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場違いなのは私だけ

 結局、小夜でも魔法が使えるのか分からないまま、晩餐会の日はやって来てしまった。


 この日は朝からニコスを初めエレニもアンナも忙しそうで、ヨルゴスでさえ人手として駆り出されていた。

 何がそんなに忙しいかといえば、無論、主の身支度である。


 非公式ではあるが、王族が二人も訪れる食事会だ。しかも相手は歴史ある名家。装いの一々に気を使うのも当然であった。


 特にルキアノスは兄より目立ってはならず、かといって地味でも野暮でも恥となる。この一週間近く、侍従長のニコスが目の下に隈を作りながら打ち合わせに奔走し、授業終わりのルキアノスを捕まえては仕立て直しや装飾の具合を話し合っていた。


 ちなみにルキアノスを捕まえる前のニコスは相変わらず死んでいて、これまたアンナがそそくさとお茶を届けていた。

 一度、その忙しさから「お茶くらいやりますよ」と口を挟んだら「いえ、結構です」と見事な鉄壁で返された。

 エレニが嬉しそうに微笑んでいたので、小夜も丁寧にすっこんだ。


 ちなみのちなみに、小夜には誰も取りついていない。その理由は既にトリコに聞いているから、寂しくなんかない。


「私はこの格好のままでいいの?」


「舞踏会や晩餐会への出席は、一度自宅に戻ってから用意するのが普通だから、学校にそれ相応のドレスなんてそんなにないわよ」


 確かに、普段授業に着ていく服は首の詰まった地味な色合いが多く、フリルなどの装飾も少ない。派手なのがあることにも気付いてはいたが、学校行事や賓客のある時にしか着用しないらしい。


 そのため、ほぼずっと放置されていた小夜のやることといえば、トリコを抱いているくらいであった。

 なので。


「では行くぞ」


「待っていました!」


 このお言葉に忠犬のように飛び上がったのは致し方ないこととしてほしい。


 だがその数秒後、小夜は早くも後悔した。


「げっ」


 見る気はなかったのだが、二人の姿が同時に姿見に映った瞬間、その圧倒的落差に、思わず声が出てしまった。


(隣に王子様がいる……)


 瞳の色に合わせたのだろうか、少しくすみのある灰色の生地はサテンのように艶やかで、金糸の刺繍がよく映える。襟元を飾るクラヴァットは白く輝くシルクで、ルキアノスのきめ細かな肌を引き立てている。ズボンの膝下が細身になっているのは、貴族は騎乗するのが当たり前の文化だからだろうか。


(こ、この隣に今日は一日いなきゃいけないのか……)


 畏れ多いというか、眩しくて辛い。


「いきなり失礼だな。待たせて悪かったが」


 無意識のうちに両手で目を押さえていたら、ドスのきいた声で怒られた。ルキアノスである。

 確かに、姿を視認した第一声が「げっ」では、失礼にも程がある。小夜は慌てて視線を合わせないまま釈明した。


「ち、違います。あれはその、ルキアノス様のお姿があまりにも光り輝いていたもので、あまりの自分との違いに驚いたというか」


「今度は声でなく見た目を褒めるのに移行したのか? お前も大して変わりないだろう」


「滅相もございません! って顔はセシリィだから間違ってないのか!」


 ずざざっとずり下がりながら、途中で現実を思い出す。


 そもそも、鏡を見れば顔はセシリィなのだ。耐えられないどころか美男美女ではある。

 だが中身はどうしようもなく小夜なのである。しかもルキアノスは、小夜と違い既に完璧に整えられている。

 完璧なもののそばにいて体が縮こまって胃がキリキリしないのは、同じく完璧なものだけとしみじみ思い知らされる小夜であった。


「こんな日でも忙しい奴だな」


「小夜、そんな風で今日一日もつの?」


「お騒がせしております……」


 二人から呆れられてしまった。言い訳のしようもない。


「「「いってらっしゃいませ」」」


 そうして、エレニは満足そうな笑みで、ニコスは死にそうな顔で、アンナは安定の無表情で、それぞれ送り出してくれた。





 人生二度目の馬車に揺られること十数分、辿り着いた侯爵邸は、改めて見ると名家というに十分な風格を有していた。

 重々しい石造りに、窓の上部には全て半円の飾りが施されている。正面の主家の両側には円塔が作られ、いかにも重厚そうである。


(こういうのを、ゴシック建築とか言うのかな)


 頭の中にネットで見た画像を思い出すが、そもそもゴシックという語源がどこかの地方から由来していたはずだから、この世界では言い方は違うであろう。


「心構えはいいか?」


「はい?」


 小夜が(形式上は)自分の実家にぼーっと呆けていると、突然ルキアノスがそう聞いた。何が、と問い返そうとして、ガタン、と馬車が停まる。状況を理解するよりも前に、目の前の扉が勝手に開かれていた。


「いらっしゃいませ」


 車止まりに横付けされた馬車の前に、十人は下らない使用人方々が見事なまでに同じ角度でお辞儀していた。

 一か月近くが過ぎても全く庶民根性が抜けていなかった小夜は、これに若干引き気味で絶句した。


 しかしそれは小夜だけで、ルキアノスは至って平然と馬車を降りた。馭者台に乗っていたヨルゴスも、いつもの無表情で音もなくルキアノスの後ろに控える。


(……しまった。場違いなのは私だけか!)


