが珍しく弱気な声を出す。けれどその気持ちはよく分かると、小夜は思った。


「明確な動機って、いつからあったのか意外と分からないもんだよね」


 たとえ強く意識したのがエヴィエニスのためという思考でも、その前に単純な怒りや嫉妬がなかったかと言えば、きっと断言はできないであろう。

 トリコはその性分のせいで、余計に悩ましいのであろう。もし理由が嫉妬だと認めてしまえば、セシリィの行動の正当性は半減してしまう。


(もしかしたら、トリコが第四の選択をしたのも、そういう後ろめたさがあったからかな)


 一ヶ月も一緒にいれば、トリコがやましいことがなければ徹底的に抗戦する性格だとは分かる。


「伯母様にはそういう考え方はないのよ。清廉潔白で、完璧な方だから」


 嘆くのとも違う声色に、小夜はよしよしとその羽を撫でた。少しだけ身を寄せる感じがトリコらしいと、小夜は思う。


(トリコにも、そんな相手がいるんだね)


 どんなに自分が正しいと信じても、目の前にいる相手が更に強くて正しければ、手が届かなくて辛くなる。そんな相手と、トリコはずっと独りで戦ってきたのだ。


「ねぇ」


 一通り羽を撫でて落ち着いたあと、小夜は気になっていたことを切り出した。


「今日の目的って、謝ることじゃないの?」


 未来の王妃がほぼ確定したファニに謝り、代替わりしたあとの地位が脅かされないように不安を排除する。そのための会なのではないかと問うと、「ハッ」と鼻で嗤われた。


「そんなことあるわけないじゃない」


 身内のくせにまるで信じていなかった。


「大方、あの女を品定めして、一つでもケチがつこうものなら徹底的に追い込んで最終的にエヴィエニス様の隣から追い落とすつもりよ」


 成程、それでルキアノスたちはあんなに警戒していたのか。


「でも、それだったらなんで招待を受けたの? 断れば良かったのに」


「断れないから、小夜に目的を探らせるのでしょう」


「何故に?」


「父は内務室の長官で、枢府すうふの一員なのよ」


「…………」


 相変わらず、説明が説明になっていなかった。

 ぶーぶー文句を言って噛み砕かせた結果、内務室というのは宮廷内の部署の一つで、貴族や聖職者と交渉して王国内の様々なことを取り仕切る役職だと理解する。

 そして枢府というのは、王に意見する諮問機関のようなもので、実力者や王族、聖職者、各部署の長官などで構成されているらしい。


「つまり、次期王様になるつもりのあるエヴィエニス様にとって、侯爵は避けて通れない難関ってことか」


「その通りよ」


 トリコの頷きに、小夜は別の嫌な事実にも気が付いてしまった。


「ちなみに、それって有名無実な閑職だったりする?」


「あのお父様よ。実力に決まっているでしょう」


 探る相手が大変に手強いことが判明した。


「もう帰りたい……」


「始まっていないのに何を言っているの? 大体、いつまでもこの部屋に籠ってなんかいられないのよ。小夜は一応もてなす側なのだから」


 仲間だと思っていた鳥に死刑宣告をされてしまった。


「……裏切り者」


 恨みがましく呟く。つーん、と顔を背けられた。


 ついでに、自分の発言にもう一つろくでもないことを思い出す。


「あとさ、ヨルゴスさんも恨んでもいいかな?」


 メラニアに攻撃されていた間の無反応を詰ると、「バカね」と逆に怒られた。


「セシリィ・クィントゥスがあの程度を防げないわけがないのよ」


「…………」


 髪切られちゃってごめんね、と謝ろうと思っていたが、絶対謝ってやらないと決意する小夜であった。


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