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美声は世界を救う

 音声は空気振動だから風の魔法ではないか、というトリコの意見を参考にした。


(風の魔法の使い手に、私はなる!)


 録音のために、とはトリコには言っていないが、多分筒抜けではある。


「なんだその構え?」


 ルキアノスに冷たく突っ込まれた。どんな構えだったかは割愛する。


 トリコとの相談会から翌日、小夜たちは魔法の実技のため、練法場まで出向いていた。剣などの武器の練習場である練武場と同じく、この場所には魔法を抑制する魔法はない。


 三十代半ばの男性教師の説明のあと、二人一組で組まされている。本日は対人戦を想定し、相手をいかに傷付けずに確保するかが課題らしい。


 相手は勿論、監視を怠らないルキアノスである。


『お前は勿論オレとだぞ』


 授業開始十分とたたずに言われた一言で悶絶したのは言うまでもない。小夜が冒頭のやる気を見せた一因は、勿論これである。


「えっと……お手柔らかにお願いします」


 たどたどしく一礼。柔道や合気道みたいなものなのか、ルキアノスでさえも軽く一礼した。


(さて、取り敢えず風の魔法で)


 と考えた所で、小夜の思考は停止した。


 バゴッ!


 と鈍い音がして、気付けば視界が暗かった。


「……え?」


 ぇ、ぇ、ぇ……と、声が妙に何重にも反響する。


「ーー先生、出来ました」


 遠く、ルキアノスの声が聞こえる。つい最前まで向き合って立っていたのに、なぜ遠いのか。


(なんか、ドアの向こうにいるみたいな)


 なぜ暗いのかと思いながら手を伸ばす。すぐに、ひんやりとした何かに触れた。


(まさかこれ、土?)


 まだ目は慣れないが、鼻には土いじりする時に嗅いだ匂いが届いている。そしてそれは全面を覆っている。

 そう考えれば、導き出される答えは一つくらいしかない。


「おー、さすが殿下。問答無用だな」


 先程のルキアノスの呼び掛けに寄ってきたのか、男性教師の間延びした声が聞こえる。やはり遠い。


「課題が課題だったので」


「土魔法は殿下と良相性だしな。だが捕獲後に連行するには、これだと難があるんじゃないか?」


「頭だけ出して縄を掛けても、頭に土を被せて気絶させてからでも可能です」


「複数人が相手でも、殿下ならそのくらいの繊細な力加減は間違えなさそうだな。はい、合格。次は難相性の魔法だ」


「はい」


 ルキアノスが応じる声とともに、目の前を覆うものががらがらと崩れていく。

 数分ぶりに日の目を見た小夜の顔は、軽く青ざめていた。


「……こ」


「こ?」


「ここ殺されるかと思った……」


 軽く呼吸が苦しいのは、土で囲った空間が酸欠状態になりつつあったからだろうか。解放されてから分かったが、どうも周囲の土を釣り鐘状に盛り上げて簡易的な檻にしたようだ。


 確かに課題は見事にクリアしている。


 だが、小夜は泣きそうであった。


(こ、怖かったぁ)


 昨日エヴィエニスに明確な敵意を向けられた時もそうだが、現代日本の平和ボケした日常で二次元の文化にしか触れていない小夜にとって、死に繋がるものなどそうそうなかった。

 実際には死と隣り合わせの車の運転でさえ、そう感じたことは少ない。


 今、小夜の全身に広がる鳥肌は、夢とか美声とかの軽口で済ませられる次元のものではないと、本能で感じてしまった証拠と言えた。


「セシリィ? なんの冗談だ?」


 ルキアノスが訝しがりながら、辛うじて立っているばかりのセシリィの前まで歩いてくる。ざく、と空気と混ざって柔らかくなった土が踏まれる音がする。


 しかし小夜はすぐには反応出来なかった。


「お前なら、あのくらい一瞬で崩せるだろ。本当なら、まだその先三手くらい、」


「今、そういう話、要らないです」


 片言のように、拒絶する。

 思えば、それは小夜が初めて大好きな声優の声に浮かれなかった瞬間であった。


(そういえば、この世界、ってかこの国のこの時代には、戦争とか……あるのかな)


 学校の外の話は、まだ聞いたことがなかった。それは必要がないから後回しにされただけであろうが、その分平和ともとれる。

 だがこの学校には剣の授業があるし、魔法の半分は攻撃性を持っている。必要があったから発達したのだろうと考えるしかない。


(や、だなぁ。そういうのは、怖い)