 今更ながら、ルキアノスの先程の問いが染みてくる。恐らく意味合いは違ったはずだが、小夜は今更ながらに冷や汗が滲む気分であった。

 小夜も慌ててあとに続く。


 この人たちはいつまで頭を下げているのだろう、と小夜が見当違いなことに興味をひかれていると、ルキアノスが不意に足を止めた。ぶつかる寸前で小夜も止まる。視線を前に戻すと、行く先に一人の壮年の男性が立っていた。


 年は四十歳前後といったところだろうか。身長はそう高くないが、肩幅がしっかりしている。黒茶色の髪は白髪混じりで、同じ色の豊かな眉と顎髭をたくわえている。栗色の瞳は人を射貫くように厳しく、眉間や額に深く刻まれた皺が、彼を一層近付き難い人物にしている。


 誰だろう、という疑問は、胸に抱えたトリコが身を固めたことで、すぐに分かった。


「クィントゥス侯爵閣下」


 ルキアノスが、軽く頭を下げる。


「本日はお招きくださり、ありがとうございます」


「こちらこそ、ようこそおいでくださいました。ルキアノス第二王子殿下」


 にこりともせず、クィントゥス侯爵レオニダスが頭を下げる。少しも歓迎されている気がしない。という小夜の思いが零れだしていたのか、定型通りの挨拶を短く交わしたあと、クィントゥス侯爵の瞳がジロリ、と小夜を捉えた。


「!」


 ビクッ、とトリコと共に体を強張らせる。だがそれだけであった。


「部屋にご案内いたしましょう」


 踵を返し、茶褐色の玄関ドアに向けて歩き出す。しかし小夜の心音は少しも落ち着いてはくれなかった。

 怖いという前情報の伯母様に向いていた警戒心が、ぐぐぐっと先頭を行く父親に集中する。


(頭の中で勝手にモーツァルトの葬送行進曲が再生されるのは何故でせう……)


 小夜のせいである。


 だが、それは過剰反応であった。

 特に何事もなく黙々と進む一行の背中を眺めながら、広すぎる玄関ホールを無言で通過。奥の大広間も無言。その隣の応接室でクィントゥス侯爵とルキアノスは待機、小夜は二階に上がって衣装に着替えることとなった。


(一言も喋んなかったな)


 寡黙なのか怒っているのか判別する時間も得られないまま、小夜は気付けば懐かしの自室へと誘導されていた。扉の外には、なぜかルキアノスの護衛を放棄してヨルゴスが待機している。


「そんなに信用されないもんかな?」


「実家だもの。両者を監視しておかないと、人を介して簡単に情報交換が出来てしまうからでしょ」


「成る程」


 こればかりは、セシリィの行いがどうというよりも、小夜のせいによる豹変ぶりが原因であろう。自省するしかない。


 そうこうするうちに侍女が一人二人と増えていき、最終的には小夜の周りには五人の侍女が集まった。小夜と初めて口を利いた侍女や、侍女頭もいる。


(人間ホイホイ……)


 着せられる人間がアホでも、支度は着々と進んだ。


 濃茶色の髪は丹念にとかし結い上げられ、ドレスはぴったりと体の隅々を覆い隠していく。胸元は破廉恥でない程度に鎖骨を見せ、ヒダとレースを多用して、大きく華やかに見せる。サテン生地のスカートは緩やかに広がる三枚布で、計算されたグラデーションがセシリィの白い肌を引き立てている。


 果たして。


(お、お姫様がいる……!)


 小一時間ほどかけて薄化粧まで施して、侯爵令嬢セシリィ・クィントゥスは完成した。

 その完璧さを前に、小夜は今更ながらにことの重大さを思って戦慄した。


(え、この顔で、今日一日やり過ごさなきゃいけないの? 中身これなのに?)


 内外のあまりの齟齬に、小夜はぎぎぎ、と救いを求めるようにトリコを振り返る。椅子の背にとまり、ぼーっと西日を浴びていたトリコは、


「……はぁ~、良い陽気」


 父の脅威が去ったからか、呑気であった。

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