 しかし一度考え出してしまえば、最悪の想定はしっかりと小夜の中に根付いてしまい。


「なんで震えてるんだ?」


「!」


 いつの間にか小刻みに震えていた両手を、もっと大きな右手が包み込んだ。ハッと顔をあげる。すぐ目の前に、美しい金糸の髪と、鉄灰色の瞳があった。


(ーーち、ちか)


「まさか、調子でも悪いのか? お前が風邪ひいたとか、聞いたことないけど」


 言いながら、今度は左手が小夜の額に触れる。土のように、ひんやりと気持ちがいい。


「まぁ、環境の変化が続いてたもんな。無理もないか」


 それは、ゲームの中にも出てこないし、甘く痺れるような台詞回しでもない。けれど小夜は頭がパンクする程に顔面崩壊寸前であった。

 ここにトリコがいれば、気色悪い顔はやめろと、間違いなく蹴りを入れていたはずである。


(あ……、なんか復活しちゃった)


 気付けば震えが止まっていた。


(美声は世界を救う)


 本気で思った小夜であった。


「だ、大丈夫です」


 と、小夜はルキアノスから一歩離れてどうにか表情を元に戻す。


「魔法はちょっと、今日は難しそうですけど、でも大丈夫ですので」


「そうか。ま、オレの監督下で倒れられると困るから、無理はするなよ」


 少々まごつきながらも言葉を繋ぐ小夜に、ルキアノスもそれ以上追求することもなく引き下がる。

 どさくさに紛れて、今日の本題をやり過ごすことに成功した。


「でも、セシリィが調子悪いなら、今日はもう終わりかな」


 ルキアノスが伸びをしながら、早々に残り時間を自習宣言する。

 それならと、小夜は一つ気になる点を聞くことにした。


「ルキアノス様って、いつ詠唱したんですか?」


「は?」


 目を丸くされた。

 トリコと祈りの文言云々を話したのだから、皆そういう前段階があると思ったのだが、違うのだろうか。


「神への祈りなんだから、他人に聞かせる必要なんかないだろ」


 至極当然な理論で返されてしまった。全くである。

 魔法の有効射程が声の届く範囲というわけでなければ、敵に呪文を聞かせることに利点はなかろう。


(夢は崩れるもんなんだね)


 取り敢えず、魔法にもう夢は見ない。


 と遠い目をしていると、先生が暇そうに戻ってきた。


「フィイア先生」


「よぉ」


 気だるげである。その背の向こうでは、遠く、どかん! とか、きゃあ! とかいう声が聞こえる。

 どうやら、ルキアノスが早すぎただけーーというよりも、小夜が対抗できなさすぎただけーーで、他の面々は色々と試行錯誤の途中らしい。


「セシリィが調子が悪いそうなので、今日は難相性はやめておきます」


「ま、どっちでもいいけどな」


 教育者らしからぬやる気のなさで応じる先生。腕を組み、練法場全体をぼーっと眺めている。


(本当に見てるのかな?)


 ちらりと失礼なことを考える小夜。と、不意打ちで目があった。


「……えっと」


 綺麗な翡翠色だ、と思った。あまりに綺麗すぎて、どこか三十路男というよりも、純粋な子供の目に見える。

 魔法の先生だから、小夜が本物のセシリィでないと気付いたのだろうか。


(……まさかね)


 けれど、何の御用でしょうか、と聞くのは何故か躊躇われる視線ではあった。

 と、小夜がまごついていると、


「それはそうと、」


 と視線をルキアノスに戻していた。


「王太子殿下のアレは、合格にしてもいいと思うか?」


 練法場のど真ん中を陣取って、ファニと対峙しているエヴィエニスを顎だけで示す。

 エヴィエニスは実に楽しそうに風を巻き起こしてファニを宙に浮かすと、軽くアトラクション並みに落下してくるファニを満面の笑みで横抱きに受け止めている。


「豪快だなぁ……」


 遊園地にもジェットコースターにもとんとご無沙汰な小夜としては、どんなにヒロインイベントでもご遠慮願いたい。


 だが男二人の観点は当たり前だが違っていた。


「あれが敵なら、受け止める寸前に首をはねられるだろ」


「兄上がそんなヘマするわけありませんよ」


「問題はそこなんだろうか」


「捕獲という点では、問題なく捕まえてるとは思いますけどね。心身ともに」


「真っ赤だもんな、ファニ嬢」


 フィイア先生がしみじみと頷いた。小夜も内心で同意しておく。

 ゲームの中で見た絵面では、実にファンタジックで、美麗スチルの一枚でもあった。確実に二人の仲は深まっているであろう。


(吊り橋効果も凄そうだしな)


 やはり観点は違っていた。


